ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.31 大人も子供
次の休日はスーツを取りに行く約束だったので、トムの勉強は休みになった。家庭教師がいない休日はいつぶりだろう。
仕立て屋に入り、フィッティングルームでサイズを確認するのだが、トムを担当した人はトムの容姿にやはり驚くこともなく、恙無く購入まで終わった。品物が一流なだけでなく、店員も訓練されていて容姿云々で態度を変えることはないのだなと再度感心する。トムも満更ではない顔で、それを見てほっとした。
靴もスーツと一緒に新調して、二人分の上から下までフルセットの荷物を持つ事となる。想像より、重たい。
「トムのスーツ姿、とても格好良かったよ」
「僕は何を着たって似合うからね」
「その通りだよ。他にも服を買いたくなってしまうね」
「……そんなに要らないよ」
「トムに着て欲しがっている服はたくさんあると思うよ?勿体ない」
「服を擬人化しないでよ」
「擬人化って言葉を知っているんだね、素晴らしい!」
今日はスーツの受け取りと、夜にお風呂の入れ方を教えるだけで終わる。少しゆっくり外を散歩して、昼頃になったらランチを摂ろう。
ランチタイムにコーヒーだけを飲んでいたらやはり怪しまれるだろうか。可能なら、私は食べたくないのだけれども。
「トム、お茶でもする?」
「そうだね。お昼にはまだ早いし」
以前看護師が話していたカフェが近くにあったと思い出し、足を運ぶ。そこは随分と大人な雰囲気のあるカフェだった。そういえば、彼氏に連れてきてもらいたいと言っていたと思い出して、子連れの雰囲気では無かったなと少し肩身が狭い気持ちになる。とは言え、ウェイターも荷物が多い子連れを無下に断ることなどなく、店の奥、角の席に案内してくれた。
トムはスコーンと紅茶のセット。私はコーヒーを注文して、人の流れをガラス越しに眺める。
「随分と静かなお店だね」
「何事も経験。経験していれば、次からどこに行きたいか、となった時の選択肢に入るでしょう?」
「そうだね」
ソファから顔を出して、周りを少し確認してからまた席に座る。運ばれてきたスコーンにクリームをたっぷりつけて食べた後、美味しい、と素直に嬉しそうな顔をした。そうか、美味しい物を食べると、トムはこんな顔をするのか。
今まであまり表情が変わらなかったから、どれを食べても同じなのかと思っていたけれども、トムは好きな物を食べればこんなに良い顔をするのだ。
自分の料理は本を読んで作った、見様見真似の品だから美味しいかどうかは不明で、もしかしたら美味しくないのかも知れないな、と思う。無事にエレメンタリースクールに入学出来たら、あのレベルの学校なら、学食はきっと美味しいだろう。
トムの舌が肥えて、家の食事は美味しくないから寮に住みたいと言い出したら万々歳だ。
「キリーも食べる?」
「私は良いよ。ありがとう」
今食べてお腹が痛くなるより、帰宅前に食べて、それからお腹が痛くなった方が色々と助かる。
トムはスコーンを食べて、レコードから流れる曲を聴きながら穏やかに過ごしている。
大人向けのお店なのに、外の景色を眺めるトムの横顔は、まるでそこにいて当然のようで。
ふと、トムの瞳の色が曇って見えた。
屋内、窓から差し込む光がテーブルしか照らしていないからかもしれない。けれど、あの真紅ではく、ただの茶色のような、そんな色に見えたのだ。
「……」
瞬きをして、再度確認する。
やはり、茶色だ。横から見たら赤ではなくなるのだろうか?それとも……どういうことだ?
「どうしたの?」
こちらを向いたトムの瞳は見慣れた赤で、一度目頭を押さえる。
「……何でもないよ。少し目が疲れてたみたいで」
「変なの」
この子の瞳はもしかしたら、横から見れば赤ではないのかもしれない。光の屈折によるのだろうか?それとももっと別の要因か?しかし光の入り方で瞳の色を誤魔化せるというならば、眼鏡を使うのはありだろう。
しかし、今から眼鏡を作るのは受験までには間に合わない。
普段はどんな状況であっても赤く見えていた瞳だ。本当にたまたま、色が違って見えただけ。それは奇跡と言われる確率かもしれない。それをメガネで再現するのは、ほぼ不可能だろう。
それに、瞳の色を誤魔化してはどうかと提案するのも憚られる。
トムに瞳の色は「普通と違うから」、「普通に見えるように」と言わなければならないのだ。イレギュラーを受け入れない不寛容な社会が悪いとはよく言うが、そんな綺麗事を並べてもどうにもならない事はトム自身がよく知っているだろう。
しかし、それに則ってトムに眼鏡をかけろ、というのもおかしな話だ。彼の意思を尊重すらしていないことになる。
受験に合格して、通うとなったら、瞳の色をぱっと見で判断できないように色のあるメガネをつけるかを提案するのは、有りかもしれない。
「そろそろ移動しようか」
トムが退屈になってきたのだろう、外を見ながらそう言った。そうだね、と告げれば、小さな体をソファからおろして歩き出す。
昔のように人の目線を怖がることも、帽子をかぶって目元を隠すこともしなくなったトム。何がこんなにこの子に自信をつけさせたのかは定かではないが、家庭教師を家に招き入れてからだ。
あの教師との出会いが、トムの自信に繋がったのならば、喜ばしい事だ。私がその役目になれなかったのは残念であるが、そんな気持ちは些細な物でしかない。
今回の事で、私だけとの関わりではトムを成長させるには足りないという事実が裏付けられたのだ。他者との関わりがこの子を成長させてくれるのだから、学校という社会はトムにとって必要不可欠な場になるだろう。
店を出てからは荷物あるためにあまり動き回れはしなかったけれども、それでも私が荷物番をしている間にトムに雑貨を見てもらったりと、休むと言うよりは普通に買い出しの1日になってしまった。
家に帰って一息ついてから、お風呂の入れ方を説明する。トムはチラリと私を見て、残業が増えるのかと問うてきた。
「私の仕事は急患が出てしまうと帰れなくなるから、何があってもいいように、という考えからだよ」
「ふぅん」
「私もトムに会いたいから、早く帰る努力は惜しまないよ」
「僕はキリーに会いたいとは思ってないけどね」
「それは私が居て当たり前の存在だからでしょう。いつも居る人に会いたいなんて思わないから」
「はぁ
?どこまでポジティブなのさ」
「どこまでも」
笑えば、呆れた、と言われる。
その表情は嫌悪と言うより何を言っても無駄、立板に水の相手だと言いたげで。
その表情がまた柔和になったなぁ、と微笑ましく思う。私自身がトムと出会ってまだ数ヶ月なのに、その間だけでこんなにも変化が目に見えて分かるのだから、この子は伸びしろしかないのだ。
これからどんどん伸ばしていきたい。
伸びしろを最大限伸ばせる環境をこの子に提供できるように、私は私で頑張ろう。
「ところでキリー」
「なに?」
「保護者としての発言とかはもう暗記した?」
面接に対する私の意識の確認だろうか?少し忙しくて未だ完全には頭に入っていないが、そんな素振りは見せずに勿論、とだけ返す。
「それなら良いけど。キリーが足手纏いになって僕が落とされるのは御免だからね」
「私の心配?それよりも自分の心配をするんだね。明日は勉強と面接練習があるのだから、寝る前に予習しておく?付き合おうか?」
よく動く口が適当な事を言うと、少し拗ねてしまう。でもこればかりは許してもらいたい。大人には大人の矜持ってものがあるのだ。
「キリーに見てもらう必要はないよ。明日、僕の出来具合に舌を巻くかもよ」
「わぁ、凄い。『舌を巻く』をよく知っているね」
「からかわないでよ」
「揶揄っていないよ。本当に凄いと思ったから言っているんだよ。家庭教師を雇って良かったって、心底思ってる」
「ふぅん」
少しつまらなそうに目を逸らして、お風呂の湯量を見てくると言って姿を消してしまった。
大人びている部分を褒めたら嫌がられるのは、未だ大人になりきれていない子供の証拠だ。彼が必死に背伸びして大人になろうとしているのではないと思えて、少しばかりホッとした。
さて、今夜は明日の質疑応答用に、暗記をするとしよう。
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