モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
拍手ログ2:夏の足取り
庭に一輪、向日葵が咲いた。
種を植えた記憶は無いが、それは芽を出したかと思えばぐんぐんと伸びて、大輪を咲かす。
この地域の向日葵が人の顔くらいある花を咲かせはしなかったので、周りは好奇の視線を向けるばかり。
突然変異ではないか。
天災が来るのではないか。
骨董屋だから、やはり何か霊的なものではないか。
様々な憶測が飛びかっているのは知っているが、特に気にする迄もない。
南国は花が原色ばかりで、一輪一輪も大きいと聞く。
大方、南国からの渡り鳥が置土産をしたのだろう。
花の命など短い。枯れて種を残す頃にはこの話題も萎れているに違いない。
それに、薬草ばかりが顔を揃える庭に向日葵が背を高くして咲き乱れているのは、以外と心を踊らせる。
夏は生命力を感じさせるというが、向日葵はまさにその代表だろう。
大きな花の部分の重さに耐えかねて折れやしないかと心配して、添え木をしたのはいつだったか。
今ではすくすく成長して、誇らしげに太陽に向かって花弁を広げている。
今日も縁側に腰掛けて、本を読む。
東を向いていた向日葵は上を見上げ、そして西を向く。
それを眺めているだけで満たされる気持ちに、自分も大概物好きだなと思う。
夕暮れの時刻。
物哀しげに花弁を閉じようとする向日葵に小噺を朗読する。
隣人は私に、親戚でもいらしているんで?と問うてきたが、私は最近滑舌が悪いのでその練習に、と最もそうな理由を連ねた。
私が朗読を始めると、西を恋しく眺めていた向日葵が僅かばかりこちらを向く気がした。
それに気付かないふりをして、大きな三角形を描く星が空に浮かぶまで読み耽るのが日課になっている。
今日も縁側で、向日葵を眺める。
強い陽射しは庭を照りつけ、蝉の啼き声、鳥の囀り、何処かであがる子供の笑い声が耳に心地良い。
暑くはあるが、本を閉じて縁側に横になる。
柔らかく吹く風は少し汗ばんだ肌に心地良い。
前髪がさらさらと揺れる。
瞼越しに感じる太陽は、相も変わらず世界を照らす。
背中に堅い何かを感じて意識が浮上する。
背中や尻が麻痺しているようだ。
時刻はどれ程か。
なんだ。もう後半刻もすれば陽が沈む時間ではないか。
本を読んであげなくては。
きっと向日葵は待っている。
瞼を押し上げて起き上がる。
すると自分の足先に、目覚めたばかりの目に慣れない色彩。
空の青よりも瑠璃の着物、朝顔のような紫、向日葵の黄色よりも淡く柔らかい卵色。
夏に見るその姿は、夏には似合わない淡色の身体に無理矢理夏を彷彿させる極彩色を纏っている。
対極な色合いを両方兼ね揃えた存在は、私をひどく安心させるのだ。
「おはよう、ございます」
「おはよう」
「勝手に、あがらせて、いただきましたよ」
「ついでに起こしてくれたなら、尚良かったのだが」
「気持ち良く、寝ていたので」
手で口を隠しながら欠伸を噛み殺すと、薬売りは何が楽しいのか、くつくつと笑う。
あぁ、それにしても、人が近づいてきても起きないなど、あってはならない事なのに。
何故起きなかったのだろう。
よもやこれは夢なのではなかろうな。
否、しかし、夢ならば背が痛いはずが……あるのか。
夢は現世の反映だ。
現世で痛いのならば、夢でも痛くて当たり前。
薬売りに気付かれぬ様に少し手の甲をつねる。
痛い。
これは現世か。
薬売りを見て、その手に巻き物があることに気付くのと、己の手から巻き物が無くなっていることに気付くのはほぼ同時だった。
巻き物を取られても気付かないほど眠りこけていた自分に自己嫌悪だ。
「それにしても、見事に、咲きましたね」
そう言って、西の空を恋しげに見つめる向日葵を眺める薬売り。
西日は瞳に焼き跡を付けるが、燃え盛る夕焼けはそれすらもどうでも良いと思えるほど美しい。
あぁしかし、悠長に眺めていては陽が沈む。
陽が沈んでは文字が読めない。
「薬売り」
「はい」
「巻き物を」
「こんな時刻に、読むんで?」
世界は橙に染まっていて、文字を読むには向かない。
しかし私が読まなくては、向日葵はいつまでも太陽を眺め、そして太陽を想い身を焦がすのだろう。
少しでも気を紛らわす為に読み聞かせをしてやらなければ、向日葵は今晩にでも、悲しみに朽ちてしまうやもしれない。
「朗読を日課にしている」
「朗読、ですか」
手を出せば、巻き物が置かれる。
昨日読んだ続きから開始した朗読。
向日葵はすぐ反応を見せ、本当に僅かだが私の方に顔を向けた。
切りが良いところまで読み、巻き物を巻く。
薬売りは小さく笑い、私の肩に頭を乗せてきた。
「妬けます、ね」
「情報伝達をする気ならば、主語を入れろ」
「向日葵に、嫉妬を、覚えました」
「おかしなことを言う」
「だって」
俺には、読み聞かせてはくれないでしょう?
そう言って首に腕を回して本格的に抱きついてくるから、暑苦しいと冷たく言い放つ。
しかし余計しがみつかれるだけで、何の効果も無かった。
「くだらない」
子供を相手するように、薬売りの頭をやわく叩く。
頭に巻いた布の結び目を弄れば、すんなりと解けてしまった。
露になるのは、絹糸の様な髪。
もう沈むだろう夕日は最後に盛大な紅を世界に残す。
その紅に照らされた髪は、とても暖かい色に染まり、子供っぽさを未だ持つこいつに似合いの色だなと思った。
蝉が啼く。
嗚呼、今年も夏が来た
- 19 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -