鬼灯の冷徹 | ナノ
観光は楽しいものなのです
買い食いした串焼きのお肉は、Aランクと銘打っていただけあってとても美味しかった。
噛めば肉汁がじゅわりと出て、肉本来の味と香辛料の香りが鼻腔を刺激してくれる。
「美味しかった」
「余程気に入ったようですね」
「うん。普段あんなに良いお肉食べないから」
「出張中にこちらの世界で接待とか、あったでしょう」
「接待があったとしても、普通のお店だったよ」
出張中と言っても、現世に人間のふりをして来ているだけだし、何より私は平社員というものだったから接待と言っても駅前の安い居酒屋とかであった。
旅行でたまに贅沢をすることはあっても、現世での旅行は現代社会の知識不足である私にはハードルが高くて、やっぱり旅行するとしても地獄か天国に行くことが多かったし、そうなると地獄や天国の特産品を食べることになる。現世ほど貪欲に技術の発展をしていない我々の世界は、どうしても食の文化でも新しい物は出てきにくいのだ。
この牛も、昔のような家畜方法ではなくて、きっと餌やらすべてを徹底管理してここまで食用として作り上げているのだろう。その探求心に感服してしまう。
地獄では、そういう目線で生きている鬼はいないように思う。料理を上手く作ることを頑張る人はいても、素材の品種改良等をやる人は見たことがない。
……いや、隣にいるじゃない。好きな物を徹底的に極めようとして品種改良している人。キンギョ好きから品種改良まで行ったのだから、探求心がすさまじい。
「……鬼灯君が出張中に食べて美味しかったのって何かある?」
「私ですか?」
顎に手を当てて、少し悩む仕草をする。それを見た周囲の女性たちが鬼灯君をイケメンと言っていて、ええそうなんですイケメンなんです中身もイケメンです性格に少しちょっとかなり特性はありますけど本当に素敵な子なんです。と言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。
鬼灯君は気付かれたら大変なのだけども、小鬼の頃から知っているから少し親心も持っていて、だから周囲の人が鬼灯君を褒めそやすと嬉しくなってしまうのだ。
「カヱさん?」
「あ、ごめんなさい少しボーっとしていたみたい」
「自分から質問してきて、それはないでしょう」
「ごめんごめん。それでなんだっけ?」
「軽い謝罪ですね」
頭をこつんとやわく小突かれる。
近い顔に喉の奥がヒュッと鳴った。
だから、顔が良すぎるのよ。
***
夕食の時間まで外で過ごして、お土産屋さんが並ぶ道を歩いて宿に戻る。
「沢山歩きましたね」
「ヒトの体だと筋力が落ちるのか、やっぱり少し疲れやすくなるね」
「おんぶしましょうか?」
「そこまで疲れてないから大丈夫だよ」
「履き慣れていない草履は疲れるんじゃないですか?」
「それを言うなら、鬼灯君もでしょう?私がおんぶしてあげようか?」
ガッツポーズをして出来るよ!とアピールしてみせれば、真顔を返される。
「それ本気で言っているならヤバい人ですよ」
「ええ……いきなり冷静な返し。昔はおんぶしたじゃない」
「それ私がうんと小さい時の話ですよね?それを言うなら、私も昔、カヱさんをおんぶしていますよ」
「え!?」
そんな記憶ないんだけど?いつの話?
今まで酒に溺れた事は無いからお酒の席で失態して鬼灯君を煩わせたというのは無い。
でも、それなら、いつ?
「覚えていませんよね」
少し眉を下げた表情を見て、鬼灯君の記憶にはちゃんとあるのだと分かった。
何で悲しそうなの?私が忘れているのがそんなに問題なのかな。もしかしたらもの凄く迷惑をかけてしまっていて、それを忘れてるのが許せないとか?
「私、どこかで寝落ちしてました?それを介助してくれたとか……?」
「いえ、そういう訳ではないです」
「ええ……じゃぁどういう状況?」
「いつか分かるから良いですよ」
「え!?分かるものなの?」
「ええ、分かります」
私の記憶が復活するっていう事?なんで私の脳の回路が未来では復活するって確信を持って言えるのだろう?
「カヱさん」
繋いでいた手を少し引かれて、バランスを崩す。頭を抱えられて、鬼灯君の胸に顔を押し付ける状態になった。
一気に心臓がバクリと大きく脈打って、心臓が鼓膜を震わせる。その鼓膜に重なるように聞こえたのは自転車が通り過ぎる音だった。
「彼は地獄行きでしょうね。自転車の運転がまるでなっていない」
「……」
守ってくれたのね。
そうだよね、そうでなければ、いきなり抱きしめられたりするわけないもの。
「ありがとう」
離れようと鬼灯君の胸に手を添えるけれども、頭を押さえる手の力が緩まなくて離れられない。
「あの、ちょっと。離れられないのですが」
「公衆の面前でイチャイチャするのもやぶさかではないなと」
「何言ってるの!?」
「それで暴れているつもりですか?ぬるいですね」
繋いだ手は握られたままなので、片手だけで暴れても鬼灯君は全く意に介さない。
頭に何かがのそっと乗って、それが鬼灯君の顎だと気付く。何でこんな何もないところで抱擁し続けているの!?
「鬼灯君!」
「先程敬語を使っていましたよ」
「っえ」
「とは言え、カヱさんから抱き着いてもらってはいないので、この抱擁はノーカウントですね。ペナルティは部屋に戻ってからにしましょう」
「っえ?」
ぱっと離れる鬼灯君に、目が点になる。
さっきの抱擁はノーカウント?私から後で抱き着くの?
「さて、そろそろ部屋に戻りましょう。夕食の時間です」
繋いだ手を引かれる。
何かうまい言い返しをしなくては二人きりの部屋で抱擁になったら心臓が持つはずない。
いや二人きりのほうが他の人の目が気にならないから良いのかもしれない。どっちにしろ心臓が持たないなら第三者に見られずに失態をしたほうが心の傷は小さく済むだろう。
部屋でハグ、どんどこい!
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