フィオーレを頭に乗せて 2


「夢が終わる時って、どんな感じ?」

 基本夢の世界は突然始まる。今日はステラの質問から始まって、少し驚きながらもその瞬間を思い出してみた。

「んー、ん…なんか、星がキラキラして、眩しいなぁって思ったら起きてる」
「うたた寝とかの時に見たりするの?」
「それはないかな。いつもベッドで寝る時だけだから」
「へぇ…」

 ステラは僕に元の世界の話を聞きたがる。信じているのかいないのか、けれども話を聞く時のステラのワクワクした目が好きなので悪い気はしない。
 今日も学校であった話を聞かせていると、前方から苛立ったような声が聞こえた。勇者だ。
 この山を超えれば魔王城に着くため、パーティーは皆ピリピリしている。後方でのんびり談話をする僕たちが気に入らなかったのだろう。それに触発されるように気合を入れ直しているステラを見ながら、つまらない、と思った。
 どうせ僕たちが魔王を倒して終わりなのだ。何故なら、これは僕の夢なんだから僕が死ぬはずない。
 …いやでも、たまに自分が殺される夢を見る人もいる。
 この夢は一瞬のものじゃない。もう何年も見ている、長い夢だ。もし、この夢の中で僕が死んだら、どうなるんだろう。そんなことを考えていると、ステラに不思議そうな目を向けられた為不謹慎にならないよう簡単に説明してみた。

「ワタライが死んだら?」
「そう」
「大丈夫だよ、勇者は強い」
「それは知ってるけど、もし、何か大きな石に当たってとか、攻撃に巻き込まれたりとか」
「今まで何度かそんな場面あったけど、全部勇者が助けてくれたよ」
「…そういえば」

 …、そうだ。今までの冒険の中で危険な場面は何度かあったけど、奇跡的に勇者が助けてくれている、気がする。だったらこの夢は僕のご都合主義の中で構成されているものなのだろう。だったら僕を勇者にしてくれれば良かったのに。
 不満は残るが納得した所で視界がグラリと揺らめいた。ステラが波のように揺れて、星が瞬く。

「ところでワタライ」
「ん?」

 夢から覚める直前、初めてステラが僕に声をかけてきた。僕は彼を見ようとしたが、視界はもう真っ白だ。
 けれど聞こえてくるその声は少し、寂しそうで。

「ワタライの夢が終わると、逆に僕たちはどうなるんだろうね」

 …、そうだ。この夢が終わったら、この世界は、ステラ達は、どうなるんだろうか?





「憂鬱だ…」
「お前基本帰りもそれしか言わないのな」

 日暮れ。夕焼け。学校が終わり帰ってゲームでもしようと支度をしていた僕を呼び止め補習の課題を手伝わせた親友との帰宅中。飽きてきた同じような会話に辟易しながら僕は溜息をついた。

「なんで僕がお前の課題手伝わなくちゃいけないんだよ」
「ま、まぁまぁ、渡会くん。家でしたら絶対寝ると思ってさー」
「一人で残れば良かっただろ」
「学校に一人は意外と寂しいんだぞ?」

 女子かお前は。呆れた視線を向ければ渡會は誤魔化すようにコンビニに走って肉まんを買ってきた。そういえばもうそんな季節か。

「で、夢はどう?」
「ぼちぼち…今週にはエンディングかなぁ…」

 アツアツの肉まんを火傷しないように頬張れば、渡會は「良かったじゃん」と茶化すように笑ったので口にまだ冷めてない肉まんを突っ込んでやった。
 悲鳴と共に口を抑える姿に満足して先を歩く。
 追いついてきた渡會が背中を叩いたので振り返れば、腫れた唇が顔面に迫ってきた。残念ながら勢いだけで向かってきた為それは僕の上唇にしか当たらなかったけど。

「格好悪…」
「親友からのキスに対しての第一声がそれかよ。いや、確かに今のはダサかったけど」

 困ったように苦笑する渡會を一瞥して、僕はまた先を進んだ。
 いつもの距離で横に並ぶ彼。

「…悪い、けど好きな奴、いるから」

 前を見たままそう言えば、「夢の中に?」と渡會が聞いてきた。先程とは違う真面目な声に素直に頷く。

「なーんだ」

 大きく落胆の息を吐くのが聞こえて少し悪い気もしたけどそれ以上は何も言わなかった。
 次の角が、彼との帰路の分かれ道だ。

「なぁ」
「ん?」

 じゃあ、といつものように右に曲がろうとしたら渡會が呼び止めてきた。振り返ると、夕焼けに染まる、赤い顔がまるで悪魔のように見えてゾッとする。一瞬のことだったけど。

「俺と、その好きな奴、いなくなるとしたら、どっちが悲しい?」
「は?」

 よく分からない質問に僕は思わず眉根を寄せた。渡會に夢の内容までは説明してないが、昨日ステラが最後に言った言葉を思い出して混乱する。

「いいから。答えろよ。直感のままに」
「…ど、っちも、嫌に、決まってるだろ。変なこと聞くな」

 カラカラになった喉から絞り出した声は掠れていて、聞こえただろうかと不安になったがどうやらちゃんと届いていたらしい。
 手だけを上げて左に曲がっていく渡會の背中を見つめながら、何故か早くなった動悸を抑えるように胸に手を当てた。
 もうすぐ終わるというのに、何でこんなこと気付かせるんだ。




*まえつぎ#



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