鬼灯の冷徹 | ナノ
お弁当を抱えて
翌日、花の金曜日である。
仕事を早々に切り上げて、また食べてなかった時のためにとお弁当を拵える。昨日は和食だったから、今日は少し中華や洋風も混ぜてみよう。
もし今日、既に鬼灯君が食べていたらこれは持ち帰ることになるのだと考えて、ならば今晩と翌朝の分にしておこうと少し多めに作り、ついでに卵焼きを甘い物にする。昨日はだし巻き卵にしたから、万一食べるとなっても味が変わっていたほうが良いだろう。
鬼灯君のいる閻魔殿へ向かえば、時間も時間だから閑散としていて、それなのに相変わらずうず高く積まれた書類と、それを1つ1つこなしていく鬼灯君の姿があった。これは、昨日から今日にかけても寝食が碌にとれていなさそうだ。
「こんばんは、鬼灯様」
「カヱさん、こんばんは。昨日はありがとうございました。とても美味しかったです」
鬼灯君は私が抱えている新しいお弁当箱に、それは?とクマの濃い目を僅かに期待に輝かせて向けてくる。昨日より濃いクマが、また眠れていないのだと主張している。彼を休ませるには、どうしたら良いのだろう。
「今日も食べられてないのではないかなと思いまして、またお節介にも作ってきました」
「ありがとうございます」
お弁当箱を包んだ風呂敷を差し出す。けれど鬼灯君は受け取らなかった。あれ?ありがとうって言ってたけれど、本当はいらなかったのかな。お節介が過ぎたかしら。
「カヱさん、この後ご予定はありますか?」
「いえ何も。帰って寝るだけです」
「では、そのお弁当は私の部屋に持っていってもらえませんか?部屋でゆっくり食事をとりたいので」
「分かりました」
「これが鍵です」
「はい」
差し出された鍵を手に取るが、鬼灯君が手放さないので動けなくなる。何この状態。
「鬼灯様?」
「今は私用ですよね?様は不要です」
「ああ、そういう。鬼灯君、鍵から手を離してくれないと、受け取れないのだけれども」
「1つ、提案があります」
「何か?」
「一緒に、食事を摂りませんか」
鬼灯君の手にグッと力が入ったのが鍵を通して伝わってくる。ただ食事を一緒にしたいと言うだけのことなのに、彼は心の底から望んでいるといわんばかりで、無下できるわけもなく、分かりました。と返せば鬼灯君の白い指先はやっと血液が循環したのか血色を取り戻し、そして手が離れた。
「では、部屋で待っていますね」
「あと2時間で終わらせます。疲れていたら、寝台があるので休んでください。ああ、鍵は閉めていて下さいね。スペアを持っていますから」
「そんな疲れていないですよ」
疲れてるのは鬼灯君だよ。という言葉は飲み込んで、鬼灯君の私室に向かう。うっかり男性の部屋に入る事態となったけれど、鬼灯君相手だし、私も本当は少しくらい一緒にいる時間が欲しかったし、食事を共にして終わりなのだから問題ないだろう。
部屋に入って、物の多さに驚く。壁一面が書棚のようになっていて、それでも収まりきらない本が床に積まれている。また、世界各国のお土産だろうか、不思議なものも棚や壁に飾られている。
勝手に片付けていいのだろうか?鬼灯君なりの法則があるかもしれない。そう思うと手が出せなかった。
唯一書物が置かれていない場所が椅子と寝台で、椅子に腰掛ける。布団はきちんと整頓されていて、帰ってきたらすぐに眠れるように準備していたのだと知れた。
机に置かれている昨日渡したお弁当箱。持てば軽くて、中身が空っぽなのだと知れた。食べてもらえたのだというだけで、多幸感を得られるのだから、私も随分と安っぽい生き物だ。
そういえば、男性の寝台の下には性癖が分かる書物があると聞く。鬼灯君の性癖……気にならないわけではない。彼は常に淡白で、私は好みとかをまるで知らないのだ。床に腹這いになって、覗いてみるけれど何もなかった。掃除が行き届いているのか、埃もない。
疑ってしまった自分を恥じる。それと同時に、本当に今のままこの部屋にいていいのだろうかと不安になってきた。
相手は鬼灯君だから、変な事はしてこないと思う。でも、とっくに成人した男女が片方の部屋で夜に会うというのは、つまりはそういう事になりかねないわけで……。
万が一、万に一つも無いと思うけれど、もしそうなった時、慌てふためく事になる。時計を確認すると、鬼灯君が2時間でと言っていたのと逆算しても、まだまだ時間はある。
もし早く仕事を終わらせてきた時を考えて、机に新しいお弁当を置いて、一筆添える。
「用事を思い出したので一度自宅に戻ります。
もし先に戻られたら、お弁当は食べていてください。
田中カヱ」
もし何をしに戻ったのかと聞かれた時の言い訳に、空のお弁当箱を抱えて自宅まで走る。
家に着いて急いでシャワーを浴びて、身体を清潔にする。下着も、新品は流石に用意出来ないけれど、そこそこ新しい、可愛いやつを選んだ。急いで髪を乾かして、また化粧して、鬼灯君の部屋に戻る。
コンコン、とドアをノックするけれど、中から反応はなくて、まだ仕事しているんだなぁと思った。急いで損した。せっかく身体洗ったのに、また汗臭くなってないかな。
部屋に入って、まだ来ない部屋の主を思う。毎日忙しいから掃除もままならないのだろうな。私に何か出来ることはないだろうか。本棚には埃はないかなと、埃探しを始める。床に物がなければ部屋からルンバを連れてこれるのだけれども、生憎この部屋さルンバに不向きだ。
そうだ、本棚の並びを見て、それに合わせて床にある本を並べていこう。例えば作者で並んでいるのか、年代なのか、内容別なのか、他に何か規則性はあるかと本棚を眺める。
規則性を見つけて、床にある本を拾ってはルールに則って分類していく。
合わせて床も掃除していると、時間なんてあっという間だったらしく、部屋の鍵が開く音。
「予定より遅くなり済みませんでした。起きていたんですね」
「お帰りなさい、鬼灯君。お仕事お疲れ様です」
鬼灯君は扉を開けたまま少し止まって、私を一瞥する。部屋を勝手に片付けられて、嫌だったのだろうか。眉間付近を指で押して、長い溜め息まで吐かれてしまった。
「ごめんなさい、少しでもお役に立てることはあるかなと思って勝手に……」
「いえ、掃除ありがとうございます。助かります。此方こそ、来客を想定していない部屋に招いてしまい済みませんでした」
広がった床面積に、鬼灯君は大変だったでしょう。と口を開いた。掃除は好きだし、本の分類程度だから楽でしたよ。と告げる。薬エリアには触れていないこと、床の本をどのように仕分けしたかを伝えれば、流石ですねと返される。
「ところでカヱさん、お腹空きました」
お腹に手を当てて空腹を伝える鬼灯君に思わず笑ってしまう。
片付けた机の上にお弁当を広げていると、鬼灯君はお皿を二枚と箸を二膳、湯飲みを二つ用意してくれた。水筒からお茶を注いで、どうぞ、と出す。
卓を囲んで、いただきますをして、2人でお弁当を食べる。以前から一緒に食事をとることはあって、食べるシーンなど沢山見てきたというのに、自分が作った物を食べてくれているのだと思うといつも以上にドキドキしてしまう。口に合っているだろうか、不味くはないだろうか。そんな考えが浮かんでいると、おにぎりを頬張った鬼灯君は私の目線に気付いたのか、咀嚼して嚥下したあと、口を開いた。
「美味しいです、ありがとうございます」
「それは良かっ……」
指についた米粒をペロリと舐める仕草に、思わず胸がときめいてしまう。なんて危険な姿を見せるんだ、この人は。
改めて見ると、所作ひとつひとつがこう、素晴らしく絵になる。普段なら子供っぽい仕草だなと心がほっこりするのに、官能的に見えてしまったのは、きっと鬼灯君との関係が変わったから。今は恋人で、しかも鬼灯君の部屋という昔の私なら卒倒するようなシチュエーションなのだ。
中学生男子か!というツッコミを脳内でまた繰り広げて、一呼吸すると鬼灯君が首を傾げる。そりゃそうだ、目の前でいきなり押し黙ったら、どうしたのかと疑問に思うだろう。
「そ、そうだ、卵焼き、だし巻きと甘いのなら、どちらが好きなんですか?」
「どちらも好きですよ」
パクパクと食べていく姿に、いつも通りだなぁと少し安心する。私が勝手に緊張しているだけなのだ。鬼灯君は仕事に疲れていて、お腹も空かせているだけ。それだけだ。なんでもあらぬ方向に考えてしまうのは、私の頭の回路がちょっと異常をきたしているだけ。
いつも通りになりたいのだけども、普段はあまり使わないボディーローションの香りが自分にまとわりついていて、それが特別を意識させてくる。恋人だから肉体関係をなんて、そんな短絡的で低俗な考えを持ってしまったと知られたら、きっと幻滅されるだろうな。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。おまんじゅうも食べます?」
「あるのですか?いただきます」
部屋を出る前に、これを取りに戻ったのだと言い訳できるように持ってきたおまんじゅうを出せば、沢山食べたはずなのに、すぐに鬼灯君の口の中に消えていった。お弁当、足りなかったのかな。
「お腹、満たされました?」
「ええ、かなり」
「それは良かった」
お弁当箱を片付け始めると、鬼灯君が私の手を掴んできた。どうしたのだろう。
「この後、用事はありますか?」
「いいえ、帰って寝るだけです」
「そうですか……」
思案するように顎に手をやって、良かったらお喋りをしましょう、と誘ってくれる。その顔には濃い隈があって、その誘いに乗っていいのか悩ましかった。
「鬼灯君は寝たほうがいいと思うのだけれど」
「せっかくの二人の時間です」
掴む手が、触る手に変わる。さらりと手の甲を撫でられるだけで、思わず肩が跳ねてしまった。ああ、情けない。きっとそんなつもりもなく、鬼灯君は触っただろうな。
「……ですが、そうですね、今のまま寝落ちするのも嫌なので、身体を洗って来ます」
「えっ、お風呂、ですか??」
「ええ。私は部屋についているので。後で美味しいお酒をお出ししますよ」
「お、お酒は……」
今の状態でお酒を飲んだら色々アウトな気がする。というかやっぱりそういうお誘いなのかな?まだ抱きつくのも満足に出来ないのに?無理無理無理!いや体の準備はして来たけど!もしそうなっても後悔して恥ずかしくないように色々して来たけど!でもやっぱり心の準備はできていないわけで。
「いった!!」
ぬっと目の前に現れた手に、デコピンをされる。
「そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ。ただお酒を飲むだけです。カヱさんは何か期待してるんですか?」
「そ、そんな何も期待なんてしてないですよ…!」
「ほう?"そんな"とは"どんな"内容なのでしょうかねぇ。是非風呂上がりに聞かせてください」
では、と立ち上がった鬼灯君はすぐに浴室があるのだろう扉の奥に消えてしまう。風呂から上がるまでに言い訳を考えていろという事なのだろうけれども、何も思いつかないよ!
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