鬼灯の冷徹 | ナノ
女の準備は大変なのよ
この場で詳細をお伝えしても多分カヱさん忘れるでしょうから、後でメールで連絡しますね。と言った鬼灯君は普段通りで、決して私をおちょくるために嘘をついているとかではなかった。
そろそろ私は身支度しますよ。着替え、見たいですか?と言い出したので慌てて部屋を出て行ったのは数分前。私は閻魔殿をトコトコ歩いて外へと向かっている最中だ。
「デート…」
口にして、反復して、頭が寝不足からではなくグラグラした。
デート…。
人生で初のデート…。
「おああああああっっ」
早朝で土曜日で誰もいないのを良いことに、その場にしゃがみ込んで頭を抱えてしまう。
この私がデート。嘘でしょう?だって、今更?いや恋人が出来たらそりゃデートするよね、うん。でも私は生涯恋人はいないと思っていたし、だからデートって…しかもいきなり現世とかハードル高すぎるんじゃないの?装いも洋服になるのでしょう?着飾れる自信がまるでないよ。
前回の現世出張はスーツだったから楽だった。私服なんてろくに持ってない。デートとなったら尚更だ。
「うっ、吐きそう」
目の前に高くそびえ立つ山積みの問題に胃がキリキリする。胃薬が欲しいよ。
ひとまず家に帰って策を練ろう。何も練れない気がするけど、環境が変われば少しは頭も働くはずだ。
閻魔殿から出ると、朧車タクシーが一台停まっていて、名前を呼ばれる。
「鬼灯様より連絡がありました。お迎えに来ました」
「くっ!」
「如何なされましたか!?」
その場に胸を押さえて膝をつく私に、朧車は狼狽た。それはそうだ、大人がいきなり胸を押さえて倒れかけたら、誰だって病気か何かかと心配するし、びっくりする。
「済みません、何でもありません」
私の帰りの足を気にして朧車を手配してくれたりするから、その気配りが、その優しさが、余計に好きを強くしてしまう。大切にされているのだと感じて恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちが胸のキャパシティを超えて溢れ出てしまった気分だ。
胸に扉はないけれど、押さえていないと漏れ出してきそうで、胸を押さえながら立ち上がって朧車に乗る。
「病院に行きますか?救急やってる所は……」
「いえ、体は頗る元気なので気にしないでください。自宅までお願いします」
「ご自宅までで良いんですか?」
「はい、お願いします」
籠の中で一息つく。床が左右に揺れて、浮いたのだなと分かった。
それで、私は何を考えていたんだっけ?
そうだ、デートの時の装いだ。和装かスーツ(1着)かカジュアル(1セット)しか持ってない私に、現世デートは難易度が高い。デートで服装がアレなのは、並んで歩く鬼灯君に恥をかかせてしまうかもしれない。
どこで手に入れたら良いんだろう……お香ちゃんも最近は現世に行っている様子はなかった。行ったらいつもお土産をくれる子だから、ここ数十年は行っていないと考えて良いだろう。他の知り合いにも、直近で現世に行った人はいないはずだ。
現世の服はとても移ろいやすいと聞くし、悩ましい。せめて現世に行って先にリサーチ出来ればなぁ…。
「あっ!済みません!行き先変えてください!」
「え?」
「麻殻先生の所へお願いします!」
そうだ、麻殻先生なら、第二補佐官なら、私が現世に行く許可を出せるはず。麻殻先生にお願いして、現世に行かせてもらおう。幸いにして私は仕事が落ち着いてきたから明日も休みだ。明日現世に行って、服装を調べて髪型も調べて一式揃えればどうにかなるだろう。最悪マネキンのワンセットを買えばいい。
困惑する朧車にお願いして、行き先変更をして着いた先は麻殻先生宅。
朝だけど起きてるかな?少し弱めにノックすれば、声が聞こえて、次いで大きな体の男性が出てきた。
相変わらず牙が上向きに出ている。しゃくれているのかな?と過去考えていたのは内緒だ。
「こんな朝早くにどうしたんだ?」
「突然に済みません。明日、現世に行く許可を頂きたくて来ました」
「それならあいつに頼めば良いだろう?」
「あいつ、とは…」
「恋人になったって聞いたぞ」
教師をしていたお前と教え子の鬼灯が恋人になったのは一瞬問題性を感じたけどな。と言われて、そうですよねぇ!と声大きく返事をしてしまいそうになる。
私もそう思ってる。多分誰もがそう思ってる。私が小児性愛者じゃないかと疑ってる人もいるかもしれない。でもこれだけは信じて欲しい。
「私は大人になった鬼灯君に対してしか恋心は持っていません!」
「お、おう。当たり前のことを声高に宣言するな。逆に不安になる」
真実なのに!何その言い草!しかしはたから見れば常識を口にする人ほど非常識に見えるのかもしれない。口は災いの元だ、謹んでおこう。
「とにかく、お願いです、明日、現世に行く許可をください」
「理由は?申請するなら今日中に書類が欲しいところだが……まぁお前なら問題を起こすとも思えないし、書類は後でいいとして、理由だけは聞いておこうか」
理由……素直に言うしかないのだろうか。上手い言い訳も嘘も思い付かないから、言うしかないのだろう。
「服を買いたくて……」
「は?」
服?と聞かれる。そりゃそうだ。ここは地獄。高天原にショッピングセンターもある。なのに現世で服を買いたいと言うのだから、理解し難いだろう。
「デ、デート、をするんです。来週、現世で。それで、着ていく服がなくて。持ってる服も数年前のものだから恥ずかしくて、服が欲しくて……」
麻殻先生は目をパチクリとさせた後、手で顔を覆って、はぁ〜と盛大なため息をついた。
教育者として言わせてもらうけど、相談や困りごとを口にしている人を相手にため息をついて話を聞くなんて言語道断だ。相手が萎縮しかねない。
現に私だって萎縮しそうだよ。
「そういうことか。合点がいった」
「え?」
「あいつ、来週は土日休みますと言ってたんだ。急に事前申請して来たから何かあるなとは思ってたが、そういう事か」
「じゃあ、良いですか?」
「良いが、1着だけとかにするなよ、数着買ってこい。何回も現世に行く許可を出したくないからな」
「え?なんで?私は何回も現世に行くんですか?」
またしても、盛大なため息。そんなにつかないで欲しい。ますます肩身が狭くなる思いだ。
「なんであいつが現世にしたか、考えたか?」
「私をびっくりさせるため、もしくは困らせて私がワタワタするのを楽しむためかなと」
「まぁ少しはそうだろうが……鬼灯は第一補佐官だ」
「知ってますとも」
「それが此処らをデートしていたら、ネタとして写真撮られてある事ない事書かれるだろう。そういったのを避けるために現世にしたんじゃないか?」
「えっ」
その考えには至らなかった自分の脳味噌に、どれだけ浅はかなのだろうかと思う。そうか、鬼灯君はそういう面倒を避けようと現世を選んでくれたのか。だとしたら、必然的にそれらを避けるためにはデートは現世でするのが多くなるわけで、そうなると、服は何着も必要になるわけで。
「……数着買って来ます」
「あっちは春夏秋冬があるから、シーズン毎に買わないとだろう、季節ごとに買い出しに行く時は鬼灯じゃなくこっちに申請すればいいから、買い過ぎにも注意しろよ」
「麻殻先生は私の親ですか」
「あの教え処にいた者たちはみんな子供みたいなもんだ。まぁ問題児もかなりいたけどな」
「3人ですか」
「特にあのバカ・アホ・マヌケの3人だな」
まぁ私も手を焼いたから分かる。手を焼いたけれど、麻殻先生のように報復というか、殺人事件になりかねない悪戯はされてなかった。麻殻先生はいつも大変だったろうな、と過去を思い出して、心の中でお疲れ様でした。と呟く。
「では一度戻って、今日のうちに書類を提出しに来ます」
「俺は今日は休みだから、また此処に持って来てくれ。明日承認する」
「分かりました、ありがとう御座います」
待たせていた朧車タクシーに乗り込んで、家までお願いします。と伝える。
朧車は話が聞こえていたようで、楽しみですなぁ。と呟いた。気恥ずかしくて、胸元が痒くなる。
「明日、買いに行くときにまた使ってください。それから帰る時も。きっと現世をよく歩くでしょう、行く前に疲れては勿体無いですし、帰りは荷物で大変でしょうからね」
「お心遣いが滲みます。ありがとう御座います」
優しい朧車で良かった。後から、パパラッチもいなかったから安心してくださいね。とまで言われて、そんなことまで気にしてくれていたのかと驚く。
「そりゃあ、第一補佐官の恋人ですからね、何かネタはないかと嗅ぎ回る者も出てくると思いますよ」
「ええ……」
「まぁ、これから頑張ってください。あ、もしすぐ麻殻様の所に書類を持っていくなら、外で待っていますよ。ご自分で持っていかれるより、そちらの方が楽でしょう?」
何をどう頑張ればいいのやら。分からないままに、少し疲れた頭は「そうさせて下さい」とだけ答えていた。
- 8 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -