ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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結局眠らずにその日を過ごして、ナチは夜明け前の時間にこんな提案をしてきた。
「外に行かない?」
「嫌だよ、寒い」
とりとめの無い台詞。
眠気は未だ襲ってこず、僕達は寛ぎ状態だ。
「あぁそうか。リドルのコートはあっちの部屋だからねぇ」
僕の部屋にはパートナーが居る。
まだ寝ているだろう時間。
暗い部屋で相手を起こさずに防寒着一式を持ち出すのは面倒だ。
「でも心配いらないよ。リドルには僕のを貸すから」
「行きたくないんだよ。別にいつだって外なんて出れるだろ」
「いやいや、今の時間じゃなくちゃ無理。せっかく起きてるんだから夜明けを見ようよ」
「寒いこの時期に見る物じゃないね」
夜明け前の凍て付く寒さは想像するに難くない。
嫌だとつっぱねれば、ナチは見たい見たいと煩くなる。
……子供か、君は。
どちらかが折れなければならない状況。
ナチが折れる事なんて、無いのだけれど。
溜め息が出てくるよ。
「行けば良いんだろ」
「さすがリドル。良く分かってるね」
良く言うよ、僕が折れなくてはいつまでも煩いだろ。
もう慣れているよ、ナチの我儘に。
ナチは服を手渡して来る。
「リドルは寒がりだからねぇ、ちゃんと暖かい格好しなくちゃ」
コートにマフラー、手袋帽子に耳あて。
しかも耳あては明らかに笑いを取る為にパンダのマーク。
「……無駄金を使い過ぎじゃない?」
「笑いを取る為に使うのは無駄使いじゃないよ。これを無駄使いっていうなら、マジックハンカチとかマジックトランプとか、そういうのを買う方が無駄使いでしょ」
「どっちも無駄使いだよ。何で魔法界でマジックの品を買わないとなのさ」
「マグル界での話。僕は鳩が飛び出すハンカチがあったら買うんだけどねぇ」
「ある筈無いだろ」
「そうだね。はい、リドルはこっち」
いたって普通の耳あてが渡される。
……最初からこっちを出しなよ。
ナチはコートとマフラー、それと手袋という出立ちだった。
「耳あては?」
「僕はそんなに寒がりじゃないよ」
「じゃあ何で持ってるのさ」
「どうしても寒い時につけようかなってね」
だったら僕も耳あてはつけないよ。
つけたら声が聞こえづらいしね。
ナチはマフラーとコートと手袋だけ。
「リドル、耳あてと帽子は?」
「いらない」
「寒くても知らないよ?」
「大丈夫だよ」
多分。
ナチは僕を寒がりだと言うけれど、ナチが暑さ寒さに強いだけだと思う。
僕は普通だ。
「なら良いけど」
そう言いながら毛糸の帽子を手に持つナチ。
部屋から出ると、回りの気温が少し下がった。
寮から出て外に向かうと、息はあっという間に白くなる。
「寒いねぇ」
余裕そうなナチの声に、あまり寒がった様子ではない事に腹が立つ。
本当に僕が寒がりなだけなのだろうか、鼻の先が冷えてジンとする。
階段を上りきって外に出ると、まだ世界は闇だった。
生き物の存在がまるで無い冷え切った闇の世界は、静寂そのもの。
「夜明けまでここにいるつもり?」
息はもう煙みたいだ。
マフラーの隙間から氷の様な風が入ってきて、首をマフラーにうずめる。
ナチは普通に立っていて……寒くないわけ?
「夜明けはもうすぐだよ」
ナチは手に持っていた毛糸の帽子を僕にかぶせてきた。
「ちょっと!」
目深にかぶせられて視界まで覆われる。
ナチの笑い声が聞こえて、何笑ってるのさ!
「リドル寒いんでしょ」
「当たり前だろ。良いから手を退けなよ!帽子が脱げないだろ!」
「はいはい」
そう言って手を退かすナチ。
仕方無いなぁという含みがあって、僕が我儘を言ったみたいじゃないか。
気に入らない。
「あーぁ」
白い煙の溜め息を吐いたナチ。
溜め息なんて珍しいね。
どうしたのさ。
「もうすぐ新年だから部屋を片付けないと……銀行のゴブリンに睨まれるだろうな」
「また金庫に荷物運ぶんだ」
「うん。部屋を綺麗にしようかなってね。全部片付けようと思うわけ」
「全部?」
「新年だからね。透明マント以外は片付けるよ」
ナチにとって新年がどのような意味を持つのかは知らない。
いや、イベントなら何でもかまわずはしゃぐナチだから意味が無くてもこんな事を言い出すのは不思議では無いのか。
本当に君は何でも遊びにするよね、呆れるくらいだよ。
「そこでお願いがあるんだけど、荷物運ぶのを手伝ってくれないかな」
「はあ?嫌だよ」
君の部屋、荷物が多いじゃないか。
収納が上手いから多くは見えないけれど本が多いから重たそうだし、絶対嫌だね。
「冷たいリドル」
泣くふりをするナチを睨めば、ナチは両手をあげて降参のポーズ。
馬鹿をするのも大概にしなよね。
はぁとため息を吐くと、白い煙の様になる。
東の空を見ていると、少しずつ空の濃紺が白に飲み込まれてゆく。
白銀の大地も照らされて、東から白が世界を喰い始めているみたいだ。
大地も空も、すべてが白に侵蝕される。
「綺麗だね」
真っ白に染まりつつある世界。
ナチの言葉に頷くのは無意識の、自然な動作だった。
シンと静まり返った、耳が痛くなる空間。
綺麗と言うよりも、ただ凄いと思えた。
自然が創り出す世界。
人間には不可能だ。
人と自然の絶対的な力の差。
僕らはひどく小さくて弱くて、この世界にはあろうが無かろうが関係ない存在だという気がした。
ただこの人間界を作る、いくらでも代わりがある部品の一つでしかない気がした。
そんな存在の僕の悩みは、この世界からすればちっぽけなのだ。
暫く黙って眺めていると、じきに空は白だけではなく淡い青の色をつけて、空と大地の境目がようやく分かる様になった。
「見て損は無かったでしょ」
「寒かったけどね」
ナチは計画が成功したとでもいうかの様に笑みを浮かべる。
凄いと思った事実は覆せない。
心の中が空っぽになった感覚は事実だ。
仕方無いから、今日は君の計画が成功したのを認めてあげるよ。
忘れていた寒さを思い出し、部屋に戻る事にした。
帽子を深く被らされていたせいで耳は痛くないけど、鼻が痛い。
ナチは帽子を被っていないから耳も赤くなっている。
やっぱり君も寒いんじゃないか。
地下のスリザリン寮まで戻り、部屋に戻るとナチはすぐに部屋を暖めた。
防寒着を脱いで僕はベッドに座る。
ナチは服を片付けていた。
……元気だね。
冷えていた場所が暖められて痒くなってくるこの感覚は好きじゃない。
身体が暖まってくると、頭に靄がかかった様な気分。
「リドル」
「何」
「眠いならここで寝なよ」
「眠くない」
眠いけど寝たくない。
眠りたくない。
夢はその人の記憶や考え、気持ちを表わすものだ。
嫌な夢を見たら僕はどうすれば良い?
あの女生徒が死んだ時の記憶を見させられたらどうすれば良い?
「僕は眠くないから起きてるよ。ほら寝な。うなされたら容赦無く起こすから」
「容赦無いんだ」
「ツッコミはそこか。まぁそんな事は良いから、ね?」
僕の肩を押してベッドに横にしようとするナチ。
抵抗する気も無くて横になると、ナチは毛布や掛け布団をかぶせてくる。
それからナチは椅子をベッドの横に置いた。
横になっていると頭にかかる靄が濃くなる。
「おやすみリドル」
寝たくない。
そう言うつもりだったのに口が動かない。
瞼が重くて目を閉じた。
髪を梳かれる感覚。
好き勝手やられているけれど、文句を言うのも面倒臭い。
ナチが手を握ってくる。
やっぱり撥ね除ける気にはならなかった。
今日くらいは、こういうのも許してあげるよ。
自分と違う体温に子供みたいに安心してしまう。
ナチなら僕がうなされた時に起こしてくれるだろう。
おやすみ、ナチ
海底を歩く様な感覚
闇が身体に纏わりついて思う様に動けない
後ろから何かが迫って来ている様な気がして、僕は必死に前へと足を出す
逃げなくては
逃げなくては
足に闇が絡まってくる
自分の力ではどうしようも出来ない
助けて
助けて
あれは僕が殺したんじゃない
僕のせいじゃない
僕は悪くない
じゃあ誰の?
誰が悪いと?
足が止まる。
あぁ なんて云う事だ
「おはようリドル」
それは僕の名。
そして父のでもある名前。
「……」
「おはよ、リドル」
返事をしないでいるとナチはまた同じ事を言った。
「……おはよう」
ベッドの横にある椅子に腰掛けているナチ。
だらしないくらいに笑みを浮かべていて、人を見ながらその笑いをするのはやめなよ。
起き上がろうとして、はたと気付く。
手が、繋いだまま。
しかも僕が握る形。
慌てて手を離すけれど、最悪だ。
ナチは声を出して笑い始める。
こっちもこっちで恥ずかしいやら笑われて悔しいやらで、腹が立つんだよ!
「そんなに慌てなくて良いのに」
「煩いよ」
「寝顔可愛いのに、眉間の皺が固定しちゃうよ?」
「男が可愛いって言われて嬉しいと思ってるわけ!?」
「じゃあ綺麗」
ああ言えばこう言う。
立板に水状態のナチには何を言っても無駄だ。
黙っていると、ナチは笑った。
「今お昼ちょっと過ぎだね。僕は荷物をつめたりするから、リドルは大広間に行きな」
「ナチは行かないの?」
ダンブルドア先生がまだナチを監視している可能性もある。
なのに人が集まる時に行かないのは疑念を強くさせるだけじゃないだろうか。
「僕が心配?」
口の端を上げて、してやったりという笑顔を見せるナチ。
「心配をしたんじゃない」
「気持ちは受け取っておくよ。ほら行きな」
扱いが気に入らなくてすぐに外に出た。
でもよく考えれば、一昨日は遅くまで雛と遊んでいたのに朝食には起きてきたし、昨日は徹夜だ。
もしかしてナチは寝るつもりなのかもしれない。
いや、寝なくては流石にマズいだろう。
何時間の睡眠で生活してるのだろうか、ナチは。
化け物だよ。
広間についていると周りの奴等が話しかけてくる。
煩いな。
睡眠をとったもののまだ少ないらしくてかったるい。
フォークでサラダをつついて時間を潰した。
行くあても無く廊下を歩いていたけれど、寒くて嫌になり寮に戻る。
談話室の雑談に混ざる気もしなくて部屋に戻った。
パートナーがやたらと死人の事で話してきて、煩いなと思いながらも周りの噂であれなんであれ、情報はあるに越したことはないから会話を適当に交わす。
「昨日の朝食からナチ君見てないけど、ナチ君どこに行ったのかな」
「冬休みを満喫してるんじゃないの?」
すぐに返事を返して、それから身体が一瞬固まった。
僕は今日の朝食以外には顔を出している。
でもナチは昨日から顔を出していない。
寮を出入りしているからこの寮内では良いとしても、周りの寮生がナチに疑いを持つのもおかしくないんじゃないだろうか。
「ねぇ」
「あ、ごめん。何?」
「ナチ君に教えた方が良いんじゃないかな、死人が出た事」
「それなら僕が教えたから平気だよ」
教えたわけでは無いけれど、知ってるからナチは。
ナチが殺したから校長の言う危険が二度と起きない事も知ってる。
だから僕も一人行動しているわけだし。
「……」
今、何て思った?
ナチが殺した?
何考えているんだ、あれは僕も同犯なのに、まるでナチが一人でやったみたいな考え方じゃないか。
でも、確かに手を下したのはナチだ。
僕では無い。
頭の中がぐらりとした。
最低だ。
これが、僕の本心なのか?
ナチだけが咎人だと思ってるのか?
自分は悪くないって、そんなはず無いのに。
ナチをあそこに連れて行ったのも、逃げて罪を償う事を出来なくさせたのも僕なのに、悪くないと言い切れるのか?
パートナーと少し話して、後は本を読むふりをした。
夕食にはいくらなんでもナチは現われるだろう。
でも会って何を話せば良いのか分からない。
僕にあの現場ですぐに逃げろと言ったナチ。
動揺しているくせに僕にだけ逃げろと言ったんだ。
ナチが悪い奴なら良かった。
そうすれば僕もすぐにナチだけのせいに出来たはずだし、自分の考えに不快感を持たなくて済んだ。
他人なんかいくら悪役に仕立てても心なんか痛まない。
痛まないのに、何でナチを悪役に出来ないんだ。
自分を正当化して他者を悪役にするのが人間として当たり前なら、僕はその当たり前の事すら出来ないっていうわけ?
ナチが悪い。そう思うくせに、そう思い切れない。
思い切りが悪いとか、そんなものではない。
友達でも所詮他人なのに。
他人なら心は痛まないし、そう思い切れるはずなのに。
あぁそうか。
ナチは本当の意味で僕の友人なのか。
表面上ではなくて、離れたらすぐ終わる関係ではなくて、本当の意味での友達。
これがそういうものなんだ。
だから嫌なのか。
対等でなくちゃ嫌だとか、罪を押しつけるのは嫌だとか、この我儘はそういうものなんだ。
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