モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
壊し屋:椛様
「西明は知っているか?」
教師が教壇の上から連絡事項を言い終えて、学校の拘束時間が終わってすぐの事。
西明は突然の質問に怪訝そうな顔をする。
そして問えばこの会話に参加しなくてはならないというのに、無視は良心が痛むのか、何を?と相手に問うた。
すると相手は、自前の扇子で半分口元を隠しながら実に嬉しそうに笑う。
西明が話題に食いついたと思っているのだろう。
「この学校の七不思議だ」
教師の話が終わって放課後になった途端、教室に駆け込んできたものだから何かと思えば七不思議。
小学生が喜びそうなネタであるそれに、西明の背が僅かに丸くなったように見えた。
きっと、西明は溜め息を心の中で吐いたに違いない。
「知らない」
それだけ返して、西明は席から立ち上がると振り返って俺を見た。
「帰ろう」
「そうですね、帰りましょう」
鞄を肩にかけて、廊下に出ると西明が急に踏鞴を踏んだ。
何だと見れば、西明の鞄の紐を幻殃斎が後ろから引っ張っていた。
危ない事をする。
「この馬鹿者!」
「馬鹿はどっちだ!転ばせるつもりか!」
鞄を乱暴に前へ引っ張って、西明は幻殃斎を剥がす。
そして俺の背を押して、行こうと言った。
無碍に扱うのはよくないとは思うが、幻殃斎に付き合っては碌な事が無い。
すでに『碌でもない事』に巻き込まれるのは経験済みなので、多少冷たくあしらうのも仕方ない。
「西明、聞け、面白いネタを掴んだのだ」
「良かったですねぇ面白いネタで。是非一人で楽しんで下さい。私は帰る」
「馬鹿者、お前たちがいなくては話にならんのだ」
「勝手に私たちを頭数に入れるな。他をあたれ」
「お前たちがいい」
「我侭言うな」
テンポのいい会話をこなしながら教室、靴箱、駐輪場まで幻殃斎はついてくる。
「西明」
西明は自転車に鍵を差し込み、ロックを解除する。
俺も俺で自転車のチェーンを外して、脚を払う。
西明も脚のロックを蹴りで解除して、自転車を押した。
するとジャラ、と言う、不吉な音。
西明が無表情にペダルの部分を見て、試しに片足を乗せてペダルを半回転させると、チェーンが外れたジャラリという音。
「おおこれは困ったな!すぐには帰れまい!どうせ遅くなるなら七不思議を確かめようではない……」
「2ケツで帰ろう」
西明が真顔で俺に言ってくるから、こちらも良いですよ、と真顔で返す。
ここで笑ったら、変なところで低い西明の怒りの沸点に触れてしまう。
「こら!違法だぞ!」
幻殃斎の言葉を聞き流してどちらが漕ぐのかと問えば、もちろんお前だ。と返された。
こういう時に限って西明は子供っぽい笑みを浮かべるから、つい、仕方ないですね、と返してしまう。
どうにも、稀に見せるこの笑みには逆らえないのだ。
それを西明は無自覚で見せるものだから、困りものだ。
西明、呼ぼうとして、口を閉ざす。
さっきまで笑っていた西明が急にある方向へと鋭い視線を向けたのだ。
まるで敵を見つけたような鋭い目つき。
「加世ちゃん。佐々木、出て来い」
駐輪場を囲うようにある植木に向かって西明は言った。
まさかあそこにいるわけ無いだろうと思ったら、
「いませーん」
という、いるのを肯定する返事。
どんなコントを繰り広げているんだと、思わず笑ってしまう
「怒らないから出てきなさい」
言えば、加世さんと佐々木が姿を現した。
本当に隠れていた事への呆れと、躊躇無く植木に隠れる子供っぽさが微笑ましくて、口元が緩む。
西明は二人の前に行くと、迷い無く佐々木の上着のポケットに手を突っ込んだ。
「……スパナ」
佐々木のポケットから何かを掴んで引っ張り出した西明の手には、スパナとネジ。
まずい、と思った。
西明の自転車を壊したのはおそらく佐々木だろう。
それを西明が許すとは到底思えない。
自分の自転車のチェーンを外したのだから。
「誰の計画?」
スパナを器用に回しながら、西明は優しい声で加世さんと佐々木に問いかけた。
その声は本当に優しくて、加世さんは怒ってないと安心したように微笑んだが、逆だ。
西明は静かに怒っている時、一番怖い。
静かな怒りを携えた時に限っていつもは抑揚が無くて無愛想な声音が、子守唄のように耳心地いい柔らかいものになる。
そうそれは、しっている俺からすれば死刑前日に出る豪華な食事のような物。
つまり、死刑宣告。
しかし西明が静かに怒りを内包する事など滅多に無いため、回りは知らないのだ。
尤も、俺もそれを知ったのはある出来事があったからであって、それが無ければ知りもしなかった西明の癖である。
ああ、しかし、ここで幻殃斎とはさよならかもしれない。
ここまで西明を怒らせられた幻殃斎の墓前に、一輪くらいは花を手向けよう。
「幻殃斎さんだよ」
屈託無く答える加世さん。
西明はそう。と呟いて、振り返った。
その顔はいつもと変わらず無表情なのに、纏う空気は夜叉だ。
だというのに、幻殃斎は雰囲気を感じられないらしく、扇子で口元を隠して、盛大に笑った。
勿論、悪びれた素振りは一切無い。
「計画がばれては仕方ない!西明、七不思議に付き合うのだ!これは強制だ!」
意味が分からない。
何の権限があってそんな事が言えるのか。鼻で笑ってしまいたくなる。
西明が微笑む。
ああ、終わった。
西明が大きく振りかぶった瞬間、ガン、と金属のぶつかる大きな音。
カランと音がなってスパナが冷えたコンクリートに落ちる。
「な」
幻殃斎は頬を掠めたスパナに驚愕と恐れを感じたのだろう、硬直して言葉もろくに出てこないようだ。
「次やってみろ。脳天に命中させるからな」
凍りついた空間に、西明の声が良く通る。
運悪くこの場に出くわしてしまった生徒も驚きを隠せないようだ。
一寸硬直してこちらを傍観した後、そそくさと駐輪場を後にしている。
「さて、帰ろう」
そう言って、俺の自転車に近づく。
俺も慌ててそうですね、と返せば、西明はやはり子供っぽい笑顔。
「柳」
硬直したままの柳に西明は静かに、地を這うような声で話しかけるが、幻殃斎は未だに硬直したままだ。
「明後日までには、元の状態で返せよ」
と言って、加世さんと佐々木に挨拶をして校門のほうに歩き始める。
俺も続いて校門をくぐる。
幻殃斎の怖いもの知らずも、これでナリを静めればいいのだか、
〜終〜
椛様リクエスト『学園パロディ(骨董屋店主版)』です。
椛様、リクエストをありがとう御座いました!書いていて、とても楽しかったです。
椛様のみ、お持ち帰りが可能です。
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