ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.26 家庭教師
翌日、家庭教師が我が家に足を踏み入れた。
トムの家庭教師として雇ったのは、まだ若い青年だった。寿命も長く、知的な印象を与える青年だ。これで今までの教え子が皆有名学校に入っているのだから、家庭教師としての腕前は確かなのだろう。
「昨日の今日に来ていただいて、有難う御座います。私はキリー・ウェストン。こちらがトム。トム・マールヴォロ・リドルです。トム、挨拶を」
「初めまして、トム・マールヴォロ・リドルです。6歳になります。どうぞよろしくお願いします」
スラスラと言葉を繋げて、最後にはお辞儀もする。礼儀正しい所作だ。私の前でとる態度とはまるで違うのは、それだけ私には気を許しているからだと思おう。
「トムは6歳で、先日私の養子となりました。それまでは孤児院に居たため、勉学に関しては少し遅れている部分があります。経歴に関しましても、きっと面接で聞かれるウィークポイントになると考えているので、どう言う回答が望ましいか等をご指導、ご鞭撻お願い致します」
「なるほど、それで編入試験を受けられるのですね。畏まりました。トム君、よろしくね」
手を差し出されて、トムは怯む事なくその手を握る。
契約は今、結ばれた。
親が居ては気が散るからと、トムと家庭教師がトムの部屋に入り、私は時々お茶を持っていく程度の役割となった。つまるところ、暇である。
いつもならば、休みの日は何をしよう、何処へ行こう、と楽しく感じていたのだが、今ばかりは仕方ないだろう。目先の楽しみでトムの人生を潰してはならない。彼には限りある人生を、可能な限り有意義に過ごして欲しいのだ。
今は未来への投資時間。邪魔をするわけにはいかない。
私が出来ることと言えば、入学が決まった時のお祝いと、もし不合格だった時のルートを考えておく事だ。
入試に向けての提出書類には親の会社名、役柄、そして収入など、かなり事細かに書く欄がある。きっと学費を払えるか、学校にとって恥ずかしくない相手かを見定めるための欄なのだろう。
それを書いて時間を潰すが、決まり切ったことを書く欄など埋めるのは簡単で、1日もかからずに終わってしまった。
コンコン、とリビングの扉がノックされて、声をかければ家庭教師が入ってきた。
「お疲れ様です。今お茶を用意しますね」
「お構いなく」
「どうぞ、ソファに座ってください」
沸かしておいたお湯を注いで、紅茶を入れる。ソーサーに砂糖を置いて相手の前に置くと、相手は砂糖を入れて静かにかき回した。
「トムは如何ですか?」
「吸収は良いようで、勉強の教えがいはかなりあります。質問内容もスマートで、トム君は本質的に賢い子なのでしょう」
「そうですか。それは良かった」
トムの瞳の色を恐れている様子もない。やはり知識のある人間は、特殊な見た目であってもそれを恐れる事はないようだ。そう思えばこそ、ますます学力が高く品性のある学校にトムを入れてあげたくなる。
トムが排除され疎まれる学校になど、行かせたくはない。
「ただし」
男が眼鏡を直しながら口を開く。その口調は、どこか厳しめだった。
「入試試験までの期間が短く、今の勉強法では間に合わないと思います。可能であれば平日も勉強と面接の練習をしたいのですが、可能でしょうか?」
今は契約上、私が在宅する土日のみとしている。しかしトムの瞳を恐れず、トムを否定的に捉えるのではないようだから、私がいない平日、2人きりにしても安全なようにも思う。
「私としては是非にも、と言いたいところですが、トム本人のやる気などにも関わります。一度本人の意見も確認したいですね」
「あまり悠長には考えませんよう」
「承知しております。しかし、お会いした時に話した通り、彼は元孤児です。環境の変化に追いつかず、体を壊されては本末転倒でしょう。少しお待ち下さい、確認してきます」
親の意見を確認して、それで進めるのは簡単だが、やる気を出して挑むのは親ではなく子供だ。その子供に意思決定を委ねなければ、やらされているという受け身になってしまう。こういった事は、自発性が大切なのだ。
「トム、入って平気?」
ノックをして声をかければ、どうぞ、という返事が来た。
入って中を見ると、机に向かって課題を解いているトム。かなり真面目に取り組んでいる。
「トム、家庭教師の事なのだけれども」
「平日も、ってやつでしょ?僕はそれで良いよ。自分の学力が追いついてないのも分かってるし、あの人がいた方が勉強が捗るのも体感したし」
「そう」
平日に家庭教師が居ないと、私が帰るまで分からないところは分からないままになってしまう。それでは効率が悪いと理解したようだ。
「平日は私がいないから、トムと先生だけになるよ。だから、玄関の開け閉めも頼まなくてはならないのだけれども、平気?」
「それくらい出来るよ。あ、でも上の鍵は閉めないでね?手が届かないから」
上の鍵、というのは玄関の鍵のことだ。我が家は防犯を考えて鍵は二つつけている。一つはトムでも手が届く場所だが、もう一つは私の目線の高さにあるため、トムは手が届かない。
「分かった。じゃあ、暫くは毎日通ってもらうようにするよ」
「うん」
トムは少し疲れが出てきているのか目を擦って、それでもペンの動きは止めない。元々知識欲の強い子だとは思っていたけれども、根を詰めて体を壊さなければ良いが。
「疲れを感じたり、体調が良くないと感じたらすぐに言ってね。体が資本だよ」
「うん」
生返事を返されて、伝わったか少し心配になる。トムはこれと決めたら突っ走るタイプなのかもしれない。体調管理は私が出来るだけやろう。疲れが見えたら、医師としてストップを入れるのも有りだ。
二階のリビングに戻って、ソファに座る家庭教師に意思確認をとれたことを伝える。
「それは良かったです。ところで、お仕事からの帰宅はいつも何時頃ですか?」
問われて、おおよその時間帯を伝える。すると相手は頷いて、進捗や成果、ウィークポイントなどをまとめた書面をテーブルに置いておきます。と言われた。成る程、全て家庭教師に任せきりにするのではなく、親も巻き込んで子供の成長を促すやり方なのだろう。
確かに親子揃っての面談もある。子供のことをしっかりと把握しておくのも、垣間見える家庭環境としての得点に繋がるのだろう。
「この後、採点を終えたら面接練習もしたいのですが、どこでやれば良いですか?可能であれば、環境を変えて雰囲気づくりをしたいのですが」
「それならば、一階の客間を使ってください。トムにとっても、あそこはあまり使わない部屋ですから」
「分かりました」
今後この人が家の中を自由に闊歩すると決まった訳なので、重要な物は金庫に入れておくのが安心かもしれない。とはいえ、この家で見られて困る物などほとんど無い。しかし、盗まれて困る物はいくつかある。
トムが採点されている間に、一階を片付けておくとしよう。
家庭教師を玄関先で見送って、隣に立つトムを見る。疲れた顔をしていて、これで毎日やっていけるのかが不安になった。
「トム、大丈夫?」
「大丈夫だよ、ちょっと疲れただけ」
目をギュッと閉じて、それから首を動かして、伸びをした。毎週土日は体を動かしていたから、座学だけでの1日で体が凝ってしまったのかもしれない。
「ねぇキリー」
「何?」
「僕、絶対に受かるから。楽しみにしててね」
「随分な自信だね。楽しみにしておくよ」
「だからキリーは僕の足を引っ張らないでね」
まさか私の心配をされるとは。思わず笑えば、笑わないでよ、と見上げてきた顔はふてくされてしまっている。
紅い瞳が私を映していて、素直に綺麗だな、と思った。私や家庭教師のような生き物ばかりの世界になれば良い。そうすれば、トムの学校選びの選択も幅が広がっただろうに。
「だってあいつ言ってたよ。お母様は少し抜けてるところがありそうで心配ですって」
「え?あの人、そんなことを言ってたの?」
あいつ、と呼んだのも気になったが、それ以上に私が『お母様』と呼ばれてる上に抜けてると言われていたことに驚く。そんなにぼんやりした生き物に見えただろうか。
「言ってたよ。だから今度キリーが休みの日は、キリーも一緒に面接練習するって」
「えぇ……それは聞いてなかったなぁ」
面接練習か。トムの告げ口のおかげで事前に知れたから、今のうちに同僚などに訊ねて、面接の知識入れておこう。
子供の前で示しがつかないのは、養親なのだから避けたい。
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