ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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僕の両手は、護りたいものを護るには小さすぎて、リドルを護るどころか、傷付けてばかりだ。
今だってリドルを傷付けた。
あんな悲しい表情をさせて、無責任にも教室に置き去りにして逃げてしまった。
そんな自分に腹が立つし、情けなくて泣きたくなる。
思い通りにならないのは百も承知の上だった。
なのに、何だろう、この有様は。
「おーい、ナチ」
思考が現実に引き戻される。
見れば、親しくしている同級生。
久々に会った気がする。
今まで当然のように存在していたのに、今では遠く離れてしまった日常が近付いてきた。
「何だ?情けない面して」
「情けないって、失礼だね。今年の事を思い出して感傷に浸ってたんだよ」
「あー、今月お前の身の回りでゴタゴタあったもんな」
「まぁね」
「大変だったな」
「それ程でもないよ」
「サハラ家のお坊っちゃんはこういうのに慣れてるってか?」
「まぁ、僕は目立つし?つい皆の注目を集めちゃうんだよねー」
「その開き直りがムカつくな」
くだらない日常会話が今は心地良くて笑った。
本当なら、リドルともくだらない事で笑いあいたかった。
中身が無い事であれば饒舌に語れるこの感覚も、今では懐かしく感じてしまう。
どれくらい、人と笑い合っていなかったのか。
一日やそこらの筈なのに、長い事していなかった気がする。
「なぁ、ナチ」
「ん?何?」
友人は少しバツが悪そうに、頭を垂れて視線を床に投げた。
グリフィンドールの子の事かな、と予測する。
すると案の定で。
「ナチは血で差別したりしないよな?」
そんな自信無さげに、弱々しく言わないでよ。
自信が無いのは僕が血で差別するとどこかで考えているからだろう?
穢れた血とか、純血とか、本当に、くだらない。
そんなもので人を測れない。
生き様がその人を決めるのだから、持って生まれた血ですべてが決まるはずが無いのだ。
「しないよ。何でそんな事聞くの?」
問い返せば、相手は何でもないんだ。悪かった。と言った。
グリフィンドールの子が、そう言ったのだと言えば良いのに。
今噂になっているのだと、言えば良いのに。
僕を悲しませない為に隠しているのだとすれば、その優しさが胸に痛い。
差別用語をこの口が発言したのは事実だ。
あの子の心に傷を作ってしまったのは間違いなく僕なのに、知らないふりをしている。
「そういやぁ、トム見ないな。あいつ何処に行ったんだ?」
トム、と言われてドキリとする。
同時に、僕は人を傷付けてばかりだと思い知る。
リドルも、グリフィンドールの子も。誰も傷付けたくないのに、傷付けてばかりだ。
リドルの居る場所なら知っている。
友人に教えたら、友人はリドルの元に行くだろう。
そうすれば、リドルの気分は少し紛れるかもしれない。
「何処に行ったんだろうね?」
だというのに口から出る言葉は知らぬ存ぜぬを主張して。
なんて愚かなのだろう。
小さな独占欲が、他者がリドルに差し出す救いの手をはねのけた。
あぁ、でも、それでは駄目だ。
だって僕はリドルと一緒にいられない。
そんな奴が、今だけリドルを独占しようとするなんて間違いだ。
「そういえば」
僕は今気付きましたというふりをして、リドルが居る教室に、リドルは向かっていたっけ、と言った。
「何でそんな所に?」
「さあ?僕も流石に分からないなぁ」
「んじゃ、様子見に行くか」
「あー、ごめん。僕ちょっと用事があるんだ」
「お前最近忙しいな」
「有名税ってやつ?」
「バーカ」
相手は呆れたように笑う。
じゃあまたね、と別れて、背を向けた。
『……コロス』
背後から聞こえた声に足が止まる。
感情のない、それでいながら見つかれば必ず殺されると思わされる声音。
足元からじわじわと恐怖が這い上がってくる。
背後に死神が現われたような気持ちだ。
逃げ出したくなる。
けれど、逃げても意味が無い。
敵の姿を確認せずに逃げるのは、後の恐怖を倍増させるだけだ。
意を決して振り返れば、後ろ姿の友人。
僕が振り返ったのに気付いたのだろう、相手も振り返って、また僕と向き合った。
「どうしたんだ?」
その表情も、声音も、普通のもの。
「……今、何か、言った?」
「へ?何も言っちゃいないけど?」
「……言ってないなら良いんだ」
「おいナチ、大丈夫か?顔色悪いぞ。疲れすぎて幻聴……」
『……コロス』
友人の口は動いて普通の言葉を紡ぐ。
その横で、また、あの声。
背筋が凍る。
横には、壁しかない。
ズルリと、這う音。
この音は……。
「ナチ?おい、おい!」
肩を捕まれて、揺すられる。
「……何?」
「何じゃねーよ!何ボーッとしてんだよ!お前本当に大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと寝不足なだけ」
友人は「はあ?」と言った。
寝不足というのは、無茶があっただろうか。
「ナチ、もう寮戻って寝ろ」
「そうだね」
そうするよ。
そう告げれば、友人は僕から手を離した。
壁の中から変わらず音はしているから、僕は寮に戻ると言って友人と別れた後、その音についていく。
ズルズルと、不快な音。
誰も居ない通路に入って、背後を確かめてから口を開く。
「サラザール、これも君の力?」
クツクツと、脳髄に響く笑い声。
『さぁて、何の事か』
「とぼけるな。僕に聞こえたのは蛇の声だろう?」
『分かっているならば訊くな。愚鈍の証だ』
「確認するくらいなら愚鈍にはならないさ。それで?バジリスクは僕を何処に導こうとしているのかな」
『さて、な』
向かう先は、大体予想がつく。
リドルもこの声に導かれたのだから、以前リドルが向かった場所と同じ所だ。
音についていくと、階段に着いた。
この階段の先には、僕がマートルを殺した場所。
マートルが死んだ場所にバジリスクが居る。
そしてサラザールが残した秘密の部屋があるのだろう。
サラザールに勝つ為にと通った図書室。
そこで得た知識の中に秘密の部屋についての記述があったのは、運命か必然か。
不要な知識だと思っていたけれど、使えるとはね。
「サラザールって女?」
『さあ、忘れたな』
「女子トイレの中に秘密の部屋を作るって、ちょっと配慮無いよね」
『喧しい』
少し笑う。
緊張が解けて、息を吐いた。
秘密の部屋の扉を開けるのは蛇語。
僕は、話せるのだろうか。
洗面台を見る。
本に書かれていた通り、一つだけ蛇の形をした蛇口があった。
僕がそれを見つけて触れると、サラザールが嬉々としたのが分かった。
すべてがサラザールの筋書きどおりに動いているようで少し癪だが、今はサラザールの手の内に居るほうが都合が良い。
目を閉じて、蛇の声を思い出す。
瞼の裏に蛇の姿を描いて、語り掛けるように口を開いた。
ひ ら け
ガコン、と音がする。
驚いて目を開けば、洗面台が動いていた。
洗面台の真下には洞穴。
この中に、バジリスクが居るのか。
流石に何も身につけずにこの穴の中に入るなんて馬鹿なことはせず、眺めるだけでいると洗面台は開いた時と同様にゆっくりと閉じた。
これは、使えるかもしれない。
サラザールを葬る場所。
これほど良いところはない。
右腕に付けた、サラザールの侵入を防ぐブレスレットが一つ消えた。
これで上腕の中程までがサラザールの物となったが、それ以外は僕の物。
僕は図書室へ急いだ。
もしかしたら、サラザールを封印出来るかもしれない。
その発想の裏付けをする為に走る。
肖像画の夫人が、廊下を走ってはいけませんと怒鳴る声が聞こえた。
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