ハリポタ いつか自由を | ナノ
変わる少女と変わらない少年
14回目の夏が来た。
私は、13歳だった。
変わる少女と
変わらない少年
トムが帰って来ても、最初は顔を向けられなかった。
「ココ、ただいま」
「お帰りなさい、トム」
私は、笑顔を向けてトムに言った。
トムも笑顔だった。
「あんまり成長してないね」
「仕方無いじゃん。栄養分が無いんだもん」
「そうだね」
約一年ぶりの口調。
去年よりさらに大きくなったトム。
どんどん成長していくトムだけど、口調でやっぱりトムなんだなぁと思った。
私も冬以来使えなかった、この口調を取り戻す。
「トムは急成長だね。首が痛くなりそうだよ」
「見上げるから?」
「大きくなりすぎだよ、トム」
「そうかな?この年では平均だよ。ココが小さいだけさ」
私たちは互いに笑いあった後、また夜にでもと目配せしあって別れた。
私が庭の草むしりを言いつけられてたからだ。
でも、草むしりを言いつけられていて良かったのかもしれない。
正直に言うと、トムと今話すのは苦痛だった。
トムと会って話をするのが嫌なんじゃない。
むしろトムと一緒にいたいし、声を聞きたい。
でも、でも私は去年までの私ではなくなってしまった。
外に夢と希望を持っていた私はもうどこにもいない。
少しはまともだと期待してた警察すら、院長側の人間だと心から思い知ったから。
それに、私は『死』を見たから。
もう外に出ようという勇気は、無いに等しい。
変わってしまった私を私が隠そうとしても、トムは気付いてしまうだろう。それがたまらなく嫌だった。
変わってしまった私を見られたくない。知られたくない。
きっとトムはこんな私を失望するだろうから。
草をむしっている背中に当たる直射日光は、まだ完全に塞がっていない背中の傷にしみた。
トムと一緒にトムにむらがってた人達が門前からいなくなったのを見てから、私は門前に11の時に植えた、今は大きく成長した樹の影に移動した。
葉っぱがサワサワ鳴る。
私は樹の根元に生えた雑草を抜く。この樹の成長の妨げになってしまうから。
私は門の外を見る。格子の向こうに広がる世界は相変わらずの平原で、さしずめ緑の絨毯だ。樹が生えてない、どこまでもつづく平地。
「お前、あっちに植えてあげれば良かったね」
そうしたらこんな、閉鎖的な空間にいなくて済んだのに。もっと丘の向こうも見渡せたのに。
もっとも、私は外に出られないから外に植えるなんて不可能なんだけど。
「……暑いなぁ」
背中の傷に、汗が入ってしみた。
夕食時、トムの両隣りは今までトムとあまり話した事がないお姉さんがいたので、私はトムの隣りに座れなかった。
それに少し安堵した自分を叱咤する。
「……」
話しているトムとお姉さんたちを見ると、なんだか胸がモヤモヤした。
隣りに座っているメリノは、鼻をふんと鳴らして私にもうトムには近付くなと言った。私は笑ってその話を終わらせた。だって、今夜トムと会うから。
夜に部屋を抜け出す時、案の定メリノには行くなと散々言われたけど、私は部屋を後にした。
脱走の手助けをしてくれているトムには、ちゃんと今の自分の気持ちを言わなくてはいけない気がしたんだ。
言おうと思ったら、すぐに言わないと決心が鈍ってしまう。
鍵の壊れた窓を開けて、外に出る。
窓を閉めてから辺りを見回した。トムはいない。
去年みたいに樹の上かなと思って、巨樹に近付き見上げる。
人を見下げながら、人を見下した笑いを浮かべているトムはいなかった。
「トムー?トム、どこにいるの?」
私はまさか本当にトムが先に来てないんじゃないかと思って、樹の幹にもたれかかって窓を見た。
「トム、降参するから出て来て」
辺りはシンと静まり返っている。
笑い声も、私を呼ぶ声もしない闇は、何だか気持ち悪い。
私は樹に登って、トムが来るのを待つことにした。
眠たかった。
夏とはいってもやっぱり夜は寒い。
夜明けと一緒に起きる生活をしているこの院に住む人は、もう皆寝ているに違いない。
「トムのバーカ」
なんで来ないんだろう。
いや、別に毎日ここに来るっていう約束をしたわけじゃない。
でも、今日は喋りたい事がたくさんあったのに。今日は言わなくちゃいけない事がたくさんあったのに。
「……」
幹にもたれかかって、目を閉じると途端に睡魔が襲ってくる。
ううん、こんなところで寝ちゃ駄目だ。
まだ院長が徘徊してないんだから、寝息を立てたら気付かれてしまう。
と、ガラリと戸を動かす音。私は心臓が高鳴った。
「……ココ、まだ居るかい?」
シンと静まり返った闇夜に、トムの声が綺麗に響く。
私はすぐに返事をしそうになったけど、今まで待たさせられた分の仕返しだと思い、返事をせずにトムの動きを見た。
トムは溜め息をついて、また窓の中に入ろうとするから私は慌てて飛び下りた。
「……ココ。猿みたいに飛び降りて登場とは、芸がこんでるね」
トムは鼻で笑うように言った。私はトムのところまで歩く。
「悪かったね遅れて」
「……別に」
「その態度からして怒ってるでしょ」
「怒ってないよ。寒いの」
「寒いの?へぇ」
トムは私の手を掴んで、確かに冷たいと言った。
「こんな遅くまで待つなんて、ココはどうにかしてるよ」
「こんな遅くまで待たせたトムが、よく言うよ」
「悪かったって。今日はもう話すのはやめよう。寝不足は辛いからね」
「今寝ても、十分寝不足だよ」
「じゃあ、明日は寝溜めして明後日の夜にここで」
「……分かったよ」
せっかく、私が覚悟を決めてここまで来たのに。それにトムと話してるといつもの楽しい気分になって大事な事を話すのを忘れてしまう。
でも、陰気な話をするより楽しい話をして気持ち良くいたい。
私はトムと話すのがやっぱり好きで仕方ないみたい。
「じゃあ、おやすみなさいトム」
「おやすみ、ココ」
翌日も、私は庭の草むしりをした。トムは仕事が無いと言ったくせに、私の手伝いをする気も無く木陰でのんびりくつろいで、近くに生えてる草をむしったりしてた。
その日は朝昼夜とトムの隣りに座れて、私はトムと話して終始笑顔だった。トムと話していると本当に嫌な事を忘れてしまうんだ。
でも、やっぱり翌日の夜は、そういうわけにもいかなくて。
樹の上で人を見下した笑いをしているトムの隣に座った。
「この感覚、久しぶりだね」
私はどう切り出したら良いのか悩んで、トムに愛想笑いをした。するとトムは相変わらず飄々としながら核心をついてくる。
「無理に笑うのは不格好だね」
「不格好、か」
私はそれしか言えなかった。胃に重たい氷が落ちてきたみたいにゾクリとする。
「もっとも、僕と居る時はだいぶ楽しそうだったけど」
「私トムと一緒にいると、なんか安らぐからね」
「僕と一緒で?初耳だね」
「初めて言ったからね」
私は一呼吸おいた。
「あのね、トム。最初に謝っておく、ごめんね。私、脱走するのが怖いんだ。怖くて、出来ないんだ。もう勇気が無いんだよ」
理由は言えなかった。あの話をトムにしたくなかったし、私が口にしたくなかった。
私は、トムがどんな表情をしてるのか気になったけど、何だか怖くてトムを見れなかった。
トムの溜め息が、私の呼吸を荒げる。
「やっぱりココも見たんだね」
「え?」
「本当は、去年会った時までに見てると思ったんだけど、今年だったんだ」
「何が?」
「脱走した奴の死体。僕もあれを見た時、脱走を確実に諦めた。まぁ、幼かったしね」
「何で知ってるの?見た事があるの?トム」
トムを見ると、トムは一回天を仰いで言い淀んだ。
「あそこを掘った時、白骨が何個か出ただろ?」
「……うん」
脳裏に浮かぶのは土の中で白く見える弧を描く物体。
「あれは今まで僕が埋めた奴等だよ。つまり、昔はあれが僕の仕事だったのさ」
「嘘でしょ。だってあんなの」
見ていながら、トムはなんで飄々としていられるの?
「うん。最初こそ僕も震え上がったさ。でもね、埋める時にはもう何も感じなかった。だってそれはもう、人の形に似た何かでしかなかったからね。で、僕が学校行くようになったから、それ以降はこれはココの仕事になるって何となく分かったんだ。だから去年、脱走するつもりのココを見た時はビックリしたよ。あぁまだあれを見てないのかって」
「……」
「次にココが何で?って思うのは、僕があれを見ておきながらココの脱走を止めたかったか、だろうね」
私は頷いた。
トムは私に脱走して捕まって、死んで欲しかったの?
まさか、そんなこと無いよね?
「僕は、誰よりも足が速い君なら逃げれるかなと思った。捕まって死んでいった奴とは違って迷いは無いし前向きだしね。ココには外を走り回る勇気がある。だからかな、手助けしたのは」
「そう」
トムは相変わらず飄々としてて、真意は計れない。
確かにトムは軽く嘘をついたりするけど、私はトムの言う事を信じたいから、信じる事にした。
だってトムは私が死んだところで利益は無いんだから。利益を考えて行動するトムだから、この言葉は信じて良いんだ。
「ココには、外に出て自由を手に入れて欲しかったよ」
「うん」
私はトムのその言葉で、外が永遠に辿り着けないほどに遠くなった気がした。
トムが諦めた脱走の夢。
私が諦めた脱走の夢。
決断を下したのに年の差こそあるけど、同じ理由で同じ夢を諦めるあたり、やっぱり私たちは似てるのかな。
もしかしたらトムは、自分が諦めた夢を私に託していたのかもしれない。
だとしたら、私はこの夢をいったんは諦めたものの、やっぱり諦めたくないよ。
「トム!」
「声大きいよ馬鹿、何?」
「私、今は怖くて脱走出来ないけど、いつか必ず脱走してみせる」
「何それ」
「だって、外の世界はここよりきっと綺麗でしょ。私は触ったことのないものに触りたいし、見た事のないものを見たい。話したことのない人と話したいんだ。私は後悔する人生は送りたくないから、死ぬかもしれない確率が高くても外の世界に行きたい」
「そりゃ凄いね」
「18になって、トムがここに帰ってくる必要が無くなるまで、私はここにいるよ」
「僕の為にって?そういうの鬱陶しいね。やめてくれる?」
「じゃあ訂正。18なら、それこそ大人だもん。トムの薬で傷を消して、町に出ればきっとどこかが働かせてくれるよ」
「前向きだね。身分を明かすものを何も持って無い奴を雇うと思うの?」
「それが駄目ならスリをして生きるよ。トム昔言ったでしょ?」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ」
トムは呆れた、と呟いてまた天を仰いだ。
「ココの好きにすれば良いさ。僕は関係ない」
「うん、好きにするよ」
「その代わり、僕の為にとか大義名分はやめてね。鬱陶しいから」
「分かった。もう言わない」
私は、やっぱり諦めて終わるのは性に合わなかったみたいだ。
そうだよ。大人になりさえすれば私は警察なんかに捕まらない。
「まぁ、18っていうのは良いんじゃないの?」
「本当?」
「だって今回会って思ったけど、ココ全然成長してないよね。これじゃ無理なんじゃないかと思ったからさ」
「それ……先に言ってくれると有り難かったかな」
「君が今年脱走するつもりだったら、出鼻を挫く行為はやめようという親切心さ」
私たちは互いに笑った。
「そういえば、トム。今更気になったんだけど、手に持ってるのは何?」
「……」
トムが仏頂面になる。
「実に不本意なんだけどね、話さなくちゃいけないかな」
「話したくないなら別に良いけど」
気になるけどね。
「先日、僕がここに遅れて来た日があっただろ?」
「2日前だね」
「細かいね。まぁその日、僕は夕食の時女二人に囲まれてた」
「見たから知ってる」
「ココが見てたのは熱い視線を感じたから知ってるよ。とにかく、僕はその二人がウザくてさっさと部屋に戻ったんだ。そしたらデブが僕を呼びに来た」
「ふぅん」
デブめ、トムの部屋に何しに行ったんだ。
「そうしたら奥の部屋に付いて来いって言うから仕方無く読みかけの本を置いて付いて行った」
奥の部屋!?
だって奥の部屋は、そういう事をする部屋だ。デブは女しかあの部屋に入れた事はないはずなのに。やっぱりトムは容姿が綺麗だからなの?
「トム、まさかデブにされたの?」
私が深刻に相手の傷を抉らないように慎重に言うと、トムが吹き出した。
私は顔が赤くなるのが分かった。
「まさか。あいつはそんなことしないさ。万一そうなったら、あのデブのソレを噛み千切ってやるよ」
「怖いね、トム。まぁ万一そうなったら私もするだろうけど」
「話が脱線したね、元に戻そう。その部屋に僕が入れられて見たのは、夕食の時の女二人の素っ裸だった。デブが僕のご機嫌をとる為に用意したらしいけど、いい迷惑だよ。僕はデブとは違って万年発情期じゃないんでね」
「トム、まさか抱いたの?」
「またもや不正解だよココ。僕があのデブのおさがりを抱くと思うかい?」
「思わない」
「そう。そいつ等を無視してドアノブに手を掛けようとしたら、腕に痛みが走った。女の一人が鞭を持ってたのさ」
「その人はサドなの?」
「サドもサド。勘弁して欲しかったね。まぁ、どうにか二人の動きを止めて部屋を出たのが夜遅く。それから鞭打たれた場所に薬を塗って君のところに向かったんだ」
2日前の出来事を、遅れてきた理由を今更知ることになるなんて思わなかった。大変だったんだね、トム。
でも、だからってその持ち物とどういう関係が?
「ついでに、この中身はあの傷を消す薬だよ。ココに塗って欲しくて持ってきたんだ。あの女ががむしゃらに鞭を振り回したり引っ掻いてきたりしたから、背中にも傷が出来ちゃってね」
「ふぅん。前は自分で塗れたんじゃなかったの?」
トムから薬を受け取って、聞いてみた。
「この院には合わせ鏡が無いからね」
トムは上着を脱ぎながら答える。
私は瓶の蓋を外して、白い蜜みたいな薬を指に付けた。
トムの背中は11の時みたいに骨と皮だけじゃなくて、肉もついてがっしりしてた。
綺麗な白い肌に、赤い筋が幾本かある。
薬は塗ると白い粉になって風に任せてサラサラ落ちると、そこにもう傷は無かった。
「だいぶ鞭を打たれたんだね」
「2対1だから仕方無いさ」
「なんですぐに鞭を打ったのかな」
「さぁ?素っ裸の女を前にして帰ろうとする男に、女としてのプライドが許さなかったんじゃないの?」
「魔法使うぞって脅せば良かったのに」
「言ったさ。でもあの二人は何も知らないみたいだから通用しなかった。デブに杖を少しだけ見せながら、『今後このような事をして下さるならば、喜びのあまり気が動転してつい魔法を使ってすべてを消し飛ばしてしまいそうですよ』って言っておいた」
私はトムの背中に薬を塗りながら笑った。
塗れば塗るほど、傷は完全に消えて綺麗なつるんとした肌になってゆく。
肩に残る傷にも薬を塗った。
「うん、綺麗」
「ありがとう」
背中の薬が粉になったのを手で払うと、トムは服を着始めた。
「魔法の薬って良いね」
「活用出来る物ばかりだよ」
私は薬をしげしげと眺めたあと、返した。
使いたくないと言えば完全に嘘になる。でも、この薬を私は使えない。
まだ脱走しないのだし、脱走しないくせに傷を癒したらもっと酷い目に合っちゃう。
デブは私に傷を残すのが好きな、サディストだから。
「あ、そうだ。ねぇトム。トムの名前を教えて」
トムは自分の名前が、この世で一番憎んでいる父親と同じだから毛嫌いしているんだ。
だから今も、顔をしかめられてしまう。
「僕のフルネームは知っているだろう?」
「トム・マールヴォロ・リドルでしょ?私が聞いてるのは文字なの」
「文字?」
トムは訝しげにしたあと、
「T o m M a r v o l o R i d d l e」
口で、単語を一つ一つ、苦い物を噛む様に言った。
「口で言われても私は覚えられないよ」
「じゃあどうしろと。明日になるけど紙に書いて渡す?」
「ううん。紙は駄目」
だって、もし紙が見つかったら破り捨てられるのは分かってるし。
「トム、着いて来て」
どこに行くのさ、という顔をされたけど私は樹から枝を使って下りる。私が地面に足を着いた時、トムは樹から飛び下りた。
よく足が痛くないね。
「で?」
私は足場を見て、尖った石を掴んだ。
そしてトムに無言でこっちだと伝える。
着いた先は門の前の、私が植え替えた樹。
その樹は、もう私が両腕を幹に回しても手が届かないほど大きくなってる。
尤も、トムなら両腕を回せば届くんだろうけど。
「トム、この樹はね、さっき乗ってた樹の子供だから、丈夫なんだよ」
「だから?」
「この樹の、あの幹の所に登って、この石で名前を刻んできて」
「やる理由は?ココのことだから理由があるんだろ?」
私は笑ってみせた。
私だから理由があるだなんて、どうしてそう言いきれるんだろう。
私だって時には意味の無い行動を取るのに。
「トム、自分の名前嫌いでしょ?」
「反吐が出るほどね」
苦々しげに言われた。
「だから私が、トムの名前を考えてあげる。トムの名前のスペルを並び替えて、新しい名前を作ってあげる」
「暇人だね。そんなことするつもりなの?」
「暇も暇!トムがいない10ヶ月間は退屈だよ」
「ふぅん」
「ということで書いてきて、トムだって、その名前を捨てちゃいたいでしょ?」
「捨てれるものなら、とっくに捨ててる」
「じゃあ書いてきて。私が強そうな名前を考える」
言い出したら聞かない私をトムは横目でちらりと見て、分かったとだけ言って石を握って指定した枝に乗った。
その枝は葉が生い茂ってて、トムの姿はまったく見えなくなった。
私がトムが帰ってくる少し前に見つけた、良い場所。
下からはまったく見えないのに、中は月明かりがふんだんに降り注いで、暗くない。だから良い場所。
「あ、あとね、トム。男性を敬う言葉、『 Sir 』以外に無い?トム、『 S 』のスペルが無いでしょ?」
「……『 Lord 』。これなら僕のスペルに当てはまるけど?」
「じゃあ、それも刻んでおいて」
「分かったよ」
トムが幹を石で傷つける音を聞きながら、私は幹の根元に座って空を見上げた。
冬ほど空気が澄んでないから綺麗じゃないけど、それでも空には星が煌めいてる。
しばらくボーっとしてたら、トムが空から降ってきた。
「お帰り」
「ただいま」
「何度も言うけど、足痛くないの?」
「何度も言うけど、足を痛がるほど栄養の行き届いていない身体じゃないよ」
「いちいち嫌味だなぁ」
「それでこそ、僕だろ?」
「まあね」
相変わらずのトム。
私はトムのこの性格が好きだ。
「 Lord かぁ。使えるスペルは後どれだけ残ってる?」
「 A D D E I L M M O R T V」
「多いなぁ」
「一人の人間の名前だからね」
「でも、長い。考えておこう」
そろそろ部屋に戻らないといけない時間だ。
私とトムは、鍵の壊れた窓から院内に入った。
「じゃ、お休み、トム」
「お休み、ココ」
部屋に音を立てないように戻って、扉を開けるとメリノの寝息だけが聞こえた。
その後も、トムの名前のことを考えたけど、なかなか決まらなかった。
トムも「僕がいない暇な時間に考えればいいだろ」と言ったので、私はトムがいる間は名前のことを忘れて過ごした。
トムがいる時間は、私にとって色鮮やかな時間だった。
いつから私はこんなにトムを重要視してたんだろう。
トムが魔法使いじゃなかったら、もっと一緒にいられたのになんて、自己中心的な考えをしてしまうほどに私はトムといたかった。
「また、10ヵ月後ね」
見送る時は息苦しい。
「またね」
そんな私とは対照的で、トムはここから去れるという感じで、嬉しそうだった。
「薬、本当にいらないの?」
トムが小さな声で、私に顔を近づけて言った。
トムの顔は綺麗だから、近づいた時にジッと見た。
「いらない。まだいらない。来年ちょうだい」
つまり、来年もまたここに帰ってきてという事。
「じゃあ」
「またね」
何で、私は魔法使いじゃないんだろう?
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