ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.36 脳の誤作動
キリーが駆けつけた警察の対応をしている間、僕は血が付いた服を着替え終えて、洗面所の水とタオルを使って手や体に付着していた血を落とした。
着替えて血生臭さがなくなって一息つく。脱いだ服は袋に入れて口を縛って臭いが漏れないようにした。髪に付着している血がとり切れていないからベッドに寝るのは嫌で、でも疲れた体を休めたくてベッドに腰掛ける。
ふぅ、と息を吐いて少しボーっとしていると、隣人だと名乗る老婆がトレイとブランケットを持って部屋に来た。僕を見るなり悲壮な顔をしてブランケットをかけてくる。
「怖かったわね」
これを飲むと落ち着くわよ。と言って渡してくるのはココアだった。
きっと勝手に台所を使って作ったのだろう、随分ミルクの分量が多い色合いだ。これを飲めっていうの?キリーも良く台所の使用を許可したものだ。こいつが良い奴かどうかも分からないのに。
「ウェストンさんがヤードにしっかり話してくれているから、もう大丈夫よ」
許可もしていないのにベッドに腰掛けて僕の隣に座り、ブランケットの上から僕の背を撫でてくる。馴れ馴れしいな。べたべたされるのは嫌いなんだ。
でもここで不遜な態度をとってはいけない。弱った調子で感謝を告げれば老婆は目尻の皺をより濃くして、目を潤ませている。年寄りは感情的になりやすいと知っていたけれども、見ず知らずの子供相手によく涙腺が反応するものだ。
知らない人間との沈黙は居心地が悪いからさっさと部屋から出て行って欲しいのだけど、きっとキリーから警察との話が終わるまではそばにいてあげて欲しいとでも言われているのだろう。いい迷惑だ。
キリーは撃たれて吐血したのに、何事もなかったかのように今頃話しているのだろう。あいつは本当に何なのだろうか。早く警察もこの老婆も帰ってくれないだろうか。そうすれば、今抱えている疑問を解消できるのに。
コンコン、とノックの音がして、キリーが入ってくる。相変わらずこっちの返事を待たずに開けるね。
「お待たせしました。終わりました。トムのそばに居てくださりありがとうございます」
「いいのよ。これくらいさせて頂戴。二人が無事で本当によかったわ。銃声がした時は心臓が凍る思いだったもの」
「ご心配おかけしました」
「他に何かできることはあるかしら?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そう。それじゃあ、私は帰るわね。もし何かできることがあったら声をかけて頂戴」
「お気持ち痛み入ります」
最後に老婆は僕の背をまた撫でて、それからおやすみなさいと言って部屋から出て行った。
キリーは見送ってくるから部屋で待っていてね、と僕に言い残して階段を下りていく。
一人になった部屋で、深く溜息を吐く。知らない老人と二人きりと言うのはひどく疲れた。しかも僕は弱者で被害者という顔をし続けなくてはならないのだ。本当に疲れる。
玄関の扉が閉まる音がして、その後また階段を上ってくる音。途中二階の浴室に寄ったようで、少ししてからまた階段を上る音が響いた。
そして今度はノックもなしに開けてくる。
「お疲れ様、トム。大変だったね。服は……着替えたんだね」
「そういうキリーも着替えたんだね」
「血を浴びたまま警察を迎え入れるわけにもいかないからね」
何よりべたべたするの嫌だし。と言って、部屋の隅に置かれている袋に入れられている服を視認したようだった。
「まずはお風呂に入ろうか。拭いただけでは臭いはとれないし、髪も洗わないと。固まると大変なんだよ」
「そうだね。で、お風呂に入ったら、あいつらは何だったのか、キリーは何なのか教えてくれるの?」
キリーは目をパチリと瞬いて、小首を傾げてみせた。
「私はキリー・ウェストンだよ。病院で医者をしていて、今はトムの養母だね」
「そういう質問ではないって分かっているだろう?」
分からない、というジェスチャーをされて苛立つ。なんだよその人を食ったような態度は。
「銃で撃たれたんだ。それなのに今は元気にしている。おかしいじゃないか」
「何度だって言うけれども、私は運良くリュックで、それに弾が当たったんだよ。衝撃があったから血は吐いたけれども、一回の衝撃だけだったんだからそりゃ元気だよ。一度蹴られて蹲ったとして、一生そのままでいる?いないでしょう。それと同じだよ」
「じゃぁ背中を見せてよ。本当に撃たれていないなら、血が出てないはずだ」
赤い瞳で睨んでも、キリーは平然としている。しかもそれで納得るのなら、と言って上着を脱ぎ始めた。
「ちょっと」
「脱げと言ったのはトムでしょう?」
「僕は背中を見せろって言ったんだから、せめて背中を向けて脱ぎなよ」
「注文の多い……」
「注文じゃない、常識だよ」
キリーはハイハイ、といって背中を向けた。
上の服を全て脱いだ背中は一か所に打撲痕だけあって、他はまっさらだった。
「納得した?私の背中に銃痕はないでしょう?」
「……何で」
「何でって。リュックが助けてくれたからだよ」
「嘘だ。リュックは貫通してた」
「嘘じゃないよ。嘘だったら背中に私は穴が開いているはずでしょう?」
でも、僕は確かに見たんだ。リュックは貫通していたはずだ。
「リュックを見せてよ」
「警察が証拠品として持って行ってしまったよ」
「……」
「何でトムはそんなに私に撃たれていて欲しいの?」
「僕は自分が見たものを信じて生きてきたんだ」
「じゃあ背中を見てよ。ほら、穴が開いていないでしょう?これが事実だよ」
キリーは上半身素っ裸のままこちらを振り返ってくる。
だから、恥じらいを持てってば!
「トム」
目の前にしゃがんで、僕の目をまっすぐに見つめてくる。
地肌の肩が寒そうで横を向こうとしたら、キリーに頬を両手で挟まれる。
目をそらすなってことか。
「あなたは動転しているところに、私が撃たれたことでショックを受けたんだよ。そういう時、脳が誤って事実ではない映像を見せたりする。例えばカーテンが揺れているのを幽霊だと思ったり。そういう事が起きたんだよ。だから現実を見て。私の背中に銃痕あった?」
「無かった……」
「つまり、導き出されれる現実の出来事は?」
「……キリーは体に弾は当たっていない」
「そうだね」
キリーは頷いて、頬を挟んできていた手を離す。
キリーが立ち上がる。目の前に全裸の上半身が丸見えになるのだけど、本当に恥じらいがないな。まぁ、一緒にお風呂に入ったりしていたから、今更恥じらうのがおかしいのかもしれないけれども。
「服はあの袋の中?」
「うん」
キリーは服の入った袋を持って、部屋から出て行こうとする。
「それどうするの?」
「捨てるよ。血はなかなか落ちないからね」
キリーは上半身裸のまま廊下に出て行ってしまう。
自宅だからって、なんて格好でうろちょろしているんだ。
「トムー」
廊下から声をかけられる。人が三人死んだのに、何でこんなに平静な声なんだ。医者だから?目の前で人が死ぬのに慣れているのか?
「お風呂そろそろ良いよ。入っておいで」
「……」
いつも通りの声に、気が抜ける。
冷え切ったココアを机に置いて、立ち上がる。
犯人についての情報はまだ聞いていないけれども、まずはお風呂に入ろう。
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