鬼灯の冷徹 | ナノ
眠気で変なこと言わないで
お弁当を片付けて、お皿も多分これだろうと言うスポンジを使って洗い終える。ツマミが無いけどいいのかな?と考えて、そういえば鬼灯君はつままなくてもお酒を飲む人だったな。と思い出す。彼にとってお酒はただの水がジュースなのだ。そんな彼を見て誰かが言った、うわばみという単語は、あながち外れていないだろう。
私はお酒を飲むなら少しツマミが欲しいのだけれども、食べ切ってしまったからツマミになるものは何もない。それにお腹もかなり満たされてあるから、ツマミが出てきても食べられそうもない。
満たされた腹に酒を注いだところで、そんな簡単に酔ったりはしないだろう。そう思って、座れる場所はと考えて、デスクワーク用の椅子に腰掛ける。
言い訳を考えなくてはならないのだけれども、良い案は何も浮かばない。机の上のクリスタルヒトシ君が笑顔のまま見てくる。君は良いなぁ物言わぬ置物で。付喪神にならない限りは、こんな風に悩むこともないのだろうなぁ。
取り敢えず、何を期待してたんだって話だったから、風呂上がりの鬼灯君って言うレアな存在を目の当たりにするっていうのにドキドキしていると話せば良いのだろうか。一応、事実だし。いやそれは痴女だろう。私が風呂上がりに言われたらゾッとする。
では他に何を言い訳にする?本心はかなりアレだから、口にするのも憚られる。というか何言っているんだこいつ盛ってやがると思われるだろうから、言えるわけがない。
よし、ここは湯上り鬼灯君の姿を想像してドキドキしました!って事にしておこう。これでも十分変態だけれど、まだ本心を言うより良いだろう。
と言うよりシャワー音って結構響くのだなぁ。サアアアアッという音が生々しい。いや、生の音なのだから生々しいのは当たり前なのだけれども、この扉を隔てた奥で今鬼灯君が湯浴みをしている考えると、恥ずかしくなってくる。湯浴みなんて誰だってする事なのに、何でこんなに意識してしまうんだ。
音を聞いていたら頭が茹で上がってしまいそうで、耳を塞ぐ。生娘じゃあるまいし、と歳を考えたら言われそうだけれども、生憎生娘なのだから仕方ない。うわぁこの歳まで処女ですかってひかれるかな。悲しい。他の人で散らしておけば良かった。今からでも誰かに散らしてもらいたいと思う気持ちもあるけれど、この年まで守るつもりもなく守ってきた貞操をおいそれと手放せるわけもない。そういうタイプの鬼ではないのだ。
ああ、情けない。恋愛経験豊富な生き方をしている女性が羨ましいよ。私も男を手玉に取るくらい、してみたかった。
後頭部にコツンと優しい衝撃が来て、振り返れば湯上りの鬼灯君。肩にタオルかけて、カラスの濡れ羽色の髪が本当に濡れていて、何とまぁ艶かしいことか。動くエロスだよ。
「考え事ですか?」
「えっ、あ、はいそんなところです……」
ナニを考えていたかは聞かないでくれ。と願う。
どうせ言い訳を考えていたのでしょう。と言われて違うけれどそういう事にしておこう!と決める。
「で、ナニを期待してたんですか?」
「期待してたのではなくて、ほら、鬼灯君のお風呂上がりの姿なんて見た事ないし、いつもキッチリしてるのしか知らないから、オフの姿を見るっていうのに緊張してたってだけで」
考えに考え抜いた言葉を紡げば、こてん、と首が傾げられる。だから、そういう可愛い仕草は卑怯だと思うんだよね、私。いや、好きだけども。
鬼灯君は言葉を発さず、酒瓶とお猪口と升を持って、寝台に腰掛けた。卓を寝台のほうに引っ張って、そこにそれらを置く。
「カヱさん、そんな所ではお酒に手が届きませんよ」
こっち、と言わんばかりに自分の隣りをトントンと叩く。ええ……寝台に並んで座るの?そういうの平気なのかな、鬼灯君。それとも先を示唆しているのかな。それだったら、まだ心の準備も覚悟も出来てないから、困るなぁ。
とは言え、断る理由も考え付かなくて、おずおずと隣に腰を下ろす。差し出されたお猪口を受け取れば、注がれる無色透明なそれ。空気に触れたそれは豊潤な香りを周りに揺蕩わせて、それだけでこれは美味しそうだなと喉が鳴った。
「お疲れ様でした」
「鬼灯君こそ、本当にお疲れ様です」
少し掲げるようにして、それから口に含む。トロリとしたそれは舌の上では甘さを、そして喉にはピリリとくる刺激を与えてくれて、とても美味しい。
「美味しい!」
「気に入っていただけましたか。では、升にしますか?」
「いえ、そんなに量は呑まないので、お猪口でいいです」
これはぐいぐい飲むよりも、チビチビと楽しんだ方がいいお酒だ。鬼灯君はぐいぐい飲むのが好ましいようでまるで水のように飲んでいるけれど、決して安い酒ではないだろうな。
ほぅ、と息を吐くと、隣から視線を感じてそちらを向けば鬼灯君がこっちをじっと見ていた。そんなに凝視されても、困るのだけれども。
「何か?」
「本当に美味しそうに呑みすね」
「ええ、美味しいですから」
「それは何より。ところで、カヱさん」
「はい」
「どうしてカヱさんはお風呂上がりなのでしょうね」
「……え?」
こてん、と真顔のまま傾げられた首に、一瞬思考が凍りつく。待って、何でそれに気づいているの。
「いや、それは、その、鬼灯君に会うのに汗臭いのはと思って、だから、お風呂に入っただけで」
「それでは理屈が通りませんね」
「え?」
「それなら、私にお弁当を届けにきた時点でカヱさんはお風呂に入っているはずです。ですが、この部屋に入って、その後に一度家に戻っていますよね」
「何で、知って……」
「仕事中にペンのインクが切れまして、執務室に替え芯がなかったので一度部屋に戻ったんですよ。置き手紙があったので、読みました」
嘘でしょう?まさか、一度戻っていたなんて……全部バレていたのだと気付いて、体に緊張が走る。
「それで次部屋に戻ったら、貴女から石鹸の良い香りがしたので、わざわざお風呂に戻ったのだなと。どういう心算なのでしょうね?」
「それは汗の匂いが気になって……」
口籠ってしまう。汗臭いのが気になったから、というのは事実だ。身綺麗で会いたいと思うのは不思議ではないだろう。お弁当を渡すだけの予定だったから気にしなかったけど、お弁当を一緒に食べる……つまり一緒にいる時間が長くなるから気になったというのは筋が通った言い訳だろうか。
コツン、と頭に手の甲を当てられる。
「心の準備もまだのくせに、変に気を使い過ぎなんですよ。私が勘違いする男だったらどうするつもりですか」
まったく、と言って升を煽る。私の事など全部お見通しなのだ、この人は。いたたまれない気持ちになって、鬼灯くんを見ることも出来ない。情けなくて、恥ずかしい。
「そんなに落ち込まなくて良いですよ。1人の男と認識してくれているのは、こちらにとっては良い傾向ですし」
「そう言われると、余計に恥ずかしくて消え入りたくなります……」
「では体の準備だけは出来ているからと、覚悟は後からついてくる方式で襲ったほうがいいですか?」
「そういう事サラッと言わないで下さいよ!というか何その方式。無理、顔から火が出そう」
「人体発火現象ですか、それは見てみたい」
「比喩だってば!」
「知ってますよ」
顔を覆って俯いていると、寝台が軋んで、ついで膝に重さがくる。指の隙間から見れば、そこにはこちらを見てくる綺麗な顔。
「何してるの?」
「膝枕ですね」
「いやそうじゃなくて、何でそんなことしてるの」
「カヱさんの顔を見るにはこれしかないかなと」
あなた俯いてばかりじゃないですか。と言われて、顔を隠したくなるようなことを言ってくるのはどこの誰だと返したくなる。口で勝てる気がしないので、言い返さないけど。
「そこにいたら、お酒飲めないよ?」
「一杯は呑みましたよ。それで今は満足しています」
「そう、それは良かった」
まだ乾かしきっていない髪が鬼灯君の頬に張り付いていて、それを退かしてやれば鬼灯君は目を細めた。
「勝手に触ってしまってごめんなさい」
「構いませんよ。むしろどんどん触って下さい」
ほら、と手を握られて、頭に触れさせられる。サラサラの髪の毛はやはり少し濡れていて、しっとりとしている。それでも艶やかなのはわかって、天然でこの髪質は羨ましいなぁと思った。
肩にかけていたタオルを借りて、髪を乾かす。優しく撫でるようにしていれば、鬼灯君の瞳が閉じられた。
「眠かったら、寝て下さいね」
「寝るにはまだ早いですね……」
時計を見れば、そこそこの時間。私にとっては寝る時間なのだけれども、日々多忙で趣味に当たる時間は睡眠時間を削るしかできないだろう鬼灯君にとっては、この時間が趣味の時間なのかもしれない。
タオルで乾いた髪を指で撫でる。既視感を覚えて、そういえばと思い出す。
昔、鬼灯君が小さい時、こうやって膝枕をしたことがあったのだ。懐かしい。
「ふふっ」
思わず漏れた笑みに、鬼灯君はこちらを見てくる。その瞳が、何を笑うのかと問うてきていた。
「昔もこうやって撫でたなぁって思い出して」
「懐かしいですね」
「大きくなったねぇ」
「そんな近所のおばちゃんみたいな言い方やめて下さいよ」
「だってあの時は、近所のおばちゃんだったでしょう」
あの時、私は誰と関わるのも面倒で、世捨て人ならぬ世捨て鬼になっていた。というより、記憶がある中で、私は何故か何処とも知らないところにいて、そこにある木や蔓を使って家を建てて、開墾して生活していたのだ。割と離れたところに鬼の集落が出来ても、私はそちらに移住するでもなく、自分で建てた家を離れずに1人でのんびりと過ごしていた。
そこにやって来たのが鬼灯君だった。集落から離れたところで迷子になって、私の家を見つけたのだと言っていた。空腹を訴える腹の音を聞いて、作っていた握り飯と川魚を焼いたものをあげたのだ。
そうしたら、眠たそうに目を擦ってうつらうつらし始めたので、膝枕を申し出てみた。最初は拒否されたけれど、何もしないと再三約束したら太ももに頭を乗せてくれて、その小さな頭を撫でたのだ。
起きたら帰っていって、もう会うこともないだろうと思っていたら、数日後にまたひょっこりと顔を出してきた。そして、川魚を上手に捕まえるコツや、畑のことを聞かれたので実践して見せたら、割と高評価だったようでそれからも色々聞きにくるようになった。1人で生きている分、全てをこなさなければならないから、多分鬼灯君から見れば多方向に知識のある大人だと映ったのだろう、数ヶ月後に、教え処の師にならないかと提案された。
最初は人に知恵を与える大役は無理だと拒否したけれど、次に来た時には彼の師であるという大きな鬼ーー今は閻魔大王の第二補佐官であり教育関係の総元締めにもなっている麻殻先生ーーを連れていて、こんこんと説明をされたなぁ。
人材が足りないと散々言われて、首を縦に振るしかなかったのを覚えている。
それで今では学校を任される程になったのだから、あの時首を横に振っていたら今はどうなっていたのかなぁ、等と考えてしまう。
「私はカヱさんをおばさんと思ったことはありませんよ」
「わぁ紳士的だこと」
「本当ですよ。だってあの時から私は貴女を好きでしたから」
「へ?」
思わず変な声が出てしまう。鬼灯君は簡単に好意を口にするから、こちらは戸惑ってしまう。
あの時から好きだった?あ、好きって、好感が持てた相手って意味か。
あんな小さな頃の話をしてるのだから文脈から「友人に対するような親しみ好意」だとすぐに分かるはずなのに、今この状態で言われると恋愛の好きみたいに聞こえてしまって、ドキリとしてしまう。
こんな状況では鬼灯君に「初心ですね」と言われても仕方ない。
「へ、とは、なんですか」
「ビックリしただけだよ。当時は鬼灯君より知識が多くて教えたりはできてたけど、それ以外で鬼灯君に好かれる要素あったかなぁって」
「カヱさん中身アレでしたし、いえ、今もそうですけど、好かれる要素はありましたよ。今も…」
「アレって何よ」
思わず言葉を遮る。ちょっとアレなひと、みたいに言わないで欲しい。
集落が出来てもそこに属さず、一人で生きていた時点で「ちょっとアレなひと」には属するかもしれないけれども。昔、麻殻先生が私に教師になって欲しいと言いにきた時、近くに集落があるのに一人でここに住んでるのか?って言われたのを思い出す。
はたから見たら、私はやはりアレなひとなのかもしれない……。
「大人のくせに、悪意がまるでないって事ですよ」
鬼灯君の言葉にまた変な声が出る。あれ、想像していたのと違った。
「……子ども相手に悪意を持つ大人の方が少ないと思うよ」
「私の周りは、そうではありませんでしたから」
鬼灯君の過去を思い出す。詳しくは知らないけれど、イザナミの隠居先には彼の過去に深く関わる者たちが縛りつけられ焼かれ続けているという。個人的な恨みでそこまでしているのだから、余程の者たちだったのだろう事は想像に難くない。
「鬼灯君、ちょっと頭上げて」
「膝枕するの、嫌でしたか?」
「違うよ、こんな寝台のヘリギリギリに寝ていたら、寝返りしたら落ちてしまうでしょう?だから、ほら」
寝台の枕元に正座して、太腿を叩く。寝転がったままこちらを見ている鬼灯君が、少しだけ上半身を起こして、正気ですか?と聞いてきた。
恥ずかしいんだから、確認するのはやめてよ。
「眠いのでしょう?だったら、ここで寝てはどうですか?」
「足が痺れますよ」
「正座が主流の時代から生きているんですから、簡単に痺れませんよ」
のそりと動いた大きな体が、また私の太腿の上に頭を乗せる。しかし仰向けでなく横向きで、ツノが帯に引っかかりそうだ。しかも腰に腕が回されているから、腰は引けない。
「抱擁はちょっと……」
「敬語が抜けてないペナルティです」
「ええー。癖なのだから、仕方ないでしょう?」
「ペナルティです」
そう言って退かない相手に、仕方ないか、と頭を撫でる。
「おやすみ鬼灯君」
「寝かせて逃げようという魂胆か」
「痛い痛い痛い!腰の骨折れる!」
ギギギ、と抱きついてきている腕に力が入って、グエッという声が出た。
「逃げないよ!」
「本当に貴女は……次寝台に乗ったら犯す」
「えっ、何さらっと怖いこと言ってるの」
「自衛しなさいってことですよ」
「でも相互の意見一致せずに無理矢理は駄目だよ」
「無理矢理になるんですか?」
「え?」
「身綺麗にまでして私の部屋に来て、少しは期待しているくせに、いざ手を出されたら、私が無理矢理したと言うんですか?」
言われて、言葉に詰まる。きっとそれは無理矢理ではない。だって私はそういうことを考えて体を清めて、下着も選んだ。そういう雰囲気になった時、対応出来るようにだ。心は追いつかないかもしれないけれど、体だけは対応したいと思ったから。
「無理矢理では……ない」
「でしょう。それに私も、次貴女が自分から、私の部屋の寝台に乗った時、ということです。それまでは手を出しませんよ」
いやそれって、将来的にそういう関係になるなら私に動けって事?無理だよ無理無理。鬼灯君、無理だと分かってて言ってるな!
「無茶を言わないでよ」
「おや私は割と本気ですよ」
「からかってるでしょう」
「ええ、かなり」
「ほら!」
「大きな声を出さないでください。眠い頭に響きます」
また腕に力を込められて、またもやグエッと声が出た。
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