ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.35 選んだ未来
人というのは何故か怖いことがあると目を見開くのではなくて、閉じる傾向がある。
僕も同様で目を閉じてしまっていた。
咄嗟に抱えた頭におもしがきて、ハッとする。
重さ以外に痛みはない。おかしい。そう思っていると、ぽた、という音と一緒に、床に黒いシミが出来た。
「……っ!」
上からボタボタと何かが降ってきて、見上げると口から黒い液体を垂らしたキリーが見下げていた。ひゅっと息が喉から抜ける。
「っキリー」
「良いごだっ、目ど…耳塞いでで……」
ごぼごぼと赤い泡を吹きながら話すキリーはまるで蟹のようだった。
手に落ちてきた赤い液体は暖かくてぬめって鉄臭い。まるでコップから零すように、キリーはそれを口から溢れ出させた。
「ったく。音でヤードが来ちまうじゃねぇか!」
椅子を蹴飛ばして、怒りを表出する男。
「トム。背中を叩ぐまで、耳と目を塞いで」
キリーは僕の手を握り、その手を使って僕の耳を塞ぐ。
それから、目を閉じなさいと言うように僕の目を手で覆った。
どう見たってキリーは助かりっこないのに、そんな約束できる訳がない。
「大丈夫だから。絶対トムは守るからね」
やたらと明瞭な口調で言ってのけたキリーが体を離したのが分かった
。
→
目を耳を閉じたままでいる
→
目を開ける
耳
を塞いだまま、目も閉じてじっとする。
こんな状況で、どう見たって助かりっこないキリーの言う事を聞くなんて馬鹿げているのだけれども、それでも何故か言う事を聞かなくてはならないと思えたのだ。
大人の男三人を相手にして僕が勝てるかと言われたら、きっと不可能だから。だから、すがる思いでキリーの言葉を信用したくなったのだ。
目を閉じると見ることは出来ないけれども、耳は塞いでも音を拾うもので、階段を走り登る音と、男の品のない言葉が耳に入ってくる。
「何なんだテメェ!」
多分キリーに投げられた言葉なのだろうけれども、キリーは応えない。
「離せバケっ!!」
「おいどうした!」
「ッヒ!!」
発砲音がまたする。人が倒れたのだろう音と振動が響く。
それでも動かないようにしていれば、被弾する事もなく、男の絶叫が聞こえるだけだった。
何が起きているんだ?
発砲音がしたのに、男が叫ぶという事はキリーは生きているのか?
目を開けて見たいという気持ちが生まれて、けれどそれは何故か抑え込まれる。
生存本能と言うやつなのだろうか?今は絶対に見てはいけないと心の中で警告が出ている。
僕が生き残るためには今のままでいるのが一番なのだと、何故か思わされた。
パン!とまた発砲音がして、次いで何かが階段を落ちる音。
静かになった空間で、床が軋む音がして体が跳ねる。
生き残っているのは、誰?
「ふぅ」
聞き慣れた女の声に、ゾッとする。
キリーは吐血する程の傷を負ったはずだ。銃で何処かを撃たれたのは間違いないのに、何でそんな普通にため息を吐いているんだ?
言い知れない恐怖を感じて、嫌悪感から吐き気がする。
何かを置く音と、人が近づく音。
「トム、もう大丈夫だよ」
背中をトントン、と叩かれて、目を開く。
視界には、やはり口元に血をつけたキリーがにこりと笑っていて。
僕が一緒に住んでいるこの女は一体何だ?
なんで平気にしている?
「怖かったね」
困ったように眉尻を下げて微笑んで、立てる?とこちらに手を伸ばしてくるから、その手を払い除ける。
「何をした?」
「え?」
「なんでアンタが生きてて、他の三人が倒れているんだよ!」
「私が最初にいた男を盾にしたんだよ。それでも銃を撃ってきたから、最初にいた男が死んだの」
「盾に……?」
「うん。そうしないと、私が撃たれてしまうからね」
あっさりと言うキリーにゾッとする。
盾にしたのが事実だとしても、生きた人間を盾にしたのか?あのキリーが?
「で、撃たれたから、盾にした体を投げて細い男を倒して、銃を奪ったの」
それから、その銃で階段の踊り場に居た大男を撃った。とすんなりと言うキリーに、背筋を悪寒が走る。
「じゃ、じゃあ細い男は生きているんじゃ……」
「首を踏んで折ったからね、死んでいるよ」
だからもう大丈夫、と清々しく言って、キリーはにこやかに笑う。
「さ、トム。立てるかな?まずは警察を呼ばないと」
「キリーの撃たれたところは平気なの?」
「私?私は鞄に被弾して少し体に弾が当たっただけだからね、そんなに重症ではないよ」
キリーはそばに置いていた鞄を見せてくる。
雨の日専用の大きな肩掛け鞄に穴が空いていて、中に沢山の書物があったのだろうのに、貫通している。
「でも血を吐いたじゃないか!」
「背中から大きな衝撃を食らったからだよ。とにかく私は平気。まずは警察を呼ぼう」
キリーはあまりこちらを見ないほうがいいから、と言ってまた僕の目を覆い、今度は器用に片手で抱っこしてくる。
「ちょっと!」
「見てはいけないよ。人の死は、大人になってから見るくらいがちょうどいい」
僕を抱いたままどこへ向かうのかと思っていたら、階段を登り出した。
「部屋で待っていて。私は警察を呼んだりしないといけないから」
「……」
「そんな顔をしないで。トムを守るために必死だったんだ」
必死だったら銃を持っている男を一人持ち上げて、盾にできるの?そんなこと、不可能に決まっているじゃないか。
「夕食の準備とかが出来てなくて申し訳ないけれども、今は色々とやる事があるから」
キリーはそう言って部屋を出て行ってしまう。
呼吸が止まりそうなほどに緊張していた体から力が抜ける。
本当に、何者なのだろう。
銃に撃たれたのは確かだ。僕の手や服に付着している血は間違いなくキリーが吐いたものだ。
それに、銃を受けたと言っていた鞄は貫通していたから、キリーの体に弾が入ったままなのは間違いないだろう。
しかも最初はたくさん吐血していた。だというのに、今は全く意に介していない、というよりそんな怪我はなかったとでも言うかのように元気だった。
訳が分からない。
あいつは何なんだ?人間か?
いや、人間なのは間違いない。
だってゾンビみたいに死んでいたら体は冷たいだろうし、血は出てこないはずだ。
でも、だからって、あれはどう考えたっておかしい。
僕みたいに特別な力を持った人間とか?
いや、キリーに限ってそうではないだろう。だって、キリーがもし不思議な力を持っているならば、多分隠し通せない。あいつは医者と言う肩書があって賢そうではあるけれども、生き方としては馬鹿だから、隠し通せるはずがない。
じゃぁ、あいつは何?
気持ち悪さに今更体が震えてくる。
死を覚悟した、銃を向けられた時よりも、怖い。
→
こんな
状況で目を閉じていろと言われて、誰が目を閉じるだろう。
今目を閉じたら、キリーが死んだ後に僕もそのまま射殺されるに違いない。
冗談じゃない。僕は生きたいのだ。キリーが死んだとしても、その時に一瞬のスキさえできれば、僕はきっとこの不思議な力で生き残ることはできる。
男三人、きっと殺せる。
吐血しながら、背中に一か所穴を開けて服を血まみれにしながら、キリーは自分を撃った男に歩み寄る。
「何なんだテメェ!」
男はまさか動けると思っていなかったのだろう、キリーが近付いてきたのに驚いてまた銃を向ける。
ああ、キリーが近距離で撃たれる。もう助からないだろう。そう思っていたのに、キリーは瞬く間に男との距離を詰めて、片手で男の銃を持つ腕を掴んだ。
「離せバケっ!!」
男の口をキリーが掴んで塞ぐ。
「っふ、ぐうぅ!」
男が驚いた顔をしたのが分かった。
きっと僕も同じ顔だろう。
そして、男は暴れることもなく、銃を撃つでもなく、すぐに力が抜けたように腕をだらりと垂らした。
何が、起きた?
「おいどうした!」
「ッヒ!!」
階段を上ってきた男二人が部屋を見て悲鳴を上げる。
仲間が一人口元を掴まれて、持ち上げられているのだ。しかも細腕の女に。捕まれている仲間は脱力して、キリーの手からぶら下がっているような状態になっている。驚いて当然だ。
細身の男が迷いもなくキリーに向かって銃を構えた。
細身の男に向かってキリーは捕まえていた男を投げて、発砲音は聞こえたけれどもキリーは怪我すらせずに細身の男に飛び掛かった。
細身の男は仲間をぶつけられて、下敷きになるように転ぶ。
その上にキリーは乗って、先ほどと同じように細身の男の顔を手で掴んだ。
「ってめぇ!!」
一人だけ銃を持っていないのだろうか、踊り場で呆然としていた大男がキリーに襲い掛かったけれども、キリーは男の手を掴んで、そして。
見えたキリーの表情は、とても愉快そうだった。
大きな男は突然膝をついて、そのままキリーに倒れこむ。
キリーは大男に凭れ掛かられているのに、まるで毛布を引きずるように持って、踊り場まで連れて行くと、迷いなく一階に落とした。
「……」
あまりのことに言葉が出ないでいると、キリーはこちらを向いて、にこりと笑った。
「目を閉じて、耳を塞いでいて欲しかったよ」
「アンタ……なんなの?」
「その質問への答えは持っていないんだよ。私自身、知りたいと思っているのだけどね」
口に溜まっていたのか、血を吐き捨てて、こちらに近づいてくる。その歩き方はとても背中を撃たれて血を流している人とは思えなくて、思わず身構えれば、トムを食べたりはしないよ。と言った。
食べる?どういうこと?
キリーは肩掛け鞄から一枚の紙を取って、テーブルで何かをしたためた後、僕に渡してきた。
「これより先はこの人を頼りなさい」
「……え?」
「もう一緒に居られないというのは分かるでしょう?」
紙を見ると、そこには弁護士の名前。
「トム、君の養母になれた日々は楽しかったよ。ありがとう」
「待って」
「さようなら。この三人は仲違いを起こして自滅したと警察には伝えなさい」
キリーは何も持たずにリビングを出て行こうとする。
待って。と言いそうになって、待ってもらってどうするのか?と考えた。
この訳の分からない生き物と家族ごっこを続ける?冗談じゃない。
成人男性三人を、しかも銃を持った相手を戦えなくしたんだぞ?
そんな訳の分からない奴と一緒に過ごせるか?
僕には害がないと言い切れる?
でも、だからと言ってキリーがいなくなったらまた僕は孤児院に入れられるんじゃないか?
もしくは、この強盗が僕を探していたから、誰かが僕を狙っているというのは確かなわけで、そいつに身元を引き取られるとか?
強盗を使ってまで僕を奪おうとする奴なんてまともじゃない。
そんな奴と一緒にいるくらいなら、今のところ僕に害がないキリーと一緒にいたほうが良いだろう。
「キリー、待って」
「ごめんね」
その一言だけを言って、キリーは階段を下りてしまった。
追いかけなくては。そう思った。
でも、追いかけてどうする?
これから頼る相手はキリーが教えてくれている。その人に頼んで全寮制の学校に入って、生活をすればいいじゃないか。
それならば、追いかける必要なんてないだろう?
頭でたくさんの事を考えているうちに、玄関の開く音がした。
そして、閉じる音も。
「……」
少しして、発砲音が聞こえたと通報があったのだと、スコットランドヤードが押し寄せてくる。
僕は弱い子供のふりをして、強盗が入ってきたこと、お腹を殴られて気絶していたこと。騒がしさに目を覚ましたら三人の男が喧嘩していて、殺し合いを始めたのだと伝えた。
「ぼうや、怖かったね」
もう大丈夫だよ。そう言って、あっさりと騙されたスコットランドヤードは僕に毛布を掛け、包み込んで家から連れ出す。まるで火災現場から子供を助け出すヒーローにでもなったつもりだろうか?誇らしげな表情の相手にげんなりした。
「お母さんはどうしたのかな?」
「いつもならこの時間には帰ってきているんですが、今日はまだ見ていません」
そう伝えると、警察官たちは騒ぎ出した。他にも強盗が居て、巻き込まれているのではないか、と言う話になっているようだ。
「お父さんは?」
「僕はお母さんしかいないんです。お母さんと言っても、僕は養子で、血は繋がっていないんです」
「ああ……済まなかったね」
複雑な家庭事情に首を突っ込んでしまったと思ったのだろうか?謝罪をしてくる。
本当に、無能だ。
「他に頼れる人はいるかい?」
「お母さんからは、困ったらワトスン弁護士に相談しなさいって言っていました」
「ワトスン弁護士!?君のお母さんは随分と大きなパイプを持っていたんだね」
大きなパイプ、とはどういう意味だろうか?表現が複雑で、表情を険しくしてしまいそうだ。
警察が僕を車両に乗せて、ここで待っているように、と言う。
ぼんやりと窓の外を見ていると、家から男の遺体が運び出されているのが見えた。もうここには住めないのだろうか?この後、僕は学校に入るまでどこに住むのだろう。
孤児院だけは嫌だ。戻りたくない。
「……」
コンコン、と後方の窓が叩かれる音がして、後ろを見れば窓の外にステッキを持った男がいた。
にこりと笑って、こちらに手袋をはめた手を振ってきている。
周りにスコットランドヤードもいるから問題ないだろうと思い、そちらに近づいて窓を下げて開けると、ありがとう、と言われた。
「こんばんは。トム君だね?僕はワトスンだ」
「あなたが」
「君のお母さんから話は伺っているよ。身元引受人になっているから、警察から解放されたら私の家に来てもらうことになる。良いかい?」
「キリーに会ったんですか?キリーは今どこに!?」
男はわざとらしくゆっくりした動作で人差し指を口元に持って行って、シーと言った。
「見たんだろう?その話をここではすべきではないと、聡明な君なら分かるはずだ」
「……」
「良い子だね。さて、もう少しそこで待っているんだ。ここで逃げ出して、今より良い方向に向かうとは君も思わないだろう?」
「そうですね」
憎らしいが相手が言っていることは事実だ。ここで逃げ出してしまったら、三人の遺体に僕が関連しているとなる。医者の養子になり、事件を起こしたとしてお尋ね者扱いされる可能性だってある。
それに、受験だって白紙になる。そうなっては学校にも通えない。
相手は満足そうに笑い、口髭を撫でた。
そして「また後で」と言って、スコットランドヤードのほうへ向かう。
キリーはあの男に、ワトスンに僕が何を見たかを伝えたようだが、どう伝えたのだろう。
見られて困る事だったのは分かる。だってあれはどう見たって〈ひと〉の域を超えた何かだった。
血を吐いていたのに三人を殺した時にはいつも通りになっていて、殺す時には女とは思えないような腕の力で男をつるし上げて、投げ捨てた。
「……はぁ」
勝手に口からため息が漏れる。
僕自身人と違う不思議な力を持っている。でも、それはおとぎ話に出てくるような、魔法のようなものだ。念じて、希望通りに動かすとか、それくらい。
でもキリーはきっと違う。どちらかと言うと体が強化されているような印象だった。見た目は変わらなかったけれども、口元を掴んだ瞬間に相手が意識を手放した。
キリーは医者だから、何か神経系を抑えて麻痺させたのかもしれない。
それでも男一人持ち上げたのも、大男が覆いかぶさってきたのに平然としていたのも、体格差を考えるとあり得ない。
考えたところで答えは出ない。キリーはあのうさん臭い弁護士を頼れと言っていたし、キリーがあいつの所に話をしに言ったということは、あいつはキリーの体質や何かを知っていると考えて間違いないだろう。
あと少しすればあの男の家に行って、真相を聞けるに違いない。
スコットランドヤードたちが、僕があの弁護士の家に行くのを知っているから、もし僕に何かあったとしても、探し出してくれるだろう。いや、何より、僕にはこの秘密の力がある。あんな弁護士に負けるわけがない。
「お待たせ。さぁ、僕の家に行こう」
弁護士が声をかけてきたのは、随分と経ってからだった。
「あちらに馬車を用意しているから、そちらに移動してくれるかい?」
「……分かりました」
弁護士に付いて行って、二頭馬車に乗る。
乗って扉が閉まると、男はステッキで天井をコンコン、と叩いた。
ガタン、と馬車が動き出す。
弁護士は足を組み、更に指も組んで、朗らかに笑った。
「大変だったね」
「……ええ、そうですね」
「驚いたかい?」
「何が起きたのか、正直よく分かっていないんです。何でキリーが僕から離れてしまったのかも」
男は目を見開いて、それからクスクスと笑った。
それでも困った、と言う表情を崩さないでいると、君は実に賢い。と言われる。
「キリーから話を聞いていなければ騙されてしまいそうだよ」
何を聞いたかなんて知らない。だから僕は無知なふりをして、相手から情報を収集したほうが良いんだ。
「まぁ、でも良いだろう。彼女は望んでいないかの知れないが、君が変に好奇心を持つよりよほどいい」
弁護士の男は笑う。
「しかし、細かい話は帰ってからにしよう。壁に耳あり障子に目あり。どこで誰が見聞きしているか分からないからね」
「……分かりました」
「では、まず普通の話をしよう」
馬車の間はキリーの事を話さないと暗に言われ、仕方ないと聞き入れる。
そして男は今後についてを話し出した。
「まず、君は今まで通り、勉強を頑張り、学校に入学するのが目標だ。そして、寮に入ってもらう」
「そうですね。それが良いと思います」
「話が早くて実にありがたい」
男は満足そうに髭をなでつけている。男の発言は僕も理解できるが、それだけでは生活は出来ないから、もう少し踏み込んでみよう。
「お金の面はどうなりますか?」
「それは問題ない。彼女から有り余るお金が君に入るからね」
「それはどういう……?」
「遺産相続、と言うんだよ。亡くなった親の金は、子どものものになる。血の繋がりがなくともね」
「それはどれ位あるんですか?僕が学校に行く間はもちますか?」
「むしろ余るさ。君がどの大学に行っても問題ないし、あの家も、血で汚れた家具をすべて処分して、床板を張り替えて、新しい家具を入れて、それでもむこう百年は維持できるお金があるよ」
だからお金が足りなくなることを心配する必要はない。と言われて、安心する。僕の生活は保障されたのだ。
「君が成人したら、君にすべての権限を渡そう。それまでお金の管理や手続き関係はすべて私が行うから、安心しなさい」
「そういう意味で、キリーは弁護士であるあなたにお願いをしたんですね」
「そういう事になるね。君からの要望はあるかい?」
要望、と言われて考える。
何があるだろう?
「一つ、確認したいことがあります」
「今聞けることであれば、答えよう」
「僕は全寮制に入った場合、夏休みや冬休みといった長期休みは何処にいるんですか?寮にいるんですか?」
「君が受験希望している学校は長期休みは自宅に帰ることが義務付けられている。そうなると、身元引受人である僕の所に帰ってくることになるのだけれども、いかんせん僕は忙しい身でね。可能であれば別のアパートなどを用意するから、そちらに住んでもらえると嬉しい」
お互いに一緒に住むことを望んでいないのが分かったので、その提案には乗ろう。
「でしたら、今の家を、血をふき取るとかのリフォームをしてもらって、住み続けられるようにしたいです」
「一人で?いや、彼女も一人で住んでいたからこう聞くのもおかしいが……一人で三階建ての家が必要かい?」
「あそこは、僕の家なので」
男は考えた後に、帰るたびに三階分の掃除があるが良いのか。もしくはハウスキーパーを雇うか、と聞いてきた。
この男は僕の不思議な力を知らないから、掃除が大変だと言いたいのだろう。あんなの、この力を使えば簡単だ。
「いりません。僕一人で掃除もします」
「どうしてあの家にこだわるんだい?」
「いつでもキリーが帰ってこられるように」
男は吹き出すように笑った。僕も口角を上げて見せる。
「実に母親思いの、良い子だ」
皮肉も滑稽で、より口の端が上がったのが分かった。
着いた先は至って普通の、お金持ちが集合していそうなマンションだった。
そこの一室に通される。
中は弁護士事務所なのだろうか?壁に地図が貼られていたり、書類が山積みになったりしている。
そこは嗅ぎなれたコーヒーの香りが漂っていて、こいつもキリーと同じコーヒー派なのかと考える。
「君はその椅子に座りなさい。さて、疲れただろう。頂き物のお菓子があるんだ。食べるかい?」
「結構です」
拒否すれば、相手はすんなりと受け入れる。
飲み物はコーヒーしかないと言われ、お湯はあるからと白湯を用意された。
男は机をはさんで、椅子に座る。そして一口コーヒーを啜ると、ふぅ、と息を吐いた。
「まず、君の養母は亡くなった事にするよ。今回の強盗仲間に別の場所で襲われたという事にしていよう」
「遺体がない」
「遺体なんて作ればいいのさ。ロンドンでは日に何人死んでいると思う?襲われて、捨てられて、そこで息絶えた。女であれば誰の遺体だっていい。ここには身元のはっきりしない人間は沢山いるからね」
「そんな事が出来るわけない」
「出来るさ」
男は笑う。弁護士っていうのは、そういうことも出来てしまうのか?
「明日には遺体が見つかったことにしよう。そして、手続きをする。そうすれば遺産はすべて君のものだ。おめでとう、トム君」
ありがとう、と言っていい内容ではない。
こちらが口を噤んでいると、男は笑顔を絶やさずに僕を見ていた。
「さて、君からの質問を受け付けよう。キリーについて色々聞きたかったんだろう?」
男は家に帰ってきたからなのか、何でも質問したまえ、と言い出す。
こいつは、僕が何を聞いても脅威にはならないと思っているのだろうか?
それとも、脅威になりそうであればすぐに摘めるとでも思っているのだろうか?
「キリーは何者ですか?」
「ヒトだよ」
「人は撃たれたのに、元気にはなりません」
「では君はキリーをなんだと思う?キリーはヒトではないのかい?」
「キリーは、人の形をしているけれども、人とは似て非なるものだと思います」
「ふむ。では君の定義で〈ひと〉とはどういったものなのかな?」
「文字・言語を操り、文明を築き発展していく動物」
「ふむ。ではキリーはそうではないと?」
「キリーはきっと、〈動物〉ではない」
「では、動物とは何だね?」
「食事をして、排泄して、怪我をしてもすぐに治癒はしない。そして年老いて死ぬ」
そう、キリーはろくに食事をしていなかった。朝は早く食べているからだと思っていたけれども、今思うと不自然だ。だって食器に使われた形跡がなかった。
僕の分しか減らない食料に、使われない食器。
今更ながら気付かされる違和感。
キリーは食事はしていないと考えるのが妥当だろう。
怪我をしてもすぐに治らない、というのは先ほど見た光景からだ。撃たれたのにすぐに傷が癒えていた。あれが人間業でないのは僕だって分かる。
それから……キリーは以前、百歳越えだと言った。真面目な顔してふざけていると思ったけれども、もしかしたら、本当なのかもしれない。
だって、彼女は死ななかったから。
「なんだ。君の中でもう答えは見つかっていたんだね」
「どういう意味ですか?」
「そのままさ、キリーは君の前で食べることがほとんどなかったのだろう?それは私の前でも同じだったよ。そして彼女はずっと昔からあの姿のままだ。老いていない。僕の前で彼女が怪我をした事はないからすぐに治癒する云々は分らないが、かねがね、君の想像通りだよ」
「それで?キリーは何者ですか?」
「ヒトの形をし、ヒトの心を持ち、君に自愛の心を見せ、社会に適合し、人と一緒に暮らそうと努力したナニカだよ」
「……」
「今回、このような形で自分が人間ではないとバレてしまったことを彼女は嘆いていたよ」
何故僕が責められているような気持ちになるのだろう。何もしていないのに。
「キリーは今どこに?」
「それは私も分からない。ただ、君を頼む。と託されただけだ。きっともう此処にも現れないだろうね」
舌の根が下顎に貼りついたみたいに動かない。
「僕が知っている彼女の情報も、君と似たようなものだ。ただまぁ、言えることがあるとすれば、彼女は必ずどこかで元気にやっているだろうから気にするな、というくらいか」
「あなたの知っているキリーは、過去にもこういうことがあったんですか?」
「さぁ、どうだろうね?僕はたまたま彼女が老いないことに気付いて、それでも彼女が逃げずにいたからなんとなく彼女を知っているだけだ。過去にどんなことがあったかは知らないが、きっと長い時を生きていたら今みたいなことはあっただろうし、そしてそれを経験してもなおあの能天気さなのだから、問題ないさ」
「……分かりました」
この男はきっと嘘をついている。けれど真実を聞き出すのは今ではないと思えた。
この不思議な力を使って操ることは出来るかもしれないが、今はとても疲れている。今、やるべきではない。
もっとこの力をコントロールできるようにして、それから真実を明かさせればいいだろう。
こいつは僕の身元引受人だ。これからも関わる事はあるだろう。
「今日は、そこのソファで休めるかい?済まないね、寝床も用意出来ていなくて」
「問題ありません」
ソファに横になる。寝るつもりはない。こんな知らないところで寝てたまるか。そう思うのに、頭が靄がかってくる。
それからは怒涛、という言葉がぴったりな日常だった。
弁護士が家庭教師を問い詰めたところ、家庭教師が強盗に脅されて、家に行った時のノックの合図やキリーの帰宅時間などを伝えてしまったのだと白状した。
こいつのせいで僕の日常は壊されたのかと腹も立ったが、家庭教師が親の代わりとして面談に挑むことになったのと、あんな仮初の生活は早々に壊れて正解だったのだとも思えたから、特にいじめたりするのはやめておいた。
まぁそう思えたのも、キリーの遺産が桁違いであったことと、家をリフォームする際に3階にあった倉庫部屋の荷物を捨てようとしたら、かなりの値が付くアンティークがたくさんあったからなのだけれども。
試験を受け、面談をして、届いた封筒には合格に文字。
早々に手続きを終えて僕は寮に入った。
「トムー!」
「なんだい?」
学校に入って早々主席に躍り出た僕にいい顔をしない奴も多かったけれども、そういう奴等は秘密の力を使って従わせることに成功した。
日々、少しずつであるがこの力も上手くコントロール出来るようになってきた。
ありがとうキリー。君のすべてを糧に、僕は強くなっているよ。
〜fin〜
こちらの選択肢を選んだ場合は、ここで物語は終わり、原作通りホグワーツに通い始め、正規ルートに向かいます。
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