主と従者

 優花梨がマッケンジー邸の門を正式にくぐるのは、今回で二度目だ。何度も2階の部屋の窓から潜り込み、あまつさえ現在は寝泊まりしている事を考えると、実に不思議かつ微妙な感覚である。
 ウェイバーはただただ唖然として、ひたすら優花梨とライダーへ視線を送っていた。無理もない。なにせウェイバーは、つい先程まで2階の部屋にいて、マーサ夫人に呼ばれるや否や、何故かこの二人がダイニングにいたのだから。

 そんな優花梨とウェイバーの心境など何処吹く風で、ライダーはこの家の主であるグレンと共に、ビールをぐびりと飲み干し、歓談に興じていた。
「いやあ、気持ちの良い飲みっぷりですなあ。うちのウェイバーも、イギリスから戻る頃には酒の一つも覚えて来るかと期待しとったんですがなあ。まだまだてんで駄目でして。つまらん思いをしておったのですよ」
「ははは。彼は遊びを知らんですからなあ。人生楽しんだ奴が勝ちだと、常々言い聞かせとるんですが」

 ウェイバーは口を挟む事も出来ず、どういう事だと言わんばかりに優花梨を睨み付ける。まさかこの場で事情を説明する訳にもいかず、優花梨は居心地が悪そうに肩を竦めた。
 そんなウェイバーの肩を、マーサが軽く小突く。
「もう、駄目じゃない。お客さんがいらっしゃるなら、もっと早くに教えてくれなきゃ。分かってたらもっとご馳走の準備が出来たのに」
「…いや、ええ…?」
 困惑するウェイバーに代わって、ライダーが笑顔でマーサへ顔を向けた。
「いやいや奥さん、お構いなく。気取らぬ家庭の味こそが、極上のもてなしであります故」
「まあまあ、お世辞がお上手だこと」
 マーサはそう言って微笑むと、今度は優花梨とウェイバーへ視線を移す。

「全く、ウェイバーちゃんも隅に置けないわね。イギリスの学校で日本人のガールフレンドが出来た事だって、ちゃんと教えてくれないと」
「!? ち、違う! 優花梨はそんなんじゃなくて、その、なんていうか、あの」
「マーサ様! 私とウェイバーはただの友達です」
 ウェイバーの胸中を思うと、優花梨は助け舟を出さずにはいられなかった。

「御存知の通り、うちのウェイバーは、まあ、あんな気性なものですからね。イギリスの学校で上手くやっていけたのか、心配でならなかったのですが。貴方の様な頼もしい知己を得ていたのなら、全く取り越し苦労でしたなあ」
「いやいや、私の方こそ世話になっとったのですよ。ほれ、このズボンも彼が見立てて買ってくれたのです。どうです、格好良いでしょう」
 そう言って、ウェイバーと優花梨が調達したジーンズをグレンに見せびらかすライダー。優花梨はちらりとウェイバーを見遣ると、完全に脱力していた。それもその筈、今までライダーの存在をひた隠しにして来たのだ。それがこうもあっさりと話の辻褄が合い、この場に馴染んでいるのを見れば、今までの努力は何だったのかと脱力するしかないだろう。

「ウェイバー、後でちゃんと説明するから」
「当たり前だ」
 小声で囁く優花梨に、ウェイバーは苦虫を噛み潰した様な顔で言い放った。

「アレクセイさんと優花梨ちゃんは、いつまで日本に居られるご予定で?」
 完全に酔いが回っているグレンの問に、優花梨はどう答えて良いか分からず、『アレクセイさん』もとい、ライダーへどうすれば良いかと無言で視線を送った。ライダーは優花梨をちらりと見遣ってこくりと頷けば、先程と変わらぬ様子でグレンに答える。

「ええ、まあちょっとした野暮用が片付くまで、一週間かそこいらって所ですかな」
「もし良かったら、ねえ、我が家に滞在なさってはどうですか? 生憎手狭なもので、客間の用意はないのですが、ウェイバーの部屋なら、布団を敷けば寝られるでしょう。なあウェイバー?」
「………」
 黙り込むウェイバーとは真逆とばかりに、ライダーが満面の笑みで代わりに声を上げた。
「フトン? おお、この国の寝具ですな! 是非堪能したい!」
「ははは、ベッドではなく床に寝るというのは、慣れないうちは奇妙なものでしてね。私達も日本は長いが、初めのうちは驚かされる事ばかりでしたよ」
「それが異国の醍醐味というものでしょうな。未知なる驚きこそ我が歓喜。いつの時代もアジアは余を楽しませてやまない!」

 流石にライダーの素の発言には優花梨も唖然としたが、幸い、グレンとマーサはその違和感にはまるで気付いて様である。
「ウェイバーちゃん、一緒に寝るからといって、優花梨ちゃんに変な事しちゃ駄目よ?」
「なっ! し、しない! する訳ないだろ!」
「マーサ様、そんな事は、神に誓ってありません!」
 真っ赤に顔を染めるウェイバーと優花梨を他所に、ライダー達は終始笑いの絶えない時間を過ごした。何はともあれ、全てが上手くいってしまった。




「出入りの時は! 霊体化しろって! 散ッ々ッ言い聞かせておいただろうがぁッ!!」
 夕食後、二人分の布団一式を抱えて部屋に戻ったライダーに、堪らず癇癪を起こすウェイバー。すかさずフォローすべく、優花梨がライダーの後ろで遠慮がちに言った。
「そうする前に、偶然グレン様に見つかってしまったの。友人として振る舞うしかなかったし、寧ろライダーのお陰で、こんなに上手く事が運んで良かったと思うべきだと…」
「うっ……」
 優花梨の正論に、ウェイバーも口を閉ざすしかなかった。それでも納得がいかない様子で、憮然とした表情だ。

「つうか、そもそもこれは一体何なのだ?」
 二人の会話に割って入る様に、ライダーが試験管の入ったバッグを差し出した。ウェイバーはそれを仏頂面で受け取ると、中身を確かめた。アルファベットを記載したラベルが貼られた計24本の試験管には、いずれも未遠川の水が入っている。
「折角ズボンを履いたからには、もうちっと華やいだ場所を散策したかったのに、なんで征服王たる余が、鄙びた川っ縁で水汲みなんぞせにゃならなかったのだ? 今日は銭湯位しか楽しみがなかったぞ」
「煎餅齧ってビデオ観てるよりはよっぽど有意義だからだよ。優花梨に銭湯連れてって貰っただけでも有り難いと思えよ」

 ウェイバーは不貞腐れた顔でそう言うと、自身の荷物から実験道具一式を用意し、早速作業を始めようとした。優花梨にとっては見慣れた光景だが、ライダーにとっては見たこともないものばかりだ。

「何だ? 今から錬金術の真似事でも始めようというのか?」
「真似事じゃなくて、錬金術そのものだ。馬鹿」
 ウェイバーはライダーにそう言い放つと、二人が収集した試験管を順に並べ、まずは一旦試薬を配合していく。
「念の為確認しとくけど、確かに地図に書いた場所を間違えてないだろうな?」
 ウェイバーの問に、ライダーは予め渡されていた地図を投げ渡して言った。
「余を舐めとるのか坊主? この程度の事で何をしくじれというのだ」
「大丈夫だよ、ウェイバー。二人で手分けしてちゃんとやったから」
 念を押す様に、優花梨も微笑を湛え、ライダーに続いて口にする。ウェイバーは溜息をひとつ吐くと、引き続き試薬の準備を続けた。

「なんだか懐かしいね、こういうの。初等部の時にやったよね」
「懐かしくも何ともねえよ」
 聖杯戦争の最中であるというのに、時計塔に入ったばかりの頃と同じ事をしている事実に、腹立たしさを覚えているのだろうか。何気なく呟いた優花梨の一言に、ウェイバーはさも不愉快そうに吐き捨てれば、配合の終わった試薬を、海に隣接する河口地点である『A』のラベルが貼られた試験管へ滴下した。
 瞬間、試験管の水の色が一気に赤錆色へ変化する。
「……うわ」
 思わず声を漏らすウェイバーと共に、優花梨も顔を顰めた。この変化は、明らかに異常な事を示す反応である。

「一体それは何なのだ?」
 興味深そうに覗き込むライダーに、ウェイバーは説明した。
「術式残留物の痕跡だ。水の中にあった魔術の名残さ。川の上流…といってもかなり河口に近い位置で、誰かが魔術を執り行ってたって事だよ。これを遡っていけば、その場所を掴む手掛かりになるかもしれない」
「……坊主。あの川の水にそんなものが混じっていると、最初から気付いてたのか?」
「まさか。でも折角街のど真ん中に流水がある土地なんだ。まずは水から調べるのが当然だろ」
 さも当然の様に言うウェイバーだが、優花梨は尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
「凄いねウェイバー。こんなにあっさり、キャスターの魔術工房の目星が付くなんて」
「嫌味か。こんなのただの当てずっぽうだ」

 ウェイバーは順々に試験管に試薬を滴下していく。アルファベットが進む、つまり川の上流へ向かうにつれ、色は徐々に濃くなっている。それが突然、『Q』の試験管では何の反応も表れなかった。思わず優花梨は神妙な面持ちで、ウェイバーを見つめる。ウェイバーも優花梨をちらりと見遣ってこくりと頷くと、先程ライダーから受け取った地図を広げ、PとQの書き込みに各々指を差した。
「優花梨、ライダー。ここと、ここの間に何かあったか? 排水溝とか、用水路の注ぎ口とか」
「おう、一際馬鹿でかいのが一つあったが」
「それだ。そいつを遡っていった先に、多分キャスターの工房がある」
「ウェイバー! 多分、じゃないよ。絶対ある!」
 優花梨はウェイバーの手を取って断言した。確証はない。だが、己の勘がそう告げているのだ。

 優花梨とウェイバーの遣り取りをしげしげと眺めれば、ライダーは真面目な顔付きになって呟いた。
「おい、坊主。もしかして貴様、えらく優秀な魔術師なんじゃないのか?」
「こんなのは優秀な魔術師の手段じゃない。方法としては下の下だ。オマエ、ボクを馬鹿にしてるだろ」
「何を言うか。下策をもって上首尾に至ったなら、上策から始めるよりも数段勝る偉業ではないか。誇るが良いぞ。余もサーヴァントとして鼻が高い」
 ライダーはそう言うと、豪快に笑いながらウェイバーの肩を思い切り叩く。明らかに不愉快そうな顔をするウェイバーの横で、優花梨は満面の笑みを浮かべた。

「ライダーの言う通りだよ、ウェイバー。嫌味なんかじゃないんだから」
「オマエらに褒められても信用出来るか」
「もう、どうして素直に受け取ってくれないのかなあ」
 ウェイバーの態度に優花梨は眉を顰めて頬を膨らませた。その傍ら、ライダーは心底嬉しそうに声を上げた。
「よぉし、居所さえ掴めりゃこっちのもんだ。なあ坊主、早速殴り込むとするか」
「待てこら。敵はキャスターだっての。いきなり攻め込む馬鹿がいるかよ」

 しかし、ライダーは己の武器である剣を実体化させ、ウェイバーの制止など聞く耳を持たないとばかりに言う。
「あのな、戦において陣というのは、刻一刻と位置を変えていくもんだ。位置を掴んだ敵は速やかに叩かねば、取り逃した後で後悔しても遅いのだ」
「…オマエ、なんでまた今日はそんなにやる気なんだ?」
「当然よ。我がマスターがようやっと功績らしい成果を見せたのだ。ならば余もまた敵の首級を持ち帰って報いるのが、サーヴァントとしての心意気というものだ」

 散々自分を振り回して来たライダーに称賛された事に、流石のウェイバーも反論出来なくなったのか、視線を逸らし、無言でぽりぽりと頬を掻いた。優花梨はウェイバーの頬が紅潮するのを見逃さなかった。
「ほんと素直じゃないよね、ウェイバーって。嬉しいって顔に出てるのに」
「う、うるさい! 変な事言うな馬鹿! 別に嬉しくないからな! 大体、キャスターは防戦に関しては最強のアドバンテージを持ってるんだ。真正面から強行突破するなんて無謀な…」
「そう初っ端から諦めてかかるでない。とりあえずブチ当たるだけ当たってみようではないか。案外なんとかなるかもしれんぞ? 小娘、貴様もそう思うであろう?」
「えっ!? は、はい! 他のマスターを出し抜く為にも、決して無駄な行為にはならないかと」
 突然ライダーに話を振られ、優花梨はつい勢いで言ってしまったが、こと聖杯戦争についての理解度は無論、マスターであるウェイバーの方が圧倒的に上である。即ち、ウェイバーの主張が正しい筈なのだが……不思議な事に、この征服王が言うからには、絶対に負け戦にはならないであろうと思えた。

 2対1ではどうにもならない。ウェイバーは諦めの境地に達したが、一つだけ言っておきたい事があった。
「おい、優花梨。オマエ、最近ライダーに流され過ぎてないか? …いや、オマエも元から似た様なもんか」
「そうかな? あと、私も同行するね。調査を手伝った以上、その結果を見届けたいし」
「駄目だ。もしもの事があったらどうする」
「なあに、余が守ってやるから安心せい!」
 ライダーの一声で、優花梨の同行はあっさりと決まってしまった。何事もなければ良いのだが。ウェイバーは大きな溜息を吐かずにはいられなかった。

 かくして3人は、ライダーの戦車に乗って、キャスターの魔術工房と思わしき、未遠川の下水管へ向かった。



「AAAALaLaLaLaLaie!!」
 ウェイバーの読みは見事に的中した。下水管の奥は、おぞましい数の怪魔で埋め尽くされていた。それらを無残に踏み潰し、ライダーの戦車、ゴルディアス・ホイールは蹂躙していく。
 優花梨はこの現状を、不可解に感じた。ウェイバーの言うには、キャスターは防戦に関しては最強の筈だ。その違和感は、当然の如くウェイバーとライダーも感じていた。

「なぁおい坊主。魔術師の工房攻めってのは、こんなにも他愛ないもんか?」
「…いや、変だ。今回のキャスターは、正しい意味での魔術師じゃないのかも」
「あぁん? そりゃどういう意味だ?」
「例えば、生前の伝承に、悪魔を呼んだとか、魔導書の類を持ってたとか、そういう逸話が語り継がれているだけで、別段本人が魔術師として知れ渡っていた訳じゃない英霊だとしたら、例えキャスターとして現界しても、その能力は限定的なものになるんじゃないかな」

 優花梨はウェイバーの推察を感心して聞いていた。仮に自分がマスターだったら、ここまで冷静に分析出来ただろうか。
「大体、これが本格的な工房だとしたら、ああも無防備に廃棄物を垂れ流してたのは変だ。まともな魔術師だったら、あんな失態はありえない」
「ふーん、そんなもんかい。…んん? そろそろ終着点か?」
 気付けば、大量に蠢いていた怪魔はいつの間にか姿を消し、代わりに広い空間へと出た。とはいえ、辺りは闇に包まれている。優花梨は即座に暗視の魔術で視覚を強化した。

 刹那、優花梨は目の前の光景に言葉を失った。絶望――そんな単純な言葉では片付けられない程だ。自分が幼い頃受けて来た虐待など、眼前の惨状に比べれば生温い。
 優花梨は堪らず、ウェイバーの手を取り、握り締めた。その心理を、ウェイバーはまだ気付く由もなく、どきりと胸を高鳴らせるのみだった。暗闇が恐いのだろう、可愛い所もあるじゃないか、と呑気な事を考えて。

「ふん、生憎キャスターは不在の様だな」
 いつもとは異なるライダーの声色。優花梨は、ライダーもこの惨状を目の当たりにしたのだとすぐに察した。
 しかし、ウェイバーは全く気付かずにいた。
「貯水槽か何かか? ここ…」
「あー…坊主。こりゃ見ないでおいた方が良いと思うぞ」
「何言ってんだよ! キャスターが居ないなら、せめて居場所の手掛かりぐらい探し出さなきゃ始まらないだろ!」
「そりゃそうかもしれんが止めとけ。坊主、こいつは貴様の手にゃ余る」
「うるさい!」
 ライダーの制止を無視し、ウェイバーは優花梨の手を払って御車台から降りると、暗視の魔術を発動した。

「ウェイバー! 駄目!!」
 優花梨が叫んで御車台から降り立った時には、もう手遅れだった。

「……ッ……」

 この血塗れの空間に幾多に存在するのは、ただの死体ではない。殺戮に芸術を見出した者が創り上げた、残虐極まりない芸術作品。その悲惨さは、普通の精神では、とてもではないが耐え切れる状況ではなかった。

 最早地に足を付ける事も出来なくなったウェイバーは、血に塗れた地面に両手と両膝をつけば、胃の中のものを全て吐き出すかの如く嘔吐した。優花梨は慌てて駆け寄ると、無言でウェイバーの背中を擦った。
 ウェイバーは優しい。魔術師としては、あまりにも優しすぎるのだ。

 ライダーも戦車を降りると、ウェイバーと優花梨の傍で溜息を吐いた。
「だから、なあ。止めとけと言ったであろうが」
「うるさい!」
 ウェイバーはライダーの言葉が癇に障ったのか、そう怒鳴ると優花梨の手を思い切り払い除けた。己のサーヴァントだけならず、想い人の前でこんな情けない姿を見せてしまった事が、屈辱で仕方なかった。
「畜生…馬鹿にしやがって…畜生…っ」
「意地の張りどころが違うわ。馬鹿者」
 ライダーはそう言うと、神妙な面持ちで言葉を続けた。
「いいんだよ、それで。こんなモノ見せられて眉ひとつ動かさぬ奴がいたら、余がブン殴っておるわい」
 その言葉で、ウェイバーはつい先程優花梨が、珍しく不安そうに手を握って来た事を思い出した。

「寧ろ貴様の判断を讃えるぞ、坊主。キャスターとそのマスターを真っ先に仕留めるという方針は良しだ。成程、こういう連中とあっては、一分一秒生き長らえさせておくのも胸糞悪い」
「ライダー、貴方の言う通りです。こんな非道な行為…魔術師としても、人間としても許せません」
 優花梨がライダーの言葉に同意すると、ウェイバーはますます声を荒げた。
「何が…ブン殴る、だよ…! 馬鹿ッ! オマエだって、優花梨だって…今…全然平気な顔して突っ立ってるじゃないか! 無様なのはボクだけじゃないか!」

「余はなぁ、だっておい、今は気を張っててそれどころじゃないわい。なんせ余のマスターが殺されかかってるんだからな」
「――へ?」

 瞬間。ウェイバーに向かって短刀が放たれた。ライダーは鞘から剣を抜いて振り上げると、激しい火花が散った。そこで位置を悟れば、その場所へ向かって迷わず剣を振るライダー。響く絶叫。そして、血飛沫が舞う。
 ライダーの攻撃で倒れた襲撃者。それが白い髑髏を付けているのを見て、ウェイバーは驚愕した。
「アサシン……そんな、馬鹿な!?」

 優花梨も驚きはしたが、同時に冷静でもあった。ウェイバーは以前、アサシンはアーチャーに殺害されたと言った。しかし、綺礼が時臣を裏切るなど有り得ない事だった。間違いなく、何か裏があると薄々感づいていた。あれは狂言なのではないか、と。そして今この瞬間、それが事実であったと確定した。
 なにせ目の前には、アサシンが2人もいるのだから。優花梨が一度対峙した事のある、女性のサーヴァントもいる。アーチャーに殺されたのは、彼女とは別のアサシンだったのだ。

「驚いている場合じゃないぞ、坊主」
「どどど、どうして…なんでアサシンが4人もいるんだ!?」
「何故もへったくれもこの際関係なかろうて。一つ、確かに言える事は……コイツらが死んだと思い込んでた連中は、残らず謀られてた、って事だわなあ」
 ウェイバーと優花梨を守りながら、ライダーはそう呟いた。暫しの間。2人のアサシンは互いに目配せすると、霊体化し姿を消した。

「逃げた……のか?」
 ウェイバーの言葉を、ライダーは即座に否定した。
「否。二人死んでも、なおまだ二人――この調子じゃ、一体何人のアサシンが出てくるやら知れたもんじゃない。ここは、拙い。奴ら好みの環境だ。さっさと退散するに限る」
 そう言うと、ライダーは顎をしゃくって戦車へ戻るよう促す。
「坊主。小娘。余の戦車に戻れ。いざ走り出せば、連中とて手出しは出来ん」
 優花梨は無言で頷くも、ウェイバーは動き出そうとせず、ライダーへ静かに問い掛けた。

「ここは……このまま放っとくのか?」
「調べりゃ何か分かるかも知れんのだろうが…諦めろ。とりあえずブチ壊せるだけは壊していくさ。それはそれで、キャスターの足を引っ張る戦果にはなる」
「生き残りは……」
「まだ息がある奴なら何人かいるが……あの有様じゃ、殺してやった方が情けってもんだ」

 沈痛な面持ちのウェイバーの手を、優花梨は両手で包み込んだ。
「行こう、ウェイバー。キャスターは、絶対に倒そう。ライダーとウェイバーの力で」
 優花梨の言葉に、ウェイバーは無言で頷いた。3人が戦車に乗り込み、ライダーが手綱を取れば、暗闇の中に雷が走る。
「狭苦しいところを済まんがな、ひとつ念入りに頼むぞ、ゼウスの仔らよ。灰も残さず焼き尽くせ!」
 ライダーの言葉を合図に、神牛は工房の中を何度も周回した。その度に雷撃が走り、完膚無きまでに、工房内は破壊された。

 悲痛な表情を浮かべるウェイバーに、優花梨は掛ける言葉が思い付かなかった。ただ、その手を弱々しく握る事しか出来ずにいた。そんな中、ライダーはウェイバーの頭を思い切り掴み、わしゃわしゃと撫でた。
「ライダー!?」
 その行動に優花梨が目を丸くすると、ライダーはにかっと笑って見せた。
「こうして根城をブッ潰されれば、キャスターは逃げも隠れも出来ん。後はふらふら表に迷い出て来るしかあるまいて。彼奴らに引導を渡すのも、そう遠い話じゃないさ」
「ちょ、分かったか、ら、やめろ! ソレ!」
 思わず頬を染めて激昂するウェイバーに、豪快に笑うライダーの姿を見て、優花梨も徐々に笑みを取り戻した。



 3人を乗せた戦車は工房から抜け出し、夜空へと舞い上がった。キャスターの工房に居たのはほんの僅かな時間であったが、未だ見習い魔術師である優花梨とウェイバーにとっては、長く感じられた。その分、この星空や夜の澄んだ空気を味わえる事が、なんと幸せな事かと実感せずにはいられなかった。

「やれやれ、辛気臭い場所だったわい。…今夜はひとつ、盛大に飲み明かして鬱憤を晴らしたいのう」
「断っとくが、ボクは、というかボク達は、オマエの酒になんて付き合わないからな」
 ウェイバーはライダーの放言に眉を顰めると、優花梨の手を強く握り返して主張した。
「ふん、貴様達の様なヒヨッコに相伴なんぞ期待しとらんわ。あーつまらん。どっかに余を心地良く酔わす河岸はないもんか――おお、そうだ!」

 突然何か閃いたかの様なライダーの様子に、優花梨とウェイバーは互いに顔を合わせ、自然と溜息が零れた。
 嫌な予感というものは、総じて当たるものである。

2015/05/03


[ 12/21 ]

[*prev] [next#]
[back]
- ナノ -