鬼灯の冷徹 | ナノ
根掘り葉掘りはやめましょう
現世に行って、元々気になっていた物も買いつつ、雑誌を買ってカフェで熟読し、自分の髪や体型、顔を考慮しながらめぼしいブランドを選ぶ。着たい服ではなく、似合う服を選ぶというのも大変だ。しかも普段は和装なのに洋装になるのだから、いつも以上に自分を客観的に見なければならない。
見てみようと決めたブランドを回りつつ、大きな駅ビルのファッションエリアをグルグル回る。階層ごとに年齢や方向性分けがされているから、見やすい作りになっているのが素人的にはありがたい。
慣れないヒールに少し足が痛いなぁと感じる頃には手には紙袋を沢山下げていて、そりゃあ自重以外の荷重もかかっているのだから足に負担が来るに決まっているよね、と荷物を持ち直す。今夜はマッサージをしないといけなさそうだ。
人目につかないように地獄に帰って、既に時間指定をしていた朧車タクシーに乗り込む。昨日も乗せてくれた朧車だから、良いのありましたか?と実に楽しそうに聞かれた。
私は人の恋愛には興味を持つけれども口は挟まない側だったから、恋愛するだけでこんな風に聞かれたりするのだなぁと感慨深くなる。ン千年、一度も経験したことがないものを、経験している。恋愛をするだけで話題の中心になるのだから、みんな自分の恋愛を語りたがらないはずだ。私だって、そんなあれこれ聞かれたら、恥ずかしいったらない。
「流行に添いつつ自分に似合うものを探すのは難しいですね」
ははは、と乾いた笑いになってしまったのは致し方ないだろう。私は恋愛の当事者になることが無かったから、恋愛トークなんて出来るはずもないのだ。
単純に今日感じた事や、現世の状態などを話して、家路に着く。
服を畳の上に広げてざっと確認をする。とにかく選んでいる最中は似合うか、似合わないか、を基準に見ていたから平静を保っていたけれど、鬼灯君の隣に立つ恋人の服装としての自分を考えると、たちまち鼓動が早くなってきた。何だこれ、恥ずかしい。
化粧品はほぼ今と変わらないから問題ないけれども、髪型を変えるために簪ではなく髪飾りを買ったし、パンプスも、今の時期に合う色合いのマニキュアも買った。
仕上げている気分だ。いや、事実、デートに向けて仕上げているのだけれども。
こんなに女の子らしい生き方をするなんて思わなかった。晴天の霹靂だよ。そしてこの年になっての初体験であることから、余計に恥ずかしさを感じる。もっと昔に経験していれば、こんなむず痒さを感じたりはしなかったのだろうな。今更言っても詮無い事なのだけれども、やはり経験値というのは、偉大だ。
今更恋愛のイロハを学ばなければならないとは、思いもしなかった。小説や漫画は色々教えてくれるけれど、それはあくまで別世界の話であって、私には当てはまらない。だから、自分で考えて行動して、けれど知らないことだらけだから学びも欲しくて……ああ、考えるだけで頭が痛い。
「鬼灯君は慣れてるよね、きっと」
浮いた話はないけれど、仕事一筋の人だけれども、それでも、きっと彼も恋愛はしてきたはずだ。知らない人に、恋をしていたのだろうな。
溜め息が出る。彼の過去を想像したところで、私の妄想でしかない。考えるのはやめよう。
***
「カヱ先生!聞きましたよ!鬼灯様の恋人、カヱ先生だそうですね!」
いつぞや、鬼灯君に恋人が出来たという噂を聞きつけて、私は同じくらい長く生きていて親しいのだからその相手を知ってるのではないかと話しかけてきた教師が、部屋に入ってくるなり大きな声で問いただしてきた。
「えっ、誰から……」
「閻魔殿で鬼灯様が宣言したと木曜の夜に話題になりましたよ!金曜日の定時後にいると思ってきたらもう鍵しまってて帰宅していたし!土日挟んで、もう!気が気じゃなかったです!」
「あ、そ、そうでしたか。いやなんか済みません」
金曜日……そうか、その日は朝早くに来て、お昼は自作のお弁当を食べていたからほぼ部屋に引き篭もっていたのだった。だから、金曜日にそんな噂が蔓延しているとは思わなかったよ。ある意味、仕事が忙しくて籠もることになっていて良かった。
「もー!なんで最初聞いた時に教えてくれなかったんですか!」
だってあなた、あの時、鬼灯君の恋人ならさぞ美人だろうって言ったじゃない。余計に言いづらくなったのよ。
それに、あの時は公言をして良いのか悩んでいた時期だ。鬼灯君の気の迷いではないか、年上の私をからかって楽しんでいるのではないか、そんな考えが抜けなかった。
今は、皆の前で発表されたから、流石にそんな疑いは持たないけれども。
「気を悪くさせてしまって済みませんでした。彼も立場があるので、あまり私が勝手に言いまわって良いのか分からなくて」
「まぁ、確かに…そうですけど!でも、あんなにソワソワしてたのが恥ずかしいです。本人を前にしてあんなにはしゃいでしまって」
はぁぁ、と、溜め息を吐かれて、居心地の悪さを感じる。ここから逃げ出したい気持ちになるけれど、ここは私の職場で執務室。目の前には今日のうちに目を通して記入事項を埋めたい書類が溜まっている。抜け出せるわけもない。
「で、どうなんです?」
「どう、とは?」
「鬼灯様、やはり彼女には優しいんですか?ほら、冷徹とか、ドSとか言われてるじゃないですか」
「至って普通ですよ。業務の時と変わりません」
「またまたぁ〜」
ニヤニヤしながら聞いてくる女性に、なんと言って切り抜けようか考える。こういう場面に慣れていない、というより経験がない分、躱す方法も分からない。
女性は何やら自分の妄想を話しているが、残念ながらそれは彼女の妄想でしかない。恋に夢見る女性なのだろう、口を挟むつもりはないが、それに私や鬼灯君を巻き込むのは、やめて頂きたい。
どうやってこの子を追い出そうかと考えていたら、扉をノックされた。
「カヱ先生、今よろしいですか?」
声の主は別の教師で、先週、一人問題児がいると相談してきた人だ。どうぞと言えば入ってきて、女性を目視すると、お取り込み中でしたか、と言われる。
「あ、私はこれで」
女性は居づらさを感じたのだろう、そそくさと部屋から出て行った。教師は自分が入ってきたせいで、と思ったらしく、お取込み中でしたのに済みません。と言われた。
「いいえ、むしろ助かりました」
「?」
疑問符を顔に浮かべた相手に、笑顔を向ける。
さあ、仕事の再開だと意気込んでいると、そう言えば、と口を開かれた。
「カヱ先生、鬼灯様と恋仲になったようですね。おめでとうございます」
「おめっえ?……あ、ありがとうございます??」
何故に恋人になったことを祝福されるのか。結婚を祝福するなら分かるけれども、恋人になったのを祝福するというのはあまり聞いたことがない。片方がずっと片思いをしていて、それが実っておめでとう!と友人たちから言われる漫画のヒロインなら少女漫画に沢山いたけれども。
「やっと片思いが相思相愛になったんですね」
ニコニコしながら言う相手に、知らぬふりして問いただすこともできなかった。
***
昨日から会う人会う人に恋人になった事を揶揄われて、今日は極力人とは会わないようにした。人の噂も75日と言うし、三のつく倍数であるなら、短ければ三週間程度で周囲の熱も冷めるだろう。
直帰して今日も一日疲れたなぁと凝り固まった肩を回して、ストレッチをしているとメールが届いた音がして、携帯電話を見る。
そこには、「鬼灯様」の文字。
慌てて開けば、今お時間いいですか?と言う文字。
すぐに大丈夫だと返せば、近くに来ているので家に伺っていいかと言う問いだった。玄関先で構いませんので。と書いてある。
部屋をざっと見回す。ルンバのおかげで床は綺麗だし、ルンバが通れるようにと床に物も置かなくなった。見られて困るものは特にない……いやある。洗濯物だ。
これらを片付けさえすれば招き入れる事はできるだろう。流石に仕事で疲れている人を玄関先で返すわけにはいかない。だから、10分後なら平気です。と返して、すぐに洗濯物を畳む。
昨日買った服は室内干しでも乾いていて、慣れない洋服に四苦八苦しつつも、どうにか畳んでタンスの中に入れられた。
あとお湯を沸かしておかないとお茶を出せないな。ああしまった。お化粧は崩れていないだろうか。顔を見直す時間はあるかしら。
鏡を見て少し化粧を直していると、門のチャイムが鳴った。浮き足立つ気持ちを抑えて玄関に向かって、はーいと言いながら鍵を開ける。
「こんばんは、カヱさん」
「こんばんは、鬼灯様」
「おや、仕事モードでしたか」
「あ、違うよ。ごめんなさい、やっぱり癖はなかなか抜けないね。こんばんは。それから、いらっしゃい、鬼灯君」
ほら中に入って、と言うと、少し後ろを見た後にお邪魔します、とすんなりと入ってくれた。パパラッチを気にしたのかな?麻殻先生も気を付けろと言っていたし、私も気を付けておかないと。
「本当に床が板張りになってますね」
鬼灯君は部屋を見るなりそう言った。前に話したことを覚えていてくれたのだ。私のどうでもいいことまで記憶に留めてくれている相手に、胸の辺りがほっこりと温かくなる。
「ふふ、凄いでしょう?頑張ったんだよ。お茶淹れるから、座っていて」
座布団の上に座るように促して、私は沸騰したお湯を急須に淹れて、茶葉を蒸す。
「夕飯はもう食べたの?」
「いえ、仕事帰りに寄っただけなので、まだです」
「あら、そうなの。じゃあ、残り物で良ければ食べていく?少しは腹の足しになると思うのだけれども」
「それはありがたいです」
お茶を出して、それからお鍋を温め直して、ご飯をよそう。お盆に大根の味噌汁と、煮物、漬物、ほうれん草の胡麻和え、蓮根のきんぴらとご飯を乗せて出せば、美味しそうです。と言う言葉。
早く帰ったおかげでいつもより自由時間が増えたから、先日現世で買った本を見ながら作った食材達。そのおかげで、見栄えする品数があってよかった。
いただきます、と両手を合わせて、箸が動く。自分が作ったものを食べてもらえるのは、幾つになっても嬉しいものだ。
「美味しいです。それにしてもこの量、残り物には見えませんね」
「お口にあって良かった。最近の本でね、常備菜っていうのがあったのよ。読んでみたら一人暮らしの私にはとても良くて。あれこれ作ったの」
「ほう、そんな本が出ているんですね。最近書店に行けていないので、知りませんでした」
「ああ地獄じゃなくて……」
鬼灯君がパチリと目を瞬かせる。
しまった!現世に行っていたのは内緒なのに口を滑らせてしまった。
「地獄ではなくて、どこで、買われたのですか?」
「え、えっと……」
「誤魔化さない!」
まだ何も言ってないよ!そんな急に仕事モードの剣幕で怒らないでよ!怪しいルートから買ったわけでも、申請せずに現代をうろちょろしていたわけでもないのに。
「前に現世で買ったの」
「それをどうして誤魔化そうとしたのですか。やましい事でも?」
「や、やましい事なんて何も!」
「やましい事なんですね」
「……やま……やましくは、ない。と思うよ?」
「なんで疑問形なんですか。おおかた、私に知られないように麻殻先生にお願いして現世に行ったのでしょう」
何故そこまで推測できるのか。もしかして、麻殻先生が余計なことを喋ったのかな?いやいや、まさか。だって麻殻先生、こういうことに首を突っ込むタイプではないし。
黙っては肯定になると分かっていても、言葉が見つからない。鬼灯君は特に気にしてませんよ。と言って、お箸を進める。気にしてないと言われても、こっちが気にするよ。何か悪いことをした気持ちになる。
きんぴらをぱく、と口にして、唐辛子系を使ってないんですね、と言われる。鬼灯君、辛いの苦手だものね。特に意識したつもりはないのだけれども、結果、鬼灯君の口にあったのだから良かった。
「気に入ったなら、持って帰る?」
「いえ、カヱさんの食材を盗るわけにもいきません」
「盗るだなんて大袈裟だよ。美味しく食べてもらえるのが1番なのよ」
ご飯のおかわりは?と聞けば、お願いしますという言葉と一緒に空のお椀を渡された。ご飯も多めに炊いておいて良かった。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
腹の足し程度にと思って出したけれど、一食分の量はあったかもしれない。ペロリとたいらげてもらえると、見ている側も気持ち良い。
食器を下げてお茶を出すと、本題なのですが、と言われた。そう言えば、鬼灯君は何をしに来たのだろう。すっかり忘れてた。
「ここ、どう思いますか?」
出されたのはチラシ。現世のチラシなのだろう、カラフルな印刷で、温泉の文字。随分と風格のある建物が載っていて、周りには旬の果物狩りの施設や、観光スポットもあるようだ。小さくホラーの洋館があるとも書いてある。
「素敵な所だね。楽しそう。鬼灯君の好きなホラースポットもあるのね」
「好印象ですか、それは良かった。では、ここに行きましょう」
「え?」
「カヱさんも土日休みですよね。一泊二日のデート、しましょう」
「……え?」
一泊二日???????????
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