鬼灯の冷徹 | ナノ
足は綺麗に見せたいけど足が痛い
とても綺麗な女性だ。服装からして、自分の容姿にしっかりと自信がある子なのだろう。
鬼灯君の隣に立っていると、美男美女のカップルに見える。
あそこに私のような女が出現したら、しかも彼女面したら、鬼灯君の好みが疑われるだろう。鬼灯君の評価が下がってしまうかもしれない。
「カヱさん」
うっかりフリーズしていた私に鬼灯君は気付いたようで、周りの女性に、ほら来たでしょう?と言って私の方に歩み寄ってくる。
うわわわわ、洋装の鬼灯君だ。困った。格好良い。でもキャスケットが可愛い。似合ってる。いつもと雰囲気が違う。どうしよう、困った。
目が釘付けになって、別の意味でフリーズしてしまう。
「彼女が来ましたので、さようなら」
さらりと私のことを彼女と言ってのける相手に、フリーズどころか本当に心臓が止まりそうになる。なんなのこの人。全てにおいて完璧じゃない。
女性たちが騒いでるよ、と言おうとして、やめる。ナンパをされていたのだろうから、ナンパ相手に私が関わると物事を混乱させかねない。
「荷物、持ちますよ」
キャリーバッグの持ち手の部分を鬼灯君が持ってくれて、私は手を離す。離した手を代わりに握られて、手を繋いだまま、こちらです。と連れて行かれた。なんて滑らかな動作なのだろう。世の女性全て、こんな所作を見させられて、しかもそれが自分をエスコートするためにとなれば、惚れるに違いない。
「……鬼灯君いつ来たの?私、割と早く来たと思ってたのだけど」
「ついさっきですよ。閻魔大王が煩くて、遅れそうになりました」
「ギリギリまで仕事だったんだ。お疲れ様」
大きな手に力が少し入って、意識がそちらに引っ張られる。手を繋いでいる、その事実が照れ臭くて誤魔化すように話してしまう。
「そ、ういえば、さっきの子、可愛かったね」
な に 言 っ て る ん だ。
ナンパしていた女の子の話は出さないほうがいいって分かり切ってる事なのに、話題が浮かばなくて咄嗟に口をついて出た言葉がこれってどういうことなの、私。
「そうですかね。まぁ、確かに可愛い部類の女性だと思います。機能性を度外視した服装でしたが」
「機能性って。どこに連れて行く予定なの?」
「予定はありませんが、生きている女性と行くなら墓場ですね」
「墓場?」
「ええ。ここが肉体の終着点ですよ、と教える為にも」
「生きてる子になんて事を……」
鬼灯君らしいけれども。と続けようとして、こちらをじっと見てくる鬼灯君に気気付く。
あれ、私変なこと言ったかな?いや、かなり変なことを言った自覚はあるけれど。
「先程の女性にサービスした方が良かったですか?」
「え?」
こてん、と首を傾げられて、喉がキュッと締まる感覚。違う、そういう意味で言ったんじゃない。
「え、そういうことじゃなくて」
「そういう事ではなく?」
あ、これ詰問だ。鬼灯君、きっと女の子の話をされて気分が良くなかったのだ。
「えっと……」
立ち止まってしまった鬼灯君に、私も足を止めるしかない。じっと見つめてこられて、逃げられない。
旅行前にしこりを残すのも嫌だ。かと言って本心を口にするのは憚られる。恥ずかしい。
「地獄をよくご存知のカヱさん相手に言うのも野暮ですが、嘘は身を滅ぼしますよ」
「うう……」
「ほら、本心を言った言った」
なんでそんな軽く言うのよ。
でも本心を言わないと、絶対に納得しないと鬼灯君は暗に言ってるのだ。
言うしかない。
「可愛い女の子だったから、ナンパされてるの見て、私なんかより彼女の方がお似合いだなって思ってしまって」
「自己評価が低いですね。私はあなたと並ぶために服を選んだと言うのに」
「へぁ」
「なんですかその返事」
格好良い姿でそんなことを言われたら、返事なんて碌に出来ないよ。
「先程の女性よりカヱさんは素敵ですよ」
「ひえぇ」
「だから何なんですか、その反応」
だって、こんなこと生涯で言われる事態が発生するなんて、誰が想像するのよ。
「ポカンとしてるのは良いですが、電車の時間もあるのでそろそろ移動しましょう」
「はい」
手を引かれる。
駅という大きな建築物の中は、初心者が入れば迷子になること間違いなしの構造だ。鬼灯君は現世出張が比較的多いからか、目的の場所へと手を引いて連れて行ってくれる。
目線を感じてそちらを見ると、女の子達が鬼灯君を見てキャアキャアと言っていた。その一部の女の子は私を見ていて、居た堪れない気持ちになる。
不釣り合いだと思われているのだろう。そりゃそうだ。私だってそう思うのだから。ああ、ヒールに慣れていないせいか、足が少し痛い。つま先が潰れてしまいそうだ。
でも、ここで背を丸めては更にみっともない女になってしまう。せめて背筋は伸ばして、しっかりとしなければ。私を連れている鬼灯君まで恥をかいてしまう。
切符を渡されて、電車に乗り込む。特急電車に乗り込んで、窓側に座らせてくれた。
東京の構造物の腹の中から、自然が多い場所に行けるのか、と思うとドキドキする。街から町へ、町から田園風景へ。そして町がまた現れる。
「景色を見るのが好きなんですね」
「青い空ってあまり見ないし、剣山ではない山を見るのも、不思議な感じがするのよ」
「成る程」
天界は山というより丘で、木々も生い茂ってはいるがお互いに間隔を開けて生存競争などしていない。現世の山は人手が入っている所は伐採などで整えられているが、人手の行き届いていない山は生命に溢れているように思う。
あそこでは、日々自分を生かすための生存戦略が繰り広げられているのだ。そう思うと、どうにも面白い。
牧場が見えた時に牛が居る、羊が居る、等等の会話をしながら、車内販売で買ったちょっと不思議なご当地お菓子を食べる。
「こういう変な物もご当地品感あって良いよね」
「そうですね、無難な物ばかりではご当地感もないですし」
「地名の入ったクッキーとか。行った場所が何処かすぐ分かるから良いけれども、味は普通のクッキーだし」
まぁ、何処に行ったか分かるから良いのだけど。と付け加えると、鬼灯君が少し口角を上げたように見えた。
「っ……」
「どうしました?」
「いえ、何でもないです」
「何で敬語になってるんですか」
いや、だって、あの鬼灯君が、口角を上げたように見えたら、誰だって驚いて言葉すらろくに出なくなるよ。
私の見間違いだったのかもしれないけれども、それでも、鬼灯君がほんの少しでも口を笑みの形にしたのならば、素敵な事だ。
ああ、カメラを構えておけば良かった。素敵な写真を撮り損ねてしまった。
アナウンスが流れて、目的の駅に着く。相変わらず私の荷物を持ってくれる鬼灯君。手提げ鞄しか持たないのも落ち着かなくて、手持ち無沙汰に両手で鞄を持つしかなくなる。手を繋ぎたいと思ったけれど、片手は切符を持って、もう片手は私のキャリー引いてるし、無理だろう。
改札を抜けて駅を出ると、大きなロータリーが広がっていた。
温泉が有名な所だからだろう、街並みは情緒を残した風貌だ。振り返り見た駅も近代的な建物ではなく、瓦屋根に白壁と言う、まるで江戸時代の城のような作りだ。
「迎えのバスが来ているはずです」
「迎え?」
「旅館のバスです。先にチェックインをして荷物を置いてから、観光しましょう」
至れり尽くせりなプランに、凄いなぁと感心してしまう。鬼灯君一人なら荷物もそんなに多くなくて駅のコインロッカーに入れてそのまま観光できただろうに、私の荷物が多いと予測して動いてくれたのだろう。
カガチ様ですか?と聞かない名前で呼ばれる。鬼灯君がそうです、と相手に答えると、相手は旅館名を言って、ようこそおいでくださいました。と会釈した。
なるほど、現世で予約するときの偽名がカガチなのね。
「行きますよ、カヱさん」
手を差し出されて一瞬緊張したけれど、すぐに手を繋ぐ。ここには知り合いなんていないのだから、恥ずかしさを感じるのはお門違いだ。
相変わらず大きな手にさっぱりと収まってしまった自分の手を見ながら、何ともむず痒い気持ちになった。
***
宿は純和風の建物で、庭園もある、所謂高級旅館、と言うものだった。チェックインの間に日本庭園を眺める席に座りるとお茶と干菓子が出されて、サービスの高さを知る。
「お待たせ致しました」
お茶と干菓子が無くなる頃に中居さんがやって来て、荷物を全て持ってくれる。私達のほうが腕力あるのだからと自分のものは持ちますと言い出すより早く、鬼灯君が重たい物をこれは自分で運びます、と言って持ってしまった。結局私は何も言えず、ハンドバッグを持つだけになる。
「わぁ!」
部屋の中を見て、思わず感嘆が口から出てしまう。
だって驚かない筈がない。露天風呂付き客室だ!しかも内湯もある。
大浴場も使って良しの宿だと知って、早速お風呂に入りたい気持ちになるが、やはり外の散策もしたい。どうしたものかと考えていると、鬼灯君が提案してくれた。
「ここは貸し出しの浴衣も下駄もありますし、まず温泉に入って、浴衣になってから散策しますか?」
「その案、最高…」
「それはどうも」
では早速、とまず大浴場に向かう。おおよそ出る時間を確認して、ではまた後ほど、と別れる。
地獄の温泉もいいけれども、やはり現世の温泉も素敵だ。設備も沢山あるし、ジャクジーもある。
ヒールで痛くなった足の指先を広げて、はぁ、と息を吐く。この後は浴衣になるし、草履や下駄も貸し出しがあると言っていたから、慣れた物を履ける安堵に足がふにゃふにゃになりそうだ。
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