ハリポタ いつか自由を | ナノ
変わる私、変わらない私(最終話)
11の時の私は、自分は何でも出来て、何にでもなれると思ってた。
でもそれは幻想で、本当の私は何も出来ないただの子供だった。
誰にも負けないものなど無くて
その他大勢の一人で
結局私は周りと一緒で与えられる運命に逆らえない無力な人間なのだ。
そんな自分、大嫌い。
変わる私
変わらない私
「 I am lord……」
文字の多いトム。名前が長ったらしいのは良くないと『 I am 』を入れた。
ここまでは刻めたのに、相変わらず肝心の名前が決まらない。
トムはきっと自分の名前を本当に捨てたいだろうから、 TO や MA や RI から始まる名前はやめた方が良いし、何より強そうな名前にしなくては。
だって、強くあって欲しいから。
私みたいに脱走を諦めるような、夢を諦める人にはなって欲しくないから。
……駄目だ、また余計な事を考えてる。
近頃どうも後ろ向きだ。
「……強そうかぁ」
やはり最初に『V』を持ってきた方が強そうだ。
「ヴォ…ヴ、ヴェ?」
どう考えても、ヴェは発音しにくいし、女の名前で使いそうだから嫌だ。
最初の『 Vo 』は決まった。あとは残りの D E L M O R T をどう並べようか。
このままスペル順に並べたらヴォデルモートか。案外良いかも。
うんうん考えていたら、月が陰ってしまった。月明りが無くちゃ文字が見えないし、何より風が湿っているから今夜は雨が降るかもしれない。
早く戻らないと、濡れた足で戻ったら出入りしている痕跡が残ってしまう。
私は鍵の壊れた窓を開けて縁に乗り、足に付いた砂を払ってから院内に入る。
月明りも無い院内は、少し気味悪さを感じた。奥から感じたことのない恐怖が這ってくるような、そんな感じ。
心の中で自分に馬鹿げてるとだけ言って、私は部屋に走った。
部屋に戻ると、メリノが居た。院長に呼ばれて奥の部屋に行っていたからだろう、メリノは疲れた様子だ。
憶測だけど、行為の後は疲れるものなのだろう。
何故かいつも床に置いてある、盆に立てられた蝋燭が無い。
月明りも無いから窓から入るほんのわずかな光と暗闇に慣れた目だけが頼りで、輪郭がおぼろげだ。
こういう時、夜目の利くのは使える。
「ココ」
メリノは綺麗な声で、部屋の窓縁に腰掛けながら私を呼んだ。
私はどうしたのだろうと思って、近付く。
メリノは服の着替え途中のままの格好で、上着のボタンが全開だ。たとえ夏といっても腹を出していたら腹を壊すか風邪を引いてしまう。
「どうしたのメリノ?何か今日は変だよ」
いつもなら、たとえ嫌な出来事の後でもこんな虚ろな表情じゃないのに。
いつもなら院長を罵る元気さなのに。
「ごめんね、ココ」
メリノが突然謝罪した。
近付いて分かったけど、眼は泣き腫らしてる。窓から入る逆光でも分かる、メリノの今にも泣きそうな表情。
どうしたんだろう。
「ごめんね、ごめん。今はこれだけしか言えないけど、ごめん」
「……メリノ?」
わけが分からない。
ただメリノは謝罪の言葉を吐き続けて、余計に私を困惑させる。
メリノが、窓縁から腰を上げて私を抱き締めた。
メリノが私を抱き締めるのはよくある事だから、いつものように背中に手を回して優しくたたく。
と、メリノは全体重を私に預けて来た。
それはまるで、背中に全体重を預けてきたあの少年みたいで。
「やだっ!!」
フラッシュバックのように脳裏に焼き付いていた影像が目の前に現れる。
脳味噌が抉られる気分。
4ヶ所曲がった腕。
釘が打ち込まれてる掌。
殺された。
腫れ上がった少年の顔。
歯の無い口。
近付いて来る白濁した眼。
恨みの言葉を喘ぐ血塗れの口。
「やだぁっ!!」
大きく見開いてた眼をギュッと閉じた。
近付いて来ないで、止めて。
私が殺したんじゃないのに。
何で私を傷付けるの?
私は君に何もしてないのに。
気持ち悪い
怖い
背中に当たる衝撃が、傷を刺激して痛い。
頭も床に打ちつけて痛いし、グラグラする。
……おかげで嫌な物は消し飛ばされたけど、まだ動悸は激しい。
息が苦しかった。
冷たいあの手が首に巻き付いてきたような気分。
吐きそうだ。
目を開けると、自分に覆い被さったメリノが滲んで見えた。
違和感があった。
部屋の天井の角に、ヘンテコな機械がついてる。
「……ぁっ、メリノ?」
まだ恐怖が身体から抜けきっていなくて、声が震えてしまっている。
「ごめんね、ココ」
「……メリノ、あれは何?」
「ごめんね、ごめん」
メリノの顔が近付いて来る。私は急いで両手で顔を覆った。
近付いて来る顔が、一瞬夢に出てくる少年と重なったから。
それによく分からないけど、今のメリノはいつものメリノじゃない。
おかしい。そして危険だ。
「ココ、手、退けて。大丈夫、怖いのは最初だけだから」
「わけが分からないよメリノ。ねぇ、どうしたの?何、をっ!!メリノ!痛いっ!」
メリノが上着を捲し上げるから、背中の部分の布まで上にあがってきて、傷をこする。
しみるような痛さ。
「ココ、腰上げて。そうすれば痛くないから」
「やだよメリノ。ねぇ、どうしたの?」
背中をこする痛みに、私は手を顔の前から退かしてメリノの服を脱がそうとする腕を掴む。
「何で服を脱がそうとするの?」
メリノ、と最後に言いたかったのに。メリノの口が私の口に当たる。
私は驚愕して、全身が震え上がった。
何で私に、キスするの?
「っ!!」
噛み付くようにされて、顎が開く。するとねっとりと濡れたものが入って来て、私の背筋を凍らせた。
無理やり顔を横に動かすと、歯と歯が当たって痛かった。下の歯茎がメリノの歯によって切れたみたいで口の中に鉄臭い油が広がる。
私は、同じように痛みを感じてるメリノを火事場の馬鹿力で突き飛ばして、壁にぶつけた。
「何考えてるの?ねぇ、何考えてるのっ!?私たち女同士だよ?メリノは、この行為が嫌いって言ってたじゃない!!」
メリノは、泣き始めた。
わっと声を出して泣き始めた。
私はどうしたら良いのか分からなくて、メリノの真意が汲み取れなくて、その場で上体を起こした格好のままだった。
メリノは子供みたいに泣く。
泣き声は私の怒りで真っ赤に染まった頭を冷やしていって、口の中に血が溜まってきたから、飲み込んだ。
メリノは謝罪の言葉をたくさん言った。
つまり、メリノはこれを本意でしたわけじゃないの?
じゃぁ差し金は?……そんなの一人しか居ない。院長だ。
私は、この異様な空間をどうしたら良いのか悩んだ。
とにかく、部屋の天井の片隅についてるヘンテコな物が気に入らなかった。
あれがあるから今日のメリノはおかしいんだ。
私は立ち上がって、二段ベッドの階段をベッドから外し、手に取った。
「ココ?」
メリノが鼻詰まりの声で呼ぶけど無視して、木製の階段をその機械にぶつける。
「止めてココっ!止めて!」
すぐさま縋りついてくるメリノに、私は視線を向けた。
「そ、それを壊したら……私、私が」
「ひどい目に?」
メリノは頷いた。
私は階段を壁に立て掛けて、縋りつくメリノをはがす。
メリノは余計に泣いた。
泣きたいのはこっちだ!
どれだけ私が怖かったかメリノはきっと分かってない。
私は、メリノを一人にしない方が良い事は明白だったけど、口の中に広がる血の味で優しさはヒトカケラも残って無かった。
メリノへの憤りが強すぎた。
何であいつの言うことを聞くのかが分からない。
私は泣いてるメリノに背を向けて、部屋から出て行った。
廊下を走っていると背後から光に照らされて、心臓が跳ね上がった。
懐中電灯を持っているのは、院長だけだからだ。
「ココ、見つけたぞ」
私は、今どれだけ憎々しげな表情をしているだろう。
すぐに表情を無にする。
こいつは感情をおもてに出すと喜ぶから。
でも、今の荒立った精神を押さえ付ける理性を私は持ち合わせていない。
すべての怒りをこいつにぶつけたかった。
大嫌いだこんな奴。死んでしまえば良い。
誰もこいつを殺さないなら、私がこいつを殺してやりたい。
何も出来ないのに?
人よりやせ細って力も無いのに?
殺すのも殺されるのも怖いくせに。
冷静な自分が、日常を崩そうとする熱を持った本能に冷や水をかける。
今の私がトムだったら良かったのに。
トムは頭が良くて、回転が早いから最良の道を探せるのに。
知恵も無い私は何も出来ない。
結局、この男の言いなりだ。
「ココ、こっちに来い」
粘っこい声を発する男が手を出してくる。
その手を退ける力が
意思が
勇気が
私にあるのか
私
には……
私は日常を投げ出す勇気がある。
私には、無理なのだ
私
は、このままなんて望まない。
絶対に逃げてやる。
こんな場所とは離れてやる。
門から外に出てやる。
トムに出来た事が、私に出来ないはずがない。
私とトムは、ずっと一緒にいた仲なんだから!
「ココっ!!」
私は男に背を向けて走った。
男は私を追いかけて来たけど、巨漢が災いして私に追いつけない。
足は自慢だった。
昔、トムに褒めてもらったから。
それに男の足音は途中で遠ざかった。
そのまま壊れた窓を開けて外に飛び出し、門まで走る。
壁には有刺鉄線があるから、門以外の出口は無いんだ。
「っ!!」
門まで来て、私は足を止めた。
男がいたからだ。
男はきっとここに来るので一番近道の正面玄関から出て来たんだろう。
鍵を持ってるとはなんとも憎たらしい。
鞭が地面を少しヘコませる。
「ココ、逃げたら、分かっているな?」
相手は巨漢だから短い距離を走っただけで息が上がっているけれど、走り慣れてる私はあんまり上がってなんかいない。
「もちろん」
もう敬語なんて使わない。
私より下等生物な男を敬う必要は無いのだ。
「なら戻れ。お前は明日引き取られるのだから」
「……え?」
売ったのか?
だから、あんな事をしようとしたのか。
売られる場所が良い場所じゃないのはもちろん分かってるのに、誰がはい分かりましたって院に戻るものか。
私は引き取られる形で門をくぐりたくない。
私は私の意思で、トムのように自分が望んだ物の為に、外に出るんだ。
月が隠れてて私が逃げ出すのを歓迎しなくとも、私は意志を曲げない。
鞭がまた地面を抉る。
そんなものに怯える私じゃない。
鞭の痛さなんていつかは癒される。
駆けた。
鞭が私の足に絡み付いて、転んだ。
解こうと鞭に気をとられたら、鞭は引っ張られて私を男に近付けた。
「うぁっ!!」
頭を踏まれてめだまがとびだしそうなほどいたくなる。
深く吸った呼吸で、湿りっ気をおびた土の匂が肺を満たす。
「痛い目見んと分からんのかこの糞餓鬼っ!!」
痛い目?
痛いのなんて、いつも受けてる。
私は怪我するのを覚悟のうえで頭を回転させた。
地面の小石が頭皮と耳を引っ掻くけれど、こんなの痛いうちに入らない。
私が何より痛いのは、辛いのは、こんな奴に今まで言いなりとなっていたことだ。
私は起き上がって男の右腕に噛み付いた。
鞭を離してもらわなくては、私はいつまで経っても足に絡み付いた鞭でここに引っ張り戻される。
「ぐぁあっ!離せっ!こ、このっ!!」
ただ噛み付かれた痛みだけなのに男は狼狽する。
私が受けた痛みはこんなんじゃない。
もっと、もっともっともっともっともっと、痛かったんだ。
トムだって、メリノだって、受けたくもない仕打ちを今まで堪えてきたんだ。
私が、みんなの分を精算してやりたいと思った。
でもそんなことより私が今逃げなくては駄目だから、そんなにこいつを傷付けている時間は無い。
「離せっ!!」
髪を引っ張られた。
私が商品だから、この男は私の背中を引っ掻くとか目を潰すとか、酷い行動に出られないんだ。
それは好都合で、私はよりいっそう犬歯を醜く太った腕に食い込ませた。
「ぐあぁぁぁああっ!」
飼い猫に噛まれるのはどんな気分だろう。
文字通り、噛まれているのが笑える。
男が鞭を手放した。
私は髪が数本抜ける覚悟で身を翻し、男の手から逃れる。
鞭を足から剥がして、一応所有する事にした。
膝をついて呻いている男をしりめに、私はあの日、トムに学校から手紙が届いた日に植えた樹に登る。
夏は毎夜トムと一緒に樹の上で話していたから樹登りは得意になりつつあった。
私が一番低い枝(それでも地上から3mはある)に辿り着いた時、男は何かを呻きながら樹に近付き、登ってこようとした。
「っ!」
私は初めて鞭を振った。
それはまったく上手く操れなかったけど、男の手前の幹に当たった。
でも男は怯まずに登って来るから、私はまだ幹にしがみついて、上に登る。
門は3mくらいあるから、飛び移るにはもう少し上に登らなくてはいけないんだ。
「待てっ!!」
下から恐怖が幹を這って近付いてくる。
急がなくては恐怖に飲み込まれそうだ。
私は振り向く事は絶対にせず比較的太い枝にしがみついて、枝の上に立った。
湿りっ気をおびた風が、乱れた髪をより乱す。
大丈夫、私なら出来る。
深く息を吸って、枝の先に向かって駆けた。
失敗したら地面に叩き付けられて死ぬかもしれない。
でも
でもね、トム。
私はトムが言ってくれた通り、何も行動に移さない人間でありたくないの。
私だって時には何か起こせる人間でありたいの。
そりゃぁ、トムみたいに頭は良くないよ?魔法だって使えない。愛想も良くない。
でも、私はトムと対等でありたい。
トムが見た世界を見たい。
トムが感じたものを感じたい。
こういった思いの方が、死への恐怖よりも大きいの。
おかしいよね、あれだけ生に執着してた私が死ぬかもしれないカケに出るなんて。
行動せずに後悔するより、行動して後悔する方が良いと今なら思うんだ。
だから私は今、空中を飛んでいる。
足は空を掻いて、そして冷たい鉄に触れ、また空を掻いて今度は地面に着いた。
トムが言っていた通り、右足が着いた瞬間膝を曲げて、左足を着けた瞬間膝を曲げて、手を地面に着ける。
トムが言って通り、足は不思議と痛くない。
「待てぇっ!!」
男は冷静さが欠けているからだろうか、私と同じ行動をとったけど男は門を超える事は出来ず、柵の向こうで地面に叩き付けられた。
「飼い猫に噛まれるのはどんな気分?」
問うても、男は痙攣してるだけで答えなかった。
「生かしてくれて有難う。でも、私はあんたが大嫌いだよ」
私はそれだけ言って走った。
初めて踏む外の世界。
とても身体が軽かった。
背中も痛くない。
全神経が冴えている。
これから何処に向かう?
――何処へでも足が向くまま自由に。
私は何処ででも生きていける。トムが言っていたように、スリになっても良い。
トム、私ね、自由を手に入れたよ。
***
私は樹だ。
だから名前なんて無いし、本来ならば動けない。
でも主人のおかげで私は霊体のような存在になっており、好き勝手に動けるのだ。
だから今も、私はココの隣りにこうやって居る事が出来る。
「待てぇーー!!」
太った男の店から食べ物を盗んだココは、霊体の私がようやく追いつける早さで走る。
走り抜けるココはまるで風のようだ。迷いなく駆けて行く。
ココは決まって裕福で店主が厭らしく太った店から盗みを働く。私は声をかけることもままならないので憶測でしかないが、きっとこれは彼女のポリシーなのだろう。
「ふぅ」
走り抜けたココは川が近くにありながらも荒れたスラム街にやって来た。過去に何があったかは知らないが、今は人の手が行き届かず人が居着かない此処がココの生活の場だ。
洗濯や身体を洗うのは川で済ませられるし、廃屋で生活も出来る。
綺麗な水も暖かい毛布も無いが、ココは今の生活を楽しんでいた。何にも縛られることのないココは本当に自由なのだ。
ココは盗んできた食べ物を食べてから伸びをして、空を見上げた。
「トムは元気かなぁ」
一日に一回は必ず口にする言葉。
ココは気付いているのか気付いてないのか、主人を心の拠り所にしているようだ。
主人がキングスクロス駅に帰ってくるまで後1日。
ココは立ち上がって、また街に向かって歩き出した。
今度は何をする気なのだろうかと後をついていけば、随分と歩いて遠くの街まで来た。成る程、スリを行うのかと一人納得していると、予想通りココが行ったのはスリだった。足が付かないようにとわざと生活エリアから離れて行う程度には、ココも周りを見て学び、賢くなっている。
そして、勿論スる相手は決まって裕福そうな輩のみ。
スッたお金を何に使うのかと見ていたらお金を財布から全て抜き出してポケットにしまい、財布は裏路地に捨てていた。売れば高くなるだろうに、どうして財布を売らないのだろうか。
そんな私の疑問など露知らず、ココはまた随分な距離を歩いて古着屋に入っていった。
その古着屋は老婆が一人で経営していて、ストリートチルドレンに少しボロくて売れなさそうな服を無償で与えているので、私達の目線から見れば有難い店だ。
おかげで周りの人からは白い目で見られているのだが。
「おばさーん」
「おやおや、ココちゃんどうしたのかな?今日はあげられる服は無いんだよ」
「ううん。買いに来たの」
「……お金は?」
老婆はズリ下がった眼鏡を上げて、ココを灰色の瞳で見据えた。
「これ」
ココが薄汚れたズボンのポケットからお金を取り出して見せると、老婆は眉尻を下げた。
「まさか盗んできたのかい?」
心を痛めるように言う老婆に、ココは疑われるのは心外だといわんばかりにムッとした。
この子は嘘が上手くなった。
「違うよ、隣り町で仕事をしてきたの。だから最近はここに来なかったでしょ」
「あらあら、そうだったの、ごめんなさいね」
「ね、服を選んで良い?」
「良いけど、大切なお金でしょう?食べ物に使った方が良いんじゃないかしら」
「明日大切な人に会うの。だから服を買いたいんだ」
「なら良いけど」
「有難うおばさん」
ココは、主人に会いに行くつもりだったのだ。その為にいつも以上にスリを行ってお金を集めていたのだ。主人とココがまた顔を合わせられるとは、なんて嬉しい事だろう。主人もきっと喜ぶ。
「これ着てみて良い?」
「良いわよ」
ココが選んだのは今までと全く違う女の子らしいワンピースだった。
動きやすさも強度も、まったく重視していない。
ココが更衣室に入り上着を脱ぐと、相変わらず痩せてはいるが約一年で成長した(とはいってもまだ実年齢より幼く見える)身体が現れた。
背中の傷は相変わらずだがそんなものは服で隠れてしまうわけで、女物の服を着たココはお世辞じゃなく可愛いと思えた。これでもう少し肉があれば美人なのだが。
「おばさんどう?」
「あらあら、可愛いじゃない」
「そうかなぁ」
少しおめかしをするように、スカートをちょっと摘んで見せた。
「おばさんあと私ね、靴が欲しいんだ」
「靴ねぇ……」
ココの服装を見て、今履いている靴底の磨り減った靴の変わりではなく服に合うものをと老婆は考えたのだろう、シューズではないエリアを漁っている。
そこはココがいつも履いている靴とは異なり、お古として売られているがどれも新品同様に綺麗で少し値が高い物ばかりだった。
「やっぱり歩きやすいのが良いかしら」
「ううん。この服に合うのなら何でも良い」
「なら、これはどう?」
革製の膝下ブーツ。
確かに膝丈のワンピースを着たココに良いかもしれない。
編み上げだから履くのにココは四苦八苦しているが、これからは自分で履かなくてはならないので教えてもらいながらも全て自分でやり遂げた。
「足のサイズはどうかしら?」
「ちょっと大きいかも。でも私は成長期だから足も大きくなるだろうし平気。ありがとうおばさん」
ココは更衣室に脱ぎ捨てたままだったズボンのポケットからお金を取り出した。
「この服と靴は足していくらなの?」
お金を渡してからココは訊く。主人に教えてもらったのは文字と簡単な足算引き算で、他に学の無いココはお金の計算が出来ないのだ。
老婆は本当の合計より少ない金額を受け取って、ココの頭を撫でた。
「おめかしをするような相手はどんな子かしら」
「自由になる勇気をくれた、大切な人だよ」
ココは気を許した相手だからなのだろうか、恥じらいもなく言う。
老婆はあらあらと言って、色恋が隠れていると思ったのだろう、ココの髪を撫でた。
「なら髪の毛も整えなくちゃ」
「髪の毛?」
「いらっしゃいな」
ココは促されたままに椅子に座る。
老婆は部屋の奥から櫛とリボンを持ってきた。
ココの髪は川で洗うだけの粗末な生活の為に絡み合ってギスギスしていたが、老婆は時間をかけて髪をすべて梳けるようにした。
それだけでココはいつもよりいっそう可愛くなる。
「ありがとう、おばさん」
「まだよ、ココちゃん」
ココが立ち上がろうとするのを老婆が止める。
私は髪型をいじられて、ココが女の子になってゆくのを見届ける。
変な気分だ。
ちょっと前までは髪が長いだけで、空腹を満たす為に盗みを働く男女の区別がつかない生き物だったのに。
ココのあの野性的な感覚が失われるみたいで、私は寂しかった。
ただの女の子になってしまうのは、彼女の特別性が失われるようで悲しい。
リボンを髪につけられたココは、少し落ち着かないようで辺りを見回す。
「有難うおばさん」
「また来てね」
「もちろん!」
ココは自分が着ていた服を紙袋に入れてもらって、駆け出す。ここからあの駅まで歩いて丸一日かかるだろう。スリの為にと奥まで歩いて、また古着屋まで戻ったから随分と時間は経過してしまっている。今から歩いてキングスクロス駅へ向かっても主人が着く時間には間に合わないし、今の格好で夜道を歩いて移動するのは無謀だ。
ココは余ったお金の量を調べてから、近くの駅へ向かう。
ココは駅員の所に行って、話しかけた。
「済みません、明日の朝にキングスクロス駅に着くには、どの電車に乗れば良いですか?」
「え?お嬢ちゃん一人で行くのかい?」
ココは身なりをしっかりして上品にしている為に、駅員は子供のココ相手に手を抜かない。
「はい」
「どうして」
「母に用を頼まれまして」
ココは本当に嘘が上手くなった。
最初から決まった文句を流れるように発している。
「うーん。ここからかぁ。寝台列車でなら明日の朝に間に合うけど」
「じゃあそれでお願いします」
ココは、数字の多い紙幣を駅員に渡した。
それで十分足りていたのだろう、駅員は切符とおつりを渡してきた。
「あそこの階段を下りて、3番目に来る紺色の列車が君の乗る列車だよ。寝台の場所とかはここに書いてあるから」
切符の面に記された番号に駅員は指を触れる。
「ありがとうございます」
ココは丁寧におじぎをして、言われた通りの階段を下りていった。
「あー、しんど」
そう彼女が漏らすのは、電車を待つ間だった。
やはりココも、自分がお嬢さんを演じるのは気持ち悪いらしく、頭を掻いた。
「お嬢さん一人?」
「はい」
「おやおや、どこへ行くんだい?」
「キングスクロスまでです」
ココは年齢より幼く見えるので小さな少女が一人で長旅をすると映ったのだろう、周りの大人たちは皆親切にしてくれる。
ココがなぜ上品にしていたのかようやく分かった。
周りの人に好印象を与え、電車の知識なんてないココは周りの人の動きを見て知識を得ようとしているのだ。
行動が主人に似てきたな。
食事も寝方も、見ようみまねでココはすべてを一人でこなした。
そして夜も久しぶりの枕、布団や毛布にくるまってココは幸せそうに眠った。
きっと夢では主人のことばかり見ているのだろう。
ボロボロの服が入った紙袋を手にホームに降りる。
ココは駅の広さに呆然とした。
私もここに来るのは二度目だがやはり広過ぎる。
一度主人を見送りにここに来た。だから主人がいるホームが壁を通過して入ることも知っている。
でもココは壁を抜けるだなんて所業を知らないし想像もつかないだろう。
私は何も出来ないから、ココをあのホームまで連れて行けない。
「9と4分の3番線……」
ココはポツリと言って、急に駆け出す。
また駅員の所に向かって何か話している。
「9と4分の3?そんなものないよ」
頭がおかしいと言わんばかりの扱い。
「……じゃあ9番線はどこですか?」
「それはあっちだよ」
「ありがとうございます」
ココは『あっち』と言われた線に向かう。
「ここの4分の3……分かんないよ馬鹿」
一人ごちった後、辺りを見回す。遠くに変わった服装の人が居て、近付いて観察すると杖が上着の内ポケットから覗いていた。
ココの元に戻って腕を引っ張りたいが、私はココに触れられない。
どうにかして気付いて欲しい。彼らが行ってしまう。
待って。私達は貴方と接触したいんだ。
『ココ』
名前を呼んでも当然の事ながら反応は返ってこない。彼女に私は見えていなければ声も聞こえないのだ。
手を掴もうとして、止めた。
触れようとして結局触れられないと、自分の存在が本当に無なのだと認めることになって嫌になる。
「トム……」
ココは辺りを見回す。
魔法使いの人は壁をすり抜けて入っていった。
「……」
背を向けていたココにそれは見えていないので、ぷらぷらと歩き回っているしかない。
時間が経過するのは怠慢だった。
私はそろそろ魔法の使えない人間のホームに主人が来る頃だと思い、空を舞って周りを見回す。
私が下を見回していると、ココが勝手に動き出した。
ココが迷い無く進む先には主人の姿。
主人は一人で荷物を運んでいた。
「トム」
近付いて、主人の名前を呼ぶココ。
主人は驚いた顔をする。
「ココ……なんで君が此処に居るの」
「逃げ出してきたから」
「その格好」
「スリして買った」
主人は笑った。
「本当に逃げ出せたんだ。そして捕まらないでこまで来れたんだ」
「うん。トムに伝えないといけないことがあってね。初めて寝台列車に乗ったよ」
「へぇ。で、僕に伝えたいことって?」
ココはリボンを解いて、頭を掻きながら照れくさそうに言った。
「まず最初に、トムの新しい名前。ヴォルデモートって言うの」
「ヴォルデモート?」
「強そうでしょ?」
ココは付け足した。
「トムには強くあって欲しいもん」
「ふぅん。気に入ったよ」
ココは良かった、と安堵の溜め息をついた。
「それとね」
「何?」
「……」
「早く言いなよ」
「私トムのこと大好きだから」
ココは笑っていった。正面きって好きって言うのは照れくさいね、と言ってまた頭を掻いた。
「ココは今何処に住んでるの?」
「別に。決まってないよ」
「そうなんだ」
「トムはどうするの?夏休みはやっぱりあそこに帰るの?」
「もう帰る理由はなくなったから良い」
私はビックリした。
ココは分かってないようだが、その意味って……。
まさか、主人がそういった感情をココに持っているとは思いもしなかった。
私はただの仲の良い二人としてしか見てなかった。
「親が結構な金を残してくれててね、小さいけど、アジトを作れたんだ」
「アジト?何のための」
「それはまだ教えない」
「ケチだね、トム……じゃなくてヴォルデモートは」
「好きに呼んでくれて良いよ」
ヴォルデモートという名になった主人は、含み笑いをしてこう言った。
「僕は夏休み以外はそのアジトに戻れない。つまり埃が積むし喚起が出来ずに空気は悪くなる」
「はぁ」
「僕が衣食住を賄ってやる代わりに、ココはその家を掃除する家政婦をやってくれない?」
「私が!?私、掃除なんてしたこと無いよ」
「衣食住に困らない、ココにとっても良い条件付の仕事だけど?」
「……」
ココは主人のことが好きだから、というか離れてる間主人のことばかり考えるような子だからこの条件を断るはずは無いだろう。
「夏休みにはそこに帰ってくるの?」
「ああ」
「本当に?」
「もちろん」
「じゃあ、家政婦をやってみようかな」
「交渉成立だね」
「で、その家はどこ?」
「魔法使い達が居るほうだから、ココにとって新鮮な場所だよ。此処に比べたらよっぽど住みやすいさ」
ココは喜んだ。
主人も、ココが承諾したので嬉しさをかみ殺しているようだ。
私は、そんな二人の行く先が光り溢れる暖かい世界であることを祈るばかりだった。
→
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私
はその手をとった。
逆らう力など無いのだ。
「あまり世話を焼かせるんじゃないぞ?ココ」
自分の弱さを思い知った私には、もうこの男を睨む事も出来ない。
ただ俯いて、事が終わるのを待つだけだ。
魂を手放してしまって、生きる価値の無い私。
なのに死ぬのは怖くて。
男が何か話していたけど、私の耳には何も聞こえない。
連れて来られたのは、奥の部屋だった。私が来たくなかった部屋。
心に闇が浸食してくる。
私の抱いていた夢はすべて飲み込まれたようだ。
部屋に入れられた私は、どうにでもなれと思った。
どうでも良い。
もう、良いよ。
バイバイ、トム。
行為の最中、頭をスペルが飛び交っていた。
私は、トムの名前を考えなくちゃいけなかったんだ。
起き上がって痛い下腹部を押さえながら、服も着る気にならず素っ裸で壊れた窓から外に出た。
時刻が分からない。
真っ暗な外は雨が降っていて、私の体を綺麗に洗ってくれる。天然のシャワーだ。
下の穴から、重力にそって汚いのが出てくる。
体を引っ掻いた。
汚い。
汚い。
汚い。
キタナイ。
「あは」
空を見上げて口を開くと雨粒が乾いた口内を潤してくれる。
こんな時でも貪欲に潤いを求めるこの体の、なんて汚いことだろう!
「はは、あはははっ!ははははは!あ、あははははははははっ!」
顔を流れる液が雨粒なのか、瞳から流れ出るものなのかなんて判別つかない。
視界がグニャグニャ歪んで、曇天の空が黒色にしか見えないよ。
私は、私は、私は本当にただ生きているだけの存在になってしまった。
世界で一番毛嫌いしてる奴にすべてを許して、それでも生きる。なんて情けない。
でも、すべてを許すことは自分への憤りだけで死ぬことは怖い。そして私は恐怖に勝てない。勝てないんだよ。
私はトムみたいに強くないから。
小さい時から死体処理をさせられていたトム。そのくせしていつも飄々としていた。
私はトムみたいに強くないから、飄々と出来ないし、自分を制することも出来ない。
こんな自分大嫌い。
大嫌い。大嫌い大嫌い大嫌い。
「うっ……」
惨めさ。
情けなさ。
意地はあるくせに根性が無い。
夢はあるのに叶えようとしない。
走る足があるのにこの地にとどまる。
私に出来ることなんて何もない。
所詮口だけ。
何も実行出来てない。
「……そう……だったね」
せめて実行にうつすよ。
トムとの約束。
名前、決まったんだよ。
トムの新しい名前。
「Dear Lord Voldemort」
親愛なるヴォルデモート卿。
あいつに好き勝手やられてる時に考えてたのが申し訳ないけど、私には時間が無いんだ。
朝には男が私を向かえに来る。
樹に登って私の字で刻んだ『 I am 』。その続きにあるトムの刻んだ『 Lord 』を指で撫でる。雨に濡れた樹はツルツルしてる。
「 V O L D E M O R T 」
刻みこむ。
トム、私が居なくても気付いてくれるかな。
気付いて欲しい。
「……」
枝に腰掛けたまま幹に抱き付いた。
この樹はトムが手紙を受け取ったときに植えた樹。いろんな意味で節目となる樹。
この樹になら、私がずっと隠してた気持ちを吐いても良いかな?
「トム、トム大好き」
大好き。
「もっと一緒に居たかった」
出来ればずっと一緒に。
「私は」
私は
「トムと、外の世界を何より愛してる」
愛してる。
いつからかなんて分かんない。
ずっと好きだったし、一緒にいることを望んでた。トムがいないときは寂しかった。抱かれてるときに思った。相手がトムなら良いのになぁって……馬鹿みたい。
トムは性欲なんて無さそうなのに。
「ありがとう」
ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう
トムのおかげで、私いろいろ知れたよ。
いくつもの大切な気持ちを貰ったよ。
トムがそんな気無くっても、確かに私に大切な気持ちを手渡してくれたんだよ。
「ありがとう」
もう二度と会うことのないだろう君に
あ
りがとう
NORMAL ENDへ
BAD ENDへ
そ
の年帰った時、ココの姿は無かった。
帰ったその日の夜にココと仲良かった女を見掛けた。
デブに聞きたくは無いから、不本意だけどこの女に声を掛けるしかないか。
「メリノ」
「……何よ」
相手も相手で鬱陶しそうな顔をした。
「ココは」
「……知らないわよ!ココなんて!!私に関係ないわよ!!」
はぁ?と思った。
あれだけココに守ってもらっていたくせにそれは無いだろうが。
こういう女はどこで見ても不愉快だ。
「もう一度聞くよ。ココは?」
「だから知らないってっ!きゃっ!」
「答えろよ」
汚らわしいマグルになんて触るのも嫌だけど、口で言っても分からない馬鹿には力で組み敷かなくてはならない。
魔法が使えれば、こんなやつ、逆さに磔てやるのに。
「離して!」
「その前に、僕の質問に答えろ」
自分が可愛いお前は答えるだろう?傷付けられたくないからな。
「ココは売られたわよっ!」
やはりか、と内心舌打ちする。
「そんなことは分かってる。何処にかって訊いているんだ」
「知らないわよっ!どうせ遊廓でしょっ!」
「ココが?」
「そうよ!分かったら離してっ!」
ココが遊廓……?背中の傷があるうえに痩せ細っているのに、何で遊廓なんだ?
知らない男に身体を許してるのか?逃げてはいないのか?何で言われたまま遊廓なんかに行くんだ!?一番毛嫌いしてた仕事だろっ!!
「痛っ!」
力を入れ過ぎたらしい、女の手首の骨がみしりと鳴った。いっそのことへし折ってやっても良いんだけど、ここでこいつを傷付けてもココは帰ってこない。
手を離して、僕は部屋に置いた荷物を持って外に出た。
もう僕が此処に居る理由は無い。
「……おかしいな」
何で僕はココが居るからといってこんな檻の中に舞い戻っていたんだろう。
ココも憎むべきマグルなのに。
門の前に植えられた大樹。
たった数年でここまで大きくなれたのはココが手入れをしていたからだろう。
僕はココが新しい名前を考えると約束したのを思い出して、荷物をその場に置いて樹に登った。
確かこの枝に座って見える場所の幹に……あった。
僕が刻んでつけた僕の名前『Tom Marvolo Riddle』。その下に僕の字ではない『 I am 』と、続きには僕の字で『 Lord 』。その続きには……。
「 V O L D E M O R T 」
ヴォルデモート。
ココが考えた新しい僕の名前。
ココが勝手に居なくなったのを裏切りと感じずにいられない僕に残してくれた新しい名前。
僕を何で置いていったのさ。
また来年って言ったじゃないか。
本当なら今ここで、君は誇らしげに僕の名前を発表してたんじゃなかったの?
こんな結末になるって分かっていたら、君を無理矢理にでも連れ出したのに。
あのデブのマグルのせいで君は売られちゃったんだね。
許さない。
僕がされた仕打ちじゃないのにこんなに腹が立つなんて。
どうにかしてるね、僕。
ココを売ったデブのマグルに腹が立つ。
ココに触れてるマグルの男達に腹が立つ。
ココを取り囲む汚い女達に腹が立つ。
許さない。
許せない。
指で字を撫でると、一陣の風が吹いた。
『Dear Lord Voldemort』
ココの声が風にのって聞こえてた。
僕は周りを見たが、人の姿は見えない。月明りが僕を照らすだけ。
なのに聞こえてくるのはココの独白。
熱い液が頬を伝った。
なんて馬鹿げた独白。君の気持ちに気付いてやれたなら、どれだけ良かっただろう。
今までの関係を壊さない為に互いに好きという気持ちを隠してずっと偽りの友情を演じていたんだね。
互いに馬鹿だったんだね。失うことを恐れて一歩を踏み出せないでいたなんて。
「僕も君が大好きだよ。君だけが好きだよ」
君だけが好き。他の奴等はいらない。君が愛した僕と世界と、僕が愛した君だけで良い。他はイラナイ。
君が望んだ世界は色鮮やかな世界だろう?
なら僕がそれを創ってあげる。汚いマグルどもを排除して、楽園を創ろう。
時間はかかるかもしれないけれど。
必ず楽園を創ってあげる。忌々しいマグルの存在しない楽園を。
―幾年後―
「た、助けてくれぇッ!トムっ!!」
あの誓いの日以来近付かなかった場所に、卒業した日に舞い戻った。
「俺様はヴォルデモートだ」
男以外に命ある者は居ないこの牢獄の中で、昔鞭を振り回していた男は足下に這いずって助けを求めていた。
「ヴォ、ヴォル、ヴォルデモート!助けて下さい!!お願いします」
「ならば質問に答えろ」
顎を蹴り上げる。
今までに僕らが受けてきた痛みはこんなものじゃない。
こんな生温いものじゃない。
もっともっと、憎しみと憎悪で頭が真っ赤に染まるようなものだったんだ。
「ココをどこに売った」
「ココ?」
「早く答えろ」
靴底で手を踏むと、太っている為か弾力を感じた。
「この下、にある、街の、『ROTY』、です」
「そう」
杖を構えた。
手を踏まれている為床に這ったまま逃げられない男は悲鳴をあげる。
呪文を唱えたあと、足を退かす。
男は悶えて泡をふきながら反吐が出るような断末魔を上げた。
耳障りだからすぐ殺してやりたいけれど、こいつを簡単に殺してなんかやらない。
もっと苦しめ。
そう、思っていたのに。
男は痛みに弱いのか、すぐに息を引き取った。
「あっけない」
逆らうことが出来なかった男が、今目の前で鞠のように蹲って死んでいる。
僕は孤児院に火をつけ、下の街に急いだ。
「……」
ココが売られたのは何年も前のことだった。
だからだろう、看板は『ROTY』なのに廃墟。
「お兄さんどうしたんだい?」
身なりの良い男が近付いてきた。
「ここにあった、『ROTY』は?」
「ああ、そこなら景気が良くてね、都会に店舗移動したよ」
「何処?」
「ん?」
「何処だと聞いてる」
「おいおい兄ちゃん、人に尋ねるのにその言い方は無いだっ」
首を掴んだ手。一瞬の出来事で男は理解が及ばないのか顔を真っ赤にしている。
「答える気になったか?」
「っ……!!」
男は動作で答えるといった。
手を離すと、男はその場に崩れて咳き込む。
「……です!!」
男が言った地名は、遊郭が軒を並べる場所だった。
「いらっしゃ……」
皆僕の格好に目を大きく見開く。
そりゃそうだろう、マグルにとって真っ黒なローブを纏った奴なんて、世界を脅かす変人でしかない。
魔法なんて、こいつらにとったら異物だろう。
「ここに、ココという女はいるか」
「あ、あんたを抱きに来たのかい?あの子は高いよ?」
店主らしき人物が警戒しつつ近付いてくる。
香水の匂いが不愉快だ。混ざりすぎてて悪臭でしかない。
兎に角、此処にココは居るようだ。
勘の良いココの事だ、何かをすればすぐに飛び出してくるだろう。
近くに居る、派手な格好の女に杖を向けた。
女は短い杖を見て眉間に皺を寄せる。
「クルーシオ!」
女は一瞬にして目を見開き、叫び声をあげた。
甲高い、耳をつんざくような声。
周りにいるマグルは椅子から転げ落ちて悲鳴を上げる女に驚き、壁際に一斉に退いた。
扉が開く音が至る所から聞こえる。
「誰だ貴様ぁ!!」
太った、院長を連想させる男が叫んだ。
「ヴォルデモート」
きっと笑っているだろう。
君がくれた名前を、ようやく口に出来る。
劣等感しか与えないあの名前を口にしなくて済むのはこんなにも嬉しいものだろうか。
それとも、名前を与えてくれたのが彼女だから、こんなに口にするのが嬉しいのだろうか。
「貴様ああああああ!!」
店主が隠していた銃を手に取るのが見えた。
最初から自己防衛に壁を魔法で作っていたからあんな鉛球、勝手に撃たせとけば良い。
こっちはこっちで、死の呪文を使わせてもらうさ。
僕は杖を構えた。
急に自分に影が落ちたので、僕は上を見上げる。
「っ!?」
驚いた。
裸の女が降ってきたのだ。
降ってきた女は、僕にボロボロの背を向けて男が撃つ銃弾を身体に受け止めた。
痣や切り傷でボロボロの身体を重力に逆らわず床に倒す女性を片手で受け止めながら、杖で銃を撃った男に死の呪文を撃った。
周りの奴にも死を。
皆死んでしまえ。
僕達の再会に水を注す奴等は皆、地に伏すが良い。
「っあ……」
「喋るな」
静止を聞かないのが彼女だと分かっていながらも、僕は彼女に喋るなと言う。
「トム」
「今はもうヴォルデモートだよ、ココ」
ココは右胸の穴から血をどろどろ流して、顔に脂汗を滲ませながら笑った。
「よく私だって分かったね」
「背中の傷でね」
「そっかぁ」
あいつがつけた背中の傷でなくても、僕は君がココだと気付く自信はあった。
でも運命はイタズラで、僕達をこんな形で再会させる。
「ね、ヴォルデモートって名前どう?」
「気に入ってるよ、凄くね」
ココは僕の腕の中で屈託なく笑う。
懐かしくて、僕は痛いだろうと思いながらも彼女を抱きしめずにはいられなかった。
「今、治してあげるから」
「鉛は手術でもしない限り取り出せないでしょ?」
「ココは何があっても助ける!!」
「その気持ちだけで十分だって……。ね、ヴォルデモート」
「何?」
「そんな悲しそうな顔しない」
魔法の知識はあるくせに、鉛の一個も体内から取り出すことが出来ない自分。
魔法なんて、結局本当に大切な時に使えないんだ。
「ねぇヴォルデモート、私の気持ち知ってた?」
「……知ってるよ。ココが居なくなってから知った」
「へぇ」
「僕もココに伝えなくちゃいけないことがあるんだ」
「なに?」
「僕も、ココが好きだよ」
何年越しに伝える思い。一言でなんて足りない。
「好きだよ。好きだ。だから死なないでよ」
「勝手に人を殺さないでよ」
強がりを言うけど、どう考えてもココは今生きてるほうが不思議なのだ。本当だったら撃たれた時に死んでいる。
「ヴォルデモートはいつもらしく飄々としてないと駄目だよ」
「煩いよ」
「ね、ヴォルデモート……私、傷口が痛いんだ。さっきまで痛くなかったのに何でかな?」
「治すから」
「だから止めてってば。私はね、ヴォルデモート……この幾年の間に何人もの男を相手にして汚れて、生きる価値を、存在理由を見出せなくなったの。だから殺して。ヴォルデモートの手で殺してよ。死に方ぐらい、選ばせて」
なんて我侭な言い分。
「ふざけるな!!」
「ふざけてなんていないよ」
「生きる価値も、存在理由も、僕が与えてやる」
「……」
「だから生きろ」
今まで、ずっと人を殺すための魔法ばかりを学んできた。
だから癒しの魔法なんてあまり知らない。
でも、それでも僕は君に生きて欲しいから知識を総動員しよう。
「ヴォルデモートが一緒に居てくれるなら、生きても良いよ」
ココは笑っていった。
ボロボロの体で笑った。
僕は杖を向けて、ココの体に癒しの魔法を撃つと傷口はふさがった。
中も治ったのかは分からないけれど、ココの顔色は次第に良くなってゆく。
「有難うね、ヴォルデモート」
「どういたしまして」
「まさかヴォルデモートがここまで迎えに来て、私を連れ出してくれるなんて思ってもいなかったよ」
ココは素っ裸のまま起き上がる。
僕は羽織っていたものを渡す。ココは昔から変わらない笑顔で、有難うと言って受け取った。
「それじゃあ、これからは一緒に居ようね」
「勿論だよ。その前に、僕がこれからすることを聞いてもらわないとだけどね」
「うん?どうせヴォルデモートのことだから、皆殺しとかでしょ」
「どうして分かった?」
僕が驚いて言うと、ココは屈託なく笑う。
「私ね、思ったんだ。もし私が魔法使えてたら、この世界を消し飛んでるんだろうなって」
ココは節目がちに言う。
「自分を置いていった両親に腹が立つし、自分を傷つけるやつらも許せない。きっと、私は誰彼かまわず殺しちゃうと思う。自分の力が強大なら、それに酔っちゃうと思うな」
だから、とつなげる。
「私だったら、ヴォルデモートと私以外は皆殺しにしちゃってる」
「僕よりタチ悪いじゃないか」
「ヴォルデモートはどうしたかったの?」
「マグルの居ない世界を作る」
「マグル?何それ」
「ココみたいな、魔力をもたないただの人間のこと」
「へぇ。じゃあ私もいつかは殺す?」
「ココは殺さない」
「う〜ん。矛盾してる感じがするけど良いや。ヴォルデモートが望む世界を作りなよ。私は止めない。魔法も使えないからただ一緒に居るだけ」
「それで良いんだよ」
「そっか」
ココは本当に自分が大切なんだな、と思う。
自分以外の奴なら傷付こうが死のうが関係ないというタイプ。
側から見ればなんて無慈悲で残酷な人間だと思われるかも知れないけれど、僕はこういった性格もココの魅力なのだと思う。
「ただしね、私が大好きな君が死んだりしないように、計画して行動してね」
「死んだら?」
「私に出来る最大限の方法で世界を傷付けて、トムを傷付けた奴にはこれ以上ないほどの苦しみを与えちゃうかも」
僕に対する愛情が強すぎるからなのだろうか、ココにしては珍しく攻撃的だ。それに嬉しさを感じるのだから、僕もココと同類だ。
「怖いね」
「普通だよ」
ココに手を差し出すと、迷いなく手は握られた。
ココは後戻り出来ない闇の道に進んでも、僕についてきてくれると言ってくれた。
「好きだよ、ココ」
「私もだよ、ヴォルデモート」
→
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客
の話では近頃変死体が多く現われるようになったそうだ。
銃殺や絞殺とかではなく、また毒を盛られたわけでもないのに息絶えているのだとか。
まるで魔法だとその客は呟いた。
私はそれを聞いて、かの人を思った。
私の職業はいわゆる遊女だ。
遊女といってもただ愛撫されて抱かれるのではなく、虐待まがいの行為を受ける為の遊女が私。
まぁ私には背中の傷があるからサドの男は喜んで一晩私を買うのだけど。
「……なにやってんだか」
私は引っ張られて乱れた髪を手櫛で梳きながら起き上がる。窓から入る別の店のネオンが足を照らした。
客が帰ってから服を着る元気が無かったから素っ裸で寝たけど、流石に寒い。
店長の命令により今日一日で私は3人の客を相手にした。金はその分入るのだが流石に身体が限界だ。
「いてぇ」
昔よりも痣だらけな身体。
あれだけ乱暴に扱われてよく骨が折れないもんだなと自分で自分を褒めたくなる。
「……」
喉が渇いたな。
何か飲みに行……
「きぃゃあぁぁぁあぁああぁあぁあっ!!!」
突然の断末魔。
一階からだ。
辺りの襖がいっせいに開く音。私の部屋の襖も全開だ。
私は毛が逆立つような気持ちに後押しされて、素っ裸のまま階段を駆け下りる。
階段の中腹の手すりから顔を覗かせ見た一階には、フードをかぶった男。手には木の杖。
「誰だ貴様ぁっ!」
悲鳴に似た声がどこからか上がる。
「ヴォルデモート」
Voldemort.
頭に冷や水を浴びせられた気分。
ヴォルデモートと名乗った人物は、杖を振って人を恐怖の顔のまま息絶えさせた。
間違いない。
私が間違えるはずがない。
「貴様ああぁあっ!!」
店長が相手に銃を向けたのが見えた。
迷い無く階段から飛び下りたのは、気が動転していたからかもしれないし彼を傷付ける奴が許せなかったからかもしれない。
私がヴォルデモートに背を向ける格好で地面に足を着けた時、銃弾は見事に私の身体に侵入していた。
「……っ!」
時間が怠慢だ。後ろで何か言っている気がするけど聞き取れない。
膝をついてその場に俯せになると、店主も周りの人もすべてが少し後で白目を向いて横になった。
私とフードを被った人以外は皆息絶えてる一階は不気味な空間だろうけど、私には久しぶりに感じる心休まる空間だった。
小さい頃月明りの下、樹の上にいた時みたいに心休まる。
「っ、ト……ム」
私はどうにか仰向けになる。相変わらず綺麗な紅い瞳がフードの中から見下ろしていた。
「今はもうヴォルデモートだよ、ココ」
「おぼてくれてたんだ」
痛みよりも会えた喜びが勝る。
死ぬからなのかもしれないけど、私は意識がはっきりしていた。
「変わったのに……何で分かったの?」
トム、ううん、ヴォルデモートは鼻で笑ったようだ。
「背中の傷で分かった」
「……ぁぁ」
なるほどね。
肺に血が溜まってきてるのかな、息苦しいよ。息をする度に、口の中が油っぽい。生臭い味が呼吸をする度に広がる。
「ヴォルデモートは気付いてた?」
「何に」
「私がトムのこと、ヴォルデモートのことを好きだって」
トムは紅い瞳を長い睫に縁取らせて伏し目がちに言った。
「知ってたよ」
「そっか、なら良いや」
気付いていてくれたならそれだけで良いや。
笑った。
やばいな、今更だけど痛い。
「ね、ヴォルデモート。名付け親のお願い聞いてくれる?」
「もう生きるのは無理だよ。ココは死ぬ」
「もう……生きたくないよ」
夢も希望も何もなくただ生きているだけなんて、もうこっちから願い下げだ。
今ようやくその結論が出た。この結論が出るまで長かったな。
小さい頃に出せてたら、身体を汚さないで済んだのかな?……今更言っても遅いか。
「そぅ。潔いね」
「最期ぐらいはね」
「で?僕へのお願いってなに」
「私を殺して。撃たれた所が痛いんだ」
私は撃たれた場所が波打つ痛みをあげているのを堪えながら言った。
「死に方ぐらい、自分で決めたいの」
「僕に殺せと?」
「うん」
「そっか」
「痛くしないでね」
「眠るようにしてあげるよ」
トムは杖を私に向けた。
私は笑った。心からの微笑みだ。
安らかな眠りが、愛する人の手でくだされるのは至福の瞬間だ。
最後に見取ってくれるのが貴方なら私は……
「おやすみココ」
「おやすみヴォルデモート」
「バイバイ」
「ばいばい」
→
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