行き詰まっていた己たちALKALOIDに救いの手が差し伸べられ、他事務所のSwitchが主催するドリフェス『盂蘭盆会』への参加が決まり、漸く光明が見えたある日の午後。

「風早先輩!? こんちゃ〜っす!」

 ESビル内で思わぬ人物から声を掛けられ、顔を向けるとそこには『Eve』の巴日和と漣ジュン――今は『Eden』として他校の生徒とも活動を共にする、かつての知人の姿があった。単なる雑談だけで終わる筈が、彼らの口から思わぬ人物の名が出て、話は思わぬ方向へ転がって行った。恐らくは、己にとって良い方へと。



「そういえば風早先輩、花城さんとはどうっすか?」
「……?」

 まさか彼女の名前が出て来るとは思わず、そもそも漣ジュンの質問の意図すら理解出来ず首を傾げると、巴日和が妙に焦った様子で間に割って入った。

「こらっジュンくん! 不躾にそういう事を聞いたら駄目だねっ!」
「別に変な意味で聞いてるわけじゃないですよ。一年以上健気に教会通いしてる花城さんを見ていて、少しは報われて欲しいって思わないんすか? おひいさん、冷たいっすねぇ〜」
「ふん! ぼくの方が光莉ちゃんを可愛がっているし、ジュンくんより遥かにあの子に敬愛されてるねっ!」

 既に話が脱線している気がするが、少なくとも彼らの会話から、現在の彼女の玲明学園での立ち位置は、確実に上位である事は明白であった。玲明という枠を越え、今やESの頂点に君臨するユニットのひとつに所属する彼らが、花城光莉という少女をまるで対等な存在のように扱うなど、己がソロでアイドル活動をしていたあの二年前では誰も信じないだろう。

「あっ、ごめんね巽くん! いきなり光莉ちゃんの話になって驚かせてしまったね」
「……はい、日和さんの仰る通り、正直驚いています。まさかあの子がお二人とそんなに深い間柄になるとは……」
「うんうんっ! 巽くんが入院した後、ちょっとした縁があって……というか、元々光莉ちゃんとジュンくんが仲良しだったのが切欠だね」

 巴日和は屈託のない笑みで簡易的にそう説明してみせたが、そもそも己は彼女がこの二人と懇意にしている事すら知らなかった。
 彼女はいつも己や教会の子どもたちの事を気に掛け、自らの話を積極的にする事はなかった。それは触れられたくないからなのだと解釈し、こちらからも詮索はしないようにしていたが、もう少し踏み込んだ方が良かったのだろうか。入院生活による一年以上のブランクは、アイドルとしての人生だけではなく、彼女との距離感の掴み方さえ奪ってしまったようだ。
 思えば、彼女が玲明学園に入学した時点で、己と彼女の良好だった関係が徐々に歪になっていったのだから、かつての子どもの頃のような関係にはもう戻れないのだろう。

「おひいさん、風早先輩の前で誤解されるような事言わないでくださいよ」

 ふと、漣ジュンの声で我に返った。『誤解されるような事』とは、仲が良い事を恋仲だと思われるという意味だろうか。尤も、彼も彼女もそこまで迂闊な事が出来る立場ではないと理解しているし、本当に気の合う友人であると認識しているのだが。

「花城さんのオレに対する態度の雑さを見れば、どう解釈しても仲良しとは言えねえっすよ。風早先輩も復学したら、オレの言っている事が間違いじゃないってよ〜く分かりますから」
「ふふっ。あの光莉さんが素を出すとは、余程ジュンさんには心を開いているようですな」
「本当違いますって! そもそも花城さんと話すようになった切欠は、風早先輩に憧れてるっていう共通点があったからですよ」
「俺に?」

 過去に触れられるのはあまり良い気分はしないのだが、今となっては己よりも遥か高みにいる漣ジュンが、過去の己を引きずり持て囃すのは些か不可解である。つまり、彼の言葉は純粋な賛辞であると受け取るべきだろう。そう考えると、ますます前にあの子に対して辛辣な事を言ってしまった事が悔やまれる。

「巽くん、もっと自分に自信を持って欲しいね! このぼくが玲明学園で唯一きみをライバルだと認めたんだから。ぼくの目に狂いはないからねっ」
「ありがとうございます、日和さん。ただ、今の俺は見ての通りリストラ寸前ですが」
「本当に英智くんの嫌がらせには辟易してしまうねっ。でも、光莉ちゃんがきみの為にどん底から這い上がったみせたのと同じように、巽くんもまた表舞台に戻って来れるとぼくは思うね!」

 巴日和の明るさは不思議と周囲の人間を巻き込み、前向きにさせる力を持っている。だからこそトップアイドルとして君臨出来るのだ。玲明学園に必要だったのは己ではなく、彼のような存在だったのだと改めて思ったが、ふと彼の言葉に引っ掛かるものがあった。

「あの、日和さん。光莉さんが俺の為に、とは……どういう意味でしょうか」

 別に己は彼女が特待生になる事を願ったわけでもなければ、強制したわけでもない。寧ろこんな業界からは足を洗って、平和に満ちた幸せな人生を送って欲しいとすら思っていた程である。それが己の思いとは正反対に、アイドルの道を諦めずに特待生まで上り詰めてしまうとは、本当に彼女と己は心が通じ合っていなかったと思わざるを得ない。
 だからこそ、何故彼女が己の為にそこまでするのか不可解であった。彼女自身がアイドルとして生きる道に何らかの価値を見出したのであれば喜ばしい話だが、己の存在を原動力としていた時点で違うだろう。

「どういう意味も何も、光莉ちゃんはきみの事を愛しているからだね!」
「ちょっ、おひいさん!! 人には不躾に聞くなって言っておきながら、何暴露してんすか!!」

 己の問いに対して平然と言い放つ巴日和の横で、漣ジュンが青褪めた顔で声を上げる。他に誰もいないならまだしも、己の後ろにはALKALOIDの三人がいる。彼らの前で彼女の感情を暴露した事に対して狼狽しているのだと思うが、巴日和という人物は、所謂男女の恋愛の意味で言ったわけではないと断言出来る。真っ直ぐと己を見つめる双眸は純粋そのもので、決して己や彼女を茶化そうとはしていないと分かる。

「落ち着いてください、ジュンさん。『汝の隣人を愛せよ』などと言いますが、つまりそういう事ですよね? 日和さん」
「勿論だね! 全く、ジュンくんは何を焦っているのか知らないけれど……」

 巴日和が窘めるように漣ジュンを睨み付けると、彼は溜息を吐いて己へ視線を向けた。

「オレの事は置いといて……風早先輩。花城さんは先輩が事故で入院した時、もう本当に立ち直れなくて退学するところだったんすよ。見かねて、オレがつい『おまえ、先輩が復学した時に胸張って会いたいって思わねぇのかよ!』って喝を入れちまって……そこからあいつの快進撃が始まったんすよ。おひいさんも面白がって花城さんに構うようになって」
「そんな経緯があったんですか。全く、あの子は俺に何も話してくれませんから……」

 漣ジュンの説明で、己がいなかった間の大まかな出来事は察する事が出来たが、少しぐらいは己に話してくれても良かったのに、どうして頑なに彼女は言わなかったのかと、更なる疑問が沸き出ていた。そんな己の胸中を知ってか知らずか、巴日和は邪気のない様子であっさりと答えてみせた。

「それは、きみにだけは知られたくなかったからだね」
「……どうしてでしょうか。疚しい事がなければ言っても問題のない事だと思いますが」
「だって、巽くんは光莉ちゃんが血の滲むような努力をして特待生になる事なんて、別に望んでなかったね」

 人の心を読むなど出来るわけがないというのに、この時ばかりは不覚にも動揺してしまった。彼はあくまでそう推察しているだけだ。そう言い聞かせて彼の言葉に耳を傾けた。

「言うなれば、これは光莉ちゃんの自己満足。きみの為に頑張った、なんてあの子の性格では言えるわけがないね。特待生になれたから良かったものの、なれなければ『お前の為に頑張ったのに結果が出なかった。お前のせいだ』なんて思いかねないからね」
「光莉さんがそう思うとは考え難いですが……日和さんの仰っている事は尤もです。皆、人生が上手く行かないと何かと他人のせいにしがちですから」

 尤も、己が二年前に起こした革命めいた事により、結果的に多くの人を傷付け、中には壊れてしまった者もいる。恨まれても仕方のない事をして来ただけに、こんな事を言うのは綺麗事でしかないが。

「ぼくはあの子の遠慮がちな性格が、アイドルとしては欠点だと思っているけれど……そういう子がアイドルをやるのも、多様性という観点では良い事だね。玲明も落ちこぼれの中からジュンくんや光莉ちゃんのような原石を見つけるよう、変わろうとしているしね」

 己の為して来た事は全て無意味だったと思っていた。だが、こうして二人と会え、漣ジュンと花城光莉が己をきっかけに這い上がってみせたのだと分かり、決して無駄ではなかったのだと、随分と心が救われたような気がした。

「まあ、風早先輩と花城さんが仲良くやってるなら何よりですよ」
「それが……恥ずかしながら少々喧嘩してしまって」
「マジっすか?」
「お互い仕事に支障が出る程引きずっているわけではないのですがね。ただ、直接会って話したいと思ってはいるのですが、なかなか機会がなく……寧ろこれまで偶然出くわしていたのが奇跡のようなものですが」

 こんな話をするつもりはなかったのだが、つい零してしまうと、漣ジュンは少しばかり考える仕草をした後、口角を上げて頷いた。

「花城さんを見掛けたら伝えておきますよ。夏休み中ですし、オレも会うタイミングがなかなか無いですが、同じコズプロ所属なんで、風早先輩よりは会える確率は高いと思いますんで」
「助かります。ありがとうございます、ジュンさん」
「ぼくも光莉ちゃんに会ったら伝えるねっ!」

 自分を差し置くなとばかりに巴日和が漣ジュンの目の前に立ち、己に向かって笑みを浮かべてみせた。

「日和さんも、卒業後も相変わらずお忙しいのに、お気遣い痛み入ります」
「事務所の違うアイドルを手助けするのは表立って出来ないけれど、これぐらいはさせて欲しいね! 光莉ちゃんはジュンくんと違って、ぼくの事を『日和さま』と呼んで慕ってくれるしね。ぼくの手助けで君たちが仲直り出来るなら、それが良い日和!」

 なんとか笑みを返したものの、本当に彼女には悪い事をしてしまったと反省するばかりであった。己を『巽さま』と呼んでいたのは決して過去に囚われているからではなく、巴日和に対してもそうであるように、純粋な敬愛から来る呼称だったのだ。
 ただ、それでも彼女には他人行儀な呼び方ではなく、昔のように接して欲しいのだが、そこまで求めるのは二年前のあの一年間を思えば、無理な話だと諦めるしかないのだろうか。





「タッツン先輩、本当に本当に凄い人だったんだねェ〜……あの『Eve』と対等に話せるなんて」

 またぼうっとしていたようだ。気付けば、白鳥藍良が己の顔を覗き込んで、大きな双眸を輝かせていた。

「いえ、全くもって凄くはありませんな。それどころか光莉さんが本当に凄い人になっていると改めて分かって、今頃になって心底驚いているぐらいです」
「それはそれでタッツン先輩も別の意味で大物だよォ。まあ、実際ライブに行ったりテレビを見ないと、なかなかそういう感覚は持てないだろうしねェ」

 続いて天城一彩も己の傍に歩み寄り、まるで言葉を選ぶように考える仕草をしながら、ゆっくりと口を開いた。

「きっと僕たちが『盂蘭盆会』で良いパフォーマンスを魅せれば、光莉……さんも心から喜ぶと思うよ。その為にも、巽先輩だけではなく、僕たち全員で頑張ろう!」
「ええ。それこそ先程の話ですが、光莉さんがあの二人の力を借りて飛躍したように、俺たちも四人で力を合わせれば、きっとどん底から這い上がれる筈です」
「ウム! ここで良い結果を出してL$が稼げれば、巽先輩が光莉さんに会う余裕も出来るだろうね」
「ちょっとヒロくん、折角前向きになってるのに報酬の話とか、現実に引き戻さないでよォ〜」

 いつもの雰囲気に戻りつつある中、礼瀬マヨイだけは少し離れた場所で疲れ果てた顔をしていた。どうも彼は先程のEveのふたりのようなタイプに拒否反応が出るらしい。

「マヨイさん、大丈夫ですか?」
「は、はいぃ! ああいうキラキラした方々がどうしても苦手で……その、光莉さんという方も同じでしょうし、皆さんはともかく私がそんな風に這い上がれるなんて……」
「いえいえ、光莉さんもマヨイさんと似ているところがありますな。きっとお会いすれば仲良くなれると思いますよ」
「ひぃぃ! 滅相もない!」

 何気なく言ったこの発言がきっかけかは不明だが、この先己の与り知らぬところで彼女と礼瀬マヨイが友好を深めるなど思いもせず、己たちは目先の目標として『盂蘭盆会』で今出来る最高のパフォーマンスを魅せる為に、練習に明け暮れる日々が送る事になるのだった。

2020/08/01

In allen meinen
Thaten

わがすべての行いに
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