ハリポタ いつか自由を | ナノ
凄惨な箱庭
また冬が来た。
私にとって二度目の葉を散らす時が来た。
残酷な現実
その日は門前が騒々しかった。
何がどうしたのかと皆が見ようとして、私の本体に登ろうとする奴まで居る。
まだ一歳の私は去年に比べたら体がしっかりしているけれど、まだ細いのだから枝が簡単に折れてしまうので登らないで欲しい。
もし私が彼等に触れられるならば引きずり下ろしてやるのに、残念なことにそれは出来ないのだ。
「ほら、木に登ろうとしない」
登ろうとしていた少年を私の本体から引き剥がしてくれたのは夏場毎日かかさず私に水をくれ、手入れをしてくれたココだ。
ココも、門前まで来て何事かと門の外を見る。
空は鉛のような曇天が覆っていて寒く、ココ達は薄着で鳥肌になっているのに対し、門の外にいる院長は派手で高そうなコートを羽織っている。太っているからまるで毬のようだ。
私は派手な毬に近付いて会話を聞く。
門の外に出るなど、孤児院で生活している彼らにはしたくても出来ない事だ。
「いやぁ、まったく。お手数をおかけして」
「いえいえ、市民の平和を守るのが我々の役目ですから。坊主、院から抜け出して規律を乱すなんて二度とするなよ」
緑色の制服で完全防寒した兵隊のような格好をしている警官二人が、捕縛している少年に言った。
少年の足は地に着いているが力無く垂れ下がっていて、警官2人に脇で支えられている。
足をよく見ると、変な方向に曲がっていた。
「どうぞ」
警官が少年を物のように渡して、
「どうも」
派手なコートを着た太った男は汚い物を掴むように受け取った。
そして警官二人にお金を払った。
なるほど。こうやって悪徳警官が私腹を肥やしているのか。
少年は意識を失ってはいないがもう魂が抜けたという感じで、地面を引き摺られてもそのままだった。
引き摺られた道には二本のどす黒い道が出来た。
それが少年の足を貫いている太い釘の部分から作られているのに気付いたのは、すぐだった。
私が見るに堪えなくなりココの元に戻ると、ココは微かに震えていた。
あの少年は脱走して両手足を折られ、足の甲には釘を打ち付けられたのだ。
13になったら脱走すると言っていたココは、少年の姿を見て何を思ったのだろう。
脱走を試みたのは今までにも若干名は居たが、こんな真昼に連れ戻されたのは初めてだった。
いつもは深夜に戻されているから、ココは脱走した人は皆逃げれていると信じていたのだろう。
残念ながら皆連れ戻され、何処かに消えているのだ。逃げ切れた人間は私が知る限り、一人も居ない。
ココは震えていた。顔は寒さからではなく蒼白になっている。
そして騒ぎの中、踵を返して誰も居ない場所に行くのを私は追いかけた。
だいぶ離れた、静かな物陰にココは隠れた。
「大丈夫、大丈夫。だって皆逃げられてる。あいつだけ、あいつだけ運が悪かったんだ。私は逃げ切れる」
一人、呪文のように唱えて自分に言い聞かせている姿は何とも哀れだった。
そして小さな震えている少女に慰めの言葉もかけられない自分が少し憎かった。
深夜になって、ココとメリノは寝ていた。
私は何となく、本体の所に戻らず彼女達の部屋に居た。
多分、弱いココを見たからだろう。
ココの弱い部分など、今まで見た事が無かったから心配だ。
突然、勢いよく扉が開けられる。
二人とも飛び起きた。私は床に座っていたが立ち上がって扉を見る
入って来たのはもちろん院長だ。
「メリノ、お前は寝ていろ。ココ、来い」
ココはすぐに脳が覚醒したのか、相手をあの野生の獣の瞳で睨み付ける。
ココは瞳以外は無表情で口も一文字に閉め、院長に着いていった。
着いたのは、やはり院長室。
こんな夜にココに鞭を振り降ろすつもりなのだろうか。
私は何だかココを可哀想に思った。
ただ寝ていただけなのに、院長の気分次第で睡眠すら奪われる。
院長はニタニタと笑い、自分の部屋の扉を開ける。すると、扉を開けた向こうの空間には異様な物が転がっていた。
何だろう、新しい虐待用玩具か?
私が二人を通り過ぎて照明のつけられていない薄暗い部屋に入ると、微塵も動かないソレが昼に連れ戻された少年だと何故か分かった。
あまりにも動かないソレに近づいて見てみると、案の定呼吸は停止している。
ああ、また脱走者が消されてしまった。
「早く入れ」
ココはまだ少年がただ気絶してるとしか思っていないらしく、今の状況を把握していないようだ。訝しげにしている。
扉を閉めた院長は、照明をつけた。
「っ!」
ココが恐怖に声にならない声を出した。
私も今回ばかりは震え上がった。
暗闇では分からなかったが、少年の顔は殴られ続けたことによってか紫色に腫れ、鼻はへし折られ二つの穴から鮮血を零していた。歯は一本も残っていない。
髪の毛はむしり取られたのか、頭皮があらわになっている。
腕は4段階に曲がっていて、裏返った手のひらには足に突き刺さっていたはずの太い釘が左右の手のひらを貫通していた。
他にも様々あるが、私は気持ち悪くなりもう直視出来ない。
ココを見ると、青ざめ、一文字に閉めていたはずの口は少し開いていて息が奇妙な音を出していた。
瞳は動揺に揺れ、身体は戦慄いている。
「ココ、それを担いでついて来い」
ココは微かに肩を上下させた。
恐怖に侵蝕されてゆくココを見て、男はただ嬉しそうにするだけだった。
「ほらココ、どうした?悪い事をした奴へのお仕置はそんなに怖いか?ん?」
ココの肩に手を置き、ココの耳元ででっぷりとした舌をピチャリと鳴らして言う。
ココは震え上がっていた。
歯の根があわずにカチカチいう。
「ほら、こいつを背中に担いで」
ココは機械人形のように動き、少年の両手を怖々持って自分の肩に乗せる。
少年の両手にあるはずの爪は、すべて剥がれていた。
ココもそれに気付いたのか、小さな悲鳴を漏らす。
まだ12の少女が見るには、あまりにも残酷なものだ。
ココは、院長の後に続いて重たい、全体重を自分に預ける元同胞の足を引き摺りながら歩く。
ズルズルと嫌な音がした。
発育のよろしくない栄養失調のココは、白い息を荒げながら、それでも元同胞を引き摺りながら歩いた。
外に出て、広い庭の片隅、誰も寄らないような鬱蒼とした場所に着く。
周りに冬で枯れた草が抜かれもせずそのまま生えているのに、何故か真ん中だけ円形に土が剥き出しだった。
「それを降ろせ」
ココは元同胞を、ゆっくりと地面に寝かせた。
それがココのせめてもの優しさだろう。元同胞は空を見上げていた。残念ながら雲に覆われていて星は見えないし、眼球も潰されている。
「掘れ」
大型シャベルを渡されて、ココは言われた通りに剥き出しの地面を掘る。
冷え切った土は固く、シャベルは思うように地面を削ってはくれない。
裸足の足でシャベルを踏み込むのも痛いのだろう、ぐっと踏み込むたびにココは唇を噛み締めた。
どれ位時間が経過しただろう、穴はだいぶ深くなっている。
何かシャベルにぶつかったらしく、ココは動きを止める。
「……」
夜目でも分かる、円形の白い物。
「それが何か分かるか?」
ココはシャベルを地面に刺し首を横に振ろうとして、止まった。
「あっ……うぁっ!!」
ココは素直に、もう堪えれないと言うかのように悲鳴を初めてあげた。
甲高い声は真冬の夜の澄んだ空気を振動させる。
「はっ、う……」
ココは白くならない荒い呼吸をしながら、その場に釘付けになった。
私はココの横に立ち、ココが何を見たのかを確認する。
円形の白い物には陥没した大きな二つの穴。
そして、顎の骨。
間違いない、これは人間の頭蓋骨だ。
「それは誰だと思う?ココ」
異様に優しい声。
ココにはきっと何も聞こえていないだろう。
「お前のかつての同胞だ」
やはりそうだったのか。
脱走して連れ戻された子供達が消えた行方は、ここだったのか。
こんな穴にゴミのように投げ捨てられていたのか、幼い子供が。
「お前も知ってるだろう?脱走を試みる馬鹿が居る事を。そいつらの末路だ」
「あっ……」
ココは、視界がさだまっていないのか、身体が揺れている。
「皆捕まって、これになるんだ。良いな?分かったかココ」
ココは反応などしない。
私は皆捕まっていたのは知っていたが、まさか彼らにこんな結末が待っていなんて知らなかった。
皆、散々の虐待ののち息絶えたのか?
「ココ、お前も脱走なんて考えたりするんじゃないぞ?私はお前が大切だから、これを教えてやったんだ。変な気を起こさせないように教えたんだ。大切だから。分かるな?」
嘘だ。
きっとこいつはココが脱走を考えていると感づいて、だからわざとこれを見せたんだ。
ココに脱走しようという意思を無くさせる為に。
ココは相手の思惑通り、脱走の後の自分が背負うリスクを前にもう脱走しようなどという気持ちは失せただろう。
私だってもし人間で、ココと同じ状況でこれを見せられたら失せる。
「さぁココ、それを埋めるんだ」
男はココに元同胞を自分の手で処分させる。
それで彼女の恐怖に歪む顔を見れると気付いたのだろう。男は実に嬉しそうだ。
ココの心に一生残る傷をつけるのがこの男は楽しくて仕方ないのだ。
ココは、元同胞を手厚く埋葬した。
その頃には表情はいつもの無表情だが、瞳はいつもと違い濁っていた。
院長に連れられてココは部屋に戻された。
私は扉がすぐに閉まってしまった為に、ココとメリノの部屋に入れなかった。
院長は一人でにたりと笑って、自分の部屋に向かった。
私は扉をじっと見つめる。
メリノの話す声が少し聞えた後は中からは何も聞こえない。きっとココは今日あった事を誰にも言えないだろう。万が一言うとしたら、主人にだけだろう。ココは主人に何でも話している。
暫くすると、ココが扉を開けて出て来た。無表情で。
廊下を音も立てずに疾走して、鍵が壊れた窓から外に出る。
ココの身体は冷えきってしまっているのか寒い外でも息はもう白くならなかった。
ココは外に出て一目散に門に向かう。
まさか、脱走する気か?
あれを見せられて気が狂ったのか?
主人に貰った傷を消す薬も持たず、準備も何もなく脱走するのか?
私が追いかけていると、ココは私の本体の前で立ち止まった。
ココの顔を見るべく前に回る。
「うっ」
ココは、小さく声を出した後、堰を切ったかのように涙をぼろぼろ流し始めた。
何があっても泣かなかったココ。
でもそれももう限界だろう。
ココは私の本体に抱き付く。決して触り心地が良いとは言えない私本体にきつく抱き付く。
12歳の子供が見るにはあまりにも生々し過ぎた。刺激が強過ぎた。残酷だった。
元同胞の哀れな姿を見て、ココは何を思ったのだろう。
11の時、鞭を打たれても殺されたりなんかしないから怖くないと言っていた時のココはもう居ない。
目の前で人の死を見たのだから。
あの男が沢山の同胞をいとも簡単に殺していたのだから。
「うっ……くっ……」
今まで押さえ付けていた恐怖が津波になって押し寄せて来たのだろう。
何人もの折り重なるように埋まっていた白骨。
仲間を葬った己の手。
よくあそこで発狂しなかったと思う。
私はそれを褒めてやりたいとすら思う。
真冬の夜、私に抱き付いて泣いている小さな少女に私は声をかける事も触れる事も出来ない。
それがたまらなく悔しくて
私はココを、触れられないと分かっていながらも、後ろからそっと抱き締めた。
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