フィオーレを頭に乗せて 3 「多分、なくなることはない…と、思う」 揺らめく赤。ステラと火の番をしている僕。主要パーティーは眠っている。明日は魔王城だ。役立たずの僕たちはせめて彼らがゆっくり眠れるようにと、薪に火をくべる。 唐突の言葉をステラは理解してくれたらしい。少しホッとしたような様子が見て取れた。 「そっか…なら嬉しいけど、ワタライがいなくなるのは寂しいね」 ほら、ずっと一緒だったから、と気丈に振る舞いきれてない声に胸が締め付けられた。 渡會、お前のせいで、気付いたじゃないか。 ステラへの感情の自覚は、逆に僕の気持ちを沈める結果でしかなかった。どうしてこんな時に気付いてしまったんだろう。 彼を見れば見るほど愛しさが募って、思わず僕は目をそらし蹲った。 「ワタライ!?大丈夫??」 「大丈夫…」 心配そうな声に罪悪感を覚えながら、近付くステラをさりげなく抱きしめる。大人しく収まる彼に喜びを感じながらそのままでいると、暫くして腕の中でもぞもぞと動き始めた。 「苦しかった?」 「ううん、そうじゃなくて」 頭を振りながら腕の中からひょっこり顔を出すステラは、少し悩むように考えると、僕を真っ直ぐに見つめてきた。 「ワタライは、いつも目が覚める時、周りに何もないの?」 「?」 「あ、え、と、えーと」 必死で言葉を考えるステラの様子を暫く伺う。 「あ、あの、例えば、夢から覚める時、こっちの持ち物がそっちでも持ってたりとか…」 「あー、あぁ、そういうことか。…いや、特にはな…」 いよ、と言おうとしてふと言葉が止まった。そういえば。 「確か、妖精の国にいた時、起きたら花が頭にくっついてたかな…」 多分あれは夢の中の花だ。黄色い、素朴な花だが家には花など一切飾ってないし、扉も窓も閉めていた。だけど何らかの形でただつけたまま寝ていた可能性もあるから、絶対とは言えないけど。 確かそれがこの夢が特別なものだと気付いた瞬間だった。 「それがどうかしたの?」 聞けば、ステラはモジモジと体を捻って、体内から一つの欠片を取り出した。爪程の大きさの、花模様が装飾されたビーズだった。 「これ、僕の宝物で、もし良かったら、持って帰って欲しいんだ」 「…綺麗だね」 「水にいれてみて。きっといいことがあるかもしれない」 白と黄色の混じった色はステラと同じで、つい見とれてしまう。花模様は元の世界でもよく見かけるものだ。なんだったか思い出せないけど。 「ありがとう。帰るときは、握りしめておくよ」 そう笑えば、ステラは驚いたように目を丸くさせて僕を凝視した。 「何?」 「いや、あ、…ワタライが笑ったの、初めて見たから」 そう恥ずかしそうに視線を逸らすステラにそういえばいつもこの世界では鬱屈とした感情しか抱いてなかったな、と気付かされた。 唯一ある多幸感は夢から覚める、あの一瞬の時だけで。 どうしてステラを好きだと思ったのだろうと考えた所で視界がグラリと揺らめいた。目の前の星が揺らめく。 …あ、 「そういえば、夢から覚める時は、いつもステラを見てた気がする」 そう思った瞬間、白のような、黄色のような星の輝きが瞬いて、僕はビーズをグッと握り締めた。 白がもっともっと光を受けて、ゆっくりとそれが暗く、暗く、黒い色になって、赤が混じって、灰色が混じって、陰鬱とした色になって。 そこでようやく僕はいつもと違うことに気付いて、目を覚ました。 「おはよ」 冷たい床。煙る空気。赤黒い視界。目を覚ました僕の目の前にいたのは親友の顔をした、悪魔だった。いつもと同じ筈の彼の挨拶に、僕は乾いた喉を潤すために唾を作って、飲み込む。 「…憂鬱だ、とは言わないの?」 そうニタリと笑う彼の表情は今まで見たこともない程、醜悪だった。仰向けに倒れたまま視界を逸らして辺りを伺う。燻る煙の向こうに見えるのは倒れ込んだ勇者と、主要パーティー達。 「最悪だ…」 僕は、両手で顔を覆った。腹がズキズキと痛む。 熱い。見なくても分かる。痛む箇所が熱い癖に、体温が冷えていくのを感じるからだ。 「どっちが現実なんだよ」 「さぁ?俺は元々こっちだと思ってたけど」 答える彼を両手の隙間から覗く。 その手を奪われて、晒された僕の顔に渡會の唇が降ってきた。今度は場所を外さず、的確に。 「あの時、俺を選んでれば良かったんだ」 言いながら離れていく彼の表情は泣きそうだった。少しの罪悪感に眉間を寄せつつ、僕は口を開く。 「ステラは、」 「…?」 「白っぽい、黄色っぽい、スライム」 「あぁ、あのヘンなのなら、お前と勇者がやられた瞬間一目散に逃げ出してたよ」 まぁ元々はあれもモンスターな訳だし。そう馬鹿にしたように笑う渡會の表情に僕はホッと緩みそうになる顔面を引き締めた。 どうやら彼は気付いていないらしい。 「で、あの中のどれがお前の意中の人なの?それをズタズタに切り裂いてエンディングを迎えようよ」 屈みこんでいた体を起こして渡會が倒れたパーティーの方を見る。 「僕、死ぬの?」 まるでその中に僕の好きな人がいるから話を逸らしたかのように見せてみる。 案の定気付かない渡會は、それでも余裕があるのか僕を見て首を振った。 「死なないよ、助ける。でももうあっちには戻らせない」 その真面目な言葉から、どうやら彼は本当に僕をこちらに残すようだ。 今まで夢だと思っていたこの世界は、彼の様子を察するにどうやら夢ではないらしい。 「つまり、この世界で僕が死ねば、本当に死ぬ、のか」 「だから死なせないって」 呆れたように息を吐く渡會を嘲るように笑って、僕は間髪入れず口を開くと握りしめていたビーズを飲み込んだ。いい具合に喉に詰まる。焦る親友の顔が、近づいてきて、 「死んじゃダメだよ!!」 この世界で一番聞き馴染みのある声が、僕の喉から、聞こえてきた。 ビーズがひとりでに飛び出す。痛みのあった腹部が、暖かくなる。 僕は転がったビーズを手にとって見た。中で何かが揺らいでいる。 「ワタライが死んだら、この夢は、本当に終わっちゃうから」 次に聞こえてきた声は、遠くの方だった。 視線を向ける。白と黄色が混ざったような、星のような輝きに目が眩む。段々と近付くそれは、暖かくて冷えていった体温が徐々に戻ってくるのを感じた。 「ごめん、ワタライを戻そうとしたのに、あいつに邪魔されちゃって」 視界が慣れた頃に目に入ったのは、瓶を持ったステラだった。瓶の中から金色の粉が溢れ出して、体を包む。これは知ってる。確か幻想世界にありがちな傷を癒す妖精の粉だ。 それで徐々に戻ってきた僕の冷静な思考は、けれど嫌な予感しか与えてくれない。 「本当に全部、終わるから。ワタライのエンディングは、ちゃんと幸せでないと」 そう上半身を起こした僕に近付きながら、ステラは笑った。渡會は顔を引きつらせながらステラを見ている。 僕は、そこでようやく気付いた。これは夢だ。本当に夢なんだ。 夢は、覚めると終わってしまう。 「ステ、ラ…」 掠れるような声は、届いたのだろうか。呆然とする僕に笑いかけて、ステラは渡會に飛び込んでいった。赤く黒い色が、白く黄色い色と混ざり合う。溶け合うように、混ざり合う。それが段々と白く黄色く、星のような瞬きを見せて、視界がグラリと揺らぐ。 そこで、僕の夢は終わった。 *まえ|つぎ# さくひん とっぷ |