モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
言葉に続く文章
○溢れんばかりの想いは(薬売り)
→時として、人を人ではなくさせる。
想いが強ければ強いほど、その想いが受け入れられなかった時、積もりに積もった想いを何処に向ければよいのか分からないのだろう。
桶に張った水と同じだ。
受け口があれば其処に零せばよい。
しかし受け口が無ければ重たい桶を抱えたままでいなければならない。次第に腕が疲れ、桶は地に転がる。水は地面にぶちまけられる。
その時の絶望感はどれ程か。
その時の喪失感はいか程か。
その感情から生まれるモノ達の哀しみは、いつも俺の身を焼き骨を裂く。
しかしそれは比喩であり、事実、身を焼き肉を裂かれているのは心から生まれたモノ達だ。
成仏すれば幸せになるとは限らないのに、滅する日々に疑問を持たない日はない。
「哀しいね」
「そう、ですね。あのモノ達は……」
「違うわ」
何が?と問えば、相手は哀しそうな顔。
哀しい。哀しい。哀しい。
「貴方の溢れ出る哀しみの受け口となる者が居ない事が、哀しいのよ」
○「んー」と伸びをすれば、(連載学パロ)
→後ろにいる奴の頭に背中があたった。
振り返ると、相手は机に突っ伏している。
淡い色の髪はふわふわしていて、理由もなく一房を手に取った。そのまま三つ編みを作る。癖毛は一度結えば髪止めで結ばなくても解けたりしないから不思議だ。
また一房を手に取って、三つ編みを作る。
黙々と作業を進めれば、三つ編みが何本も出来た。
「席に着けー」
休憩が終わったらしい。数学の先生が来た。
「起きろ、次の授業だ」
「……ぅ」
前を向いて、授業を受けると教師がこちらを見ていた。そして、後ろにいる男の名前を呼ぶ。
「その髪型は何だ」
「髪型、ですか?」
「三つ編みばっかりして」
教師が笑う。
すると周りも忍び笑い。
後ろでは自分の髪に触れて、異変に気付いたらしく私の名前を呼んで、肩を掴んで振り向けと合図を出される。
合図のままに振り返れば、珍しく怒った表情。というよりも、拗ねたような、ムスっとした表情。
「どういう、つもり、ですか」
「何となくだ」
「ほう……」
男は隣の女子に、ヘアピンかゴムは持っていないかを訊ねる。
女子はあっさり両方を差し出した。
「授業中ですよ、前を、向かなくては」
「……私の髪をいじる気だろう」
「さあ?何となく借りた、ヘアピンとゴムなので、使い道は、決まっていません」
「お前達、本当に授業妨害が好きだな」
教師に嫌味を言われて、好きじゃないと二人でハモらせながら返事をする。
余計周りが笑ったのは、言うまでもない。
○どうしてもあなたに会いたい(薬売り)
→と思って、これから冬が訪れるというのに北上した。
尤も、あの人の隣街の妖怪騒動も気になったからなのだが。
あの人はどうにも、身近な妖怪騒動を一人で背負い込もうとしている。俺の仕事を軽減させようと考えての行動かもしれないが、隣街の医師の家で起きている騒動は聞く限りなかなかに大事だ。あの人一人に任せるには、気掛かりな問題。だからこの冬は共に居て、あの人が騒動に巻き込まれたら俺も関わろう。もし共に居る間に何もなければ、帰り掛けに一人で医師の元を訪ねよう。そう、決めて北上した。
つまるところ、仕事半分、私事半分だ。
着いた店先には人が居らず、声をかけても、無言が返される。
せっかくだから出迎えて欲しかったと、心のどこかで思う。あの人に関してだけ、俺は我儘になってしまうのだ。
今だってほら、落胆している。
何故こんなに落胆する理由があるのか分からないが、それでも落ち込んでいる事実は覆せない。
外で待とうか。そうも考えたが、外に立っている俺を見てあの人が顔をひそませるのが安易に想像がついて、止めた。
もう一度出直そうか。あぁそれならば、中で待とう。あの人にお帰りなさいと言うのも面白そうだ。
意気揚揚と、勝手に家に上がらせてもらう。荷をいつもの位置に下ろして、辺りを見回した。
火種はすべて消されている。長く家を空けるつもりなのか、几帳面なのか。どちらにしろ、まだ帰ってくる気配も無さそうだ。せっかくだから書物を借りよう。
勝手知ったる他人の家とはまさにこの事だろう。
書物を読んでいると、店先の方で、カラリと戸が開く音。
店員ではないので店先に行かないでいると、相手は無言のまま家の奥を覗き込んできた。
一瞬たりとも驚きを見せないその人は、籠を抱えている。
「居なかったので、上がらせてもらいましたよ」
と言えば、相手は小さく笑ってそれが賢い。と耳心地良い声で言った。
その笑顔を見られただけで、その声を聞けただけで、来て良かったと思う俺は、相当この人に惚れている。
□交差するのは(モノノ怪/骨董屋)
→今回が最期で善かろう。私が亡き後、生まれ変わった私をわざわざ見つけようとしてくれるな。
生まれ変わった私は私であって私ではない。
生まれ育った環境によって性格などいくらでも変わるのだ。今までを見てきて知っているだろう。だから薬売り、もう私を探すでないよ。
嗚呼、我儘を申してくれるな薬売り。
私はお前の為を思うて言っているのだ。お前が私を善き人間だと思うているならば、今回を最期にすべきなのだ。
何故かと訊くのか薬売り。しようの無い奴め。
次生まれ来るのはだいぶ先だ。
徳川の天下は終わっている。
大和心など欠けらも無い、浅ましい世界の開幕だ。
つまり私も、浅ましい人間になるのだよ。
だから薬売り、幻滅したくなければ、もう、私を探さぬべきだ。
分かってくれたか薬売り。
済まぬな。
そして、ありがとう。
嗚呼泣くでないよ。お前に涙は似合わない。
顔を洗ってくると良い。
ついでに水を一杯、持ってきてくれたら嬉しい。
はは、焦るな。ついで程度であって、喉が乾いているわけではない。後々を考えて頼んだだけだ。
嘘ではないよ、疑り深い奴め。ほら、早く顔を洗ってこい。
……。
まったく、心配させてくれる。
毎度毎度死ぬ間際に冷々させられてはかなわん。
だがそれも今回で最期か。
寂しいものだ。
幾千幾万と前から繰り返してきた魂の交差は、もう途切れよう。
- 33 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -