ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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傷付けた。
苦しめた。
追いたくなる衝動を押し殺す。
リドルにこれ以上この事に関わりを持たせない為にも、突き放さなければならない。
今からする事の為にも、リドルにはこの部屋に当分来ようと思わないように仕向けなくてはならないのだ。
その為にはあれくらい言わなければ、リドルは意地になって僕のそばにいようとするだろうから仕方のないことなのだ。そう自分に言い聞かせる。
机のペン入れにある鋏を持って、髪の毛を必要な分だけ切り、切った髪を布に包む。
机の引き出しから、リドルに渡した日記帳と同じ日記帳を取り出す。
魔法をかけるのに失敗したおかげでただの日記帳のそれを、机に置いたリドルの日記の横に並べた。
失敗作の日記帳には適当な魔法をかけて、明日校長に渡そう。
そうすればリドルの記憶が見られる心配は無い。
「……」
一度、深呼吸をする。
僕の考えが正しければ、サラザールはここにいる。リドルの日記を媒体として。
この仮説を立てたのには勿論理由がある。
ダンブルドア先生があの日記にかけた魔法が何かを分からずに紐解けていないのが理由だ。
他の教師は良いとしても、僕が様々な魔法を組み合わせて作った魔法だからと云って、ダンブルドア先生が解けないはずがない。
あの人は校長よりも頭がきれる人だ。
リドルの念が強くても僕の魔法を紐解けば事件は解明するのにそれをしないのは、日記帳にダンブルドア先生と同等かそれ以上の魔力があって出来ないから。
ではその魔力は何か。
簡単だ、僕でもリドルでもなくあそこに存在していたモノなんてサラザールしかいない。
サラザールも自分の存在に気付かれたら困る事があるのだろう、だから日記に身を移して、リドルの日記の中身を見せないようにしたのではないだろうか。
リドルの記憶が詰まったこの日記帳は、リドルがサラザールの末裔であることも明かしてしまいかねないから。
そうやって考えると、日記帳にサラザールは存在しているはずだ。
そして日記は自由に動けないから、日記本体が安全な人の手に渡れば、自由に動けるその人を次の媒体にするだろう。
リドルとシンクロしたり、僕の魔力が入っている日記を媒体としているサラザールは、魔力を取り戻していて危険かもしれない。
それでも僕は自分が逃げる事を許さない。
右腕に負った傷。
包帯に隠れた傷口にはサラザールの好む純血が滲み出ている。
そして純血の身体。
これをサラザールが媒体にしたがらない筈がない。
包帯を外すとまだ塞がっていない、赤い肉が見える傷が現れた。
日記帳から煙の様な物が現れる。
不気味な、人の顔の形を作る蒸気。
それは傷口に突進して、僕の身体に痛みを与えながら入ってきた。
ほら、予定通りだ
『ほぅ』
サラザールの声なのだろうか、リドルに似ているけれどリドルより若干低い声が聞こえた。
聞こえた、と云う表現はおかしいか。
耳の鼓膜が振動するのではなく、脳に直接響いているのだから。
「初めまして、サラザール」
入学した時は、まさか創設者と口を利く機会を設けられるとは思いもしなかったよ。
純血主義者から敬愛されているサラザール。
僕は仲良くなれなさそうだ。
『賢いな』
「褒め言葉としていただくよ」
傷口がある右腕。
右腕は肩から傷口まで、幾十もサラザールの進入を妨ぐ仕掛けを仕込んだブレスレットをつけている。
すぐに身体を乗っ取られてやるほど、僕は優しい人ではないからね。
こちらにだって計画がなければ、サラザールを体に取り込もうなんて思わないし。
それにしても傷口がひどく痛む。
身体が異物の進入に対して抵抗しているからではなく、異物が僕の身体に馴染まないからだろう。
痛みに強いと自負していた自分なのに、今は痛みに目眩がしそうだ。
目の奥まで痛い。
でも痛みに負けてなんて、いられない。
この痛みは死ぬほどではないのだから大丈夫だ。
ボヤけていた視界も、瞬きを繰り返すと焦点が定まってきて部屋の様子が分かるようになる。
『しかし所詮子供騙しよ。時間をかけてゆっくりこの身体を我が物にしてくれる』
「悪趣味だな」
じわじわと僕の身体を自分の物にしていこうという訳か。
一番手首に近いブレスレットが粉の様になって空気中に消えて、僕の心臓へサラザールが一歩近付いた状態になる。
内心で舌打ちする。
手首に近い方が解くのは楽な仕掛けだけれど、こんなにも早く解かれるとは、やはり何千年と本体無くして生きられる様な人物と僕の力量は、天と地ほどの差なのだろうか。
こちらの計画が失敗して腕の仕掛けをすべて抜けられてしまったら、僕はもう抵抗する間もなくサラザールに乗っ取られてしまうのだろう。
本当、冗談じゃないよ。僕の身体は僕の物だというのに。
すぐにブレスレットが全て消えるだろうと諦めていたけれど、サラザールは次の仕掛けを解かなかった。
もし解けるくせに今は解かないでいるなら、本当に悪趣味だ。
『しかし理解出来んな』
「何が」
僕は左手で薬の調合の支度を始める。
右手も感覚はあるから動かせるけれども、傷口が膿んでいる様に痛いから微量の違いで失敗する調合には使えない。
昔武術を習っていた時に右腕を骨折して、完治するまで左手で生活していたのがこんな所で役立つなんて思いもしなかったよ。
髪の毛は最後に入れるから良いとして、ポリジュースは作った事が無いから失敗しなければ良いけどれど。
材料も7日分しか入手出来なかったし……まぁ、失敗した時はまたノクターンに行けば良いのか。
『何故貴様が犠牲になる』
「貴様じゃない、僕にはナチって云う名前があるんだよ」
別に名前で呼んで欲しいわけではないけれど、一応自分の名前を教えた。
サラザールにとって所詮僕は器でしかないのだから、名前になんて興味ないのだろうけれど。
『理解しがたい。あの小僧がそんなに大事か』
「あの小僧ってリドルの事?」
僕は貴様でリドルは小僧か、名前を覚えるつもりが無いのかな。
『そうだ。何故あそこまで庇う』
《そこ》まででは無く《あそこ》まで、という事はさっきの対話もやはり聞き取れていたのか。
日記に入っていた間も会話が聞けていたなら、僕が年明けに学校を人より早く卒業するのも聞いていたのだろう。
まったく、校長室だからって何でも話されたらたまったものではないよ。
「友達だからかな」
『理解しがたい生き物だ』
「サラザールも昔は僕と同じ生き物だったでしょ」
軽い口調で、余裕なふりをして応える。
別に僕だって、ただの友達ならこんなに庇わないし、可能なら相手に罪をなすりつけるさ。
それをしないのは、相手がリドルだからだ。
リドルでなければこんな命を懸けた、失敗すればサラザールに身体を奪われる行動はしない。
『理解出来んな』
「無理に理解しなくて良いよ」
理解出来ない、か。
嘘の確率も否定は出来ないけれど、サラザールはリドルの時みたいに僕の思考や記憶が詠めないのかもしれない。
詠めているならば、理解が少しは出来るのではないだろうか。
詠めないならこちらは都合良いが、サラザールは食わせ者だろうから、こちらの考えが詠めていながらわざと知らないふりをしている可能性も十分にある。
考えが詠めるなんて、切り札になるから教えないだろうしね。
駆け引き上手ならこちらの思考が詠まれていて、僕が策を練ったところで相手に筒抜けか。
やりづらいな。
『さっきから何をしている』
「ポリジュースを作ってるんだよ」
痛みがあっても焦りが出ても口調だけは崩さない。
態度で現せば相手が思考を詠めていなかった時、自分の弱い姿を見せる事になる。
駆け引きをするなら最低でも対等でいなくては。
出来れば優勢でいたいから、弱いところを見せては駄目だ。
『先ほど切った自分の髪で自分に化ける薬を作るのか?何故』
「もしもの時の為」
サラザールによって僕の身体に変化が起きても、ポリジュースを飲めば僕は皆が知っているナチの身体になれる。
ポリジュースは外見が変化したらと云う、もしもの保険だ。
『無駄な悪足掻きだな。鏡を見てみろ』
言われて、サラザールに平常心だと見せつける様にゆっくりと歩いて、部屋に備え付けの洗面台へ移動する。
見て、溜め息が出た。
「これは……凄いね」
瞳が血のような色になっている。
リドルと同じ瞳。
サラザールの血筋はこの瞳を特徴とするのだろうか?
でもサラザールの特徴が僕の身体に出てきているのならば、いつか僕も蛇語を使えるようになるのかもしれない。
『貴様は私の所有物だ』
「冗談。僕は僕の物だよ」
ポリジュースを学校にいる間の分を作るつもりでいて良かった。
目が紅くなったなんて周りに知られたら面倒だ。
特にダンブルドア先生とリドル。
リドルに気付かれでもすれば、リドルはリドル自身を責めかねない。
急いでポリジュースを作らないと。
リドルが部屋に来るとは思えないけれど、今は誰に来られてもこの瞳では会えない。
『まだ抗うか。貴様に勝ち目など無い』
確かに、サラザールに完全に勝てるとは思わない。
でもすんなりと負けを認めるのは、性分にあわないんだよね。
未来の事で決まりきった事なんて無いのだから、幾千万分の一の確率でも、確率がゼロでないのならば僕はやれる事をやる。
流石に僕も不安因子をそのままにしたり、自分の身体で好き勝手されるのは嫌だからね。
「それなら、賭をしようかサラザール」
『賭?』
「僕が君に身体を乗っ取られなかったら僕の勝ち、君が僕の身体を乗っ取ったら君の勝ち。どう?」
『好きにしろ』
リドルみたいな口調に口から笑いが洩れた。
似ているね、サラザールとリドルは。
とはいえ、純血主義なところは似てないけれど。
痛みや身体を乗っ取る事が無ければ、僕はサラザールとも仲良くなれる自信はある。
「僕が勝ったらリドルにもう手を出さないって約束でどう?」
『私が勝ったら?』
「勝ったらではなくて、僕はこの賭の間いっさい君の事を他言しない。サラザールにとって都合が良いんじゃない?僕は周りの手も借りられないんだし、君も君で自分の存在を周りに知られたら困るだろ?」
『悪い条件ではないな』
好都合だって言えば良いのに、天の邪鬼なところまでリドルと似ている。
賭は成立して、僕は薬の調合を再開する。
サラザールも自分の存在に気付かれたら面倒だと思ったのか、調合の時は邪魔もしてこずに静かだった。
少量飲んで、あまりの不味さにすぐに洗面台に走る。
これはきつい……。
サラザールはそんな僕に笑った。
笑うけれど、サラザールも身体があってこれを飲んだら洗面台に絶対走るよ。
鏡に映った僕の瞳は黒。
それに安心した。
大丈夫だ、見た目はいつも通りだから、これなら周りにサラザールの存在を気付かれない。
「っ……!!」
右腕に感じる痛みに歯を食いしばる。
焼ける様な、熱のある金属判を内側から押しつけられているみたいだ。
胃の中の物が逆流してくるんじゃないかという痛みにその場に座り込む。
全身から汗が噴き出た。
『声を上げんとは、感心した』
「……そりゃどうも」
荒くなった息をそのままに、痛みのあった場所を見る。
怪我をした場所にはまるで焼き印のような黒い絵柄。
「悪趣味だ」
ドクロマークなんて本当に悪趣味だよ。
焼けるような痛みの後なら、常に存在する腕の痛みは軽く思える。
『所有印だ』
「成る程」
僕を精神的に追いつめようと云う魂胆なのだろう。
悪いけれど、所有印を押されたからといって、僕は誰の物にもならないよ。
こんなの怪我をした時に出来る痣と同じだ、こんな物が首輪になるなんて思わない事だね。
それでも誰かにこれを見られたら面倒だ。
冬で良かった。袖で痣を隠せる。
額に浮かんだ汗を拭いて、深呼吸をする。
こんな物に動揺したりしない。
痣を消すには僕がこいつに勝てば良いのだから。
サラザールは僕の右腕に存在している。
この右腕をどうにかすればいい。
そうすれば……。
否、待て、日記帳にも宿れる存在だ。
例え右腕を切り落としても、良い捨て場所がない。
捨てた後、他の物に宿ったサラザールが僕との約束を守るとも思えない。
それに僕も出来ることなら利き腕を失いたくない。
慌てるな。
大丈夫だ、まだ日数はある。
それまでに勝利法を思いつけばいい。
部屋の荷物も銀行に入れる物は入れたし、他にやらなければならない事は特にないから十分この事について考えられる。
否、リドルを傷付けたのだから、サラザールへの対処を考えるより先にリドルの所に行こう。
リドルは善意で僕を救おうと姿を現したのに、あんな事を言って傷付けてしまった。
傷付けたままでいられない。
でも、何と言えば良いのだろうか。
あれは結局のところ僕の本心でもあるし、慰めるのも変だ。
その前にリドルが会ってくれるかが問題なのだけれど。
調合した薬を瓶に入れてから、使った用具を片付ける。
ポリジュースの量と効力がある時間を確かめて、不味いそれを必要な分だけ飲む。
『何処かに行くのか?』
「君の血を受け継いだ子の所。一応訊くけど、君の声って僕にしか聞こえないよね」
『多分な』
「微妙な回答だね。まぁとにかくさ、話してる最中に話しかけないでね。僕は返事出来ないから」
それだけ言って痣のある腕に包帯を巻いてから廊下に出る。
右手の痛みに気を取られないように、いつもの自分らしく。
下を向くことは許さない。
今の状況に後悔なんてしない。
だってリドルに日記をあげたのも
リドルが秘密の部屋を見つける原因を作ったのも
秘密の部屋に向かうリドルを力尽くで止めなかったのも
マートルという女の子を殺したのも
あのハグリッドを悪に仕立てたのも
すべて僕だから、僕の責任だ。
だからリドルにはこの事について関わりを持たせたりしない。
これが僕のやり方。
これが僕の生き方。
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