モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
学内選挙:卯月様へ
「今日は生徒会の立候補者が演説するから、体育館に移動しなさい」
教師の一言を合図に、周りから不満の声が上がる。
俺の前の席に座る西明も机に突っ伏した姿勢のまま、身体をもぞりと動かした。
「西明」
背中を擦るように揺すれば、うーとか、んーとか、とにかく意味を成さない声が上がる。
「西明」
「面倒臭い、行きたくない」
そう言って、欠伸。
寝不足になるまで何をしていたのやら。
大方、昨日俺が貸したDVDでも見ていたのだろう。
「全員集合、ですよ」
「8時じゃない」
「見たんですね。面白かったでしょう」
「時代を感じた」
「まぁ、『8時だよ全員集合』の話は良いとして、行きますよ」
「私の一票で何が変わる。第一生徒会長が誰になっても、学校で革命が起きることなんてないんだよ。つまり誰がなっても一緒。そんな無駄な事に時間を費やすなんて」
「西明」
「うわっ!」
脇腹を突くと、面白いくらい大きな反応を示す。
飛び起きた西明はすぐに振り返って俺を睨んできた。
寝起きでも、反応は素早いようで。
「次やってみろ、二度とノートを貸さないからな」
「それは、困ります」
「なら、やるな」
西明は周りを見て、皆が移動をしているのに溜め息を吐いた。
「皆、真面目過ぎる」
「最近の子供は逆らうのが、面倒なんですよ」
ぞろぞろと体育館に移動する人を眺めて、西明は仕方ないか、と言って体育館シューズが入った袋の紐を指に掛けた。
「行くか」
「行くんですか」
「私達も、最近の子供だよ」
「そう、ですね」
逆らうのが面倒。
危険なスリルに魅力は感じない。むしろ、糞食らえ、だ。
流れに身を任せる程、楽な事はない。
群れる理由はそこだ。
でもそれを悪いなんて思わない。
生きていく為の常套手段なのだから。
「西明」
「ん?」
「誰が立候補するんでしょうね」
「さあ?目立ちたがり屋か、生徒会長になって得られる推薦枠目当ての奴くらいだろう」
「では、素直に改革を目指す人に、投票しますか」
「居たらな。私は演説時間が短い人に投票するよ」
そう言って、欠伸。
DVDは一つしか貸していないのに、夜遅くまで何をしていたのやら。
あぁそう言えば、三限にプリントを提出した。
俺は西明に写させてもらったのだが、西明はそれをやっていたのかもしれない。
体育館に入ると、教師に早くしなさいと急かされた。
そんなに焦る必要もないだろうにと思いながら、少し早足に自分のクラスの最後尾に腰掛ける。
西明はすぐに体育座りをして、膝に額を押しつけてしまった。
眠るつもりか。それも悪くないだろう。
演説なんて、現文の教師が推敲して了承が出た物だ。
それに、そんな文章は表向きの品でしかない。
俺も西明も表向きの意見に興味はないのだから聞く必要はないだろう。
静かな広間に響く演説に、欠伸が出る。
うとうとし始めたところで、拍手が起きた。
どうやら一組目の演説が終わったらしい。
それにしても、一番後ろにいると周りが見えて面白い。拍手の時だけ頭を上げて、すぐに西明みたいに蹲る人が過半数なのが分かる。
それから、教師が寝ている人を起こす為に巡視をしているのも見える。
これからはわざと遅刻して、最後尾に座ろうか。そんな考えが浮かんだ。
二度目の拍手がすぐに起きて、西明は二組目に投票するのだろうと思った。
「続いて、三組目です。柳幻殃斎さん」
俺も眠ろうと膝を抱えたところで、聞き覚えのある名前に驚いて壇上を見れば、そこには柳幻殃斎と、佐々木兵衛。
続いて舞台裏から出てきたのは、
「……加世さん」
何で彼女が壇上に。
西明を起こそうとするより早く、マイクが接触不良か何かでキィンと高い音を出した。
それによって、うぅ、と唸った西明は顔を上げる。
「西明」
「何」
「壇上」
壇上を見た西明は何度か瞬いて、それから目を見開いた。
西明にしては、珍しく驚いた顔だ。
またマイクがキンとする音を出す。
幻殃斎が持ったマイクは、俺のフルネームを体育館に響かせた。
「それから、久倉西明。いつまで待たせるのだ。早く壇上に上がってこい」
西明はぽかんとしていて、意味が分からないと顔が言っている。
前に座った男が振り返り、俺に行かなくていいのか、と言った。
俺達が行く理由は何も無いのだから、行くもなにもない。
「西明、呼ばれてるよ」
「いや、行く意味が分からないし」
「早く上がってこないか!そこの二人!シラガは目立つからすぐ分かるぞ!」
幻殃斎の声が響く。
シラガ、とは失礼だ。俺は産まれた時からこの色。せめてハクハツ、と言って頂きたい。
尤も、どちらも漢字にすれば『白髪』なのだが。
それは良いとして。
西明は俺を見て、それから周りの視線を確かめる。
教師が近づいて来て、行きなさいと言ってきた。訳が分からない。理不尽だ。
しかしここで揉めるのも不本意だ。駄々を捏ねる子供に成り下がる気がする。
西明も同じ考えらしく諦めるように立ち上がった。
「行こう」
「そう、ですね」
ざわつく周りに臆することもせず、壇上に上がる西明の背筋は伸びている。
歩き方も悠然としていて、やはり西明は強いのだと伝えてくる……ようであるけれど、よく見れば拳が握られていて、理不尽な現状に腹を立てているのだと分かった。
西明は自分を取り繕うのが上手い。
「よし、これで全員が揃ったな。私は生徒会長候補、柳幻殃斎だ。続いて副生徒会長候補、野本加世君。会計の佐々木兵衛。書記の久倉西明、それから……」
隣に立つ西明に視線だけを向ければ、口を一文字にして遠くを睨んでいる。
ここが壇上でなければ、誰が、いつ、お前の書記になると決まった。と声を荒げているに違いない。
俺の説明も終えたらしく、幻殃斎が演説に入る。
西明を気に掛けていたことで、自分のポジションが何かを聞き逃したが、さして問題ではないか。
「生徒諸君!私が生徒会長になった暁には、頭髪云々、服装云々の縛りは無いものにしよう!我々は高校生!命短いのだ!」
何を言いだすのか、この男は。
突拍子もない発言に周りが騒ぎ出す。
血相を変えた教師が舞台裏から怒鳴っているが、周りが煩くて意味が無い。
「西明」
「もう、どうでもいい」
諦めの言葉を吐いて、西明は表情を消している。
本当にどうでもいいようだ。
「校則って、そんな簡単に、変えられるん、ですかね」
「変えられるわけが無い」
学校周辺の子供に悪影響だと地域の父兄が騒ぐから、服装や髪型に対して厳しい校則が為されるのだ。
服の乱れが心の乱れ、と言うのも一理あるが、先に言ったものが理由として一番だろう。
それに見た目が第一印象の世の中だ。進学校だとしても見た目が悪ければ学校の印象が落ちる。そうなれば学校のブランドが大暴落だ。
珍しく饒舌に語る西明。
いつもは訊いても淡泊な回答しか寄越さないのに、訊きもしない事を喋るとは珍しい。
壇上なのに、こんなに好きに語るなんて、余程欝憤が溜まっているのだろう。
「では、皆に一言、挨拶を頼もう」
ザワザワと未だ落ち着かない生徒を宥めもせずに、幻殃斎はマイクを加世さんに渡した。
「皆さーん!清き一票をお願いしまーす!」
「こなせもしない政策を理想に掲げる奴に清い一票があるか」
西明が透かさず呟いた台詞に、笑う。
西明のコメントは、いちいち面白い。
「幻殃斎は、ネタに生きてますからね、女装とか」
「ネタで票を稼がれてたまるか」
「タレント政治家も、居る、世の中ですから」
「……そうだな」
落胆する西明に笑う。
幻殃斎は変人ではあるが、ノリは良い。
逆らう事を面倒として、飼い馴らされた今の子達にとって、幻殃斎は憧れの的になるだろう。
壇上に立っても臆することなく、教師に推敲された演説文を開きもせずに話す幻殃斎は度胸があるのか、厚顔無恥なのか。
どちらにしろ、票は稼げるだろう。
会長が幻殃斎なのは頭痛の種だが、このチームならばなかなか面白そうだ。
隣でげんなりしている西明には申し訳ないが、俺はここに一票を入れよう。
勿論、清き一票を、だ
〜終〜
相互記念作品。
卯月様リクエスト『学園パロの続き』です。
青春ということで、グダグダしながらも毎日を楽しく生活していれば良いと思って書きました。
またも幻殃斎と兵衛、更には加世を出させて頂きました。
やはり幻殃斎がトラブルメーカーになってくれるようです。
書いてて楽しかったです。
素敵なリクエストをありがとう御座いました!
卯月様のみ、お持ち帰りが可能です。
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