鬼灯の冷徹 | ナノ
パンツは大事なんだよ
「お待ちしておりました、お客様」
店先に居た定員は、腰にバスタオルを巻いた私が近付いてきたのを確認するとすぐに寄ってきてくれた。きっと先ほどの足湯カフェから連絡がいっていたのだろう、こちらの状態に何も言わず、すぐに店内に招き入れてくれた。
確かに腰にタオルを巻いて歩いていると人の目線が少し痛かったから、店内に入れてもらえたのは助かる。
早急に変えの服が必要だと解釈しているようで、ここがリーズナブルな価格帯の浴衣です。と教えてくれる。
成程、確かに安い。
昔の呉服屋よろしく服一着買うのも大金になるようだったら困ると思っていたけれども、今の呉服屋はプリント生地のおかげでかなり価格帯を下げられているようだ。
「ありがとうございます。選びます」
でも、安い分生地も薄い。せっかく浴衣を買うのならば、そこそこ良い物を買って、地獄でも気楽に着られるようにしたい。今も私は着物文化で生きているのだから、浴衣は日常的に着る服だ。
時々着てはこの旅行を思い出せるように、そして長く着られるように、良い物を買おう。
「カヱさん、私は外で待っていますね」
「ありがとう、鬼灯君」
鬼灯君は気を利かせてだろう、外に出て行った。
私はこれはなかなか良いと思える柄を見つけて、それに合う帯、中に着る襦袢も併せて買うことにする。
「着替えはこちらです。バスタオルは我々が預かりますので、そのままにしておいて下さい」
「ありがとうございます」
更衣室に通してもらって、タオルを外してハタと気付く。
下着……つまるところ、パンツも濡れていた。
「……」
どうしよう。と考えてもどうしようもないことを考える。
店員さんにパンツ売っていますかって訊く?
どう見たって着物や浴衣、それら小物しか売っていないのにパンツが売っているわけがない。
仕方ないからパンツ無しで着る?
西洋文化を取り入れてパンツを履くようになってン百年経っているのだ。
今更パンツを履かない生活に戻るのは落ち着かない。昔の文化が残っていて和装が主流の地獄であっても、皆パンツは履いている。
地獄であっても、今時パンツを履いていないのは痴女レベルだろう。
と言うことはこのままパンツ無しでいるってなると私は痴女?
この後鬼灯君の隣に立つのに、そこにパンツを履いてない自分が居ると思うと、とてもじゃないが無理だ。
でも濡れたパンツを履いたままでは、浴衣にも染みてお尻周りが濡れている人になる。
それこそヤバイ。漏らした人みたいじゃないか。
仕方ない、痴女になるしかないのかと腹をくくろうとしていたところで、更衣室の扉がノックされた。
「カヱさん。もう脱がれましたか?」
「え!?えーっと」
半裸です。とも言えない。
パンツが濡れて張り付いています。とも言い難い。
「では上から投げ入れるので、受け取ってください」
天井と更衣室の扉は少し隙間があって、そこから何かが投げ入れられる。
受け取ると、コンビニエンスストアの袋。
中を見ると……ああ、なんていうこと。
「……ありがとう」
「緊急用なので、あとで肌に合うのを買ってください」
袋の中身はコンビニで売っていたのだろう下着が入っていた。
サイズが分からなかったのだろう、あった物を買ったのか二種類のサイズが入っている。
いや、分からなくて当たり前なのだけれども。
分かっていたら怖いのだけども。
「買うの恥ずかしかったでしょう」
「いえ全く」
「それもどうかと思うよ……」
買ってもらった下着を履いて、買った浴衣を着る。
レンタルの浴衣は襦袢が無くて落ち着かなかったのだけれども、今は襦袢も買ったからなんだか安心できる。
いつも身に着けている物がなくなるのは、やっぱり少し落ち着かないのだな、とあらためて思った。
「お待たせ」
買った浴衣を着て更衣室から出ると、鬼灯君が近くで待ってくれていた。
少し驚いた顔をして、私をじっと見る。
何?どこかおかしいかな?現代風の柄だから、似合わないのかもしれない。
「成程……」
「何が成程なの?」
「いえ、こちらの話です。カヱさん、今度その浴衣を着て一緒に夏祭りに行きましょう」
「わぁ!それ良いね。凄く楽しみ」
新しく買った着物は鬼灯君のお気に召したようで、夏祭りでも着て欲しいと言ってもらえたのがとても嬉しい。
「なので」
「?」
「私と夏祭りに行くまではその浴衣、着ないでくださいね」
「え?なんで……」
普段家で着るのに使えると思ったのに……。実は似合ってないのかな?変なのかもしれない。
「言わないと分かりませんか?」
「似合わないなら似合わないと言ってもらえたほうが嬉しいかな……」
「違いますよ」
トン、と全然力の入っていない手刀が落とされる。
「とても似合っているので、独占したいんです」
「ああああああ……」
「語彙力」
「消失しました」
頭に乗せられた手刀をそのままに、俯く。これは恥ずかしい。
「独占、させてくれますか?」
「そんなこと言われて拒絶できる訳がないじゃない」
「大変結構な回答です」
***
そのあとは濡れた服を袋に入れて、更に紙袋に入れてくれた店員さんに感謝をして、呉服屋を出る。
紙袋は当然のように鬼灯君が持ってくれて、私は小さなバッグ一つを持つだけだ。
「他も見て回ろうか」
「そうですね。せっかくの休日です。楽しまなくては」
「鬼灯君はどこを回りたい?」
問えば、鬼灯君はパンフレットを広げて、買い食いができるお店を示した。
「ここの串焼き肉が美味しいらしいです」
「良いね。食べに行こう」
まだ日が沈むまで時間は十分にある。
この旅行を楽しもう。
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