ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.02 生活
目が覚めると、出窓についたカーテン越しに陽射しが射し込んでいて思わず飛び起きた。
すると身体を走る激痛に、思わず蹲る。
痛い。
深呼吸をして痛みを和らげた後、部屋を見回すけれど誰も居なかった。
そういえば、部屋をしっかり見るのは今が初めてだ。壁はむき出しの木が白い肌を晒している。デスクも同じように白い木で作られていて、この家の持ち主は木製が好きなのかと思う。
ベッドも木製だから、その予測は強ち外れていないだろう。
人を愛した死神
act.02 生活
部屋を横断する紐にぶら下がっているのは、スラスラと書かれたメモ。何て書いてあるのか分からなくて、解読は諦める。
ベッドから降りようと足を出して、気付いた。
足首より下に包帯が巻かれている。
以前ちょっといたずらしてやろうとしたら骨折した奴がいたけれど、あいつが足を包帯でぐるぐる巻きにされていたのと似ている。僕は骨折したのだろうか?
でもあいつみたいに固そうな物には見えないし、あいつはふくらはぎから足の甲の中間まで包帯が巻かれていたから、きっと骨折ではない。そっと足をつけて立ってみると足裏がジクジクと痛んだ。
けれど、歩けない痛みではない。
部屋を出れば正面にトイレがあって、その横には急斜面の階段。
トイレに寄らせてもらってから部屋同様に白い木の階段を一段ずつ降りていると階段の中腹にある踊り場の壁の扉、たぶん二階だろう場所から女の人が顔を覗かせた。
「おはよう」
「おはよう御座います」
「歩いて痛くない?」
「痛くないです」
考える前に出る強がり。女の人は階段を上ってきて、僕の脇に手を差し入れた。
何だと思っていれば、そのまま僕を持ち上げて尻の下に片腕を敷いて、もう片方の手で僕の背を支える。
初めて人に抱っこされる感覚に驚く。
「私に捕って。私も人を抱えて下りるのは初めてだから、捕まっていないと危ないよ」
女の人はそれだけ言って、僕を抱えたまま階段を下り始めた。
高い視線で世界が揺れる。
慌てて頭にしがみついたけれど、僕など抱えていないとでも言うかのような安定感で下りていく。二階の部屋に入ると、リビングが広がっていた。
総てが白い木で作られたこの家に、どこか隠れ家的な雰囲気を覚える。
リビングの真ん中には四角いテーブルと背もたれ付きの椅子が2脚あって、僕は椅子に座る形で下ろされた。
「食欲はある?」
一瞬押し黙ると、女の人は微笑んで対面式のキッチンに入った。
トースターにパンを一枚セットして、フライパンの上でさっと何かを炒めると皿に盛り付ける。チン、とパンがトースターから飛び出して、女の人はそれを皿に置いた。
女の人は一人前の朝食をテーブルに置く。それは僕の前にあって、女の人は先に食事を済ませたのだと分かった。
時計を見れば昼過ぎで、食事を済ませていて当たり前かと思う。
牛乳、トースト、サラダ、スプラングルエッグにウィンナー。サラダにはスライスされたオニオンが入っていて、それを除けながらサラダを食べる。
すべてを食べ終えてご馳走様でしたと言えば、オニオンが残ったお皿を気にするでもなく、女の人は御粗末様、と言ってトレイを下げた。
大きな窓から陽が射している。
暑くもなく寒くもない気温になった風がそよそよと入ってきて、気持ち良い。
ローテーブルとソファの向こうで揺れるレースのカーテンは真っ白で、孤児院の薄汚れたそれとは掛け離れているなと思った。
それにしても、女の人は買い物帰りなのだろうか、ローテーブルやソファの周りにやたらと紙袋がある。
女の人は買ってきた大量の荷物を開封することなく、棚から箱を取って僕の前にしゃがんだ。
「包帯を代えるから、片足を出して」
言われるままに出せば、するすると包帯が外されて、見たくもない痣だらけの足が出てきた。
無言で見られて恥ずかしくて、傷を付けられた自分に悔しさを感じて、目をそらす。
「痛い?」
足裏では体液が固まってカサブタになっていた部分がガーゼにへばりついているみたいで、少し動かされると泣きたくなるくらい痛かった。
「痛く、ないです」
そうは言ったが相手は納得していないらしくて、ガーゼに何か溶液を浸して、カサブタを柔らかくしてからゆっくりとガーゼを剥がしてゆく。さっきに比べたら痛くないけれど、やっぱり痛い。
「足の裏が乾くまでは此処に座っていなさい。さて、次は手を見せて」
両足に塗った薬を乾燥させている間に、手と頬にも新しい薬と、真っ白なガーゼが当てられる。
「足の裏が乾いたら歩いて良いけれど、あまり歩き過ぎたら傷口が開くから気を付けてね」
「はい」
女の人は僕の頭を撫でて、微笑む。
何を考えているのか分からない。何で僕を助けたのか、理由が見当たらない。
「どうしたの?」
「どうして僕を助けたんですか?」
女の人は予想していた質問だったのか、頷くだけで表情一つ変えずにいる。
「紅茶は好き?」
「話を逸らさないでください」
女の人はテーブルの対面にある椅子に座った。カーテンがふわりと風に揺れる。
「目の前に子供が怪我をして倒れていたから助ける、それに何か理由が必要かな?」
「納得出来ない。利益も無いのに助けるなんて、有り得ない」
「利益?」
相手は目を丸くする。わざとらしい驚き方。人を食ったような態度に、苛々する。
大人はこうやって知らないふりをして、子供を騙しているのだ。
僕は周りの子供と違う。言われた事を鵜呑みにして、良い人だなんて思わない。思ってやらない。
汚い子供を拾った自分の行いに対して満足感を得たかったのだろう?
偽善者な自分に酔い痴れて満足して、その満足感に飽きたら捨てる。それが人間だ。
窓から子供の笑い声と馬車の走る音が風と共に入ってくる。その声に、音に、心地良さに、ひどく疎外感を覚えた。
「そんなに理由が欲しいなら、君が納得する理由を自分で探せばいいよ」
投げやりな言い方に、頭の中がカッと赤くなった。
都合が悪くなると大人はすぐこれだ。こいつも周りと変わらない。
睨めば、相手は臆する事なく見つめ返してくる。
普通なら僕の紅い瞳が気持ち悪いと言って目を逸らすのに、何なんだこいつは。
「取り敢えず、今の時点で帰りたい場所がないなら、傷が治るまでは此処に居なさい。その後の行動は制限しないよ、君の好きなようにすればいいから」
好きなようにと言われて、訳の分からない息苦しさを感じた。
何で苦しさを感じないといけないんだ。こんな所、さっさと出ていけば良いんだ。
でも、出て何処へ行けば良いのだろう。
行く宛もない。
僕を受け入れてくれる場所はあの孤児院以外は何処にもないのに、衝動的に逃げ出した。もう、何処にも行けないくせに。
「暫くよろしく、私はキリー・ウェストン。キリーと呼んでくれてると嬉しいな」
「……」
「君は?」
「トム」
どこにでもいる、どこにでもある名前。大嫌いな名前だけれども、ありきたりなものは隠れるにはちょうどいい。きっとこの女も僕が本名を言ってるのか偽名なのか、判断つかないだろう。
「トム君、よろしく」
差し出された手を無視すれば、相手は困ったように笑う。
でも、そんなの知った事じゃない。
「さて、トム君の生活用品だけど、あそこに買い揃えておいたから足りない物があったらまた言ってね」
あそこ、と示された先はローテーブルとソファ。
明らかに、僕一人に与えるにしては多い紙袋たち。
中身は何が入っているんだ。
「何か不満?」
黙って紙袋を見ていると、相手は首を傾げた。
不満とか、それ以前の問題だ。
孤児相手に、何をしているのだこいつは。
相手は紙袋を適当に数個持ってきて、中身をテーブルに置いてゆく。
ある袋からは上着とズボンが。
ある袋からは下着が。
またある袋からは歯ブラシやマグカップ、ノートとペン。
傷が治れば出ていって構わないと言っていたくせに、新生活を始める人が買いそうな物は何なのか。
普通、一時的な居候にマグカップなんて買い与えるだろうか。
「何か不満?」
「不満とか不満じゃないとか、それ以前だよ」
「何か足りない?トム君が必要だと思うのを言ってくれれば、買ってくるよ」
「必要じゃないものが、今、ある」
「何?」
「その、トム君っていう呼び方、やめろ」
相手は少しの間を空けた後、トム、と呼んだ。
外で子供が笑っている。
不思議と嫌な感じはしない。
僕の仮住居が決まった。
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