ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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「今日も部屋の掃除があるから」
それだけを告げて丸一日姿を現さない奴も珍しいのではないだろうか。
大広間はナチの無実を喜ぶ人達がはしゃいでいるというのに、そこに主役が居ないというのもまた変な話だ。
しかも夕食の時まで姿を現さないなんて、呆れた。
いつも三度の食事はしっかり摂れと僕に言っていたくせに、自分は掃除に忙しくて食事を抜くなんて。
僕が読書の最中であれ、食事食事と騒いでいたくせに。
天井が高い通路を歩いていると、通路の端に四〜五人の女子が固まっているのが見えた。
女子は習性で集団になるのだろうか。
そんな事を思いながら通り抜けようとしたら、何故か集団の中の一人に睨まれた。
何で睨まれたのかまったく分からなくて、不快感が胸に生まれてこちらも集団を見ると、奥に居た涙目の女子と目が合った。
真っ赤になった瞳と、腫れた目元。
それらを通常に戻したとしても、面識の無い子だ。
「リドルさんも」
ボロボロ涙を零して、戦慄く唇から言葉を紡ぐ女子。
急に名前を呼ばれた事への驚きと、親しくも無いのに名を呼ばれる不快感。
「リドルさんも、私達の事を『穢れた血』だって思ってるの?」
「……穢れた血?」
久しぶりに耳にした単語。
何でそんな単語を急に言うのだろう、それはナチの部屋のパートナーが差別用語として用いるものだ。
その単語を言う奴等の殆どは、純血の仲間同士で開かれるクリスマスパーティーの為に帰省しているはず。
帰省していない居残りチームは大概がフレキシブルな人で、だからマグル出身だの混血だの純血だの気にしていない。
その筈なのに、何で今、そんな単語を聞かなくちゃいけないんだ。
「思わないよ」
本心から答えれば、嘘、と言い返された。
何で嘘だと言い切るのだろう、この子は。
「リドルさん、サハラさんと仲良いじゃない。二人して、表面上は差別なんて無いよって良い人演じて、心の底では純血主義者で、私達の事を差別してたんでしょ!」
「意味が分からないんだけど。何でナチが出てくるの」
「だって、だって……!」
わっとその子は泣き出して、話せない状態になる。
感情的な人はこれだから苦手だ。
泣き出した子を宥めている人が、僕を見た。
さっき、僕を睨んだ子だ。
「サハラさんが言ったんです、この子に」
「穢れた血だって?」
「はい」
何言ってるんだ、こいつは。
「ナチがそんな事言うわけないだろ」
「言ったわ!そうじゃなきゃ、私だってこんなに泣いたりしない!」
泣きながら金切り声で叫ぶ女子は、はっきり言って不気味だ。
「リドルさんも、そう思ってるんでしょ!もう良い人面しなくて良いんです!本心を聞かせて下さい!」
良い人面しているとか、本当に欝陶しい。
ここでそうだと言ってあげればこの子は可哀想な自分に酔い痴れるのだろう。
本当に、くだらない。
マグルの血を穢れた血だと言って排除する純血主義者も、それで騒ぐマグル出身の奴等も。
穢れた血だと言われて騒ぐから相手が調子に乗ってもっと言うようになるのだと、どうして分からない。
だから馬鹿だと言う代わりに、穢れた血と称されるんだよ。
「僕は混血だ。君が言う事を肯定すれば僕も半分は穢れた血になる」
今でこそ僕が混血だと騒がれなくなっているから、この子は僕が混血だと知らなかったのかもしれない。
驚いた表情を浮かべている。
「僕はそんな純血主義者しか言わないような事は言わないし、思わないよ。ナチもそうだ。そうじゃなきゃ、僕の隣にナチはいない」
「でも」
「でも?」
「サハラさんは、確かに、私に言いました」
気弱な発言。
「他の人と間違えたんじゃない?それか、ナチを真似た奴かもね」
「サハラさんを真似た?」
「ナチは誰とでも仲良くするから純血主義の奴等から嫌われてるのは知ってるだろ?だから、ナチの評価を下げようとしてるんじゃない?」
「……そ、そんな」
「兎に角、ナチはそんなくだらない事は言わないよ。だからもう泣かないようにね」
これ以上あの人達に構っていては疲れるだけだ。
ナチが『穢れた血』と言う?
まさか。
ナチがそんな事を言ったら、あいつにとっての天地が引っ繰り返るようなものだ。
「馬鹿馬鹿しい」
大方、ナチが殺人者だと騒いでいた馬鹿達が腹いせにやったのだろう。
確かにナチだったと言うけれど、見た目なんてポリジュースでいくらでも真似られる。
見分けられないなんて馬鹿な女だ。
寮に戻って自分の部屋を素通りして、ナチの部屋をノックするけれど、中から反応が無い。
試しにドアノブを捻って扉を開けようとしても、鍵が邪魔して扉が開かなかった。
まさかまだ片付けに手間取っていて、今頃銀行に荷物を預けに行っているのではないだろうな。
そんなに一気にやるのが大変なくらい物を収集するなよ、馬鹿。
溜め息しか出ない。
明日にはいくら何でも片付けが終わって、ナチも一日人前に姿を現すだろう。
もう後二日経てば、新年という時間。
年末の大掃除だからといってこんなに忙しくなるナチは物を持ちすぎなのだろうね。
僕には理解出来ないよ。
翌朝、ナチはまた何処かに行っているみたいで朝食の席に居なかった。
まだ掃除に手間取っているのかナチは。
「トム、ナチ知らねぇ?」
昼、お腹も空かなかったから部屋で本を読んでいると、同じスリザリンの奴が部屋にまでわざわざ訪ねてきてそんな事を口にした。
「知らないよ」
「いや、でもさぁ、マジであいつ見つからねぇんだよ。昨日から誰も見てないって言うし、グリフィンドールの女子達は変な噂流してるし」
有名税ってやつなんだろうけど、ナチも大変だよな。とそいつは言い残して部屋から出ていった。
ナチが居ない。
昨日、掃除をするからと言い残して以降、僕もナチを見ていない。
もし昨日女子が騒いでいたのが事実なら、ナチを最後に見たのは彼女だ。
寮を出て、大広間へ向かう。
大広間は皆が食事の最中だった。
グリフィンドールの座席を見て昨日泣いていた子を探す。
居た。
歩を進めると、人の視線が集まる。
グリフィンドールの女達は僕を見て、それから笑顔を向けてきたのでこちらも笑顔を返せば、きゃあきゃあ騒ぐ。
くだらない。
「ねぇ、君」
名前も知らない、昨日泣いていた子に声をかける。
すると、驚いた様子。
僕が声をかけてくるとは思わなかったのだろう。
「昨日、ナチに会ったって言ったよね?」
「でも……別人だって」
「うん。今、その偽者を探してるんだ。だから情報を教えてくれないかな?」
女子はもごもごと俯き加減で話しだす。
聞き取れないよ。しっかり話して。言いたい言葉を飲み込んで、耳を澄ませる。
「ここから図書室に続く廊下の、婦人三人の絵画が描かれた曲がり角です。サハラさんは図書室の方から来ました」
「そう、ありがとう」
大広間を出て廊下を走る。
息をする度に発生する煙が頬にかかるのが分かった。
でも、これくらいの冷さはどうって事無い。
婦人三人の絵画を見つけて足を止める。
少し上がった息。
深呼吸をするつもりで空気を沢山吸い込むと、空気が乾燥していて、しかも冷たくて肺が痛んだ。
思わず咳き込んで、壁に背を預ける。
『まぁまぁ、名誉あるトム・リドル君だわ』
絵画の三人女性の中で、末っ子がクスクスと笑いながら言った。
「何ですか、その呼び方」
『トロフィーよ。素敵ね。悪い人を捕まえたのでしょう?』
長女が言う。
次女は頷いて、口元に手を当てて品良く笑った。
『息を切らせて此処まで来て、どうなさったの?』
長女が問うてくる。
「三人に、お尋ねしたい事があって」
『まぁ、何かしら。何でもお聞きになって』
僕は辺りを確かめる。
人はいない。
それでも声を潜めてしまうのは、声が良く響く空間だからだろうか。
「昨日、ナチを見ましたか?」
『ナチ?ナチ・サハラ君?』
「そうです」
『見ていないわね』
「……見てない?」
どういう事だ?
ここは一直線の通路で、隠れられる場所も無い。
まさか全部が全部、あの子の絵空事?
あの子はナチとは会っていないし、ナチに『穢れた血』だとも言われてもいない?
「リドル、こんな所に薄着でどうしたの」
突然かけられた、飄々とした声。
驚いてそちらを見れば、ナチが居た。
一日姿を消していたナチが、何事も無かったかのように今目の前に居る。
「寒いでしょ、はい」
自分のマフラーを外したナチは、勝手にマフラーを巻いてこようとするから、その手を振り払る。
拒絶されると思っていなかったのだろうナチは驚いたようにポカンとした。
ナチの手首を掴んで、引っ張る。
「え、ちょ、リドル」
使われていない教室に入って、ナチと向き合う。
ナチは入り口を閉めて、本当に訳が分からないというように、どうしたの?と問うてきた。
その仕草が、その声が、今は癪に障って。
気が付けば、感情のままに胸元を掴んでいた。
ナチは壁に背中を打ち付けて、眉間に皺を寄せて小さく呻く。
天窓から射し込む光が舞い上がった埃にあたって、キラキラ輝く。
埃ですら光の下では綺麗になれるのに、僕は何でこんなにも苛々しているのだろう。
これも全部、ナチが関わるからだ。
「今まで何してたのさ!」
「掃除を」
「掃除してる奴が何で図書室の方から出て来るんだよ!」
「木は森に、本は図書館に、でしょ?」
「ふざけるな!」
「ふざけてないよ」
「君がフラフラしているせいで、こっちは問題が絶えないんだよ!」
「こっち……?」
ナチが僕を見る。
その瞳は、いつもと変わらず落ち着いていて。
取り乱している僕が馬鹿みたいじゃないか。
「ねぇリドル、何があったの?」
落ち着いた声。
まるで胸に溜めている不安な事を話してごらん、と言われているみたいで嫌だ。
君は僕の兄でも父でもない、友人だ。
だから、兄貴面するな。
「ナチ」
胸元を掴んでいた手を放す。
ナチは悪くない……とは言えない。
姿を消してばかりいるからアリバイが成立しないのだ。
だから変な容疑がかけられる。
姿を消すのも、大概にしなよ。
「掃除、手伝うから」
「え?」
ナチは素っ頓狂な声を上げた。
「だから、あまり姿を消すのは止めなよ」
ナチを見る。
心臓が、どくりと脈打った。
何で。
何でそんな、酷く悲しそうな顔をしているのさ。
今まで、こんな表情見た事ない。
何でそんな顔をするの。
僕は善意から手伝いを申し出たのに。
何で君が、傷付いているのさ。
「リドル、今日は、自分でやりたいんだ」
歯切れの悪い言葉。
何でそんな表情で、そんな事を言うのさ。
止めてよ。
何も言えなくなるじゃないか。
「大丈夫、掃除はもうすぐ終わるから」
大丈夫という言葉で誤魔化されたのだと分かる。
なんて都合の良い言葉なのだろう。
何が大丈夫かも分からない、不明瞭で不確かな言葉なのに、大丈夫だよと言っていつもの笑い方をされたら、何も言えなくなるじゃないか。
その態度に、壁を感じてしまった。
僕とナチの間には壁がある。
ナチは僕に何か隠している。
「ありがとうね。じゃあ、また、夜に」
「……」
ナチは教室を出ていった。
息を吐く。
息はもう白くならなかった。
なのに身体が寒くて、仕方がない。
キラキラ光る埃が、まとわりつくみたいで、不愉快だった。
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