モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
拍手ログ4:陽の下では隠せない
虫干しをした書物を倉へと戻す。
薬売りが手伝おうかと申し出てくれたが、書物の並びに私なりの定義があるので断った。
しかし薬売りの申し出を無下にするのも如何なものかと思ったので、薬売りには広げた巻物を巻いてもらうように頼んだ。
軋む梯子を立てかけて上り、上にある棚へと書物を入れる。
今年は雨期が長かったからだろう、梯子の傷みが目立つ。
『西明さん、遊んで』
そう言ってくるのは、上の棚にある箱の中に居る異国からやってきた人形の少女。
傷まないようにと綺麗に箱に入れているのだが、それが御不満らしく私が倉に来るたびにかまってと言ってくるのだ。
「はい、また今度」
いつも遊んでいてはこちらの身がもたない。
いつもの返事をすると、今日ばかりは不機嫌で、箱をガタガタと鳴らした。
「およしなさい。落ちてしまいますよ」
『遊んでよ、ねえ』
箱の中に居る少女は金色の豊かな髪を波のようにたゆたわせた、新緑色の瞳の子だ。
彼の国の少女は、どうにも我儘らしい。
私が黙っていると、箱がさらにガタガタと言って、棚から落ちようとする。
「危ないと言っているではありませんか。おやめなさい」
『西明さんはケチだわ。昔の主人は、私と沢山遊んでくれたもの』
「昔の主人は、子供だったのでしょう?」
『西明さんとあまり変わらないわ』
「童顔、と言いたいんですか」
少女は一度大きく箱を揺らした。
違うと暗に表現したかっただけだろうが、箱が傾いて棚から零れ落ちる。
危ないと思うより先に体が動いて、抱えた書物を手放して落下する箱を掴む。
傾いた体に倣って傾いた梯子。
しまったと気付いた時には遅い。
私は箱を胸に抱えて、床に落ちた。
『西明さん!西明さん!』
箱の中にいる球体間接人形の少女は不安に塗り潰された悲鳴を上げる。
「大丈夫ですよ」
とは言っても、背が痛い。
しかし陶器で出来た少女が粉々になってしまうのを考えたら、私の身体の負傷は比べるまでもない。
足音がして、それから私を呼ぶ声。
こんなに焦った薬売りの声は久方ぶりに聞いた。
「西明、大丈夫ですか!」
「大丈夫だよ」
立ち上がろうとすれば、梯子にかけたままだった足首に痛みが走る。
これはまいった。
「何でまた」
「梯子が傷んでいたみたいだ」
薬売りは目敏くも箱を見て、けれど何も言わずにいた。
「立てますか」
「……」
「どこを、痛めたんで?」
「足首を少し」
『ごめんなさい、西明さん。ごめんなさい』
猛省している少女。
「泣いたら綺麗な顔が台無しですよ」
私の発言にギョッとした薬売りを無視して箱を抱える。
すると納得したらしく、薬売りは梯子を退かして私の横に膝をついた。
肩を借りて立ち上がろうと、薬売りの肩に手を伸ばす。
私の考えとは対照的に、腰と膝の裏に腕が差し込まれた。
「何を」
「無理矢理立とうとしては、いけませんよ」
薬売りに横抱きされて、抱え上げられる。
薬売りの肩口に顔を押しつける形になって、お香と薬草の香りがした。
「下ろせ!」
「足首を痛めている人が、何を、仰りますか」
「痛めたのは片足だけだ、下ろせ」
「そんなに狼狽、しなくても」
より強く抱き締められて顔が近づいてくるから思わず目を閉じた。
すると額にコツンと当たる、人肌。
すぐに離れたぬくもりに恐る恐る目を開けば、薬売りは笑顔を浮かべていた。
「静かに、ね?」
私を抱えたまま倉を出る男に何か言ってやりたいのだが、言葉が浮かばない。
いっそ暴れてやろうかとも考えたが、身体は石になったかの如く動かなくて、悔しいの一言だ。
『西明さん、ドキドキしているわ』
胸に抱えた少女がクスクス笑う。
慌てて胸から離せば、今度は薬売りが笑った。
「倉の中では分かりませんでしたが」
薬売りが私を凝視してくる。
私は言葉も見つからずに、ただただ薬売りを見上げた。
「顔が、真っ赤、ですね」
ふふ、と笑う。
私は言う言葉も無くて、箱で顔を隠した。
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