モノノ怪 短編 | ナノ
神隠し
山に入って山菜を採るいつもと変わらない毎日なのに、今日は何があったのか、いくら下っても山から出られない。
何で、どうして。
山神様を怒らせちゃったのかな。
でも私はいつもと同じ事しかしていないよ。
山菜だって、採りすぎてない。
いつも通り山神様に感謝の言葉を言ってから採った。
なのに、帰れない。
あれかな。
狐狸に騙されてるのかな。
「ひどいぃ」
私が何をしたって言うのよ。
その場に蹲って泣きたくなる衝動をグッと堪える。
今泣いたら、狐狸に笑われる。
そんなの絶対に嫌。
でも、でも。
じゃあどうしろって言うのよ!
歩き回って歩き回って、でも出口は見つからない。
心が砕けそうだよ。
「おや」
おや?
地面ばかり見ていた視線を前に向ける。
するとそこには、遠目からでも分かる、人。
「助けて下さいぃぃぃっ!」
神隠し
「では、山から出られない、と」
「はい」
人に会った途端に涙腺は崩壊して、我慢していた涙が出てわんわん声を我慢せずに泣いた。
知らないお兄さんは変な隈取りに派手な衣装だから変人かもしれないと思ったけれど、優しく宥めてずっと傍にいてくれた。
よく見れば、髪や肌の色が脱色されたような色合いで、でもそれがとてもよく似合う綺麗な顔のお兄さん。
泣いて腫れた瞼が今更ながら恥ずかしくなる。
綺麗な人の前で何たる失態。
これじゃあ、お母さんにお嫁にいけないわよって言われても仕方ない。
「それは困り、ましたね」
立ち上がって、歩み出すから思わず着物の袖を掴む。
「い、一緒に……」
「一緒に、居ますよ」
口元に笑みを浮かべられて、一気に顔が熱くなる。
女の私が羨ましく思うくらい綺麗に笑ってくれるじゃあないですかお兄さん。
目の保養だよ、本当に。
もしも神様がいるんだったら、こんな感じなのかな。
「……あ」
「何か?」
「あ、いえ」
何も。と言うけれど、相手の耳から目が離せない。
今更だけど、何ですかその尖った耳は。
明らかに人外、ですよね。
血の気がザァッと引く。
どどど、どうしよう。
まさか、本当に神様?
いや、もしかしたら狐?
とりあえず人ではないですよね。
何で今まで気付かなかったのだろう。
この男は人間ではない。
「山を、下りたいんですか?」
「当たり前ですよ!」
「そうですか」
「は、はい」
「時にお嬢さん」
「はい!」
お嬢さんって呼ばれるのは生活上まずないからドキッとしてしまう。
紳士だ!紳士!
「名は、何と」
「名前です」
「名前さん、ですか」
「あの、貴方は」
「俺は、ただの薬売り、ですよ」
いやいや、それは職種であって貴方の名前ではないでしょう。
私が訊いたのは貴方の名前なんですけれど。
でもしつこく訊くのも怖いし、人じゃないなら名前が無いのは普通なのかもしれない。
よし、気にせず行こう。
今は一人でいる方が、怖くて仕方ないんだもの。狐狸だろうが何だろうが一緒にいてくれるだけで心強い。
狐だとしても、今なら言える。
「薬売りさんですか?」
「はい」
「じゃあ薬売りさん。一緒にいてくれてありがとう御座います」
頭を下げて感謝を言うと、頭を撫でられた。頭を上げれば朗らかな笑顔を浮かべていて、本当に綺麗に笑ってくれるなぁこの人は!
決して自称薬売りさんが綺麗だから手放したくないっていう理由ではなくて、ただ急に消えてしまいそうで怖いから薬売りさんの袖を握ったまま歩みを進める。
「ぎゃあっ!」
腐葉土に足がズボッと入って転ぶ。
ぎゃあって、もう少し可愛い悲鳴をあげようよ私。
転んで地面に手をついたまま、この瞬間を無かった事に!と心から願うけれど、そうは世の中うまくいかない。
「大丈夫、ですか?」
近いところから問いかけられて、ヒッと言わない代わりに息を一気に吸い込んでむせる。
「なんっ」
何でそんな近くに、と言おうとして私が薬売りさんの袖を未だに握ったままだと気付く。
な ん て こ っ た い !
「ごめんなさい!」
袖を掴んだまま転んで、薬売りさんまで道連れにしてしまった。
服装は泥んこだし、背中に背負った大きな荷物は肩からずれて斜めになってる。
「俺より、名前さん。足首、大丈夫で?」
「私は平気です。薬売りさんこそ大丈夫ですか?」
「俺は何とも、ありませんぜ」
鮮やかで高そうな召し物なのに気にした様子もなく、私を立たせようと手助けしてくれる。
優しい人だ。
「お互い泥んこですね」
「綺麗な手が、台無しだ」
うわぁ素敵な殺し文句。
何処から出したのか分からない布で両手を拭いてくれる。
これ、男と女の立場、逆なんじゃ。
「さて、行きましょうか」
「っぴゃい!」
……うわぁぁぁあ!何今の返事。
溜めて言ったらそりゃこうなるよ私!
薬売りさんも横向いて口元手で押さえてるし!
絶対笑ってる!
「行きましょう薬売りさん!」
「はい、はい」
ぐいぐい引っ張って、歩みを進める。
するとあら不思議、あれだけぐるぐる歩き回っていたのに、山から出られた。
「うそ……」
「下りられ、ましたね」
ここは山の、裏側だ。
村がない。
でも、でも!
山から下りれた!
「やった!やったぁ!ありがとうございます薬売りさん!」
「どう、いたしまして」
「あ、そうだ。来てください薬売りさん!この裏っかわに村があって、私の家があるんです。何もないですけど、せめて何かお礼に……そうだ、何か食べて行ってください!」
「では、お言葉に甘えて」
山をぐるっと半周するから時間はかかるけど、やっぱり家に寄って欲しい。
「名前さん」
「はい」
「周辺で、女性が神隠しに遭うと云う噂を、聞いたのですか」
神隠し。
あぁ、懐かしい単語。
お父さんやお母さんから、この山には人拐いの化け物がいるって聞いたことがある。
「でもそれ、大昔の話ですよ」
「そうですか」
「だから女の子は暗くなる前に帰りなさいねっていう教訓なんです」
「なる、ほど。しかし俺は、その娘が百年の時の後、村に戻ってきたと、聞きましたが」
「そんな事、ある訳ないじゃないですか。だいたい百年も経ってたらその娘が消えた子だって分かる人もいないでしょうし」
「なんでも、身につけていた物が、特徴的だったとか」
「へ、へぇ〜。噂って、裏付けする為に色々付属するんですね」
マズイ、これはマズイ。
怖い話は苦手だし、気持ち悪い話も好きじゃない。
狐狸の話だって好きではないのに。
神隠しだって私からしたら怖い話だから、嫌なのに。
「それに、ちょっとした恐怖話なんですが」
「ええっ!?怖いんですか?」
これ以上怖いってどういうこと!?
「はい」
薬売りさんは笑う。
これは逃げられない状況ってやつですか。
怖いのは嫌なのに、何で。
薬売りさん、絶対に楽しんでる。
「娘は村についた瞬間……」
「あああああっ!薬売りさん!村です!村!」
村の神木が見えてきたから、絶対に聞きませんと主張するように大きな声で叫ぶ。
神木を指差す。
背が高い、大きな木。
まだ日が経過したわけでもないのに、凄く懐かしくなってくる。
あぁ、胸が苦しい。
そんなに走ったかしら。
「お母さん!お父さん!」
村の入り口について、壁に手をつきながら家の中に走る。
そこで、足が止まる。
中には私を迎え入れる人も、質素ながらも温かい空気も無い。
あるのは廃墟。
「どういう……」
「名前さん」
「薬、売り、さん。私、村、間違えちゃっ……」
「間違えて、いませんぜ」
「でも、こんなの」
おかしいじゃない。
こんな、時空を越えた世界。
胸が苦しい。
「名前さん」
「嫌だ……」
「名前さん」
「やだ、やだ」
「神隠しにあったのは、名前さん」
「嫌!」
「貴女ですよ」
身体が軋む。
その場に膝をついて、手をつく。
手が、皺々で、血管が浮き出てている。
お年寄りの手みたい。
「百の時の流れは、一つの村を潰すに十分です」
「お父さん、お母さん」
「もう、亡くなられて、います」
「何で、何でぇ」
「名前さんが消えた後、村は飢饉に襲われまして、ね」
「……」
「村人は村を離れましたが、名前さん、貴女のご両親だけは、残りました」
「う……うぅ」
視界が滲む。
ボタボタと手に降ってくる水は温かい。
「しかし百年も、生きれるはずもなく」
「あぁ……あぁぁ」
お父さん。
お母さん。
おとうさん……おかあさん……
「無念の情から、自縛霊となり、今も此処に」
手に、水以外の温もり。
前を向くと、お父さんと、お母さん。
「お父さん、お母さん」
抱きつくと、二人は受け止めてくれた。
「ただいま」
「お帰り」
「お帰りなさい、名前」
お母さんはぎゅうっと抱き締めてくれて、お父さんは頭を撫でてくれた。
「早く帰ってきなさいよ、心配したのよ?」
「ごめんなさい、お母さん」
「無事で良かった」
「お父さん」
待たせてごめんなさい。
心配させてごめんなさい。
待っていてくれてありがとう。
心配してくれてありがとう。
「ほら、帰るわよ。まずお風呂に入りましょうね」
「うん」
家の戸を開ける。
中は光に満ちていて、心がとても温かくなった。
廃村に不釣り合いな衣装を身に纏った男が一人。
神木と讃えられていたらしい木は無造作に枝を伸ばし、陰を地面に縫い付けている。
男は足元にある、風化してぼろ布となった着物を着た白骨遺体を見る。
遠い昔に消えた娘。
先程までは娘の姿をしていたが、神木の見える場所に来ると急に老いだした。
まるで止まっていた時計が急に遅れを取り戻すように進み出したか如く。
「名前さん」
男は白骨遺体を抱き上げて、屋内にある両親の遺体の傍に運ぶ。
そこに並べて、一礼をすると廃墟を出て戸を閉めた。
もうこの村にはモノノ怪と成りうる存在はない。
男は歩みを進め、廃墟を後にした。
- 2 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -