ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
●
その日、僕の目覚めといえば最悪だった。
昨日の夕食の席にナチが居なくて、他の寮生ならまだしもスリザリンの奴までナチが犯人だと確信を持って言い出したのだ。
周りが『ナチと一番仲が良いのはトムだ』と思っているせいで、僕が事の真相、つまりナチが犯人だと知っているのだろうと高を括って問うてくる。
勿論僕は知らないしナチは犯人ではないの一点張りだけれども、流石に食事の席に姿を出さないのは問題だ。
しかも、僕に何も言わずに。
およそ部屋のパートナーが戻ってくるからと、部屋の細々した物まで片付けているのだろうけれど、そうならそうと言ってくれなければこちらも迷惑だ。
ナチは何処に居るのかと訊かれても答えられないし、否、そもそもナチの行動範囲全部を僕が把握しているというのもおかしいのだろうけれど。
ともかく、昨日は最悪の気分でベッドに横になって、眠れないのに目を閉じていたから余計に不愉快だった。
しかも今日は今日で、部屋のパートナーに叩き起こされるし。
「起きてってば!」
「煩いなぁ眠らせてよ」
掛け布団を剥がそうとするから、引っ張って壁のほうを向く。
頼むから眠らせてくれ。眠いんだよ。
「新聞に真犯人が載ってるんだよ!?」
パートナーは僕の顔にカサカサの安っぽい紙を押しつけてきた。
欝陶しい。
でも、今何て言った?
顔に押しつけられた新聞を奪って、一面記事を見る。
そこには、ハグリッドの写真と『殺人』の文字。
「これで皆、ナチ君が無実だって納得するね!」
嬉しそうな声。
僕はパジャマのまま、スリッパを履いて部屋を出た。
階段を駆け上がってナチの部屋へ向かうと、既にナチの部屋の前には数人居て、ナチはその人達と談笑していた。
ナチは不意にこちらを向いて、少し驚いた様子を見せてからいつもの調子で口元を弛ませた。
「おはよう、リドル」
「あっれ、トム。パジャマ姿かよ、だらしねぇなぁ」
「髪も跳ねてるぜ」
周りの奴らが笑う。
ナチは階段を数段下りて僕の前に来ると、手に握ったままの新聞を見た。
「ああ、リドルもそれで来たの?」
「ハグリッドが犯人って載ってた」
「僕に知らせようと思って来てくれたんだね。でも残念、今さっき教えてもらったところだよ」
ナチの後ろにいる男達に視線を向ければ、誰もが新聞を握っていた。
「まず部屋に戻ろうか、リドル。パジャマ姿で部屋から出るのは、あまり褒められた事じゃないからね」
髪も跳ねてるし、とナチは笑って僕の髪を摘む。
今更だけれど、周りが普段着の中でパジャマ姿なのはみっともなくて、恥ずかしくなった。
それにこれも今更だけれど、寒い。
「部屋に戻るよ」
「うん。朝食の席でね」
部屋に戻るとパートナーはもう居なかった。
新聞をベッドに投げる。
パジャマを脱いでベッドに投げようとして、新聞の中で動く写真が目についた。
新聞の大きな見出しには、ホグワーツであった殺人事件の犯人と書かれている。
中身を読むと、ある事と無い事が入り交じっていてまるで草稿だ。
校長は僕とナチにハグリッド逮捕の事は誰にも言わないでくれと言っていたけれど、どこからか嗅ぎ付けられたのだろう。
裁判をやるのだから、隠しきれるはずもないのだけれど。
でも、おかげでナチへの疑いは皆の中から消えるだろう。
この記事が周りに大きな影響を与えるのは確実だ。
裁判はハグリッドの『俺のペット(正式には、友達と発言したらしい)は人殺しなんかしない』という発言の一点張りでろくに進まなかったようだが、記者は巨大蜘蛛を飼う時点でアウトだと書いている。
ダンブルドアが擁護する発言をしているが、ハグリッドが危険動物を持ち込んだ事、危険動物が人を殺した事は確実として、ハグリッドは退学を免れないらしい。
元から危険動物を学校に持ち込んでいた時点で退学になるだろうから、罪悪感はない。
もし刑が懲役にでもなれば、流石に罪の意識を感じるだろうけれど。
着替えの最中で薄着だったから、背中を悪寒が走る。
服を着込んで部屋を出た。
談話室にはもう誰も居なくて、時計を見たら起きてから結構な時間が経っていて、新聞と長い間睨めっこしていたのだと気付く。
寮を出て、足早に朝食の場に向かった。
「遅かったね」
そう言ったナチは、はい、とティーカップを渡してきた。
少し早足で来た僕の喉はカラカラで、レモンティーを一気に飲む。
「落ち着いた?」
「元から落ち着いてるよ」
ナチの隣に腰掛けるとナチは二杯目のレモンティーを用意して、僕の前に置いた。
ナチは周りと談笑していて、いつもと変わらない様子。
周りの寮生も、昨日までのナチを犯人だと言い張る奴とナチを擁護する奴の対立が無くなっていて嘘みたいに静かだ。
ナチがマートルを殺したという替え歌も、今では一切聞こえない。
平穏を取り戻したホグワーツは少し薄気味悪い。
そう感じるのは、ナチをチラチラ見てはコソコソ話す奴が多いからだろう。
きっとナチを疑った事に対する後ろめたさが、ナチに視線が集まる理由だ。
まるで晒し者みたいだ。
今までナチの友達面していた奴もナチを疑っていたから、それをナチが知っているかどうかを推し量っているのだろう。
もし知らなければ今まで通りの友好関係を。もし知っていたら謝罪して友達に戻ろうとするか、このまま知人でいるか。
どちらにしろ、最低な奴らだ。
「リドル、眉間」
「は?」
「眉間に皺が寄ってるよ」
ナチは僕の眉間を伸ばそうとしてきて、その手を退かすと「眉間に皺が固定する」だの何だのと煩くなった。
何なのさ。
僕の眉間に皺が寄ろうが何だろうが、関係ないだろ。
「何に苛々してるのかな?」
「ナチには関係ない事だね」
「リドルは難しい年頃だねぇ」
「同い年だけど?」
「挙げ足とらない」
「正論を言っただけだよ」
「それを挙げ足とりって言うんだよ、リドル」
ナチはティーカップを傾ける。
うっすらと香る匂いに、ナチが飲んだのはアップルティーだろうと分かった。
僕が朝食を食べ終わるのと、ナチも紅茶を飲み干すのは殆ど同じだった。
「寮に戻ろうか」
「珍しい。ナチの事だから外で遊ぼうって言いだすかと思ってた」
「この天候で?」
ナチは窓の向こうを見る。
僕もそちらを見れば、そこは真っ白で、大粒の雪が横に流れていた。
「さっきまでは静かに降っていたんだけどね」
ナチは困ったように笑って、残念、と言った。
その口調から、遊ぶ予定だったのかと言おうとして止める。
大広間から出て窓の外を見るとやっぱり大荒れで、廊下は寒いから大股で寮に戻る。
寮に戻っても寮が地下だから寒いのには変わらないのだけれど、雪を見て視覚的に寒くなるよりもは幾分マシだ。
寮に戻るとナチは談話室をするりと抜けて、自分の部屋へ行くつもりなのだろう、男子寮の奥へ消えた。
寮の人達はナチが無罪だということを祝うつもりだったのだろうけれど、まるで黒猫みたいにすぐに姿を消したナチに困惑した表情を浮かべている。
「トム、やっぱりサハラ怒ってるか?」
一人が口火を切る。
ナチは周りが疑っていた事に気付いていて、それで今日になって掌を返してきたから怒っているのだと言いたいらしい。
ナチはそんなに子供ではないよ。
「怒ってはいないと思うけど、何か部屋に取りに行ったんじゃない?」
僕の予想は見事的中して、ナチは変わらない格好で戻ってきた。
「あれ?皆どうしたの?」
ナチはさっきここを通った時に壁に掛けられた垂れ幕に気付いていなかったらしくて、間抜けな声を出した。
「お前の身の潔白が確実になったお祝いだよ!」
「え?」
ナチが僕を見る。
僕はナチの背を押して、舞台に立たせた。
ここにいる人の大半は君の無実を信じていて、それが公衆にも伝わった事を喜んでいるのだから、少しはこの空気に溶け込まないと怪しまれるだろう?
ナチは真犯人ではない。
これを真実にする為には、ここで喜んでみせないと駄目だ。
ナチは笑って、誰かが渡したグラスを持つ。
その動作は自然で、やっぱりナチは凄いと思い知らされる。
「皆、ありがとう。挫けずにこうしていられたのは、皆のおかげだよ」
「今更だぞ、ナチ」
「ナチ、お疲れさま!」
「漸く嫌な歌が無くなったからな」
周りが騒ぐので、ナチは笑った。
「では、無実確定を祝って!」
ナチはグラスを高々と掲げる。
周りはそれに従って、グラスを高く上げた。
- 29 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -