鬼灯の冷徹 | ナノ
待ち合わせでは、待つ側になりたい
その日のうちに集合時間と集合場所の連絡が来て、ああもう旅館予約したんだ……と後戻りできない場所まで来ていることを痛感する。逡巡、とはまさにこの状態だろう。言い出しっぺのくせに、未だにぐずぐずしている。
単純に、昔と変わらないと安心したかっただけなのに。と誰に聞かせるでもなく言い訳を口にする。私は、恋人としての関係を周りから再確認されるように言われて、実感がどんどん強くなっていく今の状況が少し息苦しいのだ。まるで袋小路に追い込まれている気分になる。
周りからあれこれ聞かれるのも、鬼灯君の恋人として認識されてこそこそ話をされるのも、恋愛に慣れている方々ならきっと上手く躱すのかもしれない。けれど私にはどれも未経験のものだから、過敏に反応して疲れてしまうのだ。それこそ針山に立たされて豪速球の野球ボールを体に打ち込まれているような気分だ。
「はぁ……」
だから安心したくて、昔みたいに家に泊まってもらって、和やかに過ごしたかった。いや、本当はそれだけではない。私も悲しいかな女で鬼だから、鬼灯君の2連休を独占したいと考えてしまったのだ。もし他の人に使われたら、と思ったら、いても立ってもいられなかったのだ。
欲を持って相手の時間を得ようとするくせに、自分に都合の悪い部分は見たくないと目を瞑る。随分とまぁ、身勝手な生き物だ。
こんな考えが鬼灯君に知られたら、さぞ落胆させてしまうのだろうな。きっと彼から見た私は、教師という立場の綺麗どころでしかないのだから。こんな自己中心的で醜悪な感情を持っているとは微塵にも思わないだろう。
こんな醜い獣を内包する私で、本当に鬼灯君は良いのだろうか?
長いお付き合いを考えるならば、鬼灯君に幻滅されても、取り繕った私ではなく素の私を見せたのほうがいいのかもしれない。彼から見た私は教師で年上で安定感のある存在だろう。そんな私が本当はうじうじ悩んで独占欲も強くて、そのくせして自分に都合が悪いことからは逃げようとする鬼だと分かったら、幻滅されて別れを切り出されるかな。
それはとても悲しい。ありのままの自分は受け入れてもらえないのだという事実を突きつけられてしまっているのだから、曝け出した己の本質すら否定されたような気持ちになってしまうだろう。
でも、だから隠すというのは違う。と思う。だって私たちは寿命と言う概念がない。だって鬼だし、鬼灯君は死者だったのが鬼になったのだから、死というのがどう言う状態になっているのか不明で、つまり命は限りなく無限にあると考えて良い。そんな長い時の中、ずっと隠し通せるとは思えない。
人間くらい短ければ「墓まで持っていく」が出来たのだろうな。いや、彼等は命短くはあるがそれに合わせて老いも重ねる。きっと私が感じている時間と彼等人間の感じている時間は異なるのだ。それはジャネーの法則と類似していると考えていいだろう。
そもそもジャネーの法則は……いや、そんなことはどうでも良くて。
この性格を晒さずに、バレずに鬼灯君と一緒にいることは不可能だと思う。だって相手はあの鬼灯君だ。しかも隠すのは私だ。今までのように、少しの時間会うだけなら教師の仮面貼り付けていられたけれども、恋人として、ただの一人として見られるとなると、隠せる気がしない。きっとすぐにボロが出る。
こんな醜悪な感情を見られてしまう。それはとても……
「悍しい」
口に出すと余計にそれは形を成して重くのしかかってくる。
隠したい、けれど隠せないかもしれない。どうせ隠せないなら先に晒して拒絶されたらそれまで、と考えておくのが良いのだろう。長く付き合ってからボロが出て幻滅されるより、今のうちに曝け出して幻滅された方が精神的な傷は浅いはずだ。
旅行の荷物を考えてあれこれ家の中を動き回りながら、どうやってこの話の口火を切れば良いのやら、と勝手に溜め息が出た。
旅行の前日、金曜日である。少し寝不足の頭で、まずは現世へ行く手続きをしなければならなかったのだと思い出して、朝イチで麻殻先生の所に向かう。麻殻先生は書類に書かれている帰宅日を見て、何か訊きたそうな顔をしたけれども何も言わずに申請書を通してくれた。
「あまり思い詰めるなよ」
「……。思い詰めてませんよ」
「無理するな、寝不足だろう」
「……」
「あ〜……悪かったな。俺が言ったから、悩んでるんだろう」
「いえいえそんな」
ああ本当に、麻殻先生が鬼灯様に旅行提案したのがそもそものことの発端だし、私が断った事実に信じられないという顔をして謎の説教までしてきたから、私は悩んで悩んでうっかり旅行に行くことになってしまったのだ。この落とし前、どうつけてくれるのだろう。
うっかりポロリと溢れそうになる本心をぐっと飲み込んで、さっさと職場に向かう。仕事の間は仕事に集中出来るから余計なことを考えなくていい。気分が楽になる。いつもは少し悩まされる課題も、今ならどんどん解消出来る。
しかし時間というのは無情な物で、集中すればするほどに早く過ぎてしまうのだ。
「カヱ先生!」
「はい、皆さんさようなら」
校門を開けて家路に着く子供達を見送る。
このあと先生方とミーティングを行なって、今日の業務は終わりだ。家に帰ってご飯食べて、お風呂入って、それから明日の荷物の最終確認をしよう。そうだ、朧車タクシーの予約をしておかなくては。
現世に行くから明日は洋服だ。家から洋服は目立つだろうから、現世へ行く門の近くにある更衣室で着替えようかな。そうすると着物を入れる分の荷物が増えるなぁ。そういえば、近くに荷物預かり場所もあったから、そこに着物一式は預ければいいか。
肌のことを考えると早く寝なくてはならないのに、なかなか眠れずに、やっと眠れたと思ったらあっという間に目覚まし時計が起床時間を告げた。
「うう…」
少し頭がクラクラする。2日連続で寝不足は流石に堪えるなぁ。鬼灯君はよく徹夜を繰り返しているけれど、あれで仕事をこなせるのだから尊敬するよ。
フラフラするままに朝食を作って食べて、着物を着る。
大きめの鞄に着る予定の洋装一式を入れて、キャリーバッグを持って、下駄を履いて外に出る。
「おはようございます!素敵な朝ですね」
「おはよう御座います……。わざわざありがとう御座います」
指名はしていなかったのに、朧車タクシーは洋服を買いに行った時の彼だった。洋装ではないんですね、と言われて、擬態薬を飲んでから更衣室で着替えるんです。と返す。
「そんな所があるんですね、色々設備がしっかりしてるなぁ」
「ええ本当に。きっと今まで現世に行っていた方の意見要望を集めて設備を整えたのでしょうね」
昔は皆が着物だったから更衣室なんて不要だったのだろうけれども、ここ百余年で日本の服装も変わったので合わせなければならなくなった。私もいっそ洋装にしようかという案も出たけれど、現世の人達の地獄の認識とズレては閻魔大王達も恐怖の対象にならず困るのではないか、と考えてそのままの装いだ。
人間と違って寿命の長く着物に慣れすぎている私達全員が意識改革して服装を変えるのは非常に困難だ、というのも理由なのだけれども。
着いた門の近くにある更衣室に入って、擬態薬を飲む。ツノと耳が人間になって、不思議な気持ちになる。力も鬼の力ではなく、今はただの人なのだ。とても非力に思えて、落ち着かない。
何はともあれ着替えないと。早く出ているけれど、待ち合わせの時間は決まっている。のんびりしていたらあっという間に時間は過ぎてしまうだろう。
着慣れない洋装を身に纏い、髪の毛をセットする。甘過ぎず辛過ぎず、デートの服装。少しヒールのあるパンプスは履き慣れないものだが、ヒールがあるだけあって足が綺麗に見える。
普段下駄や草履ばかりだけれども、たまに行く現世のおかげで歩き方は問題なさそうだ。
「これ、明日受け取りで預かりお願いします」
「かしこまりました」
和装の荷物を受付に預けて、キャリーバッグを引いて現世への扉を潜る。半年の出張期間の時のようだけれども、あの時はスーツにパンプスだった。今はデート用の装いにパンプスで、気持ちが落ち着かない。
一時間早く着いてくれたので、近くのカフェに入る。
普段は口にしない横文字の読み物とケーキを注文して、窓辺の席に腰掛ける。顔も名前も知らない人の行き交う姿を見ながら、たまにいる死者に目線を配りながら一息つく。
職場が学び舎であるから、皆知り合いで、知らない人と会うことはまずない。どこに行っても知り合いばかりで、こうやって外に出ている時に気を抜けることはあまり無くて、不思議な感覚だ。
家の中でもないのにこうやって気を抜けるのは、現世の良さかもしれない。落ち着くなぁ。
鬼灯君もこういう時間を持っているのだろうか?彼は人の目を気にしなさそうだから、どこでも息抜きができるのだろうか?それとも忙しい身だから、のんびりお茶をする時間もないのかもしれない。
二日間の有休は鬼灯君にとって貴重なものだろう。それをつまらないものにしてはならない。楽しく、のんびり、美味しい物に舌鼓を打って過ごしたいなぁ。
ケーキの乗っていたお皿が折り畳まれたアルミシートだけになって、飲み物も最後の一口になった。
ぐっと煽って、トレイに置いて返却場所まで持っていく。
ご馳走様でした、と店員に一声かけて待ち合わせ場所へと向かう。まだ時間は早いけれど、好きな人との待ち合わせは胸躍るものがある。この時間を楽しもう。
そう思って向かった先、そこには見慣れた長身の人がもう立っていた。
若い女性を携えて。
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