ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.03 お風呂
清潔な服は気持ち良い。
パリッとして汚れ一つ無い服は、まさに僕にお似合いだ。
重たい暗幕カーテンを僅かに揺らしながら、ひやりと涼しい風が床を伝って入ってくるから心地よくて目が冴える。
やる事もないから、歩けなくて暇なら読み書きの勉強でもしていなさいと言って渡されたドリルをやっていると、開鍵する音。
「ただいま」
「お帰り」
人を愛した死神
act.03 お風呂
「また窓を開けて」
「涼しくて頭が冴えるんだよ」
「わざわざ冴えさせずに、眠気を感じたら眠れば良いのに」
窓が閉められて不満の声を上げれば、夜風は風邪を引きやすいのだと言われた。そういう言い方をされると言い返せないって分かって言っているな。なんて嫌な奴だ。
大人相手に子供の僕が何を言ったところで勝ち目はない。
分かっているけれど、ああもう、たとえ年上でも負けるなんて悔しいったらない。勝つ為には知識を付けなくては。その為にも、勉強だ。
手を洗ってから冷蔵庫の中を覗いた相手は、何も取らずに冷蔵庫を閉じる。
ここに僕が来て5日経ったけれど、いつもそうだ。開けるだけ開けて、毎朝作って冷蔵庫に入れている僕の昼食と夕食が無くなっているのを確認する。
それだけ。
「毎日外食してもお金が余るものなの?お医者様は」
「知識と技術を持った人間は重宝されるからね、一般家庭に比べれば裕福ではあるよ。子供一人養う分には何も問題ないね」
嫌味で言った言葉をさらりとかわして、代わりに嫌味を付けて返してきた自称お医者様は僕と対面する椅子に座った。
医者の彼女は夕飯を毎日外で食べている。しかも昼は昼で仕事先で済ませているから、この人だけでも食費がだいぶかかっているのではないだろうか。
その上僕を養って、更には一人で一軒家住まい。
大丈夫なのだろうかと思う気持ちは、相手の金銭感覚に対してではなく、共に住んでいる自分の身を案じてだ。個人の自由だから何に金をかけようが構わないけれど、僕の身の安全に必要な金だけは確保したい。
「勉強しているの?偉いね。ああ、もうアルファベットまでたどり着いたの」
「数字なんて書けて当たり前だからね、あっという間に終わったよ。文字だってそうさ。こんなドリルはすぐに終わらせるから、他のを用意しなよ」
じろりと睨み付ければ、相手は笑った。このドリルはこの人が僕に買い与えた物だ。トムくらいにはこれで十分、と言っていたのが腹立だしい。
僕は他の6歳児より賢いのだ。こんなもの、すぐに終わらせてやる。
「字なんて書けて当たり前なトムは、自分の名前ももう書けるのかな?」
「書けるに決まってる」
売り言葉に買い言葉。
相手はメモ帳を僕に渡してきた。
「書いてごらん」
まだ書けないなんて、もう言えない。
ここに来てから学んだ知識を必死に引っ張り出す。
正面に座る女は笑みを浮かべながら見てきて、それが余計に腹立だしい。書けないって分かっていて言ってきたのではないだろうな。
「あ」
時計を見た相手は、がたりと席を立つ。大きな音を立てて立ち上がるなんて珍しい。
「お風呂にはもう入った?」
「まだだけど」
「入るでしょう?」
「うん」
時計を見れば、もう良い時間。
相手は浴槽に湯を張りに、リビングを出て行った。
席を外した今しかない。ドリルのページを捲って、名前一覧を見る。
あった、僕の名前。このドリルを渡された時、あいつは僕の名前はこれだと言ってマークしたのだ。あの些細な出来事が今となって仇となるなんて思っていなかっただろうに。
メモ帳にさっと写して、ドリルを閉じる。
書けないだろうと思っているあいつは驚くに違いない。
馬鹿な奴。
席を外すからだ。
足音がして、相手が部屋に戻ってくる。さあ、僕が書いたと知って驚くが良い。
「書けたよ」
メモ帳を見せてやれば、相手は正解、と言って僕の頭を撫でた。
「短期間でマスターするのはとても凄い事だよ。まぁ、名前だけかもしれないけどね」
「一言余計だよ」
「そう怒らない。短気は損気と言うのを知っているかな?」
「残念ながら、学び始めたばかりでそんな言葉は知らないよ」
「なら覚えていたほうが良いね」
相手は僕を抱き上げる。もうだいぶ足は良くなったのに、こいつは僕を抱き上げて家の中を移動する。
癖になっているのかもしれないけど、この家主が居ない間、僕はこの家の中を歩き回っているのだ。
だからもう、抱っこして移動する必要はない。足の裏もほぼ完治しているから痛くもない。
「ねえ、いい加減抱っこするのやめてよ」
「歩ける?」
「当たり前だ」
やっと相手は僕を降ろす。
僕が自分の足で浴室に向かうと、相手も後ろをついて来る。
「もう一人で入れるよ」
睨み付けて言えば、何処吹く風といった感じで無視された。この野郎。
腹が立って相手の足を蹴れば、痛いなぁと言う。全然痛がっていないくせに、よく言うよ。
「まだ手が完治していないのだから今日まで、ね?」
「ショタコン」
「まったく、どこでそんな言葉を覚えてきたかなぁ」
相手は溜め息を吐きながら寝巻やタオルの用意をして、服を脱ぐ。毎日長袖で陽に焼けていないからだろう、相手の肌は驚くほど真っ白だ。
対する僕は、痣があるから綺麗とは言えない。
そんな自分の肌を晒すのは苦痛でしか無かったけれど、拾われた日に体を拭かれたと聞いてこいつ相手には気にするのも馬鹿らしいと感じてどうでも良くなった。
もう相手は僕の裸を見ているのだし、何より相手も隠しもせずに全裸を見せてくる。
「シャワーかけるよ」
「うん」
温度を確かめていた相手は、湯気が立ち上がるシャワーを僕の頭に掛ける。目を閉じて、手で耳を覆った。
「痒いところはある?」
「無い」
それは良かった。と言って、シャンプーのついた髪が綺麗に泡立てられる。
昔、興味があって美容師をやっていた時期があると言っていたけれど、たぶんそれは本当なのだろう。最初は僕を安心させるために言った嘘だと思っていたけれど、髪を洗ってもらうと気持ちが良いから、きっと本当。
「目を閉じていなさい」
言われなくても閉じてるよと言えば、それは結構。と返された。
「洗い流すよ」
「ん」
頭の天辺に、温かいお湯があたる。
泡が流れ落ちてきて、肌を伝う感覚がむず痒い。綺麗に泡を流した相手はコンディショナーも僕の髪に塗って、また流した。
顔も体も洗って、浴槽に浸かる。
相手は僕が浴槽に入ったのを見てから、自分の体を洗い始めた。僕より長い髪を綺麗に洗っている。
そう言えば、ここに来てから僕の髪質はだいぶ良くなった。相手の髪も綺麗だから、使っている物が良いのだろう。
髪も体も洗い終わった相手は浴槽に入ってくる。
「狭いよ」
「仕方ないよ、一人用の作りなのだから」
「明日からは別々だね」
「トムの手が痛くなければ」
言われて、手を見た。殆ど治っている。
「明日からは別々だよ」
「はいはい」
相手は小さい浴室で伸びをする。
狭いのに、何をするのだ。
バシャ、とお湯を掛ければ、相手は一瞬ぽかんとして、それから口の片端を釣り上げた。
「やってくれるね」
そう言って、水面を引っ掻く様にして僕にお湯をかけてくる。
「大人気ない」
バシャ
「やられたらやり返すのが私の信念でね」
バシャ!
「ちょっと!今のは酷いよ!」
両手を使うなんて、信じられない。
大人の手はただでさえ大きいのに、両手を使うなんて最低だ。
大人のくせに。
「悔しかったら出来るようになることだね」
はん、と鼻で笑う相手に、腹が立つ。
「大人気ないんだよ!」
「これに大人も子供も関係ないよ」
結局、最後までお湯を掛け合って、浴槽の中身は半分まで減った。せっかく洗って水が殆ど落ち始めていた髪はびしょ濡れで、しかも顔まで濡れた。
顔が濡れるのは嫌いなのに、なんて事をしてくれるのだ。
「良い運動になったね」
「全然良くないよ」
「一日中家に居ては体力が落ちるから、あれ位やって丁度良いんだよ」
「不愉快だったけどね」
「まったく、口を開けば不満とは可愛げがないなぁ」
「僕に可愛げを求めてたの?気持ち悪。やっぱりショタコンじゃないか」
「トムは綺麗な言葉を覚えたほうがいいね。口を開けば悪態ばかり、あまり褒められた事ではないよ」
「褒められたくて話しているわけではないからね」
相手はやれやれと肩を竦めて、僕の頭にタオルを掛けた。悪態を吐いたところで、僕の髪を拭く手の力は強くならないし、雑にもならない。
もしも痛くしてくるものなら、大人ぶってるけどすぐに八つ当りする子供じゃないかと鼻で笑ってやれるのに。
何を言っても口先だけで態度を変えない相手に不満を感じる。孤児院でこんな事を言ったら食事抜きは当たり前だし、下手すれば体罰すらあった。
「トムの足も治りかけているし、明後日は、そうだねぇ…」
まさか、もう足が治っているから明後日には家を出ていけと言うのではないだろうな。
いや、何で慌てているんだ。元々出ていくつもりだったのだから、慌てることはない。
次の居場所を探せば良いのだから。
僕は、大丈夫だ。
「トム?トーム、起きている?」
無反応の僕に違和感を覚えたのだろう、相手はタオルを外してしゃがむと、僕と目線を合わせてくる。
「聞いてるし、起きてるよ」
「それは良かった。髪を拭かれる気持ち良さにうたた寝してるのかと思ったよ。話を戻すけれど、明後日は仕事が休みだから、出かけない?まだトムは周辺を見て回った事が無いでしょう」
「……え?」
明後日、おでかけ?
いや、確かに僕はこの家から未だに出た事が無いけど。
それ以前に、僕はもう出ていくべきではないのか?
「トムもいい加減、屋内に飽きてきた頃でしょう。明後日は出かけるから、明日一日は家で我慢してね」
相手は半乾きの僕の前髪を掻き上げて、額にリップ音を立ててキスをした。
驚いて見上げれば、相手は僕が真っ赤だと笑う。
「へ、変態!」
「変態?私が?軽いスキンシップだよ。それともお口のほうが良かった?」
ちょん、と人差し指で唇をつつかれて、すぐに手を払えば相手は笑う。
「もう、寝る!」
「髪をしっかり乾かしなさいね」
タオルを投げ渡されて、反射的に掴んでしまう。相手は笑って、よい夢を、と言うけれど、僕は無視して階段を駆け上がった。
部屋に入って、深く息を吐く。
キスなんて、何を考えてるんだ。
額をタオルで押さえる。タオルはふわふわしていて石鹸の良い香りがして、今の僕には気持ち良い。
けれど、キリーの唇のほうが温かくて柔らかくて、僅かに鼻を擽った僕と同じシャンプーの香りとか、全部が全部気持ち良かったと思う自分がいて。
恥ずかしくて、悔しくて、悲しくて、泣きたくなった。
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