鬼灯の冷徹 | ナノ
気持ちがジェットコースターだよ
「お客様?」
ハッとして、店員から紙袋を受け取る。重たい足を引きずりながら、狭い店内を抜けて店先に出ると、鬼灯君が表情ひとつ変えずに私を待ってくれていた。
その手には、簪が入っているのだろう紙袋に銀色のシールが貼られただけの物。
「どうぞ」
「え?」
紙袋を渡されて、え?と再度言うと、こういうのお好きでしょう?と言われた。
「私に?」
「他に誰がいると言うんですか。私がつけるとでも?」
「昔の長髪の時なら結って簪をつけられたかも」
「女装趣味はありませんよ」
「……」
「今想像しましたか?」
「いえ滅相もない。ありがとう、凄く嬉しい」
まさか私にあげるための物を買ってくれていたとは思わなかった。さっきまでの醜悪な感情はあっという間に露と消えて、代わりに甘い香りがする花でも嗅いだ時のような多幸感が全身を駆け巡る。
「開けても?」
「そのための簡易包装にしました。今つけて欲しいと思ったので、値札も取っていますよ」
銀色のシールを剥がして、中身を見る。
蜻蛉玉の、シンプルでありながらも可愛い簪だ。確かに好きではあるけれども、赤と黒の玉というのは珍しい。
「昔、こういうの付けていたでしょう?」
「え、付けてたかな?」
「カヱさんが落とし穴に落ちた時、付けていたやつですよ」
「あ、ああ
」
落とし穴、と言う言葉で思い出す。一度だけ、鬼灯君が作った落とし穴に私が誤って落ちたことがあるのだ。鬼灯君は誰か他の人ーーたぶん麻殻先生ーーを落とす予定だったみたいだけれども、その時たまたま寺子屋関係の事で何かをしていた私が、その落とし穴を踏み抜いたのだ。
落とし穴に落ちた際に打ちどころが悪かったようで、前後の記憶も曖昧だから、その時の服装なんて覚えちゃいない。
ただ、たんこぶを作りながら行った寺子屋で、まだ幼かった鬼灯君が麻殻先生に叱られて正座していたのは覚えている。
「その時にこんな簪つけてたっけ?あの時代に蜻蛉玉みたいなのあったと思えないけど」
「付けていましたよ。私も当時、随分と緻密な装飾品だと思った記憶があるので」
「へぇ
よく覚えてるね。あの時代に簪でこんなに素敵なの持ってたら覚えてると思うんだけどなぁ。だって家の中でもこういうの見なかったし。買ったまま忘れたのかな……」
流石に忘れるとは思えないけど。しかし忘れているなら、痴呆が始まってるのかな、と心配になれば「片手で質問します。「なんぼん」ですか?」と言われた。一を指してたので「いっぽん」と言うと、「なんぼん、と言う問いなので正解は「さんぼん」です」と。
「そんな問題ある?」
「前に茄子さんがやっていたので真似してみました。カヱさんの反応は唐瓜さんと似てますね」
少し小馬鹿にされている気がして眉間に皺を寄せると、鬼灯君が簪つけますよ、と言って私の掌から簪を取り、束ねていた髪の部分に刺してくれた。
わざわざ付けてもらえるなんて、贅沢が過ぎる。
ああ、鏡で刺してくれるところを見たかった。いや、でも、自分のだらしない顔が写り込むのはちょっと遠慮したい。恥ずかしい。
「初々しい反応をどうも」
「あんまり見ないでいただきたいですね」
顔を逸らして、手でパタパタと仰ぐ。こんなので熱い顔が冷めるとは思えないけれども、せめてもの抵抗だ。
「おや敬語」
「嫌味で使っただけだよ」
鬼灯君は約束は約束ですから、と両手を広げる。え、ここで抱きつくの?公衆の前で?
「誰も知り合いはいませんよ」
「知り合いがいないから出来るってものでもないのだけれど」
「では人がはけたあたりで」
「するのは絶対なのね」
「約束は守らなければ、約束になりませんから」
そうだけど。でもそれは本当に必要なのかな。私が敬語を話すのがダメなのが、釈然としない。それに何で抱きつくのは正面限定なのだろう。背中から抱きつくのだって、抱きつくにカウントされるはずだ。
そうだ、後ろから抱きつけば私の顔は見えないわけで、そんなに恥ずかしくないかもしれない。
「次行きますか。確か彼方に足湯のあるカフェがあっ」
鬼灯君が背中を向けて歩き出すので、その背中にえいや!と腕を伸ばして抱きつく。
腕も巻き込んで抱きついたからか、それとも鬼灯君の身体がガッチリしているからか、腕が回らない…!!
「……カヱさん?」
「背中から抱きつきました!これで一回ですよね?」
「ええ、まぁ……」
鬼灯君の背中に顔を擦り付けて、周りのざわめきを聞こえないようにする。
麻布の甚平だからか生地が硬くて鼻とおでこが擦れて少し痛い。でもそれくらいの方が周りの音を遮断できる。
「カヱさん、抱きついてくださるのは大変嬉しいですし、このままずっとこうしていたいものですが、流石に往来で二人とも動けない状態では道ゆく人の邪魔になってますよ」
「そうだった!ごめん!」
「いえ、私としてはとても良かったのですが」
「とりあえずこれで一回で!ね!」
「あ、カヱさん」
顔を見られるより早く前に出て、早足で次に行く予定だと言っていた足湯のあるカフェを探す。
顔が熱くて仕方ない。流石に温泉に入った後で、しかも借り物の甚平だから鬼灯君の香りはしなかったけれども、それでも柔軟剤や温泉の香りがして、それに鬼灯君の体温も混じっていて、凄まじい状況だった。
「カヱさん」
大股で近付いてくる鬼灯君に肩を掴まれる。
少しは余韻というか余白というか一人の時間をくださいよ。心臓がもたないよ。
「俯いていては顔が見えません」
「顔を見せたくなくて俯いていると理解して欲しいなぁ」
「分かってますよ。でも私が見たいんです」
「ワガママぁ」
「仕方ないでしょう、カヱさんのことは全部見て、知っておきたいんですから」
ほんっっっとう!!そういうところだよ!!サラッと、凄いこと言っているって自覚あるのかな君は?!
「情けない顔だから何卒ご了承を…!」
「嫌です」
「温情もない…」
「鬼ですから。鬼に情け容赦を求められても困ります」
ぐいっと顎を掴まれて、無理やり上を向かされる。
首が!!グキってなったよ!!
痛みで閉じた目を開ければ、眼前にそれはそれは整った顔。鬼灯君の顔。
鬼の牙もない、ツノもない、人間の鬼灯君の顔。
それがとても珍しくてときめいて、でも、鬼の自分とはかけ離れてしまったような気がして、寂しく感じるのは何故だろう。
彼が元々人間だったからなのかもしれない。元の人間に戻って人生を再スタート……なんてことは考えていないと思うけれども、でも、鬼灯君にはあったかもしれない未来なのだ。人間としての未来。
それを奪った鬼火を、鬼灯君はどう思っているのだろう。
私は、鬼灯君から人間としての命を奪った鬼火に感謝してしまっている。だって鬼灯君が鬼にならなかったら、私は出逢えもしなかったから。
ああ、なんて利己的な、自分本位な考えなのだろう。
「赤くなったり冷静になったり青くなったり、忙しない顔ですね」
「ツノのない鬼灯君が珍しくて」
「ああ、なるほど」
おでこを触る鬼灯君。つるりとしたおでこは、鬼ではなく人である証だ。
鬼灯君は、人として生きたいとは思わないの?元々人間だったのでしょう?そんな考えが浮かんで、何を馬鹿なことを考えてるのだろう、と思い直す。
鬼灯君なら、もし人に戻りたいと思えば、きっと然る手続の上、生まれ変わっているだろう。それをしないのは、本人がそれを望んでいないから。きっとそうだ。
そうじゃなかったら、私はきっと
「カヱさんもツノがないのを忘れてませんか?」
「え?」
おでこを触る。そうだった。私も今は人間に擬態しているのをすっかり忘れていた。
「ツノがないなもなかなか良いですね」
「そう?」
「ええ」
前髪を退かされて、何するんだろうと思っていると、唇が押しつけられた。
「えっ???」
「口付けしやすいです」
くちづけ……??
口付け!?
なにいきなりしてるの!?いや、いきなりじゃなくてもアレなんだけど、え、いきなり口付け…??
「ほおずっ!!」
周りの女性がキャアキャア言っているのが耳に入って、開きかけた口を閉ざす。
「っ…。カフェに行くんだよね?ほら、早く行こう」
手を掴んで引っ張る。
おや、と鬼灯君が言って、引いていた手が隣に並ぶ。
「赤鬼になってますよ」
「したのは誰よ」
「私ですね」
サラッと言ってのけるその顔を見れば、変わらずの表情。鉄面皮め!!
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