ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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キラキラと陽射しに光る埃。
呼吸をする度に、肺に埃が蓄積していくみたいで気分が悪い。
呼吸をすればするほど、息苦しくなる。
まるで水の中にいるみたいだ。
「おーい、トム、居るか?」
突然教室に入ってきたのはナチの友達。
「……何?」
「お、本当に居た」
「……何の用?」
相手は頬を掻いて、いや、用はないけど、と言う。
用が無いのに僕を探していたの?
「見かけないから、何処かなーって」
そう言われて、お節介だと思った。
ナチもお節介だけど、その友人もお節介なのか。
類は友を呼ぶって、本当だね。
「よく分かったね、ここだって」
「ナチが言ってたんだ」
「ナチが?」
「ああ」
ナチが?
人の気遣いを拒絶したあいつが、何で他人をここへ導くのさ。
何だよ、訳が分からない。
突き放したくせに、他人をここに配置するのはどういう配慮だ。
僕への配慮だというのならば、有り難迷惑だよ。
欝陶しい。
「なぁ、トム」
「何?」
「ナチと喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩?してないよ」
いっそ喧嘩していたほうが気楽だっただろうね。
言いたい事も言えずに、蓄まった言葉たちに胸はわだかまって不快だ。
言葉を紡げない今は喧嘩すら出来ない。
突っ掛かろうとしても、ナチが躱して逃げてしまうから本心をぶつけ合う喧嘩も出来やしない。
ナチが何かを隠していると分かるのに、その何かが分からない。
訊きたいのに、訊いてくれるなと無言のうちに言われていて、訊ねられない。
「そっか」
ナチの友人は、僕の肩をバシバシと叩く。
遠慮の無いその叩きっぷりに咳き込めば、わりぃわりぃと全然悪いと思っていない言葉だけの謝罪。
ふざけるな。
「ま、元気出せよ!きっとナチ忙しいんだよ、実家帰ってねぇし、さっきも寝不足で幻聴聞こえてるみたいだったし!」
言われて気付く。
そういえば、ナチは実家に帰っていないのだ。
ナチュラルに存在していたから、居て当たり前だと思っていたけれど、本来ならば実家に帰ってやる作業を、今学校でしているのかもしれない。
ああ、だからか。
だから僕の介入を嫌がるのか。
ナチは実家での生活の話は絶対にしない。
それは知られたくないから。
そして僕も訊かない。
何だ、そういう事か。
うっかり何をやっているのか訊ねそうになった僕にあんな態度をとったのはそういう事か。
訊かれたくないから逃げたのだ。
悩みが解消されたのと安心とで、呼吸が軽くなった。
30日はあれ以降ナチには会わなかった。
それで良いと思ったし、ナチにとってもそのほうが良いだろうと思えたからだ。
けれど31日のスリザリン寮は例年通り、夜には談話室に集まって年越しパーティーをする。
それは残り組み全員を引っ張り出すために、先輩が各部屋を回るのだ。
そして今年の僕の部屋も例外ではなくて、先輩が勢い良く僕の部屋に入ってきた。
「年越しパーティー始めるぞ!ほら!もう下には皆集まってんだぞ!」
入って開口一番に大きな声で言ってのける先輩の言葉に、数拍置いてしまったのは、たった一単語が気になったからだ。
「皆?」
ということは、ナチも居るのだろうか。
考えを巡らせながら、談話室に向かうと、そこにはいつもと変わらないナチが居た。
周りに居る人と談笑していて、僕を視界に入れると笑顔で手を振ってきた。
昨日の態度とは、まったく違う。
見慣れたナチがそこに居て、何故だろう、安心する。
「リドル、ひと足早いけど、ハッピーニューイヤー」
「後四時間あるよ」
人の意見も聞かずに、グラスを差し出してくる。
中身はアルコール分の無いシャンメリーだとナチは言うから、受け取る。
ナチは僕のグラスに自分のグラスをぶつけた。
ガラス同士が奏でる涼しい音。
「やけに機嫌が良いね」
つい昨日の事を思い出して悪態をつけば、ナチは困ったように笑った。
「だって、リドルと年越しって初めてでしょ?嬉しくてね」
家のやる事が終わったのだと言えば良いのに、僕は深追いしないよ、馬鹿。
家の事を言いたくないからって、わざわざ薄っぺらな嘘を吐いてくれなくて良いんだよ。
「言ってな」
「うん。言うよ」
ナチはソファに座って、隣を叩く。
座れ、という事だろうか。
隣に腰掛けると、ナチは笑った。
「無防備だよ、リドル」
「何かするつもり?」
「して欲しい?」
「冗談」
ナチはケラケラ笑う。
いつもよりも笑うナチは、酔っているのではないだろうか。
「ナチ、何を飲んでるの?」
「シャトーワイン」
いや、品名を言われても分からないし。
僕はお酒に対して興味が無いからね、品名を言われても何も分からないよ。
「アルコール高いんじゃない?」
「やだなぁ、酔ってないよ」
いや、それにしては何だか怪しい。
ナチは目を細めてワインを眺めながら、口を開いた。
「リドルって将来の夢、ある?」
「将来の夢?」
「うん、そう。あれになりたい、これになりたいって云うの」
いきなりの質問に少し戸惑う。
けれど来年の今頃には、就職先を決めていなくてはいけない時期だ。
再来年七月卒業か……後四時間経ったら来年の七月が卒業になると思うと不思議だ。
少し悩む。
将来何になりたいかなんて、考えていなかった。
「ナチは決まってるの?」
訊ねて、愚問だと思った。
ナチは家に縛られているのだから、将来も決まっているのだろう。
ナチを見れば、ナチは笑っていた。
それは滑稽だというような嗤いではなくて、驚く。
「ヒーローになりたいかな」
「は?ヒーロー?」
「そう。ヒーロー」
「アメリカ雑誌の見過ぎじゃない?」
「いや、アメリカ誌はあまり見てないよ」
ナチはクスクス笑いながら、ワインを飲んだ。
やっぱり酔っている。
「で?リドルは何になりたいの?」
珍回答の後に真顔で問われても、答える気がしない。
けれど、そろそろ考えなくてはならない時期だ。
何が適職だろう。
何が良いのだろう。
僕は何がしたい?
「……公務員」
「堅実だね。役所勤務?教師?」
「教師、かな」
勝手に口から零れ落ちる言葉。
考えなくても、元から答えは持っていたのだというような感じで。
そうか、僕は教師になりたかったのか、そんな気持ちになる。
「この冬休みで思ったんだよ。闇の魔術に対する防衛術の授業、全然実戦的でないなって」
「リドルなら、実用的な授業にする?」
「そうだね」
ナチは口の端を上げる。
人付き合いを面倒臭がるのに教師?と馬鹿にしてくるかと思ったけれど、ナチはしてはこなかった。
代わりに、良いね、と言った。
「リドルに適職だね」
「お世辞は良いよ」
「僕は本心しか言わないよ。だってリドル博識だし、実際教えるの上手いよ。まぁ、生徒との友好関係は殺伐としてそうな気もするし、女子から人気で男子に妬まれたりしそうだけど」
「それのどこが適職なのさ」
「真面目な子には真面目に対応するし、差別しないでしょ。それが大切なんだよ」
ナチは、ね?と言った。
そんなものなのかね、教師って。
でも教師に一番適しているのはナチだと思う。
知識量が半端ないし、誰とでも仲良く出来るし、知識欲だってあるから、新しいものだって取り入れている。
「リドルはなりたい仕事につきなよ」
「……」
何なのさ。
僕は出来ないけど君はしてね、みたいな言い方は。
そんなに諦めが良いなんて、君らしくない。
「ナチはヒーローになるんだろ?」
「うん、まぁ、なれたら良いなって」
「なれば良いよ」
「え?」
「ナチならなれるよ。適職だね」
言われた言葉をそのまま返せば、ナチは腹を抱えて笑いだした。
周りは何だと視線を投げ掛けてきて、笑っているのがナチだと分かると何でか周りも笑顔になった。
昨日、僕の様子を見に教室までやって来た奴と目が合う。
相手は親指を立てて笑顔。
その姿に、僕も笑ってしまった。
「リドル」
漸く笑いが納まってきたナチが僕の名前を呼ぶ。
見れば目尻に浮かんだ涙を拭っていて、笑いすぎだよ。
「僕はヒーローになれるかな?」
「なれるよ」
「うん、良かった」
ナチはふぅ、と息を吐いた。
笑いすぎて身体が熱いと言う。
「年越しまでまだ時間あるから、ちょっと部屋行って涼んでくる」
「ふぅん」
「リドルも来る?」
「そうだね」
ここにいても酔っ払いどもに絡まれるだけだし。
「一時退散するね」
「年越す前には戻ってこいよー!」
ナチは友人に手を振って、部屋へと向かう。
後をついていく僕を見たナチは、クスクスと笑った。
「何?」
「さっきの笑いがまだ残っていたみたい」
「笑いは残らないよ、馬鹿」
「馬鹿か。確かに馬鹿かもね」
ナチはクルリと身体を半回転させて、僕と向き合った。
「リドル、大好きだよ」
「は?」
「皆リドルが大好きだ」
「何なの?」
皆が好きなのはナチだよ。
さっき君が笑った時、皆が笑顔になったじゃないか。
皆が君を案じていた証拠だ。
「皆と仲良くするんだよ」
何、その親みたいな発言。
見れば、ナチはにこりと笑った。
けれどその眉尻は下がっていて。
ナチの手が動く。
その先には、杖。
杖の先は僕の方を向いた。
ナチを見る。
ナチの口が動いた。
心が絶望に染まる。
何で僕に魔法を使うの。
何で。
意識が遠退く。
視界が霞む。
大好きだとか言いながら、こんな事するのさ。
嘘付き。
大嘘付き。
君なんて、大嫌いだ。
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