青春謳歌

「こうやって一緒に歩くの、久し振りだね」
「…言われてみればそうだな」

 ライダーのズボンを調達する為に、ウェイバーは優花梨と共に、日暮れ前に冬木の街へと繰り出した。別に一人でも構わなかったのだが、万が一自分が不在にしている時に、マッケンジー老夫婦と優花梨が鉢合わせする可能性が少しでもある事を考えると、ライダーと共に部屋に残すのは不安だったからだ。断じて二人きりになりたかった訳ではない。と、ウェイバーは誰に訴える訳でもないが、心の中でそう弁明した。

「あ、でもウェイバー、日本に来るのは初めてだよね。冬木の地理は分かる?」
「それ位把握してるに決まってるだろ、馬鹿」

 優花梨の問い掛けに、ウェイバーはポケットから地図を取り出してひらひらとそれを見せ付ける。すると、優花梨は眉を下げていかにも残念そうな顔をした。恐らく道案内を買って出たかったのだろう。聖杯戦争に関して手出し出来ないなら、他の事で役に立ちたいとでも思ったのか。そこまで気を遣って貰う必要はないのだが。

 一先ず、目に留まった店に入り、ライダーのあの巨躯でも入るズボンを購入し一仕事終えると、ウェイバーは優花梨に向き直った。
「じゃあ、行くぞ」
「え? 行くって何処へ?」
 きょとんとする優花梨に、ウェイバーは溜息混じりに言った。
「少し早いけど優花梨の夕飯。流石に家で、ボクと一緒に食べる訳にはいかないだろ。あの2人に、オマエとライダーが居る事がバレたらまた面倒な事になる」
「あ」

 言われるまで食事を取る事をすっかり忘れていたらしく、優花梨は呆けた声を出した。それと同時に、空腹を訴える間の抜けた音が鳴る。ウェイバーがそのタイミングの良さに思わず吹き出すと、優花梨は頬を膨らませた。
「ウェイバーひどい。生理現象を笑うなんて」
「そんなタイミングで鳴らす方が悪い」
「鳴らすって、好きで鳴った訳じゃないし」

 ウェイバーは苦笑を漏らすと、優花梨の手を掴んだ。こうでもしないと、すっかり不貞腐れた様子の優花梨がこの場から動きそうになかったからだ。
「ほら、行くぞ。ファミレスで良いだろ?」
 ウェイバーは強引にその手を引いて歩き出した。何気ないその行為に、優花梨の頬が紅潮した事など、気付く事もなく。

「……ねぇ、ウェイバー」
「ん?」
「こうしてると、思い出すね。あの時の事」
「あの時?」
 どの事を言っているのか分からず、ウェイバーは振り向いて優花梨の顔を見た。視線が合うと、優花梨は顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。瞬間、ウェイバーは思い出した。時計塔で優花梨が告白紛いの事をして来た、あの日の事を。
 あの時もこうして、無理矢理優花梨の手を引いて、教室を飛び出した事。あれは、今でも鮮明に思い出せる。

「ああもう! 恥ずかしい事思い出させるなよ!」
 ウェイバーは怒りつつも、繋いだその手を離す事はなかった。

「ウェイバー、優しいよね。あの頃と変わってない」
「うるさい」
 微笑を浮かべる優花梨に悪態を吐くと、ウェイバーは紅潮する顔を隠すかの様に顔を背けて、再び歩き出した。



 優花梨が食事を取っている間、ウェイバーは珈琲を片手に、周囲に聞こえない様に小声で話した。
「いいか、優花梨。ボクはあの老夫婦の孫で、イギリスから一時的に日本に来てるっていう暗示を掛けてる。万が一オマエの存在がバレたら、オマエはボクと友達で、同じく一時帰国してるっていう設定で誤魔化せよ」
「うん、分かった。…でも、私の場合事実だから、誤魔化す必要はないんじゃない?」
「馬鹿。一緒に寝泊まりしてる事がバレた時の事を考えろよ」
「ね、寝泊まり…」

 ウェイバーの言葉に、優花梨は思わず手元のフォークを落としそうになった。
 言うまでもないが、昨晩はライダーに言われるがまま、一つのベッドでウェイバーと共に寝てしまった。正直気恥かしさのあまり、眠りにつくまでに相当の時間が掛かってしまい、目を覚ました時は醜態を晒してしまった。これでも一応、恥じらいというものは持ち合わせているのだ。

「おい、聞いてんのか優花梨」
「え? な、何?」
「だから、もし最悪オマエが寝泊まりしている事がバレたら、適当に帳尻合わせろよ。例えば……そうだな、親と喧嘩して家出中とか」
「あ、それ良いかも…」

 優花梨はこくこくと頷いて、ウェイバーの案に同意した。眼前の皿はあと一口で空になる。食べ終えれば、後はもうマッケンジー邸へ真っ直ぐ帰るのみだ。ウェイバーと二人きりの時間ももうすぐ終わってしまう事に、優花梨は何処か寂しさを覚えた。



 帰路を辿る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。冬木は温暖な気候に恵まれてはいるが、11月の夜風は流石に寒さを感じる。
 優花梨が思わず身体を震わせると、ウェイバーは一瞬迷う様な仕草を見せた後、恐る恐る優花梨の肩に手を遣り、引き寄せた。優花梨は思わず驚きの表情でウェイバーを見てしまった。目が合うと、ウェイバーはそっぽを向いてしまった。街灯の明かりだけでは、ウェイバーの表情は伺えなかった。

「……こうすれば、寒さも少しはマシになるだろ」
「な、なんか恋人同士みたいだね」
「ば、馬鹿! 恥ずかしい事言うな!」
「えっ、あ、ごめん」

 混乱しつつも、優花梨はそれ以降口を閉ざした。やっぱりウェイバーは優しい。というか、ここまで密着したのは初めてではないだろうか。意識すると、気恥かしさのあまり顔が熱くなる。もしかして、ウェイバーも今、そんな状態なんだろうか。

 決して恋人同士になれる訳がないのに。
 そう分かってはいつつも、優花梨はこの時間が少しでも長く続いて欲しい。そう願わずにはいられなかった。



 マッケンジー邸に辿り着くと、ウェイバーは何処か名残惜しそうに、優花梨の肩から手を離した。
「じゃあ、悪いけどオマエは二階の窓から入ってくれ」
「分かってる。大丈夫」
「ん、じゃあ後でな」
「また後で」
 恋人になれなくて良い。せめて少しでも長く、こんな時が続いて欲しい。そんな叶わぬ願いを抱きつつ、優花梨は魔術で身体を宙に浮かせると、現在ウェイバーの物と化している部屋へ入った。


 出迎えたのは、寝転んで煎餅を咀嚼しながら、相変わらず戦闘機のビデオを眺めているライダーだ。
「おう、随分と早かったな小娘。そんなんじゃ、坊主との逢瀬は充分に楽しめなかったんじゃないのか?」
「なっ、逢瀬って……ライダー、私は貴方の服を買いに行くのに付き添って、ついでに食事を済ませただけです!」
「ははは、そう照れるな」

 冷やかす様に笑うライダーに、優花梨は眉間に皺を寄せた。下心がないと言えば嘘になるが、今は聖杯戦争の最中だ。ウェイバーの頭の中にも、逢瀬なんて単語は微塵も存在しないだろう。
 聖杯戦争――本当に、この先一体どうなってしまうのか。

 優花梨の心配など何処吹く風で、ライダーはビデオに夢中になり、テレビを齧り付く様に見ている。やっぱり、他のサーヴァントと比べて色々とずれている気がする。この余裕綽々な態度は、圧倒的な強さを持っているという自信から来るものなのかも知れないが。

 暫くして、階段を上る足音が響く。扉が開いたのも束の間、夕食を終えたウェイバーは優花梨を一瞥すると、何やらがさごそと服を漁って、部屋を後にしようとした。何も考えず優花梨はウェイバーを引き留めた。
「ウェイバー、何処行くの」
「何処って、風呂」
「……――あ!!」

 ウェイバーの何気ない一言で、優花梨は初めて気付いた。昨日の夜からシャワーを浴びていない事に。
「ど、どうしよう……」
「何が」
「ウェイバー。私、シャワー浴びるのすっかり忘れてた」
「別に2〜3日位浴びなくても平気だろ」
 優花梨とて一人の女である。呆れ顔のウェイバーの発言を、断固として否定した。
「平気じゃないって! 私、今から銭湯行って来る」
「セントー?」
 ウェイバーが聴き慣れない単語に首を傾げると同時に、突然ライダーが間に入って興味深そうに瞳を輝かる。

「銭湯とは、金を払って風呂に入る事が出来る、公衆浴場の事であろう? 実に興味深い!」
「べ、別に興味深いものではないと思いますけど…」
「よし、決まりだ。ズボンも無事手に入り、もう外に出ても問題あるまい。小娘、余も共に行くぞ! 銭湯に!」
 優花梨のツッコミを華麗にスルーし、ライダーは意気揚々と自身の胸を叩いて高らかに宣言した。優花梨は思わず横目でウェイバーをちらりと見遣る。
「ウェイバー、いいの?」
「良くない」
 ウェイバーは即座に否定すると、ライダーに向き直ってぴしゃりと言い放った。

「おい、ライダー。明日にしろ、明日。オマエには丁度頼みたい事もあるしな」
 続いて優花梨に顔を向ける。
「優花梨は、今のうちにそのセントーとやらに行って来いよ。あんまり遅くなると物騒だしな」

 優花梨は一旦頷くも、気掛かりな事があり、ウェイバーに恐る恐る訊ねた。
「…ウェイバー、ひとつ聞いてもいい?」
「何だよ」
「ライダーに頼みたい事って、何?」
「…まぁ、調査だな。キャスターの居所を掴む為の」
 ウェイバーはそう言った瞬間後悔した。優花梨が目を見開いたからだ。嫌な予感がする。

 ウェイバーの嫌な予感は見事に的中した。
「ウェイバー、私も手伝いたい。その調査」
 優花梨はウェイバーの言葉に即座に反応し、そう言った。聖杯戦争に手を出すなと言われてはいても、何もせずただ一緒に居るというのも、ウェイバーに対して申し訳ないと思っていたからだ。

「……オマエは手を出すなって言っただろ」
「聖杯戦争に手を出すのと、調査を手伝うのは別でしょ? 手伝った方が効率も良いし」
「……はぁ」

 優花梨は一度言い出したらなかなか折れない質だ。長い付き合いでそれを理解しているウェイバーは、溜息を吐くと渋々それを了承した。
「…分かった、好きにしろよ。ただし今回だけだ」
「ありがとう、ウェイバー。ライダー、明日はよろしくお願いします」
 優花梨はウェイバーに微笑を向けると、ライダーに身体を向けて深々と一礼した。
「相分かった。そして、調査が終わったら銭湯だな!」
「はい、私も御供します」
「小娘、道案内は頼んだぞ。日々の娯楽がまたひとつ増えて喜ばしい限りだ! ははは」

「……おい、ちょっと待て優花梨」
 笑顔で談笑する優花梨とライダーの間に、ウェイバーはしかめっ面で割って入った。
「今から風呂入りに行くんだろ? だったら明日は別にライダーと一緒に行く必要ないだろ」
「必要あるよ。お風呂は毎日入らないと」
「オマエ……聖杯戦争が終わるまで、毎日そのセントーに通うのかよ」
「うん」
「ライダー……まさかとは思うが、オマエも?」
「無論だ」
 即答する優花梨とライダーに、思い切り顔を顰めるウェイバー。その理由が全くもって分からず、優花梨は首を傾げて訊ねた。

「だって、勝手にここのお風呂を使ったら、私の存在がグレン様とマーサ様に見つかってしまう可能性が凄く高くなるでしょ。だったらこうするしかない」
「いや、それは、そうだけど……」
 煮え切らない態度のウェイバーに、見かねたライダーが優花梨にこそりと耳打ちした。
「坊主は、自分を差し置いて貴様と余が共に行動する事に対して、焼いておるのだ」
「えっ」
「おい、聞こえてるぞ! ボクは断じて焼いてなんかいないからな!」
 どうやら図星だったらしく、ウェイバーは頬を赤らめてライダーに突っ掛かった。ウェイバーが嫉妬しているという事実に、優花梨はただただ驚いたが、同時に何処か嬉しくもあった。

「じゃあ、ウェイバーも一緒に銭湯行こうよ」
「行かない」
「どうして?」
「オマエなぁ…ボクが聖杯戦争のマスターだって忘れてないか? 遊んでる時間はないんだよ。キャスター討伐の為に、色々と対策を練らないといけないしな」
「そっかぁ…そうだよね。ごめんね」
 ウェイバーの言う事は尤もだ。優花梨はしゅんと項垂れて謝罪の意を告げた。

「ボクの事は気にするな。ただ、ちゃんと気を付けろよ。マスターじゃないとはいえ、オマエも聖杯戦争に片足突っ込んでる事に変わりはない。何処で何かあるか分からないからな」
「うん、分かった。ありがとう、ウェイバー」
 機嫌が治ったのか、真剣な面持ちで過保護な事を言うウェイバーに、優花梨は自然と笑みを零した。

 一先ず風呂問題は解決したものの、一番の問題は寝床だ。昨日は事情が事情だったとはいえ、まさか今後も同じベッドで寝る訳にもいかず、かといって女の子を床に寝かせるのは以ての外だ。ウェイバーは悩み抜いた末、納得はいかないが一番ましであろう選択を、銭湯から帰還した優花梨に告げた。

「優花梨、ベッドはオマエが使え。ボクはライダーと一緒に床で寝るから」
「えっ、だ、駄目だよそんなの」
「は? どうして」
「だって、この部屋の持ち主は、今はウェイバー…って事になってるし、私は転がり込んで来ただけだし…流石に私が独占するのは申し訳ないよ」
 優花梨の言い分も分からなくはないが、ウェイバーも折れるつもりはなかった。

「じゃあどうすれば良いんだよ。他に良い方法はあるのか? 言っておくが、ボクはオマエを床に寝かせるつもりは一切ないからな」
「私は別に床でいいんだけど…」
「駄目だ」

 一向に解決する様子のない優花梨とウェイバーの様子に、見かねたライダーが口を挟む。
「ええい、うるさくておちおち寝てられんわ! 二人で共にベッドで寝れば良かろうに」
「えっ、えっと、それはちょっと、あの…」
「小娘よ、何を戸惑う必要があるのだ。昨日既に、坊主と一緒に寝ておるではないか」
「ひぇっ、そ、それは、その、流れというか」
 優花梨の顔が一気に赤くなる。勿論、ウェイバーもだ。堪りかねて、ウェイバーが声を荒げた。

「おい、ライダー! そう簡単と一緒に寝ろとか言うな! 馬鹿!」
「馬鹿とはなんだ。伴侶と床を共にするのは当然の事ではないか。余に気を遣う必要はない」
「おいおいおいちょっと待て! 伴侶ってどういう事だ! それと、そもそもボクはオマエに気を遣った覚えは全くないぞ」
「ははは、そう照れるでない。坊主、貴様が小娘を抱く時は、余は快く霊体化するから安心して事に励むが良い」
「〜〜〜〜ッ!!」

 ライダーの放言に、ウェイバーは顔を真っ赤にして声にならない声を漏らした。二人の遣り取りを聞いていた優花梨も同様だ。
 そもそも恋人同士ですらないのに、当然キスだってした事もないのに、いきなり『抱く』なんて単語が出て来たら、言葉を失うしかない。

 この微妙な雰囲気に耐え切れなかったのか、ウェイバーがぎこちなく優花梨を見遣って口を開いた。
「――あ、あのさ、優花梨」
「は、はいっ」
「その…変な事は絶対しないから」

 ウェイバーのその発言は、つまり一緒のベッドで寝る選択を取ったという事だ。優花梨は未だ頬を赤らめたまま、無言でこくりと頷いた。
 ……今夜も、寝付くまでには相当の時間がかかりそうだ。



 翌朝、優花梨が目を覚ました頃には、既にウェイバーは部屋に居なかった。1階から珈琲の香りがする。朝食を取っているのだろう。
 昨日も眠りが浅かったせいか、なかなか身体を起こす事が出来ない。後もう少しだけ、この微睡みに身を任せていたい――寝返りを打ってぼんやりとそう思ったのも束の間、やるべき事を思い出し、優花梨はなんとか上体を起こした。

 ふと向けた視線の先には、昨日購入したジーンズと、通販で購入済のTシャツを身に纏ったライダーの姿があった。
「やっと起きたか、小娘」
「あ…おはようございます、ライダー。すみません、こんな時間まで寝ていて」
「なあに、謝る程の寝坊ではないわい」
「お気遣いありがとうございます。でも、急いで支度しますね」
 優花梨は瞼を擦ってなんとか覚醒すると、荷物を持って慌てて部屋の外へ出た。相手がサーヴァントという存在とはいえ、流石に男性の前で着替えるのは抵抗がある。


「お待たせしました、ライダー」
 着替えを終えて再び部屋に戻り、優花梨はライダーに微笑を向けた。
「では、ウェイバーが戻り次第、外に出ましょう」
「分かっておる。ああ、楽しみで仕方ないのう」
 ライダーは実体化した状態で外を闊歩出来るのが余程嬉しいのか、満面の笑みを返して来た。つられて優花梨も自然と笑顔になる。ライダーは本当に不思議な人だ。人を惹き付けるものを持っている。これも征服王たる故なのだろうか。

 暫くして、ウェイバーが部屋に戻って来た。優花梨と同様、眠りが浅かったのか寝ぼけ眼だ。
「…おはよ、優花梨」
「おはよう、ウェイバー。ちゃんと早く起きれなくてごめんね」
「別にいいよ。なんか幸せそうな顔して寝てたから、起こすのも悪い感じだったし」

「……ウェイバー、私の寝顔見たの?」
 ウェイバーの何気ない発言に、優花梨は眉間に皺を寄せた。慌ててウェイバーが弁解する。
「人聞きの悪い事を言うな! 一緒に寝てるんだから、目に入るだろ普通!」
「一緒に…寝て……そ、そうだよね」
 改めてその事実を認識し、優花梨は頬を染めた。その反応を見るなり、ウェイバーもつられて顔を赤くする。
「疚しい事なんて何もしてないんだから、いちいちそこで反応するな、馬鹿」
「あっ、ご、ごめんね、ウェイバー」

 そんな優花梨とウェイバーの遣り取りに、ライダーは呆れる様な眼差しをウェイバーへ向けて呟いた。
「全く、男として情けないマスターだのう……」
「おい、何か言ったか、ライダー」
「情けないと言っておるのだ。坊主、貴様も男なら、女の一人や二人、抱いてみせんかい!」
「おい!! 朝っぱらから変な事言うな!! しかも、よりによって優花梨の前で!!」
 流石にウェイバーも怒りを露にする。が、最後の一言が優花梨にとって引っ掛かる言葉だった様だ。

「ねえウェイバー。『優花梨の前で』って、私が居ない所ならそういう話しても良いの?」
「え、おい、なんでそうなるんだよ! 誰もそんな事言ってないだろ!」
「女の一人や二人って、ウェイバー、二人も抱くの? ねえ」
「あーっもう!! ライダー! オマエのせいだぞ! この馬鹿ッ!!」
 明らかに不機嫌な顔で詰め寄る優花梨に、ウェイバーは嘆きの声を上げた。完全にとばっちりである。強引に矛先をライダーへ向け、怒鳴るしかなかった。



 ウェイバーの指示のもと、優花梨とライダーは調査に向かった。ライダーは霊体化し、優花梨はいつもの様に窓からふわりと飛び降りて外に出た。食事は、朝昼兼用のサンドイッチをウェイバーが与えてくれたので、夕方までは充分持つ。銭湯だけでなく、夕食もいっそライダーと共に済ませてしまおうか。優花梨は一瞬そう考えたが、ウェイバーが今回の行動をあまり快く思っていない事を思い出し、取り止める事とした。

 調査の場所は、未遠川の川縁だ。
 ウェイバーからは予め、冬木の地図と試験管を渡されていた。地図には、未遠川の河口から上流までアルファベットが書き込まれている。その位置の川の水を、試験管に汲み取る作業をただひたすら行っていく。それが今回頼まれた内容だ。

「よし、とっとと終わらせて銭湯に行くぞ!」
「そんなに行きたいんですか? そこまで面白い所ではないと思うんですけど…」
「こんな辛気臭い場所よりは余程良いわい」
「確かに、此処よりは良い場所ですね」
 ライダーの言う事は尤もだ。優花梨はくすりと微笑み、かくして、ライダーとの共同作業が始まった。





 共同作業はあっさりと終わり、優花梨はライダーを近場の銭湯へ連れて行った。案の定、風呂から上がったライダーはいつも以上に上機嫌だった。
「良い! 実に良い! 一仕事終えた後の入浴というのもまた然り! そう思わぬか? 小娘」
「そうですね、疲れが一気に取れた気がします。それに、日中だから人も少なくて、貸し切りに近い状態でしたし」
「坊主も変な意地を張らずに、一緒に来れば良かったものを」

 優花梨としてもライダーの言う通り、確かにウェイバーも一緒に来て欲しかったが、強引に誘う事が出来なかった理由がある。ライダーはその辺りをきちんと把握しているのだろうか。

「意地…はちょっと違う気がします。キャスター討伐の為の対策を練らなくてはならないのは、本当の事だと思いますが」
「分かっておらぬな、小娘。そんなものは後付けの理由だ」
 ライダーの言葉に、優花梨は眉を顰めた。まだ数日しか共にしていないサーヴァントに、ウェイバーの事を分かっていないと言われるのは正直堪える。

「……では、強引に誘えば良かったのでしょうか」
「そう固く考えるでない。銭湯に来る機会は、これからいくらでもあるではないか」
 ライダーはそう言うと満面の笑みで、優花梨の頭をわしゃわしゃと撫でた。その大きな掌は、どこまでも包容力に溢れていて、不思議と不快は感じなかった。あたたかくて、いついかなる時も守ってくれそうで。そんな感情を抱かずにはいられなかった。

「……ライダー」
「ん? どうした」
「きっと貴方は、多くの人達に慕われたのでしょうね」
「――ああ、そうさなぁ」
 何気無く放った優花梨の言葉に、ライダーは笑みを浮かべつつも、意味あり気な視線を虚空へ向けた。優花梨はまさか、その臣下がライダーの切り札、ランクEXの『対軍宝具』である事など、知る由もなかった。

「さて、あんまり長居すると本格的に坊主の嫉妬を買いかねんな。そろそろ帰るぞ、小娘」
 ライダーの一声で、優花梨達は銭湯を後にした。

「ライダーも銭湯を楽しめたようでなによりです」
「む? 『も』という事は、ひょっとして小娘も、銭湯は昨晩が初めてだったのか?」
「はい、恥ずかしながら…」
 冬木に住んでいた頃はほぼ軟禁状態だった事を思い出し、優花梨は表情を曇らせた。こんな風に自由に歩ける様になったのは、時臣が救い出してくれた後だ。
 本当に、時臣には恩を仇で返している気がしてならない。優花梨の顔がますます暗くなる。

「恥ずかしがる事などなかろう。余が未開の地を征服して行ったのと同じ様に、小娘もこれから少しずつ、世界を広げて行けば良い話だ。慌てる事はない」
「そ、そんな大袈裟な話では…」
「なあに、大して変わらんであろう」
 ライダーはそう言って、優花梨の暗澹な感情を吹き飛ばすかの様に笑ってみせた。もしかして、色々と察して元気づけようとしてくれているのだろうか。こんな人が自分にとっての王だとしたら、慕わずにはいられない。優花梨は徐々にライダーに、いや、『征服王イスカンダル』に魅せられつつあった。



 ウェイバーに頼まれた試験管は、厳重に保管した上でバッグにしっかりと入れてある。マッケンジー邸に着いたら、ライダーは霊体化して中に入り、優花梨が荷物を持って2階の窓から部屋に入る手筈になっている。
 家の前に辿り着き、優花梨とライダーは互いに顔を見合わせて頷いた。その瞬間――

「おや、うちに何の用ですかな? お二人さん」

 まさかの事態が起こってしまった。
 この家の主、グレン・マッケンジーが偶然にも、玄関から姿を現したのだ。

「あっ、えっと、その……ど、どうしましょう、ライダー」
 あまりに突然の事に、頭が真っ白になった優花梨はつい、隣にいるライダーに視線を向けて小声で囁いた。対して、ライダーは堂々たる態度でいる。
「大丈夫だ、小娘。余に任せておけ」
 またしても頭を撫でられ、優花梨は目を瞑った。本当に不思議だ。ライダーがいると、どんな窮地でも本当に大丈夫だと思えてしまう。

「マッケンジーさんのお宅で間違いはないですかな? 友人のウェイバーに会いに、私達はイギリスからやって参りました。その様子だと、ウェイバーは私達が訪ねる事をすっかり忘れている様ですな、ははは」

 ライダーは流暢に、グレンにそう言って笑ってみせた。ウェイバーの今までの苦労は一体何だったのかと思わずにはいられないが、一先ずこれで窮地を脱する事は出来る気がする。
 ウェイバーは色んな意味で、素晴らしいサーヴァントを召喚したのだと、優花梨はそう思わずにはいられなかった。

2015/04/09


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