ハリポタ いつか自由を | ナノ
6周年企画:初めての冬休み帰省
トムの学校の期間は長い。
一年が365日あったら、夏休み以外の335日は学校にいるのだ。
だから私は今日も一人で家守だ。
トムの家に住むと決めた時から分かりきっていたことだけど、やっぱり退屈で仕方ない。
せっかく自由になれたのに、この家に、この空間に拘束されているみたいだ。
つまらない。
本当に、つまらない。
「何処かに行こうかなぁ」
炎がチラチラ揺れる暖炉の隣には灰が準備されている。
魔法を使えない私が、ここから移動して遊べる唯一の手段だ。
あの灰を使って暖炉の中で行き先を告げれば、おおよその場所には行ける。だから買い物も困らないし、ちょっとした観光も出来る。
でも、あの灰を使ってどこかに行ったところで、そこは魔法使いの世界だから私は色々と気をつけなくちゃいけない。
魔法使いは魔法を使えない人間を嫌う人が多いのだとトムが言っていたし、事実、裏道ではそういう事態が起こっていた。
魔法を使える、使えない。それだけで優劣を決める。
馬鹿みたいって思うけど、孤児院にいる子供を大人が見下して毛嫌いしたり傷つけるのと同じで、みんな自分より弱い何かをいじめたくて仕方ないのだ。
「くっだらない……」
でも、それが普通なのが、私の生きる世界なのだ。
もし私が魔法の使えない人間だと分かったから、脱走に失敗して警察官に捕まったあの子のようになってしまうかもしれないということ。
それは凄く嫌だ。
私は生きたいのだから、あんな結末にはなりたくない。
だから必要な時にしか出かけないし、危ない場所には近づかない。
ソファにゴロンと寝転がって、暖炉を見ると、パチパチと火の粉が散っている。
窓の向こうには、真っ白な世界。
冬だ。
私はトムの家に居るから寒い思いをしなくていい。手足が真っ赤になって、痒みと痛みにジッと堪えなくていい。
それは、凄く贅沢な事だ。
暖炉が作る音以外が無いこの部屋は、眠気を誘ってきて、ソファの上で丸くなる。
うとうとしてどれくらいだろう。
玄関先でガチャガチャと鍵穴をかき回す音。
泥棒?
まさか。煙突からは暖炉の煙が出ていて、人がいるのは分かるはずなのに。
魔法使いに敵うはずはないと分かっているけれど、火かき棒を持って玄関先へ走る。
私が玄関に着く前に、玄関扉の開く音がした。
「ただいま」
入ってきたのはトムだった。
私は慌てて足を止めて、振りかぶろうとしていた動きを殺し損ねて、転ぶ。
トムは1人走ってきて勝手に転んだ私を見て、何しているの。と問うてきた。
「…トム?」
「僕以外に誰がいるのさ」
「魔法で泥棒がトムに変身してるとか」
「僕に変身したとしても、家の鍵まで持っているわけがないだろ?」
「盗んだとか」
「あのねぇ、僕が僕じゃなかったら、ココが家にいることにまず驚くはずだよ」
「何で?」
「ココの存在については、人には全く話していないからさ」
なるほどね。
そりゃあ魔法使いばかりの場所で、魔法を使えない人間を養っているなんて知られたら爪弾きにされるに決まっている。
だから私の存在については誰にも言わない。
それが正解だ。
「なんで帰ってきているの?いつもなら学校にいたのに」
「孤児院に帰りたくなかったから学校に残っていただけだよ」
トムは荷物を玄関にそのまま置いて、家の中に入ってくる。
暖炉のおかげで温かい部屋。
トムは部屋を見回して、何もないね、と言った。
「少しは生活感ある部屋になると思っていたけど」
「台所はそれなりに生活感があるよ」
とは言っても、食器は使うとすぐに洗うし、唯一テーブルに置かれているのはマグカップだけだ。
トムはコートを脱いで、部屋の隅にかける。
ああ、またトムは大きくなった。
前はまだそんなに身長差もなかったのに。
「ココ、僕の鞄を持ってきてよ」
「は?なんで私?」
「良いから。キャリーバッグは重いから、中身だけを持ってきて。鍵のナンバーは000だよ」
「随分と簡単なナンバーだね。鍵をあっさり破られてしまうね」
「苦情は後から聞くよ。それより早く持ってきてくれない?」
「ワガママな家主だね。居候は従うとしましょう」
笑って言えば、トムも笑う。
玄関へ行って、大きなキャリーバッグの鍵を開ける。
そこには、大きな箱。
upという文字と矢印があって、その箱には向きがあるんだと分かった。
これを持って行けばいいのかな?他に入っているのは、可愛い装飾の施されたこれまた大きな袋。
何でトムがこんな物を?
袋も女性が喜びそうなリボンだし、トムが好む物ではない。
まさかトム、可愛い物好きだったとか?
まぁ顔も綺麗だし、そういう趣味があっても許されるだろうけれど。
でも、私の知っているトムの趣味ではない。
とにかく指示通りに両方を持ってリビングに戻ると、トムがいなかった。
「トム?」
「着替え中」
トムの部屋の方から聞こえる。
なるほど。確かに堅苦しい服装だったから、ラフな格好に着替えているのか。
「お湯が沸いたら紅茶を淹れておいて」
「はいはい」
外は寒かったのだろう、ヤカンが火にかけられている。
テーブルに荷物を置いて、紅茶の準備をする。
お湯が沸いたのでティーポットに淹れると、トムが部屋から出てきた。
「お湯湧いた?」
「うん。ところでこれ何?」
テーブルの上にある二つを示すと、トムはニヤリと嫌な笑い。
「ねぇココ。今日は僕の日なんだ」
「は?トムの日?そんな日があったの?」
「その四角い箱を開けてごらん」
言われて、茶葉を蒸しているティーポットにタオルをかけてから向き指定のあった四角い箱を開ける。
すると中には、真っ白い何か。
「何これ」
「ケーキだよ」
ケーキにしては、全部が真っ白だ。
箱から出すと、それは見慣れないホールのケーキ。
カットされているのなら見たことあるけど、ホールってどういったつもり?
ケーキを眺めていると、その上にプレートがあって、幸せと、見慣れない文字列と、トムの名前。
「読めてないでしょ」
「happy…トム」
「バースデー」
「バースデー?」
単語を口にして、え?と思う。
誕生日おめでとう、トム。と書かれたプレートがあるワンホールのケーキ。
まさか。
「今日が誕生日なの?」
「そうだよ。僕の誕生日。だからお祝いしてよ、ココ」
「急に言われても何も用意してないよ」
だって、知らなかったし。
そもそも、なんで自分の生まれた日を知っているのさ。
私は自分の誕生日なんて知らないのに。
「物はいらないよ。代わりにはい、これ」
そう言って渡されるのは、可愛い袋。
「何?これ」
「服。それを着てきて」
は?と思うけれど、それが僕へのプレゼントだと思いなよと言われて、渋々受け取る。
「中身を確認してもいい?」
「うん」
袋を開けて、中身を見る。
そこには厚い生地の服。
引っ張り出すと、それはセーターと、ズボン。
触り心地も良くて、きっと良い物。
私が着ている服は大きめでちょっと肩口が寒いからハイネックなのは嬉しい。
「ほら、着替えてきなよ」
「うん!」
その場で着替えると流石にトムに叱られるから、寒い部屋へ一回入って、上下共に着替える。
すぐにリビングに戻ると、トムが紅茶をカップに注いでくれていた。
「あっ!忘れてた!」
「これくらいは僕だってやるよ、気にしないで」
「気にするよ。今日はトムの誕生日なんでしょ?主役に何かさせるなんて、気が引ける」
「じゃあ皿とフォークを2セット、ついでにナイフも持ってきて」
「ケーキを切るの?」
「そうだよ」
台所からナイフとフォーク、皿を持っていくと、トムが切ってくれと言ってくる。
私はホールケーキなんて見たのも初めてで、切るなんてやった事も無いんだけど。
後はよろしくと言うように椅子に座ったトム。
「どうやって切るの?」
「真っ二つに切ればいいよ。どうせ二人で食べるんだから、半分こにすればいい」
「ふわふわしてるから切りにくそう」
「僕とココしか食べないんだから気にすることもないだろ?」
それはそうだけど…。
せっかくのケーキなのに、形が崩れるなんて嫌だ。
勿体無い。
ソロソロとナイフを入れると、トムが笑った。
「そんな怖がらなくていいのに。いつもの豪快さはどこに行ったの」
「食べ物は粗末にしない主義なんでね」
トムはそうだろうね、と言う。
ケーキを半分に切って、皿に盛ろうと思ったけれどどうやって皿に盛り付ければいいのか分からない。
「トム、皿に盛って」
「ココがやってよ。誕生日の人にさせるの?」
揚げ足取りな言葉。
トムを睨むと、トムはやっぱり笑っていた。
「盛り方を教えるよ」
「本日の主役の方に教えていただけるとは恐悦至極」
「どこでそんな言葉覚えてきたのさ」
まったく、とトムは言って、席を立つと私の後ろに回った。
右手に右手が、左手に左手が添えられる。
大きな手が私の手を包んでいて、こんなに大きさが違うのかと関心と同時に寂しさを感じた。
私は女で小柄。
対して、トムは男で成長はしっかりしているから、差が生まれるのは当たり前だ。
でも、置いてきぼりにされているみたいで、ちょっと寂しい。
「こうやって…」
ナイフとフォークを器用に使って、皿に半分のケーキが盛り付けられる。
「ね、簡単だろ?」
耳元にかかるトムの息。
こそばゆいと言うと、トムは笑った。
「何笑っているの?」
「いや、本当に、ココは…。ココって飽きないよね」
「全く意味が分からないんだけど」
「独り言だから気にしなくていいよ」
「大きな独り言だね」
「それより、自分のは一人で綺麗に盛り付けなよ」
トムは自分の席に戻ってしまう。
私はナイフとフォークを使って、自分の皿にケーキを運ぶ。
少しクリームが崩れて、上に乗っていた果物も落ちたけれど、ぐしゃぐしゃにならずに運べた。
「じゃあ、食べようか」
「これ、トムのケーキなのに私が食べてもいいの?」
トムはキョトンとして、それから呆れた、と言った。
「あの食品難の空間で、僕にキャンディを分けてくれていたのはどこのどいつだったかな」
トムに手紙が届いた時、私はキャンディを院長室から盗んだ。
それをトムに渡したのは、私。
あんな時のことを覚えているなんて、意外だ。
「美味しい物は、ココとなら分け合ってもいいと思ってる」
「嬉しいね」
そんなに気を許してもらえているのは嬉しい。
私はトムが大好きだから、やっぱり、特別は嬉しいんだ。
「トム、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
トムはニッと笑う。
私も笑った。
二人で食べる誕生日ケーキがとても美味しかったのは、言うまでもない。
***
れな様、この度はお祝いメッセージ及び「いつか自由をの番外」というリクエストをありがとうございました!
ココさんが脱走したENDで、トムの誕生日を二人で祝う物語が書きたくて、書かせていただきました!
二人が幸せにしているシーンが本編ではあまりにも少なかったので、温かい空間で幸せにケーキを食べて、笑い合うのが書けて良かったです。
あっという間に6周年を迎えて、今も無事運営できているのはれな様を始め、多くのお客様のおかげです。
よろしければ、今後ともよろしくお願いいたします。
お祝い及びリクエストをありがとうございました!
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