はいでえ!比嘉中!! | ナノ
ある夏の日:ほのぼの:甲斐+木手:
子供
がたがたと揺れる小型トラックの後ろに座って、甲斐は空を見上げたり辺りを見回したり最近習った歌を口ずさんだり、通り過ぎる人に挨拶をしたり、つまるところその場所を満喫していた。
「たーりぃ、ラジオぬ音まぎーしてぇー」
窓を全開にして運転をしている父親は、あまり大きいと煩いだろう、と言いながらも音量を少し上げてくれた。
ラジオではリクエスト曲が流されていて、それは甲斐が好きな曲だった。
歌手の歌声に合わせて歌を風に乗せる甲斐は上機嫌だった。
さとうきび畑をぐんぐん進むと、次は根野菜の畑。
開けた世界。遠くまで見渡せる。
甲斐は辺りを見回して、今日も異常なし、と笑った。
海は白波立てず、いつもと変わらぬ穏やかさ。
香りそうな潮の香りを求めて深呼吸をした。
と、畑を挟んだ向こう側に、見慣れた姿を見つけた。
こんな綺麗な沖縄に居て視力が低いらしく眼鏡を掛けて、ほんのちょっと俯いている。
木手だ。
まだ甲斐に気付いていない。
「えーしろー!」
声を張り上げて、手を大きく振る。
車の走る音と少し大きなラジオの音以外は蝉や鳥の鳴き声に飾られた空間に、ボーイソプラノの音はよく通る。
白いトラックの荷台で、綺麗に焼けた小麦色の肌が空を泳ぐのを見た木手は、自分も同じように手を大きく振った。
父親も甲斐の声に状況を察したのか、車を止める。
すると甲斐はひょいと荷台から飛び降りて、畑を横断して木手に走り寄る。
「裕君、うきみそーち」
「うきみそーち。永四郎、まーへいちゅんぬ」
「凛クンぬ家」
「なんでよ」
これ、と木手は持っていたバックの中を見せる。
中には甲斐の学校のとは絵柄が違う算数のドリル。
誰のだろうと考えて、昨日凛が広げていた物だと思い出す。
昨日忘れていったみたい。という木手に、甲斐はなるほどと納得する。
昨日は金曜日。
稽古帰りに木手の家に皆で寄って、土日の宿題をやっていたのだ。
その時に広げていた計算ドリルを凛が忘れていったのだと言う。
甲斐はなるほど、と言って、まるで世紀の大発明をしたかのように満面の笑みを浮かべた。
木手は刺すような陽射しと蝉の合唱に少し頭をくらくらさせて、目を細めながら甲斐を見る。
甲斐はニコニコと笑いながら、木手の手を握った。
「わんも一緒にいか」
「え?」
甲斐は畑を挟んだ向こうにいる父親を見て、口を開く。
「たーりぃ、わったー凛ぬ家に行ってくる」
運転席にいる父親は窓枠に肘を置く。
次いで、犬においでおいでをするように手を動かす。
「送るから、くさぁーんかい乗りよーさい」
畑を挟んで行われる父と息子の会話。
木手は申し訳ないという顔をしたが、甲斐は喜んで畑を横断する。
木手と手を繋いだままなので、勿論木手も畑に足を踏み込むはめになった。
栄養の足りている土は柔らかくて、シューズの形が色濃く残る。
荷台に人が乗ることが禁止されているのを知っている木手は、先に荷台に乗る甲斐を見て躊躇したが、上から差し出された手をすんなりと掴んだ。
それはやってはいけないと言われたことをやりたいという気持ちと、初めての荷台に乗るという知的好奇心が道徳心より勝ったからだろう。
荷台に腰を落ち着けると、鉄板はとても熱かくて、ズボンが焼け焦げるんじゃないかと木手は思った。
塗装されていない道。
がたがたと揺れる車体。
その度に木手のお尻が少し痛くなるが、それも新鮮な体験の中では余り気にならない。
甲斐はラジオの音楽に合わせて歌を口ずさむ。
木手は最初こそ黙って聞いていたが、時間が経つと無意識のうちに口ずさむようになっていた。
歌が変わると、歌の好き嫌いに始まり、好きなアーティスト名、好きな音楽、はたまた三味線の弾き方、分からない部分などの話にまで話題は広がった。
しかしすぐに畑を抜けて、住宅街に入る。
歩けば時間が掛かる距離だが、車で走れば一瞬だ。
その頃には木手も甲斐も知念に三味線は教えてもらおう、という話で落ち着き、空を見上げていた。
「着いたどぅ」
「にふぇーでーびる」
「ありがとうございます」
木手の礼儀正しい言葉に、甲斐の父親は笑う。
木手は荷台を下りて、平古場の家の呼び鈴を鳴らす。
するとすぐに平古場の母親が姿を見せた。
「うきみそーち、永四郎君」
「うきみそーち」
平古場の母親は運転席にいる甲斐の父親と、荷台にいる甲斐にも挨拶をした。
平古場の母親と車の間には結構な距離があったが、虫の鳴き声しか邪魔するものはいないので声は良く通る。
「あぬ、これ凛クンがちぬう忘れていった物やいびん」
「まぁ、にふぇーでーびる。あ、ちょっと待ってて。凛ー、永四郎君よ」
「えーしろー!?」
どたどたと奥から足音が聞こえて、パジャマ姿の平古場が玄関に裸足のまま下りて、そのままにうきみそーち、と言う。
そんな平古場の頭を母親は計算ドリルで叩いて、これを届けてくれたのよ、と言った。
「あきさみよっ!わんぬ計算ドリルやさ」
「これから気を付けなさいよ、ごめんね、永四郎君」
「いえ」
「にふぇーでーびる、永四郎」
母親は少し待っててね、と言い、奥に姿を消す。
甲斐が荷台から下りて、二人の元に走り寄ってきた。
「うきみそーち、凛」
「お、裕次郎!うきみそーち」
ぱたぱたと足音が聞こえて、ラムネを四本持った平古場の母親が表れた。
「はい、永四郎君、裕次郎くん」
「わーい!」
「にふぇーでーびる」
「あんまー、わんぬは?」
「凛は忘れ物をする悪い子やさ、あげられねーらん」
「えー!」
「もうしない?」
「しない!しない!」
「まったく……」
はい、と渡されたラムネ。
平古場は喜んで蓋を開けずに待っていた二人と一緒にビー玉を落とす。
シュワッとあがる気体に、蓋は押さえたまま。
平古場の母親は残りの一本を甲斐の父親に届けて何かを話しているが、子供たちはラムネを飲んでお喋りするのに夢中で気付きはしない。
「裕次郎!たーりぃは先に帰るからな」
「え!」
「二人はおばちゃんが送るから、よんなーしていきよーさい」
「にふぇーでーびる!」
「ありがとうございます」
二人の熱を持った頭を撫でて、平古場の母親は笑顔を零した。
三人はリビングへ行って、せっかくだからと田仁志と知念にも連絡を入れる。
すると二人ともすぐに行くと言って、自転車でやってきた。
何処にいこうか、という話題になって、いつも通り海で話はまとまった。
最近は五人揃うと洞窟探しばかりしているので、今日も洞窟を探そう、という話だ。
「裕次郎君はわんぬくさぁー、永四郎君は凛君のくさぁーな」
田仁志以外は二人乗りをして、自転車を漕ぐ。
じりじりと焼ける海辺のアスファルトに着くのは、すぐのことだった。
たーりぃ=お父さん
まぎー=大きい
うきみそーち=おはよう
まーへいちゅんぬ=何処に行くの
いか=行く
くさぁー=後ろ
〜に=〜んかい
乗りよーさい=乗りなさい
ちぬう=昨日
〜やいびん=〜です(敬語)
〜ねーらん=〜ない(否定語)
よんなー=ゆっくり
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