ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.04 おでかけ
今日もキリーは朝食を食べない。
それは、僕が起きた時にはもう食事を済ませているからだ。孤児院では皆揃っての食事だったから、先に済ませたと言われると、規則を守れずに寝坊した悪い子になった気分になる。
「キリーは何時に起きているの?」
キリーは新聞から顔を外すと時計を見て暫し考えた後、僕より一時間は早いと言った。せっかくの休日に何でそんなに早く起きるのやら。まったく分からないよ。
分かるつもりもないけれど。
「何か気になる事が?」
「別に」
素っ気無く言うと、キリーは肩を竦ませた。落ち込んだと態度で示しているのだろうけれど、わざとらしいよ。もう僕を見ずに、紙面の活字を目で追っているじゃないか。
「トムは動物園に行った事はある?」
新聞から外された目が、ちらりと僕を見た。
「無いけど」
「そう」
「行かないよ」
嫌な予感がして行かないと告げれば、キリーは新聞を綺麗に畳んでテーブルに置いた。
「どうして」
「動物に興味が無い」
「今は興味が無くても、行ってみれば何か変わるかもしれないよ」
「僕は行かないよ」
キリーは頑固だね、と言った。そうだよ頑固だよ。分かっているならいちいち僕の意見に楯突くな。
「それに、今日は周りを案内するんだろ」
「周りは帰りに案内しようと考えていたよ」
「疲れるから嫌だ」
キリーはそう、とだけ言った。
急に黙られるとこっちも困る。次の会話が、しにくくなるじゃないか。
静かな空間で、初日以降オニオンが入っていないサラダをつつく。どうやらキリーの中で僕は生のオニオン嫌いとインプットされたらしい。間違っていないから、訂正はしないけれど。
それにキリーもそれで僕を茶化したりしないから、苦手な物が知られていても嫌ではないし、むしろそれに対応してくれるから、言ってもいい苦手なものはどんどん伝えようと思っている。
「今日は散歩と買い物を重点的に行うとしようかな」
「荷物持ちは嫌だよ」
「そんな枝キレみたいな腕に物を持たせるほど私は残酷ではないよ」
「何を買うの?」
「まずはトムの靴を選びたいね。それから、足りないなら服と、その他日用品。約一週間の生活で足りないと思った物があったでしょう、それを買いに…」
「要らないよ」
「どうして」
「物があっても、邪魔なだけだろ?」
人を愛した死神
act.04 おでかけ
キリーは一拍の間の後にそれもそうだね。と言って、洗濯機を動かしに行った。
起きたらまず着替える。着替えたらパジャマは洗濯機に入れる。それから食事をしにリビングへ。それが僕の朝の決まり。
キリーは仕事がある日は帰ってきて、お風呂に入ってから洗濯機を稼働していた。
けれど今日は休日だから、朝に洗濯機を動かすのだ。前の休日は僕がまだ起き上がれる状態ではなくてベッドで寝ているにも関わらず朝から騒音を奏でていたから知っている。
となれば、出かけるまではまだ時間はあるという事。もう少しゆっくりしよう。
洗濯物が珍しく外に干されて、真っ白なシーツが二枚パタパタと風にはためいていた。初めて見たキリーの家の外観は、木製の内装と異なって赤煉瓦で、中と外が全く雰囲気が違うものだった。
よく見れば、キリーの家の周りも赤煉瓦造りの家ばかりで、この地域は赤煉瓦という決まりでもあるのかもしれない。
「どうかした?」
周りを見ていた僕にキリーは問うてくるから、何でもないと返す。
「そう」
左手にぬくもりを感じて、何だと思う間も無く、手を握られた。
大きな手。
キリーは行こうと言って僕の手を引く。道先案内人は、実に楽しそうだった。
赤煉瓦造りの家は坂道の左右に並んでいて、振り返って道を見れば、低い壁に囲まれた通路に見えた。まるで不思議の国のアリスに出てきたクイーンの迷路の庭みたいで、道を一本間違えたら迷子になるだろう。
「あそこの家を見てごらん。庭に七人の小人の陶器をちりばめられているでしょう。あれはこの地区では、この家庭のみだよ」
「へぇ」
庭に陶器の小人が置かれた家は角地で、前には太い道が横断していた。太い道は住宅街と街を隔てるように横たわっていて、馬車と自動車が走っている。
キリーがどこに行きたい?と訊ねてきたから、僕はどこでも。と答えてから、はたと気付く。
「あ、待って。僕、キリーが働いている病院に行ってみたい」
キリーは少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑った。
「まさかそうくるとはね。よし、行こう」
客が訪れるのを待っていた二輪馬車にキリーは声を掛けて、住所を手綱を引く男性に告げている。まさか、馬車に乗るのだろうか?見たことはあるけれど、乗ったことはないからワクワクする。
「トム」
乗り場の扉を開けたキリーは、足場が高いからだろう、僕を持ち上げて乗せた。家のソファに比べて随分と硬い椅子の馬車は急ぐでもなく、ゆっくりと街に入って路上を闊歩する。
ガタガタと揺れる車内から見る街には人が沢山いて、今日が休日なのだと今更実感する。行き交う人はこれが日常だというように、平和に生活を送っていた。
孤児院では行動が制限されていたのに、外と中ではこんなにも世界が違う。
「病院は外観だけで良いかな?」
「がいかん?」
「外だけを見るっていう事」
「うん。それで良いよ。でも何で?」
「休日にまで患者に会いたくないからね」
なるほど。
キリーは曲がり角に来る度に、小さな窓から見える景色の特徴を僕に教えた。
「左側にビーンズの入った筒がショーウィンドウから見えるお菓子屋さんがきたら、左に曲がる。そうだ、帰りに寄ろう」
「いらないよ」
「子供はお菓子好きと相場が決まっているものだよ」
「何それ。じゃあ大人のキリーは食べないの?」
「大人になれば好みが変わるからね。お菓子を好きなままの人もいるし、食べなくなる人もいるかな。ああ、私は後者だよ。あんまり食べないね」
だから家にはお菓子が無いのだとキリーは言った。
そういえば、お菓子を家で見た事が無い。いつも朝早く家を出て、夜遅くに家に帰るからお菓子屋さんは閉まっていて、お菓子の存在をずっと忘れていたのだとか。
馬車が止まって、着きましたよ。と言ったけれど、窓の外に広がる景色には病院らしき建物は窓から見えない。
扉を開けて先に降りたキリーがこちらに手を差し伸べてくるけれど、ジャンプして降りるくらいどうってことない高さだ。手を無視して自分の足で降りると、キリーは偉いね、と言う。
「僕は何だって出来るんだよ」
「素晴らしいね」
そう思ってもいないくせによく言うよ。お金を支払ったキリーは、後はまっすぐ行くだけだと言った。
まっすぐ進むと少しして、綺麗な建築様式で統一された、街並みに溶け込むには少し大きな建物があった。それは孤児院の外観を連ねたり重ねたりしたようなところがあって、病室だと直感で理解する。
「病院だよ」
「大きい」
素直な感想を述べれば、総合病院だからね、とキリーは笑う。
「さて、戻ろうか」
「うん」
大きい意外、感想は無い。だってただの病院だから。
キリーが働いているから何かあるって訳でもない。キリーも病院について説明する気は無いみたいだ。
ここで長ったらしく話し始めたら、興味無いと一蹴してやろうと思っていたのに。
風に、病院を囲うように植えられた木々がさざめく。キリーの髪も揺れて、僕の髪も揺れた。
前髪が目を覆うから、顔を振って元に戻す。
「前髪、長いね」
摘まれる前髪。
キリーは帰ったら切ろうか、と言った。
「切るって、誰が?」
「私以外に誰が居るの」
「下手に切られるの嫌だから、遠慮する」
「子供に遠慮は似合わないよ。美容師をやっていた時期があるから安心してよ」
確かにシャンプーするのは上手いけど、髪を拭くのも上手いけれど……でも、切るのも上手いとは限らない。
「やっぱり安心出来ない」
「そんなに嫌?」
「嫌。ざんぎり頭にされたら外に出られない」
「しないよ」
「分からないじゃないか」
「万が一なったとしたら、帽子をプレゼントするよ。それで良い?」
「全然良くない」
キリーは困ったね、と言った。『困ったね』はこっちの台詞だ。
「仕方ない、深夜に切るしかないか」
「……何考えてるの」
「あらいけない、口から漏れてた。気にしないで」
わざとらしいにも程がある。僕に聞かせる為に口にしただろ、絶対。
「……寝込み襲うなんて卑怯だ」
「目的の為なら手段を選ばないのが大人だよ。良かったねトム、一つ賢くなったよ」
「全然嬉しくない」
「憎まれ口も愛嬌だね」
本当に、ああ言えばこう言う。口が達者なのも気に食わないよ。
キリーはそろそろご飯の時間だからと道を戻って、途中にある店に入る。外食は初めてだ。
キリーはどれが食べたい?と絵が描かれたメニューを見せてくる。すぐに目に止まったのは、オムライス。
「僕はこれ」
キリーは僕の品を確認して、ウェイターを呼んだ。注文したのはオムライスとアイスコーヒー。
「キリーは食べないの?」
キリーは数秒間を取った後、サンドウィッチを注文した。
ウェイターは笑顔でメニューを受け取って、去っていく。
「食べるつもり無かったの?」
「トムがお腹空いているだろうと思ってね、先に注文しようとしただけだよ」
「別に、そんなにお腹が空いてるわけじゃない」
「メニュー見て即決したから、お腹が空いているのかと思ったよ」
ニコニコ笑うキリーに、何が嬉しいのかと溜め息を吐く。
程なくして現われたオムライス。サラダもついてきていて、上にはオニオンが……何で皆、こんな不味いのを入れたがるんだ。
「残して良いからね」
キリーが食事を始める。食べる姿、初めて見た。
約一週間一緒に住んでいたのにキリーの食事姿を見ずに生活していたから、キリーも何かを食べるのは当たり前の事なのに、感心してしまう。
「どうしたの?」
「何でもない」
「サンドウィッチ、一つ食べる?美味しいよ」
「いらない」
別に欲しくて見ていたのではないのに、何を勝手に勘違いしてるんだこいつ。
「一口だけ、ね?はい、あーん」
キリーがまだ食べていない部分を僕の口元に差し出してくる。仕方なく一口食べれば、確かに美味しかった。
もう一口食べる?と言われたから、もう一口もらう。
「気に入ったみたいだね」
「まあね」
キリーは笑って、僕の口の端に触れた。
「ソースがついてる」
拭うように指を動かして、僕の口の端からソースを取るキリー。
自分でも口の端を拭う。
するとキリーはもうついていないよ、と笑顔。
何が嬉しいのか。
さっぱり分からないけれど、キリーが嬉しそうにしているから、まぁいいかと思った。
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