Crazy:Bから持ち掛けられた『アイドルロワイヤル』への参加を断り、いち観客として会場に赴いたものの、正直参加を見送ったのは正解だと思わずにはいられない程、ステージ上で行われた光景は酷いものであった。
 禁忌とされている他のユニットへのバッシングを始め、『流星隊がアイドルロワイヤルへの出演を望むなら、巨額の出演料と流星隊が勝つ筋書きにするよう要求して来た』と主張したのだ。
 白鳥藍良が言うには、流星隊は正義のヒーローで、絶対にそんな事をする訳がないそうだ。だが、この会場にいる観客はそうは思っていなかった。

 そうして流星隊のメンバーを生贄に、天城燐音はESへの批判を声高に訴えた。そしてCrazy:Bのパフォーマンスに熱狂し、彼らの言葉を受け容れた観客。一連の出来事は瞬く間に拡散され、一夜明けた今、ES上層部が俗に言う『火消し』に追われているであろう事は想像に容易かった。

 そんな中、突然ALKALOIDに招集命令が下った。己たちにMDMへの出場が叶わなければ解雇だと言い放った、天祥院英智からの呼出である。
 果たして今回は吉報なのか、それとも。
 ただ、己たち四人が集い、最初の一歩を踏み出したあの日に比べれば、幾分か気持ちは楽だった。己たちALKALOIDは最早ただの寄せ集めの集団ではない、紛れもなくスタプロのアイドルユニットとして歩み出しているのだから。





「これが良い話なのだけど。昨日の『アイドルロワイヤル』を踏まえて、MDMへの出演申請のための費用が大幅に減額された。君たちALKALOIDは、手持ちの資金だけで充分にMDMに出演できる」

 こんなに都合の良い話があるのかと耳を疑った。
 だが、詳しく話を聞けば腑に落ちる話であった。アイドルロワイヤルが終わった昨夜、Crazy:Bが『MDMに出演するアイドルは、紅月や流星隊と同じ目に遭わせてやる』と表明したのだ。
 既に昨夜、流星隊の無実を信じた多くのアイドルユニットがCrazy:Bに挑み、まるで公開処刑のように敗北したのだという。ゆえに、既にMDMへ参加する事が確定していたユニットが、自分達も同じ目に遭うわけにはいかないと、続々と辞退する状況に陥ったのだ。

「ふむ。そういうユニットを呼び戻す、または新たに出演申請をするユニットを増やすために、高額すぎる出演申請の費用を減額すると」

 まさに願ったり叶ったりな話ではあるのだが、当然己を含むメンバーは皆困惑している。甘い話には罠があると分かり切っているからだ。

「当然君たちの意思を尊重する――ただ、脅しというわけではないのだけれど、少々気掛かりな事があってね」
「脅しですか」

 天祥院英智はあくまで己たちに判断を委ねると言っておきながら、さらりと物騒な事を言ってのけた。首を縦に振らないといけないような事を仕出かしてしまっているのだろうか。例え四六時中一緒にいるわけではなくとも、己たちALKALOIDは弱みを握られるような事は誰もしていない筈だ。
 そう思っていたのだが。

「礼瀬マヨイくん。君が他所の事務所――コズプロのアイドル、それも女の子を拉致している様子が、ES内の監視カメラに残っていたのだけれど」

 応接室内の視線が一斉に礼瀬マヨイへと集まる。彼は最早悲鳴を上げる事すら出来ず、顔面蒼白と化して今にも倒れそうにふらついていた。いざとなれば介抱するが、それよりもいくらなんでも女子を拉致なんて罪を犯すとは思えない。
 あらゆる可能性を考えて、恐らく、その女子の正体は己に近しい存在であると気付いてしまった。その女子があの子なら、礼瀬マヨイが何故そんな突拍子もない行動を取ったのか、全ての辻褄が合う。

「英智さん。もしかしたらマヨイさんの行動は、俺のせいかも知れません」
「話が早くて助かるよ、風早くん。もう察していると思うけど……君の幼馴染の花城光莉ちゃんが、どういうわけか礼瀬マヨイくんに拉致された記録が残っている」
「……そんな事までご存知なんですな。俺と彼女の関係まで」
「うん、勿論男女の関係ではないという事もね」

 変な誤解を抱かれていない事については安堵したが、肝心の問題は何も解決していない。彼女が同じスタプロであれば、彼女本人を呼んで礼瀬マヨイの身の潔白を証明出来るものの、他所の事務所となればそうもいかない。それどころか、この事実をコズプロ側も抑えていれば間違いなく大事になる。

 それにしては妙である。本当に大問題なら、MDM出場の話どころではない。『ついで』のように話す素振りは、まるで己たちの身の潔白を信じているようなものだ。
 ここは、天祥院英智を信じても良いかも知れない。
 そう願い、礼瀬マヨイの傍へ歩み寄った。

「マヨイさん。俺たちは君の事を信じています。だからこそ、何があったのか説明して頂きたいんですが」
「ヒイッッ!! ごめんなさいごめんなさいぃっ!!」
「もうっ、マヨさんっ! タッツン先輩の事を心配して動いてくれたのは分かるけど、ちょっとタイミングが悪すぎるよォ」

 土下座する勢いで地に伏せる礼瀬マヨイに、白鳥藍良が嘆きの声をぶつける。それは怒りというよりも『呆れ』と称する方がニュアンスとしては近いだろう。

「うっうっ……まさか監視カメラに証拠が残っていたなんて思わなかったんですぅ……あの場所には設置されていないと把握していたのに……」
「ビル内も常に変化が起こっている。それこそALKALOIDが連日仕事に励んでいる間もね」

 どうやら礼瀬マヨイの知らないうちに、監視カメラがESビルのあらゆる場所に増設されたようだ。とはいえ、拉致などせずとも偶然出くわしたのなら、堂々と話せば何の問題も無かったというのに。

「マヨイさん、何故拉致などという物騒な事をされたのでしょうか。仮に光莉さんが俺の事を避けていたとしても、マヨイさんの事を避けるとは考え難いのですが。普通に話し掛ければ快く応対してくれたと思います」
「それはそうなんですが……個人的興味といいますか……」
「マヨイさん」
「ヒッ!! ち、違うんですぅっ! ユニットの方やお知り合いの方が来られたら、ゆっくり話せないと思い……どうしても二人きりでお話がしたかったので、つい……」

 何とも言い難いが、少なくとも己が彼女の事で悩んでいると吐露しなければ、礼瀬マヨイとてこんな事は起こさなかったと言い切れる。故に、罪は己にある――そう思い、全ての責任を背負おうと口を開き掛けた、瞬間。

「ここは『ALKALOID』の君主……リーダーとして、僕が代わりに説明しよう」

 己より先に、天城一彩が前に進み出て、天祥院英智をまっすぐな瞳で見つめてそう告げた。

「巽先輩はつい先日、花城光莉さんと喧嘩……という訳ではないけれど、ちょっとした行き違いが起こってしまったんだ。和解したいと思ってはいるものの、会えない日が続いている。だからこそ、マヨイ先輩が探りを入れてくれたのだと僕は思ったけど……藍良、僕は間違っているだろうか」
「間違ってない! ヒロくん自信持って!」

 天城一彩は一通り言い終えた後、白鳥藍良へ目配せをした。己たちの認識に間違いはない事を確認すれば、今度は礼瀬マヨイへと目を向ける。

「マヨイ先輩は罪を犯すような人ではない筈だ。身の潔白を証明するためにも、光莉さんとどんな話をしたのか、説明してくれないだろうか」
「は、はいぃ……と言っても、なんとか巽さんとお会いして頂きたいと思い、対話したは良いものの、光莉さん側で少々込み入った事情があると分かり……結局何の進展もなく、光莉さんを解放しました……」

 やはり『拉致』とは言い方が暴力的なだけで、対話が叶った時点で実際のところは犯罪的な事など何もなかったのだろう。当たり前ではあるが、それをこうして証明するのは重要だ。
 ただ、引っかかる事がある。進展がないのはともかく、彼女側の事情とは一体何なのだろうか。

「光莉さんの込み入った事情とは、一体何なんでしょうか」
「ヒッ! そ、それは……」
「俺には言えない事ですか?」
「ううっ……光莉さんに口止めされてるので、例え巽さんでも言えないですぅ……」
「あの子が俺に隠し事とは。どうやら完全に光莉さんの信用を失ってしまったようですな」
「そ、そういうわけでは……」

 少々意地が悪いとは自覚しつつも、悲しげな口振りで肩を落としてみせると、混乱する礼瀬マヨイの代わりに口を開いたのは、最初に脅しを仕掛けて来た天祥院英智であった。

「それについては僕が説明しよう。その花城光莉ちゃんとやらが必死に隠そうとしているのに、趣味が悪いとは思うけど」
「さすがにここまで来て肝心な事が分からず話が終わるのも、俺としても不本意ですので……光莉さんには申し訳ないのですが、こっそり教えて頂けると有り難いですな」
「了解。それじゃ、ここだけの話にしよう」

 天祥院英智は、まるでこうなる事を待っていたかのように微笑を浮かべて頷いた。

「花城光莉ちゃん、ついこの前に星奏館に侵入したみたいなんだ」

 まさかここで、その話を出されるとは思いもしなかった。
 厳しい校則の学園、徹底的に管理された事務所でアイドルとして生きている彼女が、そんな事するとは思えないのだが、『Switch』の逆先夏目が盂蘭盆会の際にそのような事を匂わせていたのだから、事実なのだろう。天祥院英智とて何の確証もなく言いはしない事も理解している。

「星奏館は女子は立ち入り禁止だ。それで彼女を処分するか否かで、コズプロ内部で相当揉めたらしい。ただ、コズプロ副所長の七種くんが、どうにかして彼女の処分を不問にしようと悩みに悩み抜いた結果――」

 彼女が規則を破ってまで星奏館に侵入した理由。以前ラジオで宣言した言葉を思えば、自ずと答えは見えて来る。
 ただ己に謝りたいがために、危険を顧みず星奏館に来たのだと。

「風早くん。君と二度と会わないように――七種くんはそう彼女に命じたそうだ。それで処分は不問となった。勿論、今後君に接触すれば解雇だろうね」
「……話の流れは理解しましたが、会うだけで解雇するとはあまりにも横暴ですな」
「Crazy:Bの事もあるし、コズプロも余裕がないんだよ。寧ろあの七種くんが、そんな問題児を庇った事が意外なほどにね」
「誤解しないで頂きたいんですが、あの子は本来問題児とはまるで正反対の子なんです。それなのに、問題行為を仕出かしてしまったのは、紛れもなく俺に原因があります」

 一体どうしてここまで話が拗れてしまったのか。
 己は決して彼女を突き放したかったわけでも、陥れたかったわけでもない。己を神として崇めるような真似を止め、昔のように接して欲しかっただけなのだ。幼馴染みとして、友人として、一人の人間として。

「君たちの関係を表面上しか知らない僕が言うのも何だけど……風早くんが自分を追い詰める事ではないと思うよ。寧ろ彼女がそれを知ったら傷付くだろうしね。礼瀬くんに口止めしたのは、君に余計な心配を掛けないようにする為だろうし。ふふっ、健気な子だね」

 途方に暮れる己とは相反するように、天祥院英智は実に上機嫌であった。
 というか、そもそもこんな話で時間を費やすのには意味がある筈だ。此度のMDM出場の話と、彼女の処分の話が繋がっているとはどうしても思えない。それに、彼女の話を切り出すにあたり脅しめいた言い回しをしたのは何故なのか。
 恐らくは、MDM出場および彼の命令に己たちを従わせるにあたり、何らかの交換条件を出して来るのだろう。

「……それで、英智さん。この話の本題は何ですかな?」
「さすがにもう本題に入らないと駄目か。もうちょっと風早くんが悩み苦しむ姿を見ていたかったのだけど」

 曲がりなりにも己たちの雇い主に対してこういう感情を持つのもどうかと思うが、どうにも彼の事が苦手である。
 一体何を言われるのかと息を呑んだが、己だけでなく、仲間たち全員が思いも寄らなかったであろう言葉であった。

「君たち『ALKALOID』がMDMに出場し、かつ僕の言う事に従ってくれるなら――花城光莉と対話出来る場を設けよう。勿論、コズプロの目が届かない、プライベートが守られた場をね」

 一体どうしてそこまで便宜を図るのか。己と彼女の仲が拗れている事など、天祥院英智には何の関係もない。己たちの蟠りが解けたところで、彼にとっては何の得にもならない。それどころか、コズプロの目を掻い潜って彼女と己を会わせるなど、あまりにもリスクが高すぎる。
 つまり、それ相応の対価を求められるという事だ。

「……英智さん、さすがに俺個人の問題に『ALKALOID』を巻き込むのは……」

 彼女との問題は、己自身が何らかの形で解決しなければならない。手段が思い浮かばないとしても、これ以上仲間たちを巻き込むわけにはいかない。
 そう思い、断ろうとした瞬間。

「タッツン先輩! このチャンスを逃したら、ずっと光莉ちゃんと会えないままだと思う。だから……おれが出来る事があるなら協力したい」
「藍良さん。ですが……」

 白鳥藍良の申し出に続いて、他の二人も次々に声を上げる。

「巽先輩、僕たちはもう一蓮托生だよ。それに巻き込まれたとは思っていない。光莉さんのユニットの子たちも、君主の為に僕たちのアルバイトを手伝ってくれたよね。それと全く同じ事だと思うよ」
「私も藍良さんと一彩さんに同意します。それに、光莉さんと直接お会いして……あの子の為にも是非、お二人には早く和解して欲しいと心から思いました」

 己一人の問題だと思っていたのに、これ以上巻き込んではいけないと思っていたのに。
 本当に、どこまでもお人好しで、人の為に行動する事を厭わない――なんて素晴らしい仲間たちに巡り会えたのだろう。

「ありがとうございます、藍良さん、一彩さん、マヨイさん。心苦しいですが、少しばかり俺の我儘に付き合って貰えると有り難いです」
「我儘なんかじゃないよォ! ヒロくんも言ってたけど、仲間なんだから助け合うのは当たり前だから、タッツン先輩はこれ以上遠慮しない事! それと、マヨさんもこれからはおれたちにもちゃんと共有してよねェ」
「す、すみませぇん……まさかこんな事になるとは思っていなくて……」

 かくして、事態は思い掛けない方向へ動き出していった。果たして天祥院英智の計画通りに進んでいるのか、あるいはすべてが神の采配なのか。どちらにせよ、彼女と再会出来る日は、そう遠くない未来であった。

2020/11/21

Was Gott thut,
das ist Wohlgethan

神のみわざはすべて善し
[ 19/31 ]

[*prev] [next#]
[back]
- ナノ -