はいでえ!比嘉中!! | ナノ
ある日の惨劇:シュール:全員
ある日の
惨劇
それは初夏の、蝉がミンミンと元気に音を奏でる午前の事。
比嘉中テニス部キャプテンの木手永四郎は、今日も部員の誰よりも早く部室に向かっていた。
これは誰かがそうしろと言った訳ではなく、木手が自発的にしていることであって、木手にとっては日常の一コマに過ぎない。
扉の前に近づいたとき、木手はその形の良い眉を寄せた。
蟻の行列が、扉の隙間から部室に入っていっているのだ。
否、よく見れば行列は二列で、入るものと出るものが存在している。
木手は何かを思い付いたようにはっとした表情をして、蟻を踏まないようにしながら扉の鍵穴に鍵を入れ、回した。
普通ならそのまま鍵をポケットに入れて部室にすんなりと入るのだが、今日ばかりはそれをしない。
ゆっくり扉を明けて、中を覗くと木手は何も言わずに扉を閉めて、髪型が崩れる可能性を気にも止めずに壁に額を当てた。
木手が見た部室内は、特に泥棒が入った痕跡がある、誰かが暴れたのかロッカーが倒れてる、という様子はまるでなかった。
ただ一つ、違いがあるとすれば長テーブルの上に誰かが食べたプリンの空箱がそのまま置かれていた事くらいだ。
それ意外に何の変わりも無いならば、木手も部室に足を踏み入れてゴミ箱捨てれば良いだけのことなのだが、世界は木手に優しくなかった。
暑い今日この頃、虫達からすれば食べ残しだろうがなんだろうが、甘いシロップは樹液と同じくらい好物に他ならない。
つまり、部室の長テーブルに置かれたプリンの空箱に、多種多様の虫が群がっていたのだ。
群がる虫には汚い所に喜んで寄ってくるゴキブリの姿もあった。
それが木手をより動揺させている。
木手は綺麗好きと言うよりも潔癖症と言うほうがしっくり来る性質なので、現在部室内で起きている状況に少なからず戸惑っている。
戸惑うと同時に、苛立ちも感じ始めていた。
誰だこんな汚いことをする奴は。
あれだけ食い散らかすな、汚すなと言ってきていたのに、食べた物をそのままにした奴はどこの馬鹿だ。
本来ならいつも部室を最後に閉めるのは木手だ。
だから今の今までこんなことはなかった。
昨日は事情により、部員よりも先に帰った。
その結果がこれだ。
ふざけろ。
こんな事になら昨日は部活を早めに終了させていれば良かった。
後悔が先に立たないとはまさにこの事。
次からは自分が早く帰るとき、部活は終了させるべきだろうか。
しかしそんな自分の身勝手な理由で部活の時間を短縮させるのは良くない。
いや、いや、いや、落ち着け。
論点がずれている。
今は中にいる虫をどうすべきかを考えるべきなのだ。
現実を認めろ。
さて、どうしたものか。
流石に今部室に入る気にはならない。
鞄の中には参考書や教科書しかないのだ、それで虫を潰すのはまず無理に決まっている。
万一教科書で潰しでもすれば、その教科書を使える自信はない。
しかも群がっている虫の量が半端無い。
地獄に垂れた蜘蛛の糸に群がる畜生共のようだ。
そんな奴等に単身挑む気は、更々無い。
昨日最後に部室を出た奴が元凶であるのはまず間違いないだろう。
どこのどいつだ。
三年生以外部室の鍵は持っていないから、最後に部室を出るのは三年生でしかない。
知念はまず無いだろう。彼は綺麗好きだ。
こんな馬鹿な事をするのは平古場か、甲斐か、新垣か。
「えー!永四郎!うきみそーちー!」
「永四郎君、うきみそうち」
「うきみそうち、キャプテン」
壁に頭をくっつけてドアノブを握ったまま動きを止めていた木手は、こちらに歩み寄ってくる部員の方に顔を向けた。
「うきみそぅち木手。ぬーがあったばぁ?」
甲斐はいつもの木手らしからぬ姿に思わず問う。
木手はやや下を向いていた為にずれていた眼鏡を正した。
「昨日最後に帰った人、誰?」
そう言えば皆が甲斐を見る。
甲斐は何かを思い出したのか、目を見開いた。
「あ……」
「甲斐クン、君が最後?」
「いや、あぬ、木手」
「こっちにおいで、甲斐クン」
木手はひどく優しい、それこそ赤子に対して母親が言うような声音を出す。
知念と平古場、それから田仁志は何があったのかまるで分からずに互いに視線を合わせては、分からないと首を振ったり肩を竦めてみせたりしている。
ただ分かるのは木手の機嫌が悪いことと、その原因が甲斐だということ。
話の筋道からして、知念達は鍵の閉め忘れか何かだろうと思った。
言い訳が思い付かないらしい甲斐は渋々と木手に近づく。
「中、どんな状態?」
「自分で確かめなさい」
甲斐は中を覗いて、それから扉を閉めると扉に頭をぶつけた。
「どうしたんばぁ?わったー意味が分からんさぁ」
「中見れば分かるよ」
木手に促されて、三人も中を見る。
知念と平古場は視線を合わせた後、甲斐を見た。
「ちばれ裕次郎君」
「くぬひゃー、たーぬ分食ったんばぁ?」
「平古場、今はそこじゃない」
「うっせデブ。やーだって気になるくせに。自分ぬ分だったらわじるんだばぁ?」
「そうだけど」
「平古場クンに田仁志クン、プリンは甲斐クンが後々ちゃんと補充してくれるだろうから気にしない」
「おーそうか」
木手の言葉に平古場は納得して、扉の前を退いて甲斐に道を開けた。
知念も退いて、道を開ける。
田仁志も退いた。
流石に誰も手伝う気にはならないらしい。
「たーが手伝うくらいあびれ!」
「甲斐クンが蒔いた種でしょ、自分で何とかしなさい」
木手の一言に、甲斐は頭を垂らした後、覚悟を決めたのか扉の前に立つ。
しかし、やはりあの虫の大群に何を武器にして戦えば良いのかを考えているのか、ドアノブは握られたまま回らない。
それを見ていた平古場は何を思い付いたのか甲斐に近づき、ドアノブを握った手に自分の手を合わせた。
「凛」
一緒に虫退治をしてくれると期待した甲斐が垂れた頭を上げれば、平古場は笑顔。
その笑顔に、良い意味が含まれていないと甲斐は今までの経験上知っている。
何かを企んで、今からそれで遊ぼうとしている時の笑顔だ。
「りっ……!」
ドアノブが凛の手によって回され、すぐさまドアが明けられた。
甲斐はドアノブを握っていた手を凛に引っ張られてドアノブを離してしまう。
そして凛に背中を押されて中に入ってしまうと、背後でドアが無情にも閉まる音だけが響いた。
一部始終を見ていた木手、知念、田仁志は甲斐を少し憐れむも自業自得なので誰も平古場を責めはしない。
蝉がミンミンと啼く午前。
部室無いから上がる悲鳴と蝉の鳴き声を聞きながら、四人は部室外でのんびりと地面に腰掛けながら雲の流れを見て過ごしていた。
〜戯言〜
木手は絶対潔癖性だと思います。
潔癖具合は
木手>>>>>知念>>不知火>田仁志>新垣>平古場≧甲斐
かと。
- 48 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -