ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.32 脚色する
一階の客間兼私の寝室で行う面接練習は、私もトムも問題はなくて、むしろ、先生が少し落ち着いていないように見えた。
チラチラと私を見てくる。トムではなく私ということは、生徒であるトムには言えず、親に何か言いたい、ということなのだろう。面接を終えた後、トムは3階の自室で勉強をし、私はフィードバックを受けるという名目で、二階のリビングで先生と2人きりになるようにした。
「先生、どうぞ」
紅茶と菓子をテーブルに置いて、正面に座る。彼がこんなに落ち着かないのは何故なのだろうか。
「如何なさいましたか?」
「あ、え、いいえ」
「何でも無いということはないでしょう。どうぞ、お話しください」
もしかしたら、今更ながらトムの容姿についてかもしれない。覚悟を決めて、テーブルの下で指同士を絡める。この先生は誹謗中傷などしないだろう、言葉も選んで発してくれるに違いない。そうは分かっていても、拒絶の言葉を聞いて、それを受け入れ耐えるには自分の手に力を込めるしかないだ。
自身のことであれば否定的な言葉もすんなりと受け入れられるのに。もどかしい。
「あの……以前もお聞きしましたが、彼は孤児院から引き取ったのですよね?」
「ええ、そうです」
「どのような経緯で、ですか?」
「……」
それを知って何になる。と言いそうになって口を閉ざす。こちらの機嫌を察したのか、相手の方がしどろもどろだ。
「彼が孤児院から追い出されていた所を私が見つけ保護しました。その縁から、今は養母となっております」
流石に逃げ出したとは言えないので嘘を交えて説明すれば、相手は目線を彷徨わせた後に頷いた。
煮え切らない態度だ。胸の中に嫌悪感が蠢く。
「この事実が、面接で問題になりますか?」
「いいえ。全く問題はないと思います。今は医者であるウェストンさんが引き取り、育てているのですから……」
「ですが、気になさっておられるようですね。何か喉に突っかかっているかのようだ」
「……。……そう、ですね。例えばですが、お二方の出会いのエピソードを聞かれるかもしれませんし、養母になるきっかけは何だったか等は問われるかもしれません。また、トム君が孤児院を追い出された理由も問われるかもしれません。学校は集団生活の場で、孤児院も集団生活の場です。何か集団の中で問題を起こしやすい子だと思われてしまうかもしれませんから、もう少しエピソードを変えた方がいいでしょう」
成る程。と頷く。確かに『孤児院を追い出された』と言われたら、何かをしでかしたと思われかねない。それはデメリットだ。
全てをメリットに変えられるように話すのが面談なのだから、私とトムの出会いもストーリーを変えなければならないだろう。
「先生の仰りたい事はよく分かりました。ご指摘ありがとうございます。来週までには考えておきますので、その時に添削をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ勿論です。……明日はお仕事なんですよね?」
「明日は仕事なので私はおりませんが……早い方がいいのであれば、今晩中に書面にして、明日トムからお渡しいたします」
「ああ、そうではないのです。急かしたわけでは……」
どうにも血色が良くないし、口籠もりがちだ。先生は明朗快活な人だったはずなのだが。
まるでこの面談はどう足掻いても失敗に終わると、試験を受ける前に既に不合格通知を出されたような気分だ。
「先生、ご安心下さい。私はこれでもストーリーを考えるのは得意なんです」
伊達に何百年と生きてきたわけではない。履歴書だって全て嘘を並べたようなものなのだ。そんな私がこんな些細な事でくよくよ悩むと思っているのか……とは言え、これは幼いトムを巻き込む内容なのだから、そこが気がかりなのかもしれない。幼いトムに嘘を強いるのは少しばかり罪悪感はあるが、聡い彼ならば何を言わんとしてるかも理解出来るだろうと1人で飲み込む。
むしろ、その嘘を作り出してでも落ちる要素があるのならば今のうちに教えて欲しい。この家庭教師が何を考えているのか、弱った小動物のようになっているのは確かだが、腹の中は読めない。
何を考えている?
「先生、正直におっしゃってください。この受験が無駄に終わるというのであれば、私は他の選択肢を作る予定です」
「それはないです。先ほど伝えた箇所を克服すれば、この受験はきっとうまく行くでしょう」
では何故そんなに怯えている?何の問題がある?分からないぶん不愉快で、けれどそれを相手に訴えるほど私も幼稚ではない。
相手は喉を潤すように紅茶を飲んでいるが、きっと沈黙が耐えられないだけだろう。パンダコがあるその右手は忙しない。
「そろそろトムも先生が来るのを待っていることでしょう。どうぞ残り少ない時間ではありますが、勉強を見てあげてください」
一緒にいても相手が何かを言うわけではないなら、時間の無駄である。それならばトムの苦手な部分を一つでも教えてもらいたい。
行くのを一瞬渋るそぶりが見えて、まだ何かと目で問えば、相手は席を立った。私と何かを話したいと言うのではなく、今になってトムの目が怖くなって一緒に居たくないのか?
……流石にそれはないか。今まで散々一緒に居たのだ。今更すぎる。
食器を片付けて、頃合いを見て2人分のお茶とお茶菓子を持って三階へと向かう。
談笑に入っているのが聞こえてきて、安心してノックをする。
「どうぞ」
「お茶を持ってきたよ」
「ありがとう」
振り返ったトムの表情はいつもと変わらない。先生も少し落ち着いたようだ。
「ねぇキリー、面接の話は聞いたよ。僕とキリーの出会いをドラマチックにしてくれるんだって?」
「これはこれは、今夜頑張らなければいけないね」
笑って言えば、トムもニヤリと笑う。本当に表情が豊かになった。嬉しいことだ。
翌朝、少し寝不足の頭を持ち上げてソファから立ち上がる。
テーブルに広がった紙をまとめて、最後に書いた紙を一番上にしてリビングに向かう。一番上の紙以外を暖炉で焚べてから、食事の準備をいつも通りに開始する。
少し経ってからトントントン、と階段を降りる音。それからカチャリとリビングの入り口が開いた。
「おはよう、トム」
「おはよう、キリー」
いつもの席に自分で座って、くあっと大きなあくびをする。昔はこんな顔見せてはくれなかったのに、と笑いそうになるのを口の端に力を入れてクッと我慢する。
「これ、先生に渡せば良いやつ?」
テーブルに置かれた紙を見て、トムが聞いてくる。そうだと答えれば、ぴらりと見て、すぐにテーブルに置いてしまった。
「気に入らない?」
「朝から文字をたくさん読みたくないだけ」
内容がどうこうではなく、読む気がない、という事か。しかしたまにも内容を理解して面接時は解答を合わせてもらわなければならない。まぁ今すぐ読んで頭に入るわけでもない、先生が添削した内容を覚えてもらった方がいいだろう。
「先生が内容を確認して、ゴーサインが出たら二人で覚えよう」
「は?書いた本人が内容忘れてるの?」
「書き直したところがあるから、頭の中が蜘蛛の巣みたいになっているんだよ」
「ふぅん」
「今日は先生、夕方に来る予定だから、もしかしたら私も会えるかもしれないね」
「今日は早く帰ってくるの?」
「急患……病気の人が悪くならなければ」
「期待はしないでおくよ」
いただきます、と前に出されたものを疑いもなくトムは食べる。昨日も1日家にいたから私は絶食中だ。しかもトムと食事を取らなければならなくて、吐くかお腹を下す結果となってさらに体力を消耗している。
今日は患者から少し分けてもらおう。頭が少し靄がかっている。まるで人間で言う栄養失調のようで、空腹の苛立ちすら通過してしまった。
新聞に目を向けるけれども、少し疲れているのかどうにも目が滑る。
せめて近辺で起きていることくらいは覚えておこう。コーヒーを胃に流しながら、小さな記事を読んでいく。
「キリー」
「……?どうしたの?」
「顔色悪いけど、そのまま仕事して平気なの?」
「え?」
今日は朝起きるのが少し遅れたので、調理を優先して化粧をまだしていない。それで顔色が悪く見えたのか、それとも今日が特別顔色が良くないのか判断はつかないが、子供に心配されるような血色なのだろうことは理解した。
「少し貧血気味なのかも。大丈夫、自分の体調管理はしっかりしているよ」
そうだった。化粧を忘れていた。
コーヒーを煽って、席を立つ。トムは突然の離席に大きな瞳をさらに大きく開いたが、何も聞いてこなかったので化粧をするんだよ。と答えた。
「化粧?してるところ見たことない」
「人に見せるものではないからね」
笑って答えたら、そうなんだ。とだけ返された。深く追求してこないのは、女性だけが化粧をするものなのだと理解しているからだろうか?
自室に戻って化粧をして、身支度を整える。今日はルーティーンから外れているせいかどうにも手際が悪い。時計を見たら出かける時間ギリギリだ。窓の外を見ると曇天で、いつもの鞄から撥水性がある大きめの肩掛けカバンに変更する。
結局、トムには行ってきますとキスをしてすぐさま家を出ることになってしまった。
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