ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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部屋に戻れば、ご機嫌そうなサラザールの笑い声。
リドルの洞察力の良さに、流石我が血筋、とでも思っているのかね。
それにしても、やはり脳髄に響く声は気持ち悪い。
眩暈がして頭を押さえながら近くの壁に背を預ける。
何でこんな拷問紛いを受けなくてはいけないのか。
暗転していた視界が少しずつ色を取り戻して、ぼやけた時計を見ればそろそろ薬が切れる時間。
「紅い瞳は綺麗ではあるんだけどね」
『私の象徴なのだから、綺麗で当たり前だ』
「凄い自信」
頭に響く鈍痛に耐えきれずベッドに倒れこんで笑ってやれば、サラザールはつまらなそうな反応。
実に人間味がある。
こういう人、好きなのだけどね。
ベッドに横になって天井を見上げる。
石造りのスリザリンはどうにも涼しげで、冬にはあまり向いていない。
確か蛇は陽射し受けて身体温めないと動けない変温動物だったはずだ。
シンボルが蛇なのに、どうして薄暗くて寒い地下にしたのかね。
ベッドから起き上がって薬の入った瓶をポケットに忍ばせて透明マントを羽織ると、サラザールはおや、と声を出した。
『出かけるのか』
「部屋に籠もっていても、時間の無駄だからね」
タイムリミットは刻一刻と迫っているのだから、一分一秒たりとも無駄にする訳にはいかない。
扉に耳をあてて足音が無いのを確認してから、部屋を出て鍵を締める。
今は冬休みで人が少ないから、扉の開閉を目撃される率も自然と低くなって有り難い。
談話室には下級生や上級生。
ダーツで遊んでいて、笑い声が響く。
それを羨ましいと思ってしまうのは、嫉みからだろうか。
そんな考えをして歩みを止めていた自分を嗤う。
くだらない感傷だ。
早々に寮を出て図書室へ向かう道を歩いていると、建物内であってもやはり寒くて息が白くなった。
禁書がある場所へ入って、本を選ぶ。
何か知識を得られたら。
懇願するような気持ちで、本を開いた。
夕焼けがもう沈むという時間。
時計を見れば、夕飯の時間だった。
しかし、それが何だと言うのだろう。
教師はハグリッドを犯人だと思い込んでいるから、僕はすでにノーマークだ。
夕食の席に居なくても何も問題にはならない。
生徒はまだ僕を疑っているけれど、それも今日で終わりだ。
明日の朝刊にでも、ハグリッドが犯人だという記事が掲載されるだろう。
学校側は隠し通そうとしているけれど、日々何事もなくネタに困っている記者達が、学生が裁判にかけられている事を嗅ぎ付けないわけがないのだ。
記者はネタにありつけるならば人権侵害も真実を明らかにするという名目を掲げて行うし、一度掴んだネタには噛み付いたら離れない。
スキャンダルを求めた記者達が式典に来ては嗅ぎ回っているし、知人が厳しい追求によって人生を潰されたのを見ていたからよく知っている。
無実の罪を着せられてハグリッドを可哀想だと思うが、罪悪感はあまり無い。
ハグリッドを犠牲にしても護りたいものが僕にはあるのだ。
だから取捨選択をさせてもらった。
誰とでも問題の無い付き合いを出来たら取捨選択なんてしなくていいし、それに越した事はないけれど、それが出来ない今は仕方ないのだ。
自分に対する言い訳をしている自身にやはり嗤うしかない。
ハグリッドに濡れ衣を着せた事によって与えられた時間を無駄にしない為にも、僕は僕に出来る事をしなくては。
部屋に戻る最中、角を曲がったところでダンブルドア先生を見かけた。
憔悴しきった姿。
ハグリッドはグリフィンドールの生徒だから、ダンブルドア先生も裁判に呼ばれたのだろう。
本当ならば僕が被告人として裁判に出て、スラグホーン先生が裁判所に呼ばれるはずなのに。
そう思うと、胸が燻った。
今更、罪悪感?
そんなの、ふざけている。
罪悪感を持ったところで僕は犯人だと名乗り出るつもりが毛頭無いのだから、感じるだけ無駄だ。
こんな感情に足を引っ張られでもしてみろ、本末転倒も良いところだ。
『何を躊躇している』
歩みを止めてダンブルドア先生を見ていた僕に、サラザールが問い掛けてくる。
声を出せばダンブルドア先生に気付かれるから話してはいけない。
この状況を分かっているのか分かっていないのか、サラザールは躾が必要だと言った。
「っ……!」
途端に右腕を裂かれるような痛み。
思わず上げそうになった声は唇を噛んで堪えるけれど、見えなくなった視界と脳味噌が握り潰された感覚に身体が傾いたのか、壁にぶつかった。
視界が戻らないまま、記憶と壁を頼りにダンブルドア先生から隠れる場所に移動する。
「誰かおるのか」
その声に、頭が冴える。
コツ、と足音がして心臓がどくりと大きく脈を打った。
『見つかるぞ』
せせら笑う声に、誰のせいだと怒りをぶつけたくなったが今はそれどころではない。
小瓶を出して、薬を飲む。
不味い不味いと思っていたそれの味も今は感じない。
味覚とか痛覚とか、そういったものが一切無くなって全神経が近付く存在に集中しているようだ。
身体の中身が変わる感覚。
急いで透明マントを丸めて、ただの布のようにして脇に抱える。
コツ、コツ、と近付く足音。
その音が接近するにつれて視界はクリアになるけれど、脈が早鐘を打ち始めて背中に冷や汗が浮かぶ。
壁に背を預けて、立ち上がる。
もう逃げられはしない。
「ナチ」
僕が隠れた通路に姿を現したダンブルドア先生は、いつもの柔和な表情を浮かべた。
「此処で何をしておるのかな?」
「散歩を」
咄嗟に出た言葉はダンブルドア先生に訊ねられたらボロが出そうなものだった。
すぐに頭を働かせて、論理的に理由を固める言葉を探す。
「記憶に焼き付けて起きたかったんです。31日を過ぎたら、もう二度と入れない学舎ですから」
ダンブルドア先生は穏やかな表情の中、悲しみに染まった瞳を僕に向けた。
人に同情を向けられるなんて反吐が出るけれど、今は使えるものがあれば親の権力でさえ僕は使おう。
「ナチ」
「はい」
「本当は、帰りたくないのじゃろう?」
笑ってしまう。
今更だ。
今更そんな事を言われても、帰ると決まった今はどうしようも出来ない。
「先生、僕はもう決めたんです、帰るって」
ダンブルドア先生は腑に落ちないと言いたげだったが、これは僕の家の問題だから口を閉じるしかないだろう。
そうか、と残念そうに言われるけれど、僕の笑顔は崩れない。
「時に、ナチ」
「はい」
「ハグリッドが犯人だと思うておるのか」
「先生には申し訳ありませんが、そうだと考えていますし、生半可な気持ちでハグリッドを告発したのではありません。確信があったから僕はハグリッドに杖を向けたんです」
ハグリッドを捕らえた僕にハグリッドが犯人かと聞いたところで、答えは一つしかない。
それなのに、こんな問い掛けをする理由は何だ?
何を探っている?
「右腕の傷を、見せてくれないかね」
包帯の巻かれた右腕。
上腕には幾重にも外敵の侵入を防ぐブレスレットを着けている。
そして包帯の下には、サラザールの悪趣味な印が付けられているのだから、見せられる訳が無い。
「ナチ」
けれど、回避する言葉が見つからない。
傷は見られたくない。そんな事を言うのは不自然だ。
どうすれば良い?
どうしたら良い?
覚悟を決めて、腕を出す。
傷は肘より下にあるし、今は冬だからセーターも着ていて上腕まで服は上がらないからブレスレットが見られることは無い。
サラザールの烙印に関しては、何とでも言える。
こちらが感じている恐怖を悟られないように、突然傷を見たいと言われて当惑している生徒を演じる事に力を注ぐ。
ダンブルドア先生が包帯をゆっくりとした動作で解いてゆく。
出来る事なら今すぐ腕を引っ込めて、逃げ出したい。
けれど、逃げて何になる?
怪しいと思わせるだけではないか。
そろそろサラザールが施した烙印が現われるだろう場所まで包帯が解かれて、覚悟を決める。
今まで大人も友人も散々騙してきた僕だ。
大丈夫、上手く誤魔化せる。
例えダンブルドア先生が相手であっても誤魔化して、丸め込まなければいけない。
そう、出来る出来ないではない。やらなければいけないのだ。
覚悟を決めた僕の心に、一瞬サラザールの笑い声が聞こえた。
「……!」
「どうしたのかね?」
「いえ、何でもありません」
些細な動作であれ、僕が驚いた事に気付いたのだろうダンブルドア先生。
流石、抜け目が無い。
包帯の下、見えるはずの烙印が見えないままに傷口が現われた。
「痛いかね」
「……昨日ほどでは、ありません」
すべて解かれた包帯。
昨日は確かにあったドクロマークの烙印が姿を消していた。
どういう事か、理解出来ない。
あれはすべて夢だったとでも言うのか?
そんなはず、無いだろう?
「治癒魔法を使おう」
「それには及びません。これくらいの傷、自然治癒で治りますから」
今傷を癒されて包帯が巻けなくなったら、またサラザールに烙印を押された時に服だけで隠さないといけなくなる。
それは少し心細い。
包帯を受け取って、巻き直す。
ダンブルドア先生は黙って僕を見ていた。
「そろそろ寮に戻ります」
「そうじゃな、それが良かろうて」
「それでは、ダンブルドア先生」
軽く頭を下げて、ダンブルドア先生に背を向ける。
「ナチ」
もう離れられると安堵したのに、呼び止められる。
笑顔をすぐに貼り直して、振り返れば、半月型のメガネの奥でまっすぐな目が僕を見据えていた。
「何ですか?」
「心配じゃよ」
「……何がですか?」
問えば、コツリと一歩、近付いてきた。
それに畏怖するのは、相手がダンブルドア先生だからだろう。
他の先生ならば考えるよりも先に口からでまかせを言えるのに、ダンブルドア先生は僕の嘘を見透かしそうだから言えない。
その瞳が僕の本当の姿を映しだしそうで、怖い。
「ナチ、君は勇猛果敢じゃ。とても」
その言葉に、思わず笑う。
「僕はスリザリン寮ですよ」
勇猛果敢な者が集うのはグリフィンドールの寮だ。
僕は狡賢い者が集まるスリザリン寮にいる。
「組み分け帽子が間違えることもある。サハラ家の者は全員スリザリン寮であったからのう」
「僕は、スリザリンで良かったと思っていますよ」
大切な友人に出会えた。
だから僕は、スリザリン寮である事を後悔していない。
それに、罪の無い人に罪を被せた僕が狡賢くないと言ったら、それは大嘘だ。
純血で、狡賢い。
スリザリンに入る為に産まれたようなものだよ。
「しかしワシには今、君が一人で勇猛果敢に挑み、総てを背負い込もうとしているように見える」
僕が何に挑んでいると言いたいのだろう。
サラザールの事だろうか。
そんなはずはない。
だって僕はサラザールの事に一切触れていないのだから。
では、何に対して?
人より早く卒業する事?
それは無い。挑むというところが当てはまらない。
親との対立の事?
僕が純血主義ではないところからして、親と対立している事は誰の目から見ても明白だ。純血主義の者達と対立するという事なら、挑むに当てはまる。
僕は犯人ではないと喚き散らさず、耐える姿勢でいる事?
それでいて真犯人を探す姿勢を見せたのだから、挑むには当てはまる。けれど、一応これはハグリッドが真犯人で終焉を迎えたのだから、現在進行形はおかしい。
それとも別の何か?
もしくは、それらの総て?
分からないけれど、何に対しても僕の答えはただ一つだ。
「そんな事はありませんよ、先生」
笑顔で返す。
自分で撒いた種だ、自分で処理するのは当然の事だろう。
「それではまた」
お辞儀をして、ダンブルドア先生に背を向ける。
残された日は、四日。
片手に収まる日数で、僕は何が出来るのだろう。
サラザールがクツクツと笑った。
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