モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
テスト期間
定期的に行われる全国模試の三限目のテストが終わって、やっと昼休みに入った。
皆各々に席を立って、友人の元へ弁当を持っていく。
私は学校へ来る道すがらにコンビニで買ったパンとペットボトルを持って、窓辺の机に突っ伏している男の元へ歩み寄った。
ペットボトルの底を、淡いクリーム色をした髪がもさもさしている頭に軽く当てる。
すると男の癖に竜胆色のマニキュアを塗った爪をつけた手が、ペットボトルを掴んで退かした。
上げた面にはくっきりと眠たいと書いてある。
「おはよう」
「寝ては、いませんよ」
「眠たそうだ」
「昨日、DVDを、借りたんで」
「見ていたのか」
「はい」
「何本」
「三本程」
「……よく一気に」
「続き物だったので」
男の前の席の椅子を動かして座る。
窓に背を向けてクラス全体を見渡せば、四限が暗記物だからだろう、教科書を開いている者が多い。
パキッと小気味良い音がしたので、あっと思うがもう遅い。
男は勝手に人のペットボトルを飲んでいた。
ある程度飲んだ男は、ペットボトルの蓋を閉めてご馳走様です。と言って差し出してくる。
ペットボトルを受け取ってねめつけるけれど、どこ吹く風といった様子。
「西明は」
「ん?」
「いつもそのお茶、ですね」
「あぁ、うん」
ペットボトルの蓋を開けて、中身を飲む。
コンビニで続々と新商品が出ているけれど試す気がしないのは、今のところこれが一番自分に合う味だからだろう。
パンの袋を開けて、一口齧る。
「次は、生物、ですね」
「周りのように暗記でもするか?」
「付け焼き刃では、意味がない、かと」
「気休めにはなるだろう」
「気休め、ねえ。では、俺達も、しましょうか」
「やるのか」
「はい」
先程、否定的な発言をしたのは何処の誰だ。
気休めをしなければならない程、自信が無いわけでもないだろうに。
むしろこの男にとって生物は得意科目なのに、周りにあわせて自分もギリギリまで勉強する態度が解せない。
自信があるならやらなければ良いのに。
男は教科書を鞄から取り出して、ついでにコンビニのオニギリを出した。
「どこら辺が、出ますかね」
「山を張るのか」
「参考に、訊いただけ、ですよ」
オニギリの海苔が破れないように丁寧に袋を剥がす男。
そんなに海苔が好きなのかと以前問うた時、一種の達成感を得る為の遊びだと返された。
地味な遊びが好きなことで。
「確実に出るのは体細胞分裂と減数分裂だろう」
「他には」
「他には……遺伝やDNAの複製方法、RNAとか」
「なる、ほど」
オニギリを一口食べると、教科書を眺め始める。
私もパンを齧り、男が出題してくるのを待つ。
背中に当たる陽射しが強くて熱い。
端に追いやられたカーテンの所まで行って男と私の所を影にすれば、どうも、と言われた。男もやはり陽射しが暑かったのだ。
「どういたしまして」
「質問です」
「出題の間違いだろ」
「揚げ足とりな態度は、好きでは、ありません」
「それは悪かった」
「DNAの塩基配列を、調べるのは?」
「シークエンシング。ではこちらからも。DNAが染色体になるには何と反応する」
「ヒストンタンパク質、ですよね」
「はい正解」
男は教科書を閉じてしまった。
視線で問えば、何も見ずに出題してくる私に問うのが馬鹿らしくなったと言う。
それはそれで、残念だ。
白地のカーテンによって出来た淡い影。
室内は暖かいを通り越して、空気が淀んでいる。
今の季節は陽射しが強くても風が冷たい為に、教室は締め切られているのだ。
おかげで食事の時間は様々な匂いが混ざって、気分が悪くなってくる。
少しくらいは換気をしても良いだろうか。
二酸化炭素にまみれていては脳の活動も鈍る。
窓の鍵を外して半分ほど開けると、流れ込んでくるのは床を這う冷気。
「寒い、ですよ」
男が避難するような視線を向けてくるので、目が覚めただろうと言ってやる。
するとつまらなそうな顔をした後、窓を全開にした。
「寒い」
「俺の眠気を飛ばすには、これくらい、しなくては」
そう言って開け放たれた窓は男側ではなく私側。
冷気が直接当たるのは私で、男が眠気を飛ばしたいなら雪崩れ込む冷気が直接己に当たる男側の窓を開けるべきだ。
新手の嫌がらせか。
風の冷たさに体温が容赦無く奪われてゆく。
耐えかねて窓を閉めると、男が笑った。
「俺の眠気は、まだ、覚めてはいませんよ」
「そんなの待っていたら風邪を引く」
「看病、しますよ?」
「誰にも迷惑はかけないので心配無用だ」
喉が乾いたのでペットボトルを持つ。
しかし冷えた身体では冷茶を飲む気にはならなかった。
〜終〜
仲が良いのか悪いのか相変わらず分からない二人組です。
高校生と云うことで、薬売りに茶目っ気を与えたつもりですがいつもと変わりませんでした。
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