ハリポタ 人を愛した死神 番外 | ナノ
pick your own1
毎朝作る朝食には、必ず果物を一つ入れるようにしている。イギリスと言う日照時間が短い土地柄、あまり果物には恵まれていないのだが、それでも林檎、プラム、ベリー系は入手出来るし、最近は貿易も活発なので輸入品が増えてきた。
昨今はさくらんぼや桃も作っている場所が増えて、経営者内では果樹園でもぎった分を購入して園の近くの飲食エリアで食べるという遊びも流行っていると聞く。スーパーに並ぶ果物は『熟してから食べてください』と注意書きがあるのだけれども、どうやら果樹園に行けば、木に熟した果物が成っているらしい。熟すまで本体から切り離されなかった果物と、先に切り離されて熟すまで時間経過を待つものは、味が違うのだろうか。
そんなことを考えていた折、医師の1人が子連れで田舎の親戚が営む果樹園に赴いて、果物狩り(と言うらしい)を行なったようだ。するとまぁ、果物は熟してからとったほうが酸味も少なく、とても美味しいと言う。
人間の食には興味ないけれど、いつも用意している果物が実は酸味が強く美味しくないものかもしれない。と言う考えが脳をよぎり、それからはずっと気になるようになってしまった。
親戚が果樹園を営んでいるという医師に話して、可能ならば私と子供1人で果物狩りをしたいと伝えたら、暫くして許可が下りたとの連絡を貰った。
すぐに近くの宿泊施設を予約して、電車の時刻を調べたのは、言うまでもない。
人を愛した死神
番外 pick your own
ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえて、部屋から出て階段を降りる。階段の途中で玄関扉が開いてしまうのはいつものことなのだけれども、今日はいつもより四段も早く扉が開いた。
鍵穴の滑りが良かったのかな?油でも刺していただろうか。
「ただいま!」
僕を見上げたキリーの顔がパッと明るくなったように見えて、いつもあんまり表情が動かないキリーにしては珍しいな、と思う。何か良いことがあったのだろうか。
「おかえり」
「ねぇトム、突然なのだけど」
「まず置いてきたら?」
そのままの格好で階段を上ってきそうなキリーに、鞄、と指せば、そうだね、と言って一階の部屋に入っていく。いつもと違う様子に、なんとなくだけど嫌な予感がする。
キリーが楽しそうにしている時は決まって突拍子の無いことを言い出すから、僕にとって面倒毎が起きるんだ。動物園に行こうとか、サーカスを観に行こうとか。前もチケットを同僚からもらったからと言う理由だけで、汽車にまで乗って大道芸ワールドカップとやらに連れて行かれたな。……まぁ、そこそこ楽しめたのだけども。
今回は何をするつもりなのだろう。
コートと帽子を脱いでいつものキリーになって部屋から出てきたその人は、待っててくれたんだね。といつもの表情に戻っていた。しかしその手には謎の紙が数枚。もしかして、テストじゃないよね。受験勉強で十分疲れてるのに、まだやれって言うつもり?それならそんな紙、暖炉でくべてやる。
「食事は?」
「今食べていたところ」
「じゃあリビングに戻ろう。私は手を洗ってくるから、先に部屋に戻っていなさい」
いつも通りの口調になっている。
さっきのは幻覚なのかも。
そう思って、リビングに戻って自分の席に座る。夕食に添えられたリンゴのコンポートを食べていると、キリーが部屋に入ってきて、僕の前、いつもの席に腰掛けた。
「さて、トム、突然なのだけれど」
「もう勉強はしたよ。今日は休みたい」
「そんなに疲れているの?」
「そりゃそうだよ。文字ばかり目で追って、頭で数式立てて、図を覚えて、単語を覚えて、疲れるよ」
キリーはそうか。と言って、だからこそと言って紙を見せて来た。だからって何だよ。と突っ込みたかったけれど、見せられた紙は帰りの馬車の中で描いたのかと思えるほど線がグニャグニャした汽車の絵と時刻、それからリンゴの絵と、ホテルの文字。
「何これ」
「旅行の計画。明日から私が二日間休みなのは知っているでしょう?」
「知ってるよ」
「だから、息抜きで一泊二日の旅行をしよう」
「は?」
「果樹園の人に許可をもらえてね、林檎を直接狩る体験をして、熟れた果物をその場で食べると言う遊びもできるプランなんだ。と言うわけで、今夜のうちに荷造りをして欲しかったのだけれども、疲れていると言っていたから、トムがお風呂の間に私が荷造りをしておくね」
「ちょっと待って、いきなりすぎだよ」
「思い立ったが吉日と言うでしょう」
「僕はそんなこと思い立ってないよ」
「だから今話したよ」
「話聞いたら僕が思い立つとでも?」
「思い立たないの?」
予想外とでも言いたげだけど、果物狩りなんて初めて聞いたんだよ。いきなり色々言われても、状況が飲み込めないし、想像も出来ない。
「例えば、トムの食べている林檎、それは熟す前だから甘く煮ているけれど、木についたまま熟した林檎は甘くて美味しいと聞くよ。それを食べてみたくはない?」
「甘いリンゴ……」
果物は好きだ。キリーがあれこれ手を加えてより美味しくしてくれているのも、好きになった要因かもしれない。けれど生のままに甘くて美味しいリンゴと言われると、少し想像が難しい。リンゴは甘味より酸味のある物だと思っているから、それ以外と言われても、今目の前にあるコンポートの味しか知らない。
「ね、何事も経験だから、一度行ってみよう。他にも果物や野菜があるらしいから、たくさん買って帰るのも良いと思うんだよ」
「……そんなに言うなら、行ってあげても良いよ」
「ふふ、ありがとう、トム」
キリーは明日の予定ね、と紙を見せてくる。わりと遠方らしく、汽車は乗り換えがあるようだ。席のチケットはもう取ったと言っていて、僕が断ったらどうするつもりだったのかと訊くと、トムは私の願いを叶えてくれるでしょう?と当たり前の事を答えるように返された。
そういうところがシャクに触るんだよ!
翌朝、トランクに荷物を詰めて、汽車に乗る。個室の指定席なので気兼ねなくのんびりできるのはありがたい。目の色を意識して茶色に変えるのは、割と疲れるのだ。キリーの前では紅い瞳のままでいられるから、無駄に体力を使う必要もない。
「平地が続いてるね」
外の景色を眺めていると、キリーが見える景色を言葉にした。雲がまばらにあるくらいの空模様だから、きっと果物狩りには絶好の天気なのだろう。
「あれは何?」
遠くに見える動物の群れを指せば、キリーはどれ、とそちらに目線を向ける。
「ああ、あれは羊飼いだね。沢山の羊を飼っているね」
「あの黒い点は何?」
「牧羊犬って言うんだよ。羊飼いだけでは羊を全頭引率できないからね、牧羊犬が誘導したり、時には見張りや、狼などから羊を守る役割をしているんだよ」
「へぇ。賢いんだ」
「そうだね」
スラスラと答えるキリーに、大人は沢山の知識を持っているのが当たり前なのだなと思う。僕も今のうちに沢山質問して、知識を得なければならない。
せっかくだからと窓の外に広がる景色について色々と質問する。
山とまではいかない地形が沢山あることを丘陵と言うとか、今の雲はひつじ雲と言うとか、ひつじ雲が出ると翌日雨になる率が高いとか、色々な話を聞かせてくれる。
普段は不真面目でくだらないことを言ってくるキリーだけど、こちらが知りたいと思って聞いたことに関しては真面目に答えてくれるのだから良い奴なのだと思う。
良い奴、と言うより、子供に良いように扱われてるバカ、なのかもしれないけれども。
電車を一度乗り換えて、次降りた駅で馬車に乗り込む。今から行く果樹園はキリーの知人の親戚が営むところらしい。つまり、全く知らない人ということだ。
瞳の色に注意して、猫をかぶっておかないといけないのか、と少し気が滅入るけれど、自分で行くと決めたのだから仕方ない。それに、これからキリー以外と過ごす時間の方が増えるのだ。そうなった時は、瞳の色を常に変えておかなくてはならない。無意識下でもこの力は使えるようにしないと、生活に差し支える。
着いた先では、キリーがまず挨拶に行くからと言って馬車を降りてしまった。帰りの関係があるから、馬車は僕達が1日貸し切る形にしているので荷物を下ろしたりする必要はないのだけれども、もし馭者が悪い奴で、僕らが果樹園を楽しんでいる間に荷物ごと姿を消したらどうするつもりなのかなと考えなくもない。
キリーは今回の旅行に浮かれていて人を疑う事が抜けていそうだから、なんて伝えたら良いかな。
「トム、降りて」
「どうだった?」
「気さくな方々だよ」
手を繋いで馬車から降りると、果樹園の従業員だろう人が馭者に話しかけている。何かを話した後、馭者は馬車から降りて、果樹園で働く人に連れられて馬の手綱を所定の場所に繋いだ。成る程、果樹園の人が見張り役でいるなら安心だ。
「さ、行こう、トム」
「うん」
入り口近くにいる経営者夫婦に挨拶をして、籠とハサミと手袋を貰う。あとは僕達2人でご自由にどうぞ、とのことだった。気楽で良い。
「色々な野菜もあるから、それもどうぞだって。最後に量り売りになるから食べられる分だけ貰おうね」
「そうだね」
地面にある野菜たちも、手袋をして引っこ抜く。孤児院ではトマトとかなら作ったことあるけれど、大概お腹を空かせた奴らが熟す前に盗ってしまっていたから、成長しきった野菜を取るのは新鮮だ。
籠に野菜が沢山入った頃、前方に木が群生したところが現れる。赤い実を携えていて、リンゴの木なのだと分かった。
「リンゴの木を見るのは初めて?」
「うん」
「それは良かった。良い経験になるね」
キリーは朗らかに笑って、行こう、と手を引いてくる。そんな手を繋がなくても歩けるのに、と言いそうになったけれど、お互い泥がついた手袋越しでの手繋ぎが新鮮で、まぁ良いかと口を閉じた。
木の下に来て見上げると、赤い実が鈴なりに出来ていて、その上に濃い緑の葉っぱ。さらに奥には青い空が見えた。
昔、孤児院で木の下に寝転んでぼんやりしていたのを思い出す。あの時は窮屈な空間に嫌気がさしていて、何も心地良さなんてなかった。それが、今はどうだろう。寝転がってるわけでもない。ただ立って見上げてるだけなのに、全身に受ける風が身体をすり抜けていくような感覚だ。とても心地良い。
きっとリンゴの香りがしているからかもしれない。
「林檎って高いところにできてるんだな」
「トムだと手が届かないね」
キリーは泥がついた手袋を外している。そして僕にも外すように指示してきた。確かに、上空にあるリンゴの収穫で手が汚れることはないだろうから、手袋は不要か。
「トム、ハサミを持って」
「持ったよ。何?」
「じゃあいくよ」
脇の下に手を入れられて、持ち上げられる。あまりにも簡単にやってくれたから、一瞬頭が追いつかなかった。
「あのさぁ」
足がプランと垂れて、キリーはほらこのリンゴ美味しそうだよ、とその前に僕を運ぶ。なんだこの扱い。猫にでもなった気分だよ。
「どうしたのトム。切り方が分からない?」
「今僕は男としてのプライドが傷つけられてる」
「は?」
「抱っこ」
「抱っこがどうしたの」
「恥ずかしいからやめてよ」
「誰も見てないのに誰に対して恥ずかしいと思うの」
「どこに誰がいるか分からないじゃないか……ほらあっち」
「あっ。……ごめんね。悪い事をしたね」
キリーは僕を下ろして、脚立を借りて来ると言って目撃者のところに行ってしまった。あれはきっとここの従業員だ。学校に入る年齢なのに、母親代わりの女性に簡単に抱っこされるのを目撃されてしまった。
僕だってちゃんと食べてるから、それなりに重たくなって来てるのに、あんなに簡単に持ち上げられたらそれなりにショックだ。
そりゃあ、出会った最初は足を怪我してたから抱っこが当たり前だったしそれを僕も気にしなかったけど、今はちゃんと自分の足で立てるのに抱っこしてもらうなんて、しかもそれを第三者に見られるなんて恥ずかしいったらない。
キリーは脚立を借りてきて、僕はそれを登ってリンゴを木から切り離す。
「これ美味しそうだね」
嗅げば、甘い香り。赤々としたその実は、きっと美味しいだろう。他にも真っ赤になったリンゴを見つけては、キリーがそのそばに脚立を置いて、僕に切らせる。
「キリーは切らないの?」
「私は良いよ」
「興味無かった?」
「興味はあったよ。でも今は収穫してるトムを眺めているのが一番楽しいから」
ほらまたそういう事を真顔で言う!
キリーは恥ずかしげもなく恥ずかしい事を言うから面倒なんだよ!
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