鬼灯の冷徹 | ナノ
足湯って好きだよ。濡れなければ
熱い顔をそのままに、足湯があるカフェへと足を進めた。その間、手を繋いだまま隣を歩く鬼灯君は特に喋らなくて、それが余計に私の中で緊張や落ち着かない気持ちを膨張させてくれて、喉に仕掛けられた風船が徐々に膨らんで気道を圧迫するような、そんな息苦しさ。
いや、どんな喩えよ。そんなの拷問じゃない。
所々鬼灯君が「こっちですよ」と道案内する以外は言葉を交わす事もなく、気を散らすために通りの店に視線を向ける。
お饅頭にお土産、浴衣に下駄屋。先ほど見たかんざし屋と似ているお店がある。小物のお店かな?天井から蛇の目傘が吊るされている。
本当に何でもあるのだなと感心する。旅行客の心を擽る店を眺めながら歩いていると、あっという間にお店に着いてしまった。店内は少し混んではいたけれども、待つこともなく案内された。
少しくらい、落ち着ける時間が欲しかったのだけども。いや、立ち止まったところで余計にあれこれ考えてしまうし、鬼灯君と何を話せば良いか悩む結果になるだろうから、これで良かったのかもしれない。
そんなことを思いながら靴を脱いで上がったお座敷の奥は、細長い中庭があった。
「わぁ、凄い」
「本当ですね、これはなかなか面白いです」
中庭に面した縁側に腰掛けて座るとそのまま足湯に足が浸かる構造のそこは、吹き抜けになっていて水面が陽射しを受けてキラキラしている。うっすらと湯気が立ち上っていて、温かいのだろうことは容易に想像がついた。
隣に並んで座って、私は浴衣を膝まであげて足をつける。少しぬるめの足湯はとても心地良くて、ほぅ、と息を吐いた。鬼灯君も足をつけて、気持ちいいですね、と感想を漏らす。
ふと見た前には小さな子達を連れた夫婦が座っていた。こういった設備で子どもも利用可能な場所は少ないから、この家族にとって良い思い出になることだろう。
女性が男性と子ども達の写真を撮って、その後に男性が女性と子ども達の写真を撮っている。自撮り棒とやらを使っても前に座る私達に問題がない程度には幅がある足湯なのだけども……持っていないのかな?
「あの、お撮りしましょうか?」
メニュー表もまだ届いてないし、店員も忙しそうだから待ち時間もある。声をかければ「いいんですか?」と聞かれ、裾を持ったまま立って、男性からスマホを受け取る。
家族写真を納めて、確認してもらうと感謝の言葉を貰えた。
良かった、写真を見て、子ども達も笑顔だ。
「あの、お二人さんもお撮りしましょうか?」
まだ歩行もままならないだろう子どもを抱っこしている女性がそう言ってきたので、鬼灯君をチラリと見る。せっかくですし、撮ってもらいましょう、と言ってくれたので私のスマホを渡して、鬼灯君と二人、肩を並べてスマホに目線を向ける。
軽快なシャッター音がして、返却されたスマホを受け取る。確認すると、だらしない顔をしてピースしている私と、表情が全く変わらない鬼灯君が写っていた。
変わらない、と言っても、ツノも無いし、牙も無いし、耳も人の形なのだけども。ホモサピエンスに擬態している時に写真を撮ることなんてそうそう無いから、とても貴重だ。
「優しいですね」
「え?」
写真を確認していたところで、一緒に見ていた鬼灯君がぽつりと呟く。
いきなりどうしたの?
「写真ですよ」
「ああ」
私が、前に座る家族に写真を撮ると提案した事を言っているのだ。それで優しいになるのなら、人間社会の8割は優しい人になるんじゃないかな。と思いつつ、「私はいつだって優しいよ」と冗談めかして言う。
「知ってます」
いやそこは鬼なのに?って笑い話にするところでしょう。何を真顔で答えてるのよ。照れるじゃない。
「遅くなってしまい申し訳ございませんでした。こちらメニュー表になります。決まりましたらボタンを押してください」
お冷とおしぼり、それからメニュー表が届いたので、ツッコミを入れる事も出来ずに会話が中断してしまう。鬼灯君も少し口が重たくなっているし、どうしたんだろう。いつもの軽快な口が閉じてしまっているのは、私が何かやらかしたからだろうか?
でも先にやらかしたのは鬼灯君だよね?だっていきなりおでこにキスしてきたじゃない。しかも公衆の面前で。
「カヱさんはどれにしますか?」
「え?鬼灯君は決まってるの?」
「ええ、斜め前の人が食べてるのを見ていたら美味しそうでして、それを食べようかと」
あ、そういう。
ずっと周りの人が食べている物を見て、自分が食べたい物を探してたのね?
だから寡黙になってたのかな?それなら良かった。
もしかしたらキスひとつであんなに取り乱してしまった私に辟易したのかもしれないと思ったし、この時間がつまらなくて、苦痛で黙られていたらどうしようかとも思っていたよ。杞憂でよかった。
「私はこれにしようかな」
気分晴れやかにメニューを見て、決める。足湯もさっきより格段に気持ち良い。
「では店員を呼んでいいですか?」
「うん」
ピーンポーン、と間延びした音がすると、すぐに店員がやってきて、鬼灯君と私の注文を復唱して去っていった。本当に忙しそうだなぁ。
「ところでカヱさん」
「なに?」
「カヱさんは子どもが好きなんですか?」
「え?何でまた急に」
「前の家庭の子どもの表情とカヱさんの表情がシンクロしてたので」
「えっ?そんな??」
「ええ、家族写真見て喜ぶ子どもの表情を見て、カヱさんも同じ表情をしてましたよ」
それって子どもっぽいって意味ではないよね?と変に邪推してしまうが、きっとそうではなくて、純粋に鬼灯君は問うてきてるのだろう。そうであって欲しい。言外の意味を察せられるほどは私は賢くないのだ。
「まぁ、そうだね。教員だし、子ども好きでなければできないと思うよ?」
「なるほど」
ふむ、と頷く鬼灯君に、え?人事異動関係?と問えば違いますと返される。てっきり私の性質を分析して、新しい職場を提案されるのかと思ってしまう。
「鬼灯君って外でも仕事モードに入る印象があるから、仕事関係かと思ってしまったよ」
「私は外では仕事のことは一切考えずに、開放感の中満足いくまで遊んでいるつもりなのですが」
「だって心霊スポット巡りやお化け屋敷巡りはそこから良い部分を回収して職場に反映してるでしょう?」
「アレは趣味です。私の趣味がたまたま仕事と少し被っている部分があるからフィードバックしているだけですよ。それに、全く関係ないところにも行きますよ」
「例えば?」
「動物園とか。あと最近では花鳥園にも行きましたよ」
「花鳥園……ハシビロコウ目当てでしょう」
「ええ。彼らの距離感が好きなんです」
専門的な話をし始める鬼灯君に、好きな物は徹底的に調べる性質は小さい頃から変わらないなぁと微笑ましくなる。そして、こうやって話を聞くのが私は割と好きなのだ。たまに議論したりするのも楽しい。
「今度は動物園も一緒に見て回りたいね」
きっと一緒に見たら、お互いの見方の違いで色々面白い発見があるだろう。特に鬼灯君は珍しい所に着目するから、きっと楽しい。
「そうですね。どこの動物園が良いか……カヱさんは見たい動物はいますか?」
「う
ん。最近人気なのはパンダなのかな?たまに職場で見かけるから余り貴重って印象はないのだけれども。ほら、初江王の補佐官の」
「パン吉さんですか」
「そうそう」
パン吉さんは前はパンダって呼ばれていたし、事実パンダなのだけれども、喋れるし仕事関係者なので動物として見る、と言うのはなかなか難しい。動物園に行ってパンダを見ても、頭にパン吉さんが浮かんでしまいそうだ。
そんな事を言ったら白犬を見たらシロくんに見えるのか、と言うことにもなってしまうのだけれども。
「お待たせしました」
店員さんが盆の上に私達が頼んだ品物を乗せてやって来た。
受け取って、ひと口食べる。ああ、美味しい。
「とっても美味しい」
「言葉にせずとも伝わるくらいには表情が訴えてくれてますよ」
「ええっ、そんな変な顔してた?」
「美味しい、と書いてあるようでした」
どんな顔かは分からないのに羞恥心を感じたのは、まるで自分が子供のようだと思えてしまったからだろう。年上なのに恥ずかしい。
もう少し落ち着きのある大人に成長するつもりだったのに、希望と現実の落差たるや。
「これも美味しいですよ?食べてみますか?」
「良いの?」
鬼灯君の甘味を一口もらう。なるほど、味付けが違うから口の中が新しい刺激に震えるようだ。とても美味しい。
「鬼灯君もどう?はい」
一口差し出すと、パクリと食べた。ふむ、と言って、そちらの方が甘いですねと返される。
「鬼灯君のは抹茶だもんね」
鬼灯君はこちらをじっと見てくる。何?と問えば、いえなにもと返される。こっちの方が味が好みで食べたかなったのかな?
「交換する?私抹茶も好きだからどちらでも良いよ」
「カヱさんの食べてる物を狙っている訳ではないです。どうぞお気になさらず」
「……あんまり見られてると食べづらいよ」
「そうですか」
鬼灯君はお茶を飲んで、前を向いてしまう。
私も前を向いて、ハッとする。前の家族の小さい子が縁側の上から足湯を覗き込んでいるのだ。
母親はもう1人の子供に気を取られている。
小さな子どもの重心は頭にある。覗き込んだら危ないと声をかけるより先に体が動いてしまった。
バシャ!っと大きな水音を立てて、落ちかけた子を伸ばした腕で捕まえる。
「良かった….」
「きゃあ!済みません!」
母親は驚いたように声を上げて、縁側から落ちて私の腕に収まっている子どもを見て慌てふためいている。腕の中の小さな命はキョトンとした後、わっと泣き出した。
「ありがとうございます。ごめんね、ごめんね怖かったよね」
母親は私から子供を受け取って、泣き叫ぶ子供を胸に抱いて謝罪を口にする。
「カヱさん、立てますか?」
「鬼灯君、ありがとう」
後ろから声をかけてくれた鬼灯君が手を伸ばしてくれたので立ち上がる。うわっ、浴衣がびちょびちょだ。
「お客さま、大丈夫ですか!?」
「済みませんが大きなタオルなどを持ってきてもらえますか?」
「分かりました」
鬼灯君の言葉に店員が急いでブランケットやらタオルやらを持ってきてくれた。
「ひとまず、ブランケットを羽織ってください。それから」
大きなバスタオルを腰に巻かれる。あ、もしかして……浴衣が透けてた?
「膝、血が出てますね」
「え?」
足元を見れば、濡れた水のせいもあってか血がタラタラと流れているのが見える。気付かなかった。
そういえば足湯の床はコンクリートだった。咄嗟に膝をついて手を伸ばしたから、擦ってしまったのかもしれない。
「絆創膏も買いましょう」
「せっかく楽しんでたのに……申し訳ないです」
せっかくのデートなのに、彼女が濡れ鼠ってどういう状況よ。楽しい時間にしたかったのにと申し訳なさで謝ると、人1人を救ったのですから謝らない。と返される。
店員も私の膝に気付いたのか絆創膏と消毒液、ガーゼまで持ってきてくれた。
「何から何まで、有難う御座います」
「いえ、お客様のおかげで事故が起こらなくて済みました。ありがとうございます」
優しい店員さんだなぁ。もらった絆創膏を膝に貼って、お会計を先に済ませることにする。
前にある親子も気まずそうにしてるし、周りの目線も痛いし、どう切り上げようかと考えていると店員さんが近くで浴衣が売っていることを教えてくれた。
「ここは車が入らない通りなので、お宿まで帰るのは大変だと思います。もしよろしければご案内致しますが」
「それ良いですね。教えていただいても良いですか?」
会計を済ませてきた鬼灯君が会話に参入してくる。鬼灯君が道を教えてもらっている間に、向かいにいた親子がこちらに来て済みませんでした、とまた謝ってくる。
「良いんですよ。本当に気にしないでください。せっかくの旅行なんですから、楽しい思い出たくさん作ってください」
人の人生は短いのだ。家族旅行だって人生の中でそんなに多い回数では無いだろう。それをつまらないものになんてしたくない。
「カヱさん、行きましょう」
「タオルは……」
「タオルはそのままで。浴衣屋で渡せばこのお店に戻してくれることになりました」
それは良かった。
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