ハリポタ 人を愛した死神 番外 | ナノ
pick your own2
支払いを済ませたキリーに経営者が台所を貸すと言った。キリーは新鮮な食べ物で料理が出来るのは嬉しいとその話に乗って、僕に外で遊んでいて寝たいって台所に消えてしまった。
日差しを直接浴びると頭が熱くなるからとかぶせられた帽子が風に押しやられて、頭から離れてしまう。
「待てっ」
追いかけるけれど、平地を吹き抜ける風はどこまでも自由だ。帽子がコロコロと転がったかと思えば、また浮き上がって予想外の方角へ飛んでいく。
周りに人がいない事を確認して、指先を動かす。風が吹く中、帽子付近だけ風向きが変わって、僕の方へと帽子が戻ってきた。
「はぁ」
少し汚れた帽子をはたいて、またかぶる。
帽子をなくしたところでキリーに咎められるとは思わないけれど、物を無くすのは好きではない。
キリーは無くしてもまた買えばいいよと言うだろう。それは、初めての自分の帽子を手に入れた僕の心に、どんな感情が生まれたか知らないから言える台詞だ。
あの特別感は、きっと生涯一度きりだろう。
帽子を押さえながら歩いて、畑を見て回る。広い土地を人力で開墾して、ここまで整備するにはどれくらいかかるのだろう。農家になる気はさらさらないけれど、キリーが歳を取った時、医者を辞めて田舎に引っ込むなら、こう言った知識を持っていた方がいいのだろう。
……拾ってもらったからといって、それに恩を感じてないし、キリーの老後を見るつもりは無いから僕には不要な知識かもしれないけれど。
でも、年取ったキリーが畑で野菜育てて台所に立つ姿は、なんとなく様になっている気がする。年取ったキリーは想像できないけれど、畑で野菜育てているのは今の姿で想像できてしまうから困る。
「クワじゃなくてメスを待てよ」
「なんの話?」
「うわっ!」
いきなり声をかけないでくれる?!びっくりするじゃないか!
振り返り様にそう言えば、キリーはだって真剣な後ろ姿だったから声をかけられなくて。と返される。
「トム、簡単だけど野菜で料理が出来たんだ。食べよう。鶏肉も貰えたから、栄養価も高いよ」
「ん、分かった」
差し出された手を当たり前のように握ってから、ここは人も多く無いのになんで手を繋ぐのかと気付く。けれどキリーは当たり前の事をしているという状態で、仕方ないなと諦めるしかない。
「香辛料を使ったチキンソテーと、温野菜、あとサラダも作ったよ。最後にリンゴを剥こうね」
「随分と豪勢だね」
「あとは持ってきたパンなのだけれども、こちらの方が焼き立てパンを用意してくれているから、お言葉に甘えよう」
「ここの人、張り切りすぎじゃない?後から高額請求がくるかもよ」
「その時はその時で対処するよ」
あっけらかんと言ってくれるね。本当に、人を疑う事を知らないんだなと思い知らされるよ。
「いらっしゃい、トム君」
「お招きいただきありがとうございます」
人の良さそうな老年の女性が椅子を引く。そこに僕が座るのだと理解して、座らせてもらうとテーブルの上がよく見えた。
湯気の立つスープと、香辛料が表面についたチキン、添えられた温野菜。サラダと焼きたての香りを漂わせるパンもある。果物はまだ皮を剥いていない状態で置かれていた。
老夫婦と僕たちが席について、食卓はスタートした。
瑞々しいサラダに添えられた小さなトマトはフォークを刺すとぷつっと弾力を返してきた。ドレッシングを付けずにそのまま食べても美味しいのは、凄い。自家製と言うプラムのドレッシングは酸味が効いていて、歯応えのある野菜にあっていた。
「トム、美味しい?」
「うん」
素直に美味しいと思ったので返事一つで返すと、周りの大人達はクスクスと笑う。それが嘲笑などではなく、温かいものだというのはすぐに分かった。
「こんなに美味しそうに食べてもらえたら、作りがいがあるわ」
お婆さんは他にもソースは色々あるのよ、と椅子から立ち上がって、ジャムやドレッシングを並べる。全てラベルが貼られていて、几帳面な性格なのかなと思った。
「くるみパンにはこれが合うぞ」
お爺さんは自分が好きなのだろうジャムを選んで、僕に渡して来る。どれと試しに塗って食べれば、甘い中にスッと鼻を抜ける香りが広がって、これは何かと思わず聞いてしまう。
「リンゴの花から作ったジャムよ」
「花からですか。それは珍しいですね」
キリーも勧められて、ちぎったパンに塗って食べる。そのあと美味しいです、と笑顔を見せた。
「リンゴ農園を持つ方のみが食べられる物、ですね」
「気に入ってくださったのなら、おひとつどうぞ」
差し出された新しい小瓶に、キリーはいただきます。と言った。値も聞かずに買うのかと言いそうになって、これも商売なのだろうと思い口を閉ざす。
たくさん食べた後に、リンゴを剥こうと言う話になったのだけれども、僕のお腹はいっぱいになっていて、もう食べられないよと言えば持ち帰る事となった。
舗装されていない田舎道だから馬車がよく揺れて、満腹から来る眠気を蹴散らしてくれる。あくびを噛み締めていると、キリーはホテルに着いたらゆっくり休もうね、と言った。
「美味しかったね」
「そうだね、トムがたくさん食べているのを見て、私も嬉しかったよ」
「ジャム、高かった?」
「ジャム?あれはタダだったよ」
「そうなの?」
「うん」
「……あの老人たち、商売むいてないんじゃない?」
「トムが美味しく食べてくれたのが嬉しかったんだよ」
「キリーも褒めてたじゃないか」
「子どもが食べているのを見るのが、歳を取った人間にとっては何よりも嬉しい事なんだよ」
「……そういうものなの?」
「そうだよ」
よく分からない理屈に首を捻っても、そういうものだからとしか返ってこない。
大人の視野は、やはりまだ僕には難しい。
- 17 -
[
*前
] | [次#]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -