鬼灯の冷徹 | ナノ
震えはしないけれど
鬼灯君に恋い焦がれて四千年余。お互いに好きあっているという言葉を交わして、真正面にある鬼灯君の顔が近付いてきたので思わず目を瞑ると、何もしませんよ、と溜め息混じりに言われた。
一度頭をぽん、と撫でられて「もうご馳走様でいいですか?」と問われたので頷いた。支払いを済ませた鬼灯君と街中を抜けて、家路へと足を進める。
帰り道、何を話したらいいのか分からなくて、いつも通りならと考えて、仕事の話や、鬼灯君がオススメしてくれた番組「世界不思議発見」の話等をした。
「此処から先は大丈夫ですよ。鬼灯様の家はあちらでしょう?」
「恋人を家に送るくらいさせてくださいよ」
約四千年煮込んで煮込んで煮こごりみたいに固まった私の片思いは、急展開についていけていなくて、恋人という単語ひとつに心がむず痒くなるような、総毛立つ様なゾワゾワした感覚に襲われる。
そうか、恋人。恋人なのだ。私と鬼灯君が恋人同士なのだ。改めて確認すると、嬉しさより恥ずかしさが勝った。恋愛って多幸感でいっぱいじゃなかったの?何でこんな小っ恥ずかしいの。
「……ではお言葉に甘えて」
「ええ、どんどん甘えて下さい。カヱ先生が他人に甘える姿なんて私でも見たことありませんから」
そりゃ周りの鬼より年上だし、何かと一人でやってきた分、甘えてみようと思った試しもない。部屋の電球が切れたところでちゃぶ台を踏み台にして変えればいいし、瓶の蓋が開かなければシリコン製の鍋敷きを使えば開けられる。一人で出来ないことなど何もないのだ。
いつぞや教員という立場上、学んでこいと言われて降り立った現世で立ち寄った東急ハンズがあれば、家の改築改装から何でも自分一人で出来るなと思ったほどだ。
「そうだ。床板を張り替えたんですよ」
「何故甘えるの話からそれが出てくるのか、貴女の脳内の回路が気になるところです」
「何でも一人でしてきたなと思い直していたら、最近やった大掛かりなことを思い出しまして」
「お一人で床板を張り替えたんですか」
「ええ、畳だった床を板張りにしたんです。畳って乾拭きしたり干したりとお世話が大変でしょう?ルンバがあれば掃除してくれる板張りの方が楽だなと思って」
「ルンバ持ってるんですか」
「はい。仕事している間に、ルンバに掃除してもらっています。良い子ですよ」
「人のように表現されてますが、あれはロボットですからね」
「そうですけれど、床掃除に関してはかなり優秀ですよ。人類の叡智なのでしょうね」
「そこまで褒められるとは開発者側も思わなかったでしょうね」
普段通りの会話に気が緩む。気恥ずかしさもなりを沈めてくれて、ただこの対話が楽しくて、ふふっと笑うと楽しそうですね、と言われた。
「そりゃあ、楽しいですとも」
だって普段ならこんな風にゆっくり仕事以外のことを話すなんてあり得なかった。職場も遠く、使う食堂だって異なるからすれ違うことも滅多にない。そして仕事の話をする以外で偶に会っても挨拶程度。そんな関係だったのに、今は鬼灯君の時間を貰って、こんなに話が出来ているのだ。浮かれないわけがない。
もっと家まで時間がかかれば良いのにと思うのに、家までの距離は近くて、十代か!と言われそうだけれどもやはり寂しさを感じてしまった。
「送っていただいて有難うございます」
「いえ。ではおやすみなさい」
「鬼灯様もお気をつけて」
ではまた、となるかと思いきや、鬼灯君は私をジッと見ている。えっ、何か間違えた?何かしでかした?でも送ってくれるって言ったから、送ってもらったんだよね?
それとも家でお茶でも飲みます?って誘えば良かったの?いやいや、明日も仕事なのにダラダラ話をするのは如何かと思うし、部屋も床はルンバのおかげで綺麗だけどテーブルの上は散乱している。なにより例え恋人であれ異性を簡単に家にあげるには躊躇する。
いや、鬼灯君何回か我が家に上がったことあるけれども。けれどそれは片付けて準備をした時の話であって、何も用意していない我が家ではない。
「そんな顔をされたら困りますね」
「そんなと形容される表情はしていないと思うのですが」
「鏡、見ます?」
「結構です。というより近くないですか?」
「近いですか?」
少し前屈みになった鬼灯君の顔が目の前にある。これは誰がどう見てもかなり近いだろうに、更に目の前で首を横に倒して、はて?と言うそのあざとい仕草をされて眩瞑した。私がどれほどに好いていて、仕草や言動に心奪われ平常心ではとてもいられないという事を、当人である鬼灯君はまるで分かっていない。
知らなくて当然だし、知られていたらたまったものではないけれども、先ほど恋人になった彼には理解して欲しいという我儘が生まれる。そうでないと、私の心の臓がもちそうもない。
「とにかく距離が近いです。ちょっと、離れましょうよ」
「初心ですね」
うぶ、と言われて年上としての矜持がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。鬼灯君は慣れているかもしれないけれど、私は四千年間片思いを続け、ある意味では拗らせているのだから慣れなんてあったものではない。下手すると恋愛に対しての免疫は若い子よりもないだろう。
「まぁ急いでナニするでも無し、ゆっくりやっていきますよ」
何をゆっくりやっていくのか、と一瞬聞きたくなったけれども、藪蛇な気がして口を閉ざす。いくら初心でも知識はあるし、恋のいろはも分かっている。何がナニを示すのか、違うかもしれないけれど下品な方向に考えてしまった。
思春期のエロガキかな?と思うようなものが頭に浮かんだせいで次の言葉が見つからず、かと言って沈黙は何とも言えない緊張を生み出して体が固くなってしまう。玄関は背後にあるのに、入り方が分からない。
後ろ手に触れた玄関に、鍵を出さなくちゃと考え付く。
「そんなに帰る気満々になられると、一緒に居たくないのかと勘ぐってしまいますね」
私の手の動きを察したのか、鬼灯君はその小さな口からはぁと溜息を吐いた。
「そんな事はないです」
ではどんな事だ。と相変わらず鋭い視線で見下げられて、まるで矢がチクチクと降り注いでいるようだ。この気持ちを言語化しなくてはならないのは、凄く恥ずかしい。恥ずかしいのだが、言わなければ、鬼灯君に誤解されたままになってしまうのだろう。
察してくれというほど若くはないのだ。覚悟を決めろ!自分!
「ただ……」
「ただ?」
「ただ、ずっと……お慕いしていましたから……それが、こんな関係になれるとは思ってなくて、心の整理がついていないと言いますか、得体の知れない気恥ずかしさがあって鬼灯様を直視出来ないと言いますか」
「先が思いやられますね」
はぁーと長い溜め息を吐かれて、こっちが頑張って本心を口にしたのになんて態度だと若干頭にくる。
「済みませんねぇ、如何せんずっと片思いだったもので」
「謝らなくて良いですよ。これから調教のしがいがあるという意味でもありますから」
「恐ろしいことをさらっと言ってのけないでください」
反射的に相手の顔を見れば、その反抗的な態度も嫌いではないですよ。と真顔で言われる。いや反抗的って。調教しようとする相手がいたら誰だって全力で拒否して抵抗するに決まっている。それを従順に受け入れる者がいたら、それは真性のドMだ。
「ではまた。おやすみなさい」
「は、はい。おやすみなさい」
「見送りは結構。さっさと家に入りなさい」
私の保護者かな?と思う発言をして、私が家に入るのを確認してから鬼灯君は私に背を向けた。次会えるのはいつだろう。いつもの感覚で別れてしまったから、次はいつ会えますか?というベタな恋人発言も出来なかった。そんなことを考えながら迎えた夜中は、全く眠気もなく、明け方まで寝台の上でゴロゴロするだけだった。
***
さて、晴れてこのたび恋人になった訳であるけれど、そのまま一度も顔を合わせることなく早1ヶ月が過ぎた。
何故なら私は私で一応教職の場では立場が上なので、これから始まる就職活動に企業への挨拶回りや、推薦状の内容を精査しなければならなくなったのだ。書類と向き合い、判を押して、担任に返却する。これからどんどん忙しくなるのは火を見るよりも明らかで、自然と溜め息が漏れた。
通常業務に加え、土日は土日営業している企業への挨拶回り兼新卒の勤務態度の確認があるのだから、これでは休みは暫く取れないだろう。鬼灯君も忙しくしているのだろうなぁと、先日閻魔殿へ行った時に遠くから見た険しい横顔を思い出す。
別に恋人らしいことをしたい訳じゃない。でも、昼を一緒にとか、そういう、業務に差し障らない部分で時間を共有したいというか、声を聞きたいというか、顔を見たいというか……なんて女々しい考えなのだろうと頭を抱える。
いや女だから、女々しいのは普通なのかもしれないけれど!それでも、私はン千年生きてきた鬼だ。そんな十代の恋愛のような考えを持つのは、自分でもどうかと思う。
「はぁ……」
今日のお昼、食堂に行けば会えるだろうか。遠くからでも良い、姿が見たい。
此処から鬼灯君が使う食堂は遠くて、私の昼休み内で食べて戻るのは不可能だろう。手軽におにぎりでも買って持って行って、鬼灯君を見たら帰ろうかなぁ。いやいや、見て帰るとかストーカーではないか。
何度目かの溜め息を吐く。
片思いから両思いになった途端に欲が出る。
会いたいのに、同じ地獄なのに、遠い。
***
「あれ、カヱせんせー、どうしたの?」
「こんにちは、シロ君、挨拶ついでに、今年此方に配属になった子の様子を見に来たんです」
「カヱせんせーも忙しいんだねぇ」
挨拶するように片前足を挙げて肉球を見せてくれるシロ君。そばにしゃがんで、その前足を握ると握手〜と笑顔を向けられた。モフモフした動物はどうしてこんなにも愛らしいのだろう。
「撫でても?」
「良いよ」
了承を得て頭を、背を撫でる。少し汚れている部分もあるけれど、それでもモフモフしている。癒しだ。
「ところで、私も忙しそうって事は、皆さん休みなし状態なのですか?」
「ううん。福利厚生はしっかりしてるよ!」
「それは良かった」
推薦状を書いて送り出した先がブラック企業では、その子に申し訳が立たない。もう一度頭を撫でて、立ち上がる。見回せば昨年まで私の学び舎にいた子が張り切って仕事をしていた。遠くから見ても分かるほどに楽しそうだ。血しぶきが飛んでいる。適職、と言ったところか。
「声をかける必要は無さそうですね」
「そうなの?」
「ええ。私は帰ります。ではシロ君、また」
「うん、またねー」
ザリ、と砂利を擦って足を進める。ほんの少し、鬼灯君はいるかなと期待していた自分が恥ずかしかった。
寄り道もせずに戻った職場。個室である私の机の上に、私物ではない包装紙に包まれた箱が置かれていた。何だろう?見てみれば、付箋紙が貼られている。
『先日EU会議に参加してきました。そのお土産です。鬼灯』
「っ!!?」
私が鬼灯君に会えるかなと出かけている間に、まさか鬼灯君が訪ねてきてくれていたとは。思い立ったが吉日で等活地獄に行ったばかりに、なんて事。
まだ近くに居ないだろうか。せめて一言声を聞きたい。いや違う、お土産の感謝を先に言わなければ。廊下は走らないと何度も口にしてきたのに、裾が広がるのもそっちのけで走る。
それでも見つかるはずはなくて。
本当に、自分の間の悪さを呪いたくなる。
***
それから一週間、すれ違ってしまった事を考えてはどうしようもない後悔ばかりで胸を痛めながら仕事をして、水筒の中身がチャプリと残り少しだと訴えてきたので帰り際に煽って荷を軽くした。また溜め息が漏れそうになる中、荷物を持って家に帰る道中、鬼灯君を見かけた。
一瞬声をかけようとして、すぐに口を閉ざす。どう見ても勤務中だ。資料を見てあれこれと話しているようだから、横槍を入れるのは良くない。見られただけ幸せだ。今日は運が良い。
とはいえ、恋人になって一月と少し、告白だけして恋仲になってそれから会ってない私たちは自然消滅してもおかしくないのではないだろうか、と不安が押し寄せてくる。
この一月余り、考えなかったわけではない。それこそ気持ちが沈んでいる時は、あの居酒屋でのやり取りは、私の気持ちを遊び感覚で聞き出すための嘘だったのではないかと考えもした。けれどそれは鬼灯君が本心であった場合、とんでもない裏切りになる。わざわざ仕事で行った先の土産を私にだけ買ってきてくれるような相手の気持ちを疑うなんて、とその考えを切り捨てようとしたのは自分にとって切り捨てたほうが都合が良いからかもしれない。
けれど、鬼灯君はそんな不誠実ではない、筈だ。彼の子どもの頃から知っている。彼は相手を選んで言葉を選ぶ。だから浮いた話ひとつなくン千年生きている私にあんな言葉を嘘で吐くとは、思いたくなかった。
そうだ、自然消滅したかどうかなんて、私が鬼灯君の仕事が終わるまでこっそり待って、終わってから声をかければいいだけではないか。明日早かろうが関係ない。帰り道を一緒に歩けるだけでいい。そこで鬼灯君が拒絶を見せたりしたら、私への気持ちはもう無いのだと分かる。
緊張でカラカラに乾いてくる喉に、空っぽになっている水筒が恨めしい。残したまま持っていれば良かった。
じっと待つ事どれほどか、鬼灯君と話していた人がお辞儀をして去っていく。鬼灯君も踵を返して、こちらに向かってくる。
あ、しまった。どうやって話しかけよう。偶然を装って私も出ていく?今仕事終わり?お疲れ様って声かければ良いかな?
それとも「一緒に歩きたくて待ってたの」的な事を言えばいい?この私が?無理に決まってる。そんな発言は会いたくて震えちゃうような歌で十分だ。
「何してるんですか」
「うわっ!!」
考えている時間が長かったのか、鬼灯君の歩幅が広かったのか、曲がり角に隠れていた私を覗き込むように鬼灯君が角から顔を出している。
「し……仕事中ですか?」
「ええ、見ての通り、仕事中ですが」
「そうですよね。今日もお忙しそうですね」
「そういうカヱ先生も、毎日忙しそうですね」
見下ろしてくる仏頂面は、何を考えているのかやっぱり分からない。口はいつもへの字で、それが少し不機嫌に見えるのだけれども、造形上この口がデフォルトなのだと知っていれば怖くも何ともない。まぁ、そのクマが濃い三白眼で睨まれると恐ろしいのだけれども。
「あ!お土産ありがとうございました。わざわざ届けていただいたのに、不在で済みませんでした」
「いえ、此方も連絡もなしに行ったのですから、お気になさらず」
どうしよう、対話が続かない。私は声を聞きたかった。顔を見たかった。ただそれだけだったから、次の手が思い浮かばない。
今も恋人ですか?って言うのはどうやって確認すれば良いのかさっぱり分からないし、ストレートに聞けと言われたら聞けるわけないだろうと却下してしまうのだから、誰かに助けを求めても最短の道を選べない私には、助言は無駄なものとなる。
「突っ立ってどうしたんですか。この後は帰宅ですか?」
「はい、私はもう帰るのですが……鬼灯様は?」
「私は一度職場に戻ります」
そうだよね、まだまだ仕事あるよね。そもそもクマが濃いのだからこの後食事に誘うなんて案はなかったのだけども。それでも少し時間を共有したくて、何か口実が欲しかった。
けれど仕事があるなら仕事が優先だ。我々は子供ではないのだから、もう、大人なのだから。
「嫌でなければ、職場までご一緒しても良いですか?」
「カヱ先生の家は途中で別の道でしょう」
「少し歩きたい気分なんです」
上手い言葉が見つからなくて、何言ってるんだと自身にツッコミを入れたくなってしまう。鬼灯君はそうですか、と深く聞くこともなく歩き出したので、その隣を歩く。
「職場に戻った後も仕事なんですか?」
「まぁ、そうですね。何処ぞのデカブツが役立たずなもので」
ギリィ、と歯軋りが聞こえる。一気に周りの気温も下がったような気がして、不穏な空気にどうしたものかと考える。どうするも何も、問題点である閻魔大王が仕事をすれば万事解決なのだから、椅子に括り付けるなどの物理的対処しか浮かばない。
「鬼灯様に甘えているのでしょうね。有能な部下がいると上司がダメになると言いますし」
ギロリと睨まれて、事実でしょうと、昔の癖で笑ってみせたら眉間に深々と皺が寄って、盛大な溜め息を吐かれた。おや、逆鱗に触れてしまったのだろうか。
確かに、今の発言では駄目な閻魔大王を作ったのは貴方だと言っているようなものである。原因は貴方なのだから貴方がちゃんと尻拭いしろと、そう言っているようにも聞こえる。何という失言。これは鬼が出るか蛇が出るか……元々鬼だから鬼が出るという表現はおかしいけれども。
「呼び方を変えませんか?」
「え?」
きっと冷ややかな目を向けられて、冷嘲熱罵を浴びるのだろうと思っていたのに、呼び方について言及されて首を傾げる。
呼び方?
「鬼灯様の?」
「仕事の立場上、敬称がつくのは致し方ないと思いますが、今の我々は二人きりですし、仕事の話ではなく世間話です」
「はぁ」
「ですから」
いきなり壁ドンというには勢いがありすぎて壁が鬼灯君の手形に凹んだような音がする。顔の横を過ぎた風圧にゾッとした。あれが誤って私に当たっていたら、そこの部分削り取られているか潰されているかだよ。
「恋人同士なのに様を付けるのはやめて頂きたい。閨で様付けで喘がれるのもなかなかに楽しいかもしれないと思って先日は訂正しませんでしたが、貴女の調子を見るにそういう関係になるのはまだまだ先でしょう。それならば、先に呼び方を変えてもらいたい」
血の気の引いた私に一気に捲したてた鬼灯君。
下がった血が、間近にある顔に一気に上昇して脳味噌が活性化する。途中の文言は無視するとして、つまり、恋人なのに様付けで呼ばれているのが嫌だという事?
「では、鬼灯君はどうでしょう」
「昔に戻ったみたいですね」
「えっ、駄目ですか?」
「貴女は割と丁寧語を使う方でしたが、ずっとその調子で話されるのも嫌ですね」
「ええ……私は口調まで直さなきゃならないんですか」
「友達に話す感覚になれば良いんですよ。因みに私はこの口調がデフォルトなので変わりません」
「鬼灯様、自分に甘く無いで「はい、また様付けだし敬語になりそうですよ」
厳しい。でも此処で反論したら、壁に穴開けるこの掌が私に向かってくるかもしれないんでしょう?末恐ろしいわ。
「口調はすぐに直せないし、呼び方も、たまに間違えるかもしれないけれど、それでも許してくれるなら、今からでも少しずつ頑張って行く所存ですよ」
「では間違えるたびにペナルティを用意しましょうか」
「ごめんなさい、横文字はまだ苦手で」
「ペナルティとは罰則や罰金という意味です」
「では私が間違えるたびに何かご馳走します?」
「そんなに食べていられませんよ。貴女のことですから、日に何度も間違えるでしょう」
「そりゃ最初はそうかもしれませんけど」
「では間違えるたびに私に抱きつく、などはどうですか?」
「……は?」
抱きつく?私が?鬼灯君に?
「間違えたって指摘されたらその場で抱きつくとか考えてます?」
「ええ勿論、考えてます」
「公衆の面前で抱きつくなんてそんなふしだらなこと出来るわけがないでしょう!そもそも私達はまだ手を繋いだこともないんですよ?それなのにいきなり抱きつく!?」
「論点はそこですか。そんな小学生のような恋愛思想だから今まで誰も寄り付いてこなかったんですよ」
「それとこれとは話が違います。ン千年生きている大の大人2人が道中いきなり抱きつく姿を想像してみて下さいよ、ゾッとするでしょう。周りの子どもへの教育にも悪影響です。それこそ「見ちゃいけません!」って言われる案件になりかねません」
それに、公衆面前で抱きつくとか、そんな品行だらしない大人が教職だなんて大問題だ。教職でなくても大問題だ。
「はぁ〜。分かりましたよ。では、一回間違えたら1分として、その日の間違えた回数分の時間、貴女から抱きつき続けるというのはどうですか?」
「何処で?」
「貴女が此処でなら良い、という場所に連れて行ってください。それなら文句ないでしょう」
まるでこちらの我儘に妥協案として提示されているようだけれども、そもそも論としてなんで私だけ罰則が課せられているのか判然としない。
「では鬼灯様が間違えた場合は?というか鬼灯様も私のことを先生とつけて呼ばないように出来ますか?先程から『貴女』という表現に逃げてますけれど」
「おや気付いてましたか。ではなんと呼びましょうか。呼び捨てでも?」
「試しにどうぞ」
ジッと私を見た後、ちょっと屈んだ鬼灯君は私の耳元に口を近づけて、ボソリと声を発した。
「カヱ」
「わぁぁぁぁっ」
吐息が耳にかかって、バリトンボイスが脳髄まで駆け抜けるようなゾクゾクした感覚にその場にしゃがみこむ。脳がお酒で麻痺しているような、耳がむず痒いような、よく分からない状態になってしまっていて、声もまともに出せない。
「名前を呼ばれただけで腰が抜けるとは面倒臭い人ですね、何なんですか」
名前を呼ばれただけだけど、これはクル。恥ずかしい。というか耳元で呟くのは狡い。しかもわざと声の調子も変えていたように思う。
「しかしいちいち面白い態度を取られるのも一興。慣れるまで楽しめそうなので、呼び捨てにしましょうか」
「私は呼び捨てではないですし、そこは相互で同じ形がいいと思うのですが」
「……カヱさん?」
私と目線を合わせるようにしゃがんだ鬼灯君が、こてん、と首を傾げてみせる。だから、そういう態度が私の心臓に悪いのだと、どうして分かってもらえないのだろう。こんな状態では、とても抱きつけない。
「暫くはそれでお願いします」
「ではもっと関係を深めたら呼び捨てしあうということにしますか」
そういう、未来の関係を示唆する表現やめて欲しいなぁ!今の状況でいっぱいいっぱいになっているの分かっているだろうに、私の反応を見て楽しんでいるに違いないな。
「そうジト目で睨まないで下さいよ、もっと弄りたくなるでしょう」
「やはり虐めてるっていう認識はあったんですね」
「虐められたいですか?弄るより上位になりますよ」
「結構です」
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