フィオーレを頭に乗せて 1


【フィオーレを頭に乗せて】



 あぁ、まただ。
 僕はまたいつもと同じ夢を見る。
 まるでゲームの世界。幻想的な風景。ご大層に着飾った服。布面積の少ない女性。手から現れる炎。高級そうな杖。重そうな剣。
 赤、青、黄、緑に紫、茶色、虹色、空に飛び交う。
 そんな前を歩く一向に続くよう荷物運びをするデクの棒、僕。その後ろで同じように申し訳なさそうに歩くモンスター。多分形状的にスライム。
 声のトーンから察するに恐らく彼―――確か名前はステラ。先頭で真っ直ぐ前を見据える気高き男、勇者の幼い頃からの友達。僕がこのパーティーに加わる前からいた、一番の古株。

 夢の中の僕は商人だった。幾重にも負かれたストールとターバン。最初の頃はこんな僕も仲間に重宝された。まだ3人(正確には2人と1匹)しかいなかったから、猫の手でも借りたかったのだろう。
 そんな僕も、最終決戦を目前に控えた今はステラと同じただのお荷物。
 強敵のモンスター達を相手に僕らの攻撃など蚊に刺されたようなものでしかなく、出来ることと言えば後方に控えて戦闘が終わった仲間達の傷を癒す程度。

「ありがとう」

 勇者はそんな僕らを捨てることはしなかった。いや、出来ないのだろう。「勇者」としての彼がそんな非人道的な行為をすれば世間の目が変わる。彼はそれを恐れている。
 正直僕は愛想笑いしか向けてくれなくなった彼と共にいるくらいなら捨ててくれても構わなかった。けれど彼に言われなければ、勝手に離れることなど許されない。
 憂鬱だった。溜息を吐く。

「大丈夫?疲れてない?」

 そんな僕に心配そうな声をかけてくれたのはステラだった。振り返って下を向けば、おずおずと伺う視線。

「別に。早くこの夢が終わればいいのに」
「いつもそれ言ってるね」

 彼には、昔ここが僕の夢の世界だと言ったことがある。信じているのかいないのか。曖昧に笑う姿に苛立ちを覚えて石を蹴り飛ばした。

「大丈夫、この冒険も、あと少しだから」

 そう笑うステラに僕はそれもそうだ、と考えてみた。この冒険が終われば、夢も終わる。筈。じゃあもう少しの辛抱か、と納得させた所で視界がグラリと揺らめいた。
 これは、夢が終わる合図だ。

「戻るの?」

 聞こえる声に頷く。視界に入った黄色がかった白の、まるで星のような輝きに瞬きをした。
 実は僕は、夢から覚める瞬間に見るステラの色は割と気に入ってたりする。






「憂鬱だ…」
「お前基本朝からそれしか言わないのな」

 朝。太陽。目覚めたばかりの僕を犬のようなうるさい声で呼ぶ親友との登校中。繰り返される同じような会話に辟易しながら僕は溜息をついた。

「今日提出物があるなんて聞いてなかったんだけど」
「俺も昨日矢口から連絡網で聞いた」

 にかっと笑う渡會(わたらい)に僕は半眼を送る。

「ちょっと待て。それお前が僕に連絡網流し忘れてたってことだよな?」

 その言葉に動揺を表す渡會の視線。

「ま、まぁまぁ渡会(わたらい)くん。………送ろうとは思ってたんだけど寝ちゃっててさー」
「忘れてたんだよな?」
「…ははは」
「憂鬱だ…」

 矢口も矢口だ。一応出席順では僕の方が前なのだから本来なら僕に送ってこなければいけないのに、大方昨日の夜渡會と連絡してたついでに言ったのだろう。

「だからこうして朝早くから登校して一緒に片そうと思ってだな…」
「僕にやらせて丸写ししようと企んでるお前がよく言うよ」

 また溜息が漏れる。そんな僕の肩を抱いて「辛気臭い顔すんなよ」といい笑顔で笑う彼の頬にとりあえずエルボーを食らわせてやった。ざまあみろ。
 暫く痛みに蹲ってた彼を放って先に進んでいると、追いついた渡會が後ろから仕返しとばかりにタックルしてきた。悪いのはそっちだろうと苛立ちに振り向けば、どうやらそういう意味ではなかったらしい。
 神妙そうな表情で僕の顔を覗き込んでくる。

「で、お前まだ夢見てんの?」
「んー、まぁ」

 渡會には僕の夢の話は説明していた。まるで嘘のような話なのに信じているのかいないのか、少なくとも馬鹿にすることはないのでそれは安心している。

「でも、もうすぐ終わるかも」
「ふーん…」

 僕の言葉に何か言いたげな言葉を呑み込んだような顔を見せる渡會。

「何?」
「いや、別に」

 それ以上は、僕も追求しなかった。




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