ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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夕食の席に現れたナチを他の寮生は好奇の目で見ていた。
ナチはずっと広間に姿を現さなかったから、疑われるのも仕方ないと云えば仕方ないか。
それに、完璧に思われている人間の良くない噂だ。ずっとナチを邪魔だと思っていた奴等や、ゴシップ好きの奴等がはしゃぐのは止められない。
周りにいるナチの仲間はナチに気にするなと言って、ナチは自分を気遣う人に有難うと笑みを浮かべる。
本当、味方には優しいよね君。
ナチは周りの馬鹿騒ぎや興味本位に投げられる目線を全く気にした様子もなく、食事をいつも通りにしている。
「リドルまたあんまり食べてないね。身体に良くないよ?」
「僕は良いんだよこれで」
「良くないでしょ。身体を大切にしないと」
「煩いな」
本当にいつも通り過ぎて、僕もそのペースに飲まれる。
でも、今はそれに救われる。
ナチにすべてを押しつけようとした自分が嫌で、それを忘れられる喋りが今はちょうど良い。
食事を終えてもその場に残って皆でくだらない話をしていると、先生が少しばかり険しい表情を浮かべて近付いてきた。
「そろそろ寮に戻りなさい」
先生の表情から死者が出た事への軽快なのだと誰もが察したのだろっ、誰も先生には反論をせず、揃って席を立つ。
「後何日で年が変わるんだっけ?」
仲間の一人が言って、ナチは指を折って数えた。
いちいち指折らなくても分かるだろうに。
「今日が26だから27 28 29 30 31……後5日だよ」
「じゃあ9日経ったら帰宅組が戻ってくるんだな」
「そういう事だね」
ナチは伸びをして、戻ってこなくて良い人もいるんだけどねぇ。と言った。
本当に君は部屋のパートナーが嫌いだよね。
周りも同意してるし。
寮に着いて、談話室に残る組と部屋に戻る組に分かれる。
勿論僕とナチは部屋に戻る組だ。
階段を上っていると、ナチは僕を見た。
ナチの方が先に上ったから、どうしても見下ろされるかたちになる。
見下ろされて、僕の抱えた後ろめたさを見ぬかれそうで慌てて言葉を繕った。
「部屋は綺麗になったの?」
掃除すると言っていた言葉を思い出したのか、考えるより先に出てくる言葉はなんとも平和なものだった。
「部屋に来る?僕は寝るつもりだけど」
そういえばナチは寝てないのだった。
否、知らない内に寝ていたのかもしれないけど。
「良いよ、今日は」
「……」
ナチはその台詞に眉根を寄せて、訝しげな顔。
手招きされて、僕の部屋を通り過ぎて階段を上る。
入る部屋はナチの部屋。
部屋に変化は見られないけど、よく見れば本棚の本が教科書にすり変わっていた。
飾ってあった本が何かを知らなくてはこの変化には気付かない。
「リドル」
「何?」
「何かあった?夕飯の時から元気ないでしょ」
「何もないよ別に」
言えるはずがない。
本人相手に、全部ナチの責任だと思ったなんて言えない。
そんな最低な姿、見せたくない。
「……リドルが言いたくないなら良いけど」
ナチは机の上の紙を見て、それを手に持った。
「ナチ」
「ん?」
紙を見たまま少し考える様に口に手をやるナチ。
少ししてからクッと笑って紙を折り曲げて小さくし、机の一番上の引き出しに入れた。
「今の紙は何?」
「別に何も」
ナチは時計を見て、それから僕を見た。
「僕はそろそろ寝るから、リドルも部屋に戻りな」
そう言ってもう一度伸びをするナチ。
何だろう、おかしな気配。
ナチの動作に乱雑さが見える。
いつもは何に対してもそんな雑な姿を見せないから違和感を感じたのだ。
では、それはいつから?この態度はいつからだった?
「さっきの紙、見せて」
「リドル?」
ナチは僕を訝しげに見る。
僕らしくないって言いたいのだろうね、自分でもそう思うよ。
干渉するのもされるのも嫌うのが僕なのに、今は違うのだから、自分にも違和感を感じるよ。
でもね、ナチは共犯者のくせしてあの出来事に関わりがある事を隠しそうだから、干渉しなくてはならないし、少しの異変も見逃してはならないのだ。
ナチが隠すのを許したら、共犯ではなくなる。
本当にナチだけが悪いのだという事にしてしまうから、今回ばかりは譲らない。
勝手に机の引き出しを開ければ、ナチは何かを言おうとしてやめた。
ナチは僕が退かないのを理解したらしい。
紙を見ると差出人は校長で、内容は今から10分後に寮の前に迎えに来るから校長室であの事件の日の事を詳しく訊かせてくれという内容。
頭の中がカッと赤くなるのに時間はかからなかった。
「一人で隠れて行くつもりだったわけ!?何でそうやって何でも一人でやろうとするのさ!」
怒りよりも悔しさが強い。
何ですべて自分でやるのさ!
僕も共犯のはずなのに、その僕にこの事を隠すつもりだったわけ!?
馬鹿にするのも大概にしなよ!
「黙って行こうとしたのは悪いと思うけど、リドルは呼ばれてないんだから行けないんだよ。だったら知らない方が気が楽でしょ?」
知らなければそりゃ楽だよ。
無知ほど楽な事はないさ。
でもね、そうやって何でも一人でこなされた後に結果だけ告げられた時の気持ちが君に分かるわけ?
自分の無力さに、無知さに、何も出来ずに足手纏いな自分にどれだけ嫌気がさすのか分かるわけ!?
もう嫌なんだよ!
日記を落とした時みたいに全部君に頼りっぱなしなのは!
「僕も行く」
「無理だよリドル」
「透明マントがあるだろ。それを身につければ気付かれないよ」
「校長室に入るのに?無理だね」
ナチはきっぱりと言った。
まるで校長室を知っている様な口振り。
校長室に入った事があるの?
「ナチがなんて言おうと僕は行く。勝手について行くよ」
我儘だとか身勝手だとか思われたってかまわない。
今は退かない。
今退いたら僕は一生後悔するから、絶対についていく。
ナチは何か言おうとして、僕の考えが伝わったのだろう、溜息を吐いた。
「諦める気は無いんだね」
「当たり前だよ」
ナチはベッドの下から鞄を引っ張り出して、鍵を開けて中から透明マントを出す。
受け取ると、ナチはもう一つ小さな物を渡してきた。
「何?これ」
小さな球体。
「耳に入れて」
ナチは掌に何かをつけていた。
耳に入れると、変な音が聞こえた。
「掌、見てごらん」
ナチは左手を僕に見せてくる。
何も変わりはない掌。
ナチは笑った。
「僕の発明品。掌につけていたのがマイクで、マイクが捕らえた音は今リドルが耳につけたイヤホンから聞こえるんだよ」
「……売り物になりそうだね」
ナチは口の端だけ上げて笑みを浮かべた。
「こんなの売りに出したらプライバシーも何も無くなっちゃうよ。だから使うのは今日だけ」
ナチは僕の掌にもマイクをつけるように言って、自分の耳にイヤホンを入れている。
互いにつければ会話も出来るのか。
時計を見て、そろそろかなとナチは言った。
「これは一定の距離以上離れたら声がキャッチ出来なくなるからそのつもりでよろしく。後、場合によっては握り潰してマイク壊すから」
「壊す必要があるの?」
「気付かれて回収されてどんなものなのか、何に使う目的だったか調べられると厄介だろうし、だったら回収される前に壊した方が良いでしょ?後は、聞かれたくない時とか」
「前半は分かったけど、聞かれたくない内容って?」
「聞かれたくないって言ってる事について話せって言われてもねぇ」
ナチは苦笑して、行こうと言った。
聞かれたくない事だから話す気はないという事か。
僕は最初から透明マントを羽織る。
ナチが姿勢良く歩くのはいつもの事だけれど、今も変わらずにいつも通りでいるナチを凄いと思った。
「おいナチ、どこ行くんだよ。夜に出かけんなよ、危ねぇぞ」
「心配有り難う。でも大丈夫だよ」
ナチは笑って、心配する仲間に手を振って寮から出た。
「ナチ」
すぐ近くにいる校長が声をかけてくる。
ナチは笑みを浮かべて、校長の方に向かった。
「周りの人に心配させたようじゃな。儂といると言えばよいのに」
「僕は今、他の寮から今回の殺人事件の犯人じゃないかって疑われているんですよ。そんな時に校長に呼び出されたと知れたら、寮の仲間にまで疑われてしまいますから」
たぶんナチの本心だろう。
笑って言っているけど、内心腹が立っているのかもしれない。
「あぁ、そうじゃな。済まんな、次は昼に呼ぶとしよう」
「そうして下さい」
二人の後をついて行く僕。
ナチは校長室に繋がる階段の前で、校長が階段の方を見ている隙に一瞬僕を見た。
ここに居ろと言いたいのだろう。
校長室に入らなくていい様にナチが開発したアイテムをつけているのだから、言われなくても入らないよ。
重たい音を出しながら石が回転して、螺旋階段が現れる。そこにナチと校長が入っていくと、また階段は回転してただの石になってしまった。
側の壁に背を預けて、しゃがむ。廊下はひどく寒い。
『座ってくれ』
『どうも』
イヤホンから声が聞こえて、校長室での会話は僕の耳に筒抜けになる。
『ダンブルドアから聞いた話じゃが、ナチはあそこに向かう人影を見たのだな?』
『はい』
『どんな姿か覚えておるか?』
『いいえ。遠目ですから、ただ人が居るとしか』
『そうか……』
校長の溜息まで聞こえる。感度の良いマイクだ。
『先生、それは?』
『現場に落ちていた日記帳じゃ』
寒さに静かになっていた心臓がどくりと大きく脈打った。
日記帳が校長室にあるの?
まさか中身がバレたりしてはいないだろうな。
校長にまで調べられたら、流石に中身を隠し通せないかもしれない。
『何か手がかりにならないかと調べたが、文字を書いても消えるという事しか分かっとらん』
『文字が消えるんですか?』
『そうじゃ』
ナチは興味を持ったような声を出す。
声しか聞こえないけれど、ナチが興味津々に日記帳を見ている姿が容易に想像出来た。
ナチはどうしてこうも普通通りでいられるのだろう。
僕であっても、こんなに自然に話は出来ない。
気になった事は訊いたらしいナチは黙っているようで沈黙が降ってくる。
校長が言う次の言葉を待っているのだろうか。
『この学校も閉鎖せねばならんかもしれん』
校長が溜め息混じりに言う。
『死者が出たからですか?』
『殺した者が見つかっとらん。ナチ、あそこであった事は他言せんでくれんか』
『するつもりも毛頭ありません。それより先生』
『何じゃ?』
『犯人が捕まれば学校は閉鎖しないんですか?』
『そうじゃが、ナチは犯人が誰か知っとるのか?』
『いいえ、そういう訳じゃないです』
『安心してくれて良い、ナチが居るあ……』
会話がブチッという音と共に途切れた。
マイクが握り潰された。
……今のが聞かれたくない会話?
意味が分からない。
何が聞かれたくないっていうのさ。
暫くしてナチが階段から下りてきた。
「リドル、君はもう寮に戻れ」
小さな声でナチはそう言うと、寮とは違う場所へと向かう。
寮に戻れって言われても、この状況で君を一人に出来るわけ無いだろう。
後をついて行くと、ナチには僕が見えていないはずなのにしっかりとこっちを振り返った。
一つ溜め息。
「ついてくるのは自由だけど絶対に姿を見せないでね」
姿を隠しているのにナチはまるで僕が見えているとでもいうかの様に僕をまっすぐに見てくる。
夜の薄明かりの中でも夜目が利く僕は、ナチが笑っているのだと分かった。
ナチは僕に背を向けた後、暗い通路を歩く。
後ろ姿が闇に溶けて、僕は慌てて後を追った。
ナチは迷いなく歩みを進め、一つの扉の前に着いた。
一度深呼吸をするナチ。
ドアノブに手をかけ、一気に扉を開けて中に杖を突きつけた。
中で動く物は暗くて良く見えないけれど、大きいのは確かだ。
ナチは何をする気だ?
「ハグリッド。その箱の中のやつを引き渡してもらうよ」
……ハグリッド?ハグリッドって、グリフィンドールに居る半巨人じゃないか。
何であいつがこんな所に、こんな時間にいるの。
あいつは奇妙な生き物を連れてきては先生に呼び出されている馬鹿ではないか。
「中のやつによって一人死んだんだ。分かるだろう?ハグリッド。中の蜘蛛がどれだけ危険か」
「こいつは何もしてねえ!」
一人死んだ。その言葉で、ナチは中の蜘蛛が女生徒を殺した事に仕立てるつもりなのだと分かる。
「でも事実なんだよ」
ナチは杖を箱に向けて、魔法を唱えて箱を壊す。
すると中から飛び出してきた何か。
「うわっ!」
ナチが右手に飛びついてきた物を振り払い、振り飛ばされた物は床に落ちる。
「させねえっ!」
ハグリッドがナチに掴みかかる。
相手は巨人で、ナチは簡単に持ち上げられた。
ナチが完全に不利だ。
反撃すれば良いのに、ナチは相手に攻撃をしない。
何やってるんだ!
ナチにばかり気を取られていると、蜘蛛が僕が杖を向けるより先に窓から逃げてしまう。
壁に物がぶつかる音。
そちらを見ると、ナチが壁に背をぶつけてしゃがみこんでいる。
ハグリッドによって壁に投げられたのか?
このままじゃ駄目だ、ナチが傷付けられてしまう。
ナチは姿を見せるなと言ったけれど……。
透明マントを窓の外に投げる。
「ハグリッド!動くな!」
動きが止まり、静寂に僕の声だけが響いた。
「リドル……」
ナチが壁にそって起きあがり、僕の方に歩み寄ってくる。
遠くから走る足音。
教師が来ているのか。
「もう杖を下ろしな。ハグリッドには何も出来ない」
右腕を押さえたナチが溜め息混じりに言う。
杖に灯った光が近づいてきて、現れたのはダンブルドア先生と校長と保健医だった。
「これはどういう事じゃ」
「サハラさん!怪我をしているのですか!?」
「これくらい平気です。それよりも……」
ナチがハグリッドを見ると、ハグリッドは怒りを露わにした。
「あいつは何もやってねえ!」
ナチはハグリッドの言葉を無視して、ハグリッドの飼っていた蜘蛛が女生徒の死と関連していると話した。
ハグリッドはずっと違うと騒いだが、模範生と問題児の言う事とあって、ナチの言う嘘を皆鵜呑みにする。
ただしダンブルドア先生はナチの見解を否定したが、校長や他の教師はダンブルドア先生の言う真実を戯れ言として聞く耳を持たなかった。
「ところでトムは何故ここに?」
「……ナチが周りから疑われていて、僕も最近ナチの姿を見ないからナチを疑ってたんです。それで後をついて来て……」
「この現場に出くわしたと」
「はい」
「いつから後をついて来たのかな?」
ダンブルドア先生の質問。
尋問だ。
透明マントの事は言えない。
言えば他の疑いも持たれてしまう。
「ナチが校長室に行くって聞いていたから、ナチが寮を出た後に僕も勝手に抜け出してきました。……済みません」
「それを見ていた人は?」
「いないと思います。今は自由行動が許されてないので」
自由行動が許されない今、勝手な行動をとろうとすれば周りは減点を怖れて止めにくるという意味合いを含むのは使える。
教師は納得し、ナチは右腕を押さえたまま僕を見ていた。
「ナチは怪我をしておるからマダム、見てやってくれ」
「分かりました。サハラさん」
ナチは保健医の所へ行き、僕は校長に呼ばれる。
「少し話したい事がある。ダンブルドア、ハグリッドといてくれんか」
「分かった」
僕は掌に弱く触れる。
ナチから与えられた機械がまだ掌には健在だ。
僕の会話はナチに聞こえている。
ならば別々に尋問される事になっても、ナチはこちらに合わせてくれるだろう。
校長室に入ると、校長は溜め息を吐いた。
席に座る様に言われ、先ほどナチが座っていただろう椅子に座る。
「トムよ」
「はい」
「今日見た事は他言せんでくれんか?」
「どういう事ですか?」
「ハグリッドが飼っていた蜘蛛で女生徒が亡くなったという事を、他言せんでくれ」
学校の名折れだからなのだろう台詞。
僕も言われない方が良い。
僕とナチが相手を捕らえたと知られるとややこしくなりそうだから。
でもここですんなり退くと怪しまれるかもしれない。
「でも、それだとナチが疑われたままじゃないんですか?」
「……噂はいつかおさまる」
「噂がおさまるまでナチが疑われていろという事ですか?」
「……トムよ」
口を閉ざす。
本当は疑われて当然の僕たち。
だけど、ナチは身の潔白を証明する為にハグリッドを捕まえたと周りは捉えるだろう。
ならば僕はそれに便乗した方が良い。
それに僕も、ナチだけが疑われているのは苦しい。
ナチだけ辛い状況に立たせるのは嫌だ。
沈黙は長かった。
30分はあるのではないかとすら思った。
校長は悩んでいる。
僕が退かないと考えたのだろう。
「先生、ナチです」
扉が叩かれる。
校長は安堵の溜め息。
この長い沈黙はナチを待っていたのだと気付く。
「入ってくれ」
入ってきたナチは僕を一瞬だけ見てすぐに視線を戻した。
校長が杖を振ると僕の隣に椅子が現れ、ナチがそこに座る。
右腕の袖の奥から巻かれた包帯に、怪我が大きかった事を知る。
指の所にまで包帯を巻いている。
「ナチよ」
「はい」
「ナチはハグリッドが犯人だと周りにちゃんと言って欲しいか?」
「最初は言って欲しかったんですけど、蜘蛛に逃げられて根源が捕まっていないこの状況で周りが知ればパニックになると思うので、今はそうは思いません。それに僕が普通にしていれば周りも嘘だと分かるだろうと思いますから」
ナチらしい意見だと思えた。
自分は絶対にやってない自信があるから言える最後の台詞。
真実を知っている僕ですらナチはやっていないのだと思わされてしまう。
「トムよ、そういう事でよいか?」
「……ナチが良いなら僕は別に」
ナチは少し訝しげな顔。
何の話だという顔をしているが、僕は敢えて無視をした。
「トム、ナチ、よくぞ捕まえてくれた。感謝してもしきれん。これで学校は閉鎖しなくて済む」
校長は満足そうに笑みを向けてくる。
「そうじゃ、二人の名誉を讃えて、これに名を刻ませてくれんか」
校長が見せてきたのは大きなトロフィー。
これに名前を刻まれるのは、恥ずかしい気がする。
「トム、良いか?」
「え、はい」
嫌とは言えない。
「先生」
「何じゃ?」
「僕の名前は刻まないで下さい」
「何故」
「残る物は嫌なんです」
校長は訝しげな顔をした後、哀れむような表情を見せて分かったと言った。
「先生その代わり」
「何じゃ?」
「日記帳を今晩貸してくれませんか?」
何を言っているんだナチは。
そんなの無理に決まっているだろう。
校長も怪訝な表情。
「何故」
再度の問いに、ナチは肩をすくめた。
「先生方が分からないと云う証拠品が何を示しているのか、僕も調べてみたいという単なる知的好奇心です」
「……ふむ」
校長は悩む。
少しして、校長は日記帳を机の引き出しから出して机の上に置いた。
「ナチが解決した事件じゃ、そのナチに見せんのはおかしいだろう」
「有難うございます」
「こんな事で良いのか?」
「勿論です。明日の朝には返すべきですよね?」
「そうじゃな、ハグリッドの裁判は明日の昼になろう」
「分かりました。明日の朝に返します」
ナチは包帯の巻かれていない左手で日記帳を持つ。
「さて、二人とも寮に戻るんじゃ。疲れたじゃろう?ゆっくり眠ると良い」
「はい、おやすみなさい先生」
ナチと僕は席を立ち、部屋から出る。
口を開こうとすると、目で制された。
ナチは左手に日記帳を持ったまま。
階段を下りナチはまっすぐに元の場所ではなく寮へ進む。
元の場所に戻らなくては透明マントが回収出来ない。
ナチは忘れているのか?
「ナチ」
「何?」
「マン……」
単語を言いきるより先にナチの腕を捕まれて、引っ張られる。
「無理」
耳元で響く声はイライラしていた。
手は放れ、ナチは歩みを進める。
寮に戻りナチの部屋にそのまま入るとナチは日記を机の上に置き、僕が扉を閉める。
「何で姿を見せた」
とびらをしめたしゅんかん、名前を呼ぼうとすれば空を切るような声。
「何でって」
君が危険だったから。
君が怪我をしたから。
だから僕は。
手に力を込める。
拳が、震えそうだ。
「僕は姿を見せるなと言ったはずだ」
「でもナチは怪我をしたじゃないか。あのままだと命すら危険に晒すかもしれなかっただろ」
「この怪我がわざとだったら?」
わざと?
何でわざと怪我をしなくてはいけないのさ。
ナチは真面目な表情で、怒りを抑えたような声で言った。
「蜘蛛で負傷すればあの蜘蛛が人に有害だって分かる。違う?」
「……本当にわざとなの?」
「当然」
「でも蜘蛛は逃げたじゃないか。捕まえるべきだったんじゃないの?」
「蜘蛛を逃がしたのだって犯人が捕まれば犯行の証明が合わずに僕の嘘に気付かれる可能性があるからだ」
「ナチはハグリッドに反撃もしなかった」
「ハグリッドに反撃しなかったのだって、ハグリッドが人を傷付ける行為をすると見せつける為。先生はあれだけ騒げば来ると思ってた」
すべてが計画されていた……?
僕がナチの足を引っ張ったのか?
そんなの……
「リドルが姿を現したからダンブルドア先生が感付いているかもしれない」
「何で」
「言っただろ?リドルが蛇語使いだとダンブルドア先生は気付いてる」
「それで何で分かるのさ」
「リドルが深夜に一人で歩いているのを誰も見ていない。しかも透明マントをあそこに置いてきた。運が悪ければダンブルドア先生に透明マントが見つかるかもしれない。そうしたらリドルが一番に疑われる。勿論僕も例外じゃない」
「なら回収をすれば良かったじゃないか」
「出来ると思ってるの?あそこに誰か先生がいたら、なんで真っ直ぐに帰らず事件現場に寄ったのかと更に怪しまれる上に回収だって出来ない」
僕の意見をすべて土台から崩すナチ。
でも僕は君を守ろうとしただけだ。
第一、そんな計画があるなら先に言ってくれれば良いじゃないか。
言わなければ分からない。
分からないんだ。
ナチは溜息を吐いた。
「台無しだよ、リドル」
頭の中がかっと赤くなる。
助けたのに、僕は善意からやったのに。
そんな事言うなら、最初から言えば良かったんだ。
何もかも一人でやろうとするから、こんな事になるんだ!
「悪かったね!もう二度と君の計画の邪魔はしないよ!!」
ナチを見ているのも嫌で、部屋を跳びだして自室に走る。
頭の中がぐちゃぐちゃする。
悔しい
悔しい
悔しい
僕は悪くない
僕は悪くないんだ!
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