モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
拍手ログ3:塩作り
塩に砂が混ぜられているのだと薬売りが言った。
「それは難儀な」
そうでしょう、と男は言う。
旅をするしない関わらず、生きるのに必要な塩が地方で最近高騰しているのは知っている。
その高騰に合わせ、塩の中に白い砂を混ぜてかさを増やす行商人が増えたのだとか。
「半分は砂なので、たまった物では、ありません」
「半分は酷いな」
そうでしょう、と男が言う。
塩の高騰は内陸部の大名が原因らしいが、そんな事は下々の者には関係ない。
食う物があれば幸せな私達は、生きていくのに精一杯で大名に関わっていられないのだ。
それに此処は海岸に近く、さらに山にも近い。
最高の立地条件なので、塩の高騰など関係ないのだ。
「今、手持ちの塩は?」
袋を出される。
中を見れば、一面の白。
これでは砂と塩の見分けがつかない。
しかし半分が塩と考えれば、その量はあまりに少なく、旅の友には心許ない。
「仕方ない、塩を作るか」
「作る、ですか?」
「海水は有り余る」
瓶を持って家を出る。
海に行けば、仕掛けの紐を直しているらしい屈強な男が数名いた。
磯の香が骨の髄まで染み込んでいるのだろう彼等は、私を目視すると手を振ってくる。
「こんにちは」
「どうしたんだ西明さん、瓶なんざ持って」
「海水を頂きたいと思いまして」
「いくらでもどうぞ」
海の男は快く笑うと、私の瓶を奪うと海水を注ぎに海へと足を踏み入れていった。
水がたっぷりと注がれた瓶を男は差し出そうとして、私と薬売りを見る。
どちらに差し出せば良いのか、悩んでいるようだ。
確かに両方とも、見た目は海の男に比べて軟弱だ。
しかし私は一人暮らしをしていて、すべて自分でこなしているから力はある。
対する男も、馬鹿力だけは健在だ。
「家まで送りますよ」
海の男が出した答えは、どちらにも渡さずに自分が家まで運ぶというものだった。
どうにもこの村の者は、人が良すぎる。
いや、手を差し出さずに海の男の動向を伺った私の性格の悪さが要因なのだが。
「俺が持ちますぜ」
薬売りが海の男から瓶を軽々と奪い取る。
それに海の男は驚き、しかしすぐに悪いねぇと笑って言った。
「何杯でも注ぎに来てくれ」
「有難う御座います」
軽くお辞儀をして、足が埋まる砂浜から早々に退出する。
海は好きだが、この時刻の潮風はじっとりとしていてあまり好きではない。
とは言っても、家も近いのでこの潮風から逃れるのは不可能なのだが。
「彼はきっとお前を気に入ったぞ」
帰り道に小さく呟けば、冗談、と返された。
冗談ではないさ。海の男は軟弱な男が嫌いなのだ。
薬売りは見た目が軟弱に見えるから、海水のたっぷり入った瓶を持ったのに少なからず驚いて、同時に見込まれたのだろう。
「それにしても、海水を貰うのに、何故、彼の許可が、必要なんで?」
「お互いに気持ち良く生活するためさ」
海に生きる彼等にとって海が家のようなものだ。
その家に無断で入られては、良い気分はしないだろう。
まして家の物を勝手に持っていかれては、腹が立つ。
私とて店先に無言で入ってこられたら何なのだと思うし、上に勝手に品を持っていかれては腹が立つ。
それと同じ原理だ。
仕事場を他人に荒らされたくない。
たったそれだけの事。
「薬売りには数回、水汲みに行ってもらうとしよう」
「俺一人で、ですか?」
「相手に好感を持たれたのだ。一人で行って差し支えないだろう?」
薬売りは心底嫌そうな顔をする。
何だその反応は。
薬売りの塩を作ろうとしているのだから、少しは働け。
私は海水を濾して、それから煮詰めてとやる事があるのだ。
瓶から取れる塩は僅かしかない。
せいぜい、自分が欲しい分の海水を運んでくるのだな。
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